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■夏の日の想い出・龍たちの讃歌(7)
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その時、私は唐突に思い立った。
「ねぇ、マリナちゃんさ。340万円くらい買物しない?」
「へ?」
それで私はマリがパン屋さんを作ることになったので、その運営会社にマリナが34%出資してくれないかという話をしたのである。
「ああ、あそこのパン屋さんを買い取る話ですか」
「そうそう。この話知ってた?」
と私が訊くと
「あの時、マリナちゃんもいたもんね」
と政子は言っている。
「だったら話が早い」
と私は言い
「マリが100%出資した会社なんて、絶対誰かに欺されて乗っ取られるからさ。お目付役が欲しいんだよ。私ができたらいいけど、忙しくて」
「ケイさんは忙しいでしょうね!」
「それで私に代わって、マリ・ベーカリーの34%の株主になって、この子の暴走を止めてくれないかと」
「ああ。特別決議を否決できる株数なんですね」
「そうなんだよ。資本金1000万円の予定だから」
会社の合併などの重要な案件は株主総会で株数の3分の2以上の賛成が必要である。従って34%持っている株主はそれを単独で否決に持ち込むことができる。
「今現金が無かったら貸してもいいから」
「設立日はいつですか?」
「7月上旬の予定」
「それなら340万は大丈夫ですよ。株式申込書を送って下さい」
「じゃ東京に戻ったら送るね」
と私は答えた。
「マリナちゃんも出資するなら、マリ&マリナ・ベーカリーとかの名前にする?」
と政子は言ったが
「長いからマリ・ベーカリーでいいですよ。美しいものは常にシンプルなんです」
とマリナは言う。
「それわりと基本的な原理だよね」
と私。
「逆は真ではないですけど」
「そうそう」
そういう訳でマリナが“マリ・ベーカリー”の第2株主となり、マリのお目付役になってくれることになったのである。それでマリが社長、マリナが副社長ということになった。
6月21日(日・大安).
丸山アイと女優の城崎綾香(=ジュブナイル作家の久美浜映月)は、ネット記者会見を開き、ふたりが婚約したことを発表した。ふたりとも!左手薬指にダイヤのエンゲージリングをつけていた。
実は綾香が事務所との契約で25歳になるまで結婚が禁止されていたので、昨日25歳の誕生日を迎えたことから、今日婚約を発表したのだということだった。
「すみません。同性婚でしょうか?異性婚でしょうか?」
「ナイショ」
今日はふたりともお揃いのサンローランの白いドレスを着ている。もちろん2人ともきれいにお化粧して、お揃いのカチューシャまでつけている。
「結婚式はどちらがウェディングドレスを着るか、あみだくじで決めて私が着ることになりました。アイがタキシードです」
と綾香が言う。
「まあジャンケンしたらボクが勝つからね」
とアイが言うと、記者たちはみんな頷いていた。
「アイさん、戸籍上は男性なのでしょうか?」
「秘密」
「もう同棲なさってますか?」
「お互いのスケジュールが結構すごいので、すれ違いが多いんですけど、一緒にいられる日はデートしたり、どちらかのマンションで過ごしてますね」
「でも結婚する時はどちらかのマンションを売却して一緒に住もうかと」
「婚姻届を出しますか?それともパートナーシップ宣言ですか?」
と、うまい訊き方をした記者があった。
「パートナーシップ宣言するつもりです。それで実は綾香のマンションがある中野区はパートナーシップ宣言の制度があるので、そちらに一緒に住む案が濃厚です」
「その場合、アイのマンションのガラクタは廃棄しないと」
「あれガラクタじゃないよぉ」
「自動性転換機とか、空中歩行器とか、地球破壊爆弾とか、あやしげなものが並んでいるし」
「地球破壊爆弾はまだ実際には試してみたことないんだけどね」
「それ試すのやめてください」
と記者からの声。
「でもパートナーシップ宣言なんですね?」
「そのつもりです」
それでやはり2人は同性(多分どちらも女性)なのだろうと多くの記者が思ったようである。
「妊娠しておられますか?」
「どちらが?」
「えっとアイさんは妊娠しておられますか?」
「質問されるかもと思って今朝念のため妊娠検査薬使ってみたけど陰性だったよ」
「綾香さんは妊娠しておられますか?」
「私も一緒に妊娠検査薬使ってみたけど、陰性でした」
「将来赤ちゃんができる可能性は?」
「大いにあると思うけど」
「だったら異性婚なんですね?」
「さあ、どうなんだろう?」
「2人で1人ずつ産もうかという案もあるんだけどね」
「まあ、冷凍精子もお互い1個ずつ作っているから、相互に使ってもいいよね」
「それで子供作ると、母親も父親も違うのに、両親は同じというきょうだいができる」
このあたりは記者たちもどこまでマジで、どこからジョークなのか、判断に苦しんだようである。
例によって祝賀会は7月18日(土・友引・たいら)に、ネット中継方式で行い、あけぼのテレビで2時間生放送で放送するということであった。結婚式ではアイがタキシードを着るものの、祝賀会はふたりともウェディングドレスを着るつもりとアイは言った。
どうも今年は、ローザ+リリン、XANFUS、そしてこの2人と、同性婚の結婚式の中継が続くなと、私は思った。
もっとも、実際には異性婚の結婚式祝賀会の中継も結構している。祝賀会又は披露宴を2時間丸ごと放送するなんてのは、地上波では考えられないので、ネット放送局ならではの需要が生まれたようだ。それで、休日の吉日には、あけぼのテレビで芸能人やスポーツ選手などの結婚式が中継されるのが定着してしまった。
6月下旬、ローズクォーツは、ローザ+リリンとの代理ボーカル契約を9月までとしていたのを来年3月まで延長することを発表した。つまり、今回のローザ+リリンの代理ボーカルは2年間続くことになる。
実はマリナの出産予定日が10月なので、その直前の9月で契約を終了するというのは、女性差別以前に、妊婦保護の原則にも反すると言われる可能性がある、という意見が○○プロの法務担当者からあり、それにこの時期に新しい代理ボーカルを採用しても期間が中途半端になることから、このまま3月までローザ+リリンで行こうということになったという背景もあった。
マリナは予定日の1ヶ月前から出産の1ヶ月後までを産休とすることになった。その間にテレビ出演などの話があった場合は鈴鹿美里が臨時ボーカルを務める。鈴鹿美里も今年は何度も臨時の代理を務めているし、ベスト盤でも3曲歌ったし、ローズクォーツに大きく関わっている。
ファンの間では鈴鹿美里はこのまま来年の代理ボーカルになるのでは?という予測が流れ始めていた。もっとも彼女たちは代理ボーカルを務めるには、やや忙しすぎる感はある(ローザ+リリンもかなり忙しくなっているけど)。
7月、AYAのゆみと、俳優の高橋和繁の熱愛が週刊誌で報道された。
その件について2人はオンライン記者会見を開いて交際中であることを認めた。
「結婚式はいつですか?」
「まだ婚約していないので」
「婚約しないんですか?」
これに対して、ゆみが
「指輪もらったら考えてもいいかな」
などと言うので、高橋和繁は
「すぐ買いに行きます!」
と言った。それで近いうちに婚約ということになりそうである。
「ところで高橋さん、ゲイではなかったんですね。それともバイだったのでしょうか?」
などと質問する記者がいる。するとゆみまで
「そういえば大林亮平さんとの熱愛が報道されたことあったね」
などと言っている。
「あれはたまたま女装の大林君と並んでいた所を記者に撮影されただけだよ」
と高橋は言っている。
「大林君は私もファンだからデートくらいしてもいいよ」
とゆみは言うが
「妃登美ちゃんに叱られるよ」
と高橋は言った。
2人は実際に既に実質同棲していることも認めた。ゆみが、高橋の自宅にほぼ住んでいるに等しい状態らしい。ただ、荷物は移動していないので、ゆみは週に1度くらいは自分のマンションに戻り、色々ものを持って来たりしているらしい。
「ずっとその状態ですか」
「まあ結婚式を挙げたら、移動してもいいかな」
なお、ゆみは現時点では妊娠しておらず、結婚した後も仕事は続けるつもりであると表明した。結婚式の日程などは、婚約する時点で決めるということだった。
今回は雑誌報道を受けての緊急会見という性質が強く、2人はまだ結婚に向けての具体的な作業はあまりしていない感じであった。芸能人の“スクープ”は事務所側がわざと情報を流して話題作りに利用していることが実際には多いのだが、今回は、おそらく本当に予定外の報道だったのだろう。
その日アクアが仕事を終えて帰宅したら、またまたマンションのエントランスで、AYAのゆみと遭遇した。
「あ、ゆみさん、おはようございます。それとご結婚おめでとうございます」
「おはようございます、アクアちゃん。でもまだ結婚はしてないけど」
「ごめんなさい!」
「でもエンゲージリングもらっちゃった。見る?」
「え、えーっと」
「取って食ったりしないから大丈夫だよ。ちょっとうちに寄りなよ」
アクアは少し考えたが、結婚を決めた女性なら襲われたりもしないかなと思った(その認識が間違っていたことをアクアはすぐ思い知ることになる)。それで
「じゃ、見せてもらうだけお伺いします」
と答えた。
2人で一緒に最上階の18階まで上がる。そして彼女の部屋である1803号室に入る。
ゆみはアクアをリビングの応接セットのソファに座らせると、コーヒーを入れてくれた。取り敢えずそのまま1口飲んでみる。
「美味しい!トアルコトラジャですか?」
「さっすが、アクアちゃん。いいもの飲んでるね」
「何か結構豪華なお食事とかに招待されることがあるので」
「それで結構舌が肥えるよね〜。シュガーは好きなだけ入れてね」
「すみません。2袋頂きます」
「どうぞ、どうぞ」
それでアクアはスティックシュガー(実際にはパルスイート)を2袋入れさせてもらった。
「でも広いですね〜」
「まあリビング自体広いよね。ひとりではちょっと持てあましぎみ」
「ああ」
「ルンバが無かったら、お掃除できない」
「そうか、こういう所こそルンバか」
「アクアちゃん、ルンバとか使ってない?」
「なかなかお掃除する時間がなくて」
「そうかもね!」
「ここは5LDKくらいですか?」
「一応4LDK2S-WTCかな。でもサービスルームも充分普通の部屋として使えるレベル」
「すごーい」
(WTC = Walk Through Closet : 出入口が2個以上あり通り抜け可能な物置き)
「実際はお洋服で2部屋占有している」
「さすがー」
「アクアちゃんもお洋服すごいでしょ?」
「ファンの方からたくさん送ってこられて、中学の頃までは段ボールに入れて積み上げていたんですが、キリがないので、今はもう事務所のほうで処分してもらって、全部福祉施設とかに寄付しています」
「まあそうなるよね」
「だからうちの部屋は洋服ダンスは15個しかないです」
「私より持ってるじゃん!」
「そうですか!?」
「お洋服は女の子の服ばかりだよね?」
「男物の服を買ってるとなぜか無くなるんで、男物の服が少なくて困ります」
「アクアちゃん、女の子なんだから、高校卒業したし、もう男の子の服着る必要無いよ」
「そうですかねー」
「20歳までは性別の変更ができないんだろうけど、戸籍の性別とか忘れて、フルタイム女の子でいいじゃん」
「そうかなあ」
などと言うアクアは実際今日も花柄のAライン・ドレスを着ている。上半身はシルエットでCカップ近いバストがあるのが分かる。
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