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■夏の日の想い出・龍たちの讃歌(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-09-23
昨年夏に小浜でやって好評だった夏のアクアのイベントだが、今年は実施しないことを6月頭に§§ミュージックは発表した。大規模イベントの開催に関する政府の制限の解除日程の見通しが立たない中、準備期間を考えるともう実施は不可能と判断された。
(7月10日に定員の50%以内かつ5000人以内まで緩和されたが7万人のミューズパークではどっちみち無理)
ファンの間からは惜しむ声もあったが、多くの人は現状ではやむなしという感想だったようである。
§§ミュージックが『ロックギャル・コンテスト』の代わりに今年限定で実施する『2020ビデオガールコンテスト』の一次審査は、6月上旬で終了。このあと数グループに分けてリアルタイムに実演(歌唱など)をしてもらったり質疑応答に応じてもらう“リモート審査”に移ることになった。一次審査の合格者は98名と発表された。
「ロックギャルの“ギャル”が女の子という意味だと知らなかったと主張する男の子が毎年いるけど、さすがにビデオガールの“ガール”が女の子の意味だと気付かなかった、なんて子はいないよね?」
とコスモスは言ったが
「いや、分からん。きっとこの98名の中には男の子が4〜5人はいる」
と川崎ゆりこは言った。
ゴールデンウィーク直前に公開予定だった映画『気球に乗って5日間』は全国的な映画館休業のため公開延期していたのだが、5月25日に全ての都道府県で休業要請が解除されたことから、配給会社では6月1日(月)に公開することを発表した。平日公開にするのは、初日に客が集中するのを避けるためである。また各映画館は定員を減らして三密回避を図る。
なお、アクアの舞台挨拶も、混雑回避のため実施しないことにし、代わりに当日ネットにアクアと河村助監督の挨拶動画を公開することとなった。なおこの作品のビデオは当初の4月公開の場合のスケジュール通り、7月下旬に発売されることになった。
これも夏休みで映画館が混雑するのを避けるための苦肉の策である。配給会社としても、映画の動員数が落ちるのは承知で、このスケジュールでの発売に同意した。
しかし結果的にこの作品はビデオが(ストリーミングも含めて)物凄い数売れ、事実上の写真集である豪華版パンフレット(2750円-普通のは792円)やグッズも売れに売れて、映画館動員の減少を充分補う売上となり、制作会社・配給会社も、グッズ等のバックマージンをもらえるタレント事務所側も、嬉しい悲鳴をあげることになる(ただし映画館の経営会社は辛い)。
この映画の主題歌は、ドイツの女性歌手ベネディクタ・ハンセンが歌う『大空(Grosser Himmel)』で、挿入歌がアクアの歌う『風まかせ』である。後者は3月に“アクアのアクア”のCF曲『ぼくのアクア』とカップリングして発売されていたのだが、あらためてハンセンの歌う主題歌とセットにして、更に1曲新たに『ぼくたちは兄弟姉妹』という曲を加え、3曲入りのCDが映画の公開に合わせて発売されることになった。いったん編集が終わっていた映画の映像データにエンディングロール曲として加えられた(元々は主題歌のインストゥルメンタル版が流れていた)。
日本で発売されるCDでは『風まかせ』はTKRからの要請で3月に発売したのとは別テイクのもの(オーケストラ版!−東京アンサンブルオーケストラの演奏−深川アリーナで演奏してもらった)が収録された。『ぼくたちは兄弟姉妹』はドイツ系ブラジル人少女歌手ステファニーが歌っているのだが、日本ではこれをアクアにカバーさせて結局4曲入りとし、主役4人の写真をジャケットにしたCDとして発売された。
2020.06.03『大空/風まかせ/ぼくたちは兄弟姉妹』
これが日本では120万枚も売れて制作会社を驚かせた(ドイツでも5万枚、ブラジルでは5000枚程度しか売れていない−ドイツ版・ブラジル版にはアクアのカバーは入っていない。また風まかせは日本で3月に発売されたテイク)。
映画会社もあらためてアクア人気の凄さを認識したようである。
公開された映画で、(日本で)やはり話題になったのは、アクア演じるカオルが男湯、またカオリが女湯に入るシーンである。
男湯に入るシーンでアクアは上半身の裸を曝している。女湯に入るシーンは、脱衣場での上半身後ろ姿および、湯船に浸かっている、首から上だけの前からの映像が入っている。
このシーンに関する感想は様々であった。
「ああん、アクア様っておっぱい無いのね。残念!」
「女の子のアクア様を男湯に入れるなんてセクハラだ!」
「アクアちゃん、まだちんちんあるのかなあ。早く取ればいいのに」
などという反応がある一方で、ネットの一部ではアクアが3月に性転換手術を受けたなどという噂(震源不明)が流れていたので、そういうクラスターでは
「バストの無いアクア、最後の姿かも」
などという声もあがっていた。
ちなみにアクアが女湯に入るシーンについては、誰も話題にしなかった!!
(日本以外の国では“男湯シーン”は、アクアの“男性ボディダブル”の身体との合成だろうと思われたようである)
ローズ+リリーのミニアルバム『龍たちの讃歌』の制作は6月上旬から始めて音源制作だけでも8月上旬まで掛かっている(田中さんと上野さんも2ヶ月ほど東京に滞在した。ついでに彼女たちの親友で東京で就職した鶴野明日香さんが何度か陣中見舞いに来ていた)。
この作品はアニメにもかなりこだわったので、同じくらい制作期間がかかっており、アルバムは9月に発売されることになった。
それでローズ+リリーの今年のオリジナル・アルバム(『across』の予定)は、9月から準備を始めることにするが、マリが臨月になるので、実際の制作は出産の1ヶ月後くらいから始めることにし、私は七星さんに聴いてもらいながら、楽曲の整備を進めることにするのだが・・・・。
結果的にこの『across』という企画は延期または中止になることになる。この件は後述する。
今回のミニアルバムの制作はかなりヘビーで密度の濃いものになったので、曲と曲の間に休養日を入れている。最初に制作した『青龍』が完成してから次の『朱雀』に取りかかる前に2日ほど休養日を入れた。するとマリが
「ちょっと出かけてくるね」
というので、
「どこに行くの?」
と訊いたら
「パン買ってくる」
というので、私はてっきりコンビニにでも行ってくるのかと思った。
「いってらっしゃーい」
と送り出したのだが、マリは4時間戻って来なかった!
これがあるからマリは恐いのである。私は誰か付き添いを付けるべきだったかなと後悔し、マリのスマホを呼んでみるが
「今首都高走ってるから、もうすぐ帰り着く」
というお返事である。
(マリの車には一応ハンズフリーで話せるキットを取り付けている)
しかしパンを買うのに、なんで首都高に乗る必要があるんだ!?
と私は疑問を感じた。まあ帰ってくる途中というのであれば、ナビもあるし大丈夫だろうと思っていたら20分ほどで戻って来た。
それでマリが買ってきたパンは、昭和40年代頃に使われていたような、筋入り・未漂白の薄い紙で作られた紙袋に入っている。こんな紙の袋を使っているお店がまだ残っていたんだと驚いた。
しかし美味しい!
「これ美味しいね。どこまで行ったの?」
「えっとね。よく分からないけどカーナビに記憶させた」
「まあそれが無難だね」
「それでね。私、パン屋さん作ろうかと思って」
「は!?」
それでマリの話を聞いてみて、これは“サワークリーム食パン”(ザマーミロ鉄板から改名)の常務さんと話した方がいいと判断した。それでそちらに電話してお話をして、やっと事情が分かった。
「それ法的なこととか、保健所とかの審査とか、色々ありますよね」
「そうなんですよ。私にそのあたりやってもらえないかと言われたんですが、私も食べ物屋さんをしたことがなくて、どこから手を付けたらいいかと思って」
「だったら、友人で食べ物屋さんをしてる子に一度そちらに行かせますよ」
「助かります!」
それで私は若葉に電話し、若葉も忙しいので、ムーラン東京店の洋食部門の副店長さんが話を聞きに行ってもらえることになった。結局はムーランリゾートのスタッフの人に駅そばの廃業したパン屋さんの店舗の賃貸契約、そして今月いっぱいで廃業する予定だったパン屋さんの“居抜き”交渉などをしてもらうことになる。一方で“マリ・ベーカリー”の設立作業は正望にしてもらうことにした。ただ、私にはひとつ懸念があった。
早朝から自宅に来訪したアクア(アクアF)から、その日秋風コスモスは思わぬことばを聞くことになった。
「社長、ボクのヌード写真集を撮ってくれませんか?」
コスモスは驚いたものの
「なんでそんなこと思うの?」
と尋ねた。
「3年前に突然3人に分裂して、それ以来ずっと3人でやってきたから、このまま3人なのかなとも思っていたけど、1月にNが消えて、やはり自分はいづれ1人に戻るんだということをあらためて認識したんです。最終的にボクとMとどちらが残るのかは分からないけど、ボクが消えた場合に、ボクが存在していた証(あかし)を残しておきたいんです」
「君の存在もMの存在もNの存在も、私は忘れないよ」
「そう言ってくださると嬉しいです。消える前に赤ちゃん産みたいなと思ったこともあったけど、やはり人気アイドル・アクアの妊娠なんて許されないし。だからせめてヌード写真撮れないかなと思って」
(自分の卵子を冷凍保存したことはコスモスには言っていない)
コスモスは少し考えていたが言った。
「龍ちゃんは知らないだろうけど、昔あった『アラベスク』という漫画にこういうシーンがある」
とコスモスは語り始めた。
「バレエの公演の初日に主役が遅刻しちゃう。端役なら誰か代われるけど、主役を代える訳にはいかない。その時、主役の人のライバルの人がその役を密かに練習していて、彼も踊れることが分かって、劇場支配人は彼に踊ってくれと言う」
「ライバルの人は言った。ボクは代役なんかしない。踊れと言うのなら自分の『アラベスク』を踊る、と」
「その気持ち分かります。ボクでもそう言いたいかも」
「それで彼が踊るけど、物凄く斬新な踊りで観客が熱狂する。でも翌日は本来の主役の人が踊ることになる」
「それ、つらーい」
「そこで出てくることば。アクアやシナモンの色の後に赤や黒を見せるのはいい。でも燦然とした黄金色が出てしまったら、その後は何を見せても観客は満足しない」
「ですよねー。ビーフステーキ食べた後で、ハンバーガー食べても寂しい思いがしちゃう」
「その例えの方がうまいかも。それでさ。アクアのヌード写真集なんて出したら、きっと200万部かひょっとしたら300万部売れる」
「はい」
「でもその翌年、何の写真集を出す?」
「あっ」
「ヌード写真集の翌年に水着写真集とか出しても、もう誰も買わないよ」
「うーん・・・」
「だから使い捨てされるようなアイドルなら、ヌード写真集を出してもいいけど、私はアクアと死ぬまで付き合っていきたいと思う」
「ありがとうございます」
「結婚してもいいけど」
「それはちょっと留保させてください」
「今すぐ私を抱いてもいいけど」
「ボク、ちんちん付いてませーん」
「だからそれを出したら先が無いという写真集は、私は作らないよ」
とコスモス社長は言った。
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