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■夏の日の想い出・つながり(21)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-03-24
 
「紅川さんはご存知だったんですか?」
と私は翌日、ちょうど§§プロの事務所で紅川さんと会ったので桜野みちるの件を尋ねてみた。
 
「寝耳に水」
 
「わぁ。でもよく許してあげましたね」
「別れさせる訳にもいかないしさ。森原君が向こうの社長と一緒に僕の所に来て、手を突いて謝ったし」
 
「違約金とかは?」
「契約違反なんだけど、請求しない。むしろみちるはこれまで本当にうちに貢献してきたから、慰労金を出すよ」
 
「紅川さんも随分丸くなりましたね!」
「まあ僕も年取ったかな」
「そんなことをおっしゃる年とは思いませんけど。兼岩さんとか鈴木さんとか丸花さんとかを見てくださいよ」
 
紅川さんはまだ61歳である。ζζプロの兼岩会長は68歳、∞∞プロの鈴木社長は70歳、○○プロの丸花社長は75歳だ」
 
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「ああいう化け物たちにはかなわん」
「えっと・・・」
 

「でもみちるさんが引退してしまうと、§§プロは稼ぎ手がいなくなってしまいませんか?」
と政子が心配して言う。
 
「うん。その件で宮崎君(日野ソナタ:§§プロダクション副社長)や伊藤君(秋風コスモス:§§ミュージック社長)とも話したんだけど、§§プロダクションは店仕舞いしようと思う」
 
「え〜〜!?」
 
「現在所属している歌手・タレントは∞∞プロに引き取ってもらうという方向で考えている。マネージャーもね」
 
「§§ミュージックに移籍とかではなくてですか?」
「その線も検討したけど、それでは事務所を分割した意味が無くなるから。この分割は伊藤君に、若い感性で運用してもらうためのもの。だから伊藤君より上の年代の歌手を在籍させたくないんだよ。これは僕と宮崎君との一致した意見」
 
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「コスモスは年齢とか気にしないと思うけど、やはり歌手の方はやりにくいかな」
「うん。そうだと思うんだよ。だから∞∞プロに丸投げして、あとは宮崎君や田所君が中心になって運用してもらう」
 
「紅川さんは?」
「僕は少し疲れたから、郷里の宮古島に帰って芸能界から引退しようと思っている」
 
「え〜〜!?」
 

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この件では∞∞プロの鈴木一郎社長との話し合いで、結局来年4月1日付けで∞∞プロ傘下に§§プロダクションという《部門》を作り、そこに現在の§§プロダクション株式会社のタレントおよびマネージャーを移籍させ、紅川さんは∞∞プロの副社長・§§プロ部門担当ということになった。ただし実際には副社長というのは名前だけで、この部門の運用は日野ソナタが∞∞プロ部門・部長の肩書きで統括する。また田所が部長補佐ということになった。現在の§§プロダクション株式会社は咲田川商事と改名の上休眠会社化する。咲田川というのは紅川さんの故郷、宮古島にある川の名前である。
 
そして§§ミュージックの方は沢村がデスクに就任することになる。沢村はそれを言われて「私がですか〜!?自信無いです」と叫んだが、「困った時はいつでも相談してよ」と田所から言われて、不安そうな顔をしながらも受諾した。
 
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「そういえば、春風アルトさんは、まだ上野さんの所にいるんですか?」
と私は∞∞プロに移籍することになった日野ソナタに尋ねた。
 
「ケイちゃんにしては情報が遅い。アルトちゃんは7月上旬に旦那を追って沖縄に移動したよ」
「へー!」
「実は今、ふたりで宮古島の紅川さんの実家に滞在しているんだよ」
「そうだったのか」
「現地で上島先生は泡盛作りの弟子にしてもらったらしい」
「へー」
「最近の泡盛製造はほぼ機械化されているんだけど、そこの酒造所は昔ながらの手造り・少量生産で」
「わぁ」
「その代わり、かなりの重労働。酒造所に泊まり込んで24時間麹(こうじ)のチェックをしている。だから結局アルトさんとほとんど会えない」
「あらら」
 
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「麹(こうじ)造りって昔は女の仕事だったらしいね」
「へー」
「常時付いてないといけないし、気温をチェックして寒かったら毛布掛けて、熱かったら窓を開けてと、細かい配慮が必要だから、女向きだった」
「なるほど」
「麹(こうじ)造りは赤ちゃんを育てるのに似ているんだって」
「ああ」
「それでアルトさんから『私赤ちゃん産めないみたいだから、雷ちゃんが代わりに赤ちゃん産むといいかも』などと言われているらしい」
「えっと」
 
「そのアルトさんのほうは紅型(びんがた)作りの手伝いをしている」
「頑張ってますね」
 
「でもハネムーンのやり直しになったりしてね。宮古島って私も島巡りの旅で行ったけど、凄く優しい空気が流れている、いい所だよ」
とソナタは言った。
 
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彼女は桜島法子(夏風ロビン)とふたりで2年がかりで日本全国の離島を巡り、多数の写真を撮り、また多数の曲を書いた。その一部をローズクォーツが歌って『アイランド・リリカル』というアルバムとして発売したところ、ゴールドディスクとなり、最終的に写真集も発売されたのである。
 
第2弾としてソナタ自身が歌唱したアルバム『アイランド・ララバイ』もとても好評であった。
 
(リリカル:叙情詩、ララバイ:子守歌)
 

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この年、私はKARIONのアルバムを作ったのと夏から秋にかけてローズ+リリー10周年の全国ツアーをやった以外は、ひたすら楽曲を書いていて、ローズ+リリーの制作がほとんどできなかったのだが、私たちがここ数年間ずっと復興支援イベントを行ってきたことから、宮城県の遠刈田温泉から、温泉のキャンペーンソングを書いてくれないかという依頼が来た。
 
正直今の自分の精神状態では、充分な品質の曲を書く自信が無かったのだが、政子が
 
「冬が書けないなら、私が書いてあげるよ」
と言って、例によって五線紙に/とか\とかいった線を書いて《政子流楽譜》を作ってしまった。それで私は政子に確認しながら、それを普通に人が読める音符に直していく。
 
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これが『霧の中の遠刈田』という旅情あふれる曲となった。曲調としては初期のローズ+リリーの路線に近いフォーク調の曲になっている。
 
MIDIを作っている時間が無いので、近藤さんのギター1本で、私とマリが取り敢えず仮歌を吹き込み、温泉組合に送ると向こう側からも「いい曲ですね〜」というお返事が来たのでそのまま制作することにした。
 
スターキッズを召集して、アコスティック・バージョンで収録してマスターを作り、その状態で温泉協会に納入する。そして企画に参加している向こうの放送局のスタッフの手でパンフレットを制作して一緒に工場に持ち込みプレスした。
 
このCDは、一応書類は★★レコードを通すものの、正式のローズ+リリーのシングルではなく、温泉組合の買い取り方式となる。一般販売もせず、遠刈田温泉や、共同制作した放送局でだけ買うことができる。実際には通販大手のArtemisが、温泉組合から大量に買い付けて全国から注文できるようにしたようである。このArtemis経由でかなりの枚数売れたようである。結果的には温泉組合に巨額の利益をもたらした。
 
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売れ行きが思った以上に好調であったことから、宮城県の放送局でキャンペーンをしたいという打診があった。しかし私はひたすら作曲をしていて忙しい。それで渋っていたら政子が
 
「私が行ってくるよ。私ローズ+リリーのリーダーだし」
と言って仙台に出かけて行った。
 
これが7月29日(日)のことであった。
 
ところが私は翌日朝のニュースを見て驚愕することになる。
 
《ローズ+リリーのマリ妊娠》
《予定日は3月頃》
《お相手は交際の噂される俳優Nか?》
 
といった文字が並んでいたのである。
 
要するにマリはキャンペーンの初日に急に気分が悪くなり、その様子が女性記者の目に、妊娠のつわりのように見えたので質問した所、マリは妊娠していることを認めたというのである。
 
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私はマリに連絡を取ろうと試みたのだが、どうしても繋がらなかった。その状態で私のマンションにまで多数の記者からマリさんの赤ちゃんの父親は誰ですか?という問合せがある。私は知りませんと答えるのだが、記者は納得せず、ほとほと疲れてもう電話に出ないことにした!
 

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結局マリの妊娠発覚のため、長時間街頭に立つキャンペーンはさせられないということになり、私は急遽宮城県に行き、マリに代わって2日目以降の街頭キャンペーンをした。マリはその間に東京に戻ったので私はマリと行き違いになってしまう。
 
東京に戻ってきたマリの所に氷川さんが来て、何かあった時に対処しなければならないから、自分にだけでも父親が誰か教えてくれと言ったものの、マリは頑として口を割らなかった。これには氷川さんも困ってしまったようである。
 
結局マリの妊娠問題については、報道各社が本人から聞いた話をとりまとめた結果、このような情報が整理された。
 
・妊娠は事実で予定日は2月24日である。
・相手の男性が誰か公表するつもりはない。
・その人とは結婚しないし認知も拒否。
・出産の前後だけは休ませてもらうが、音楽活動はずっと続ける。
 
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マリが引退などするつもりはないと語ったことは、ファンをかなり安堵させた。妊娠したのなら、このまま秋くらいにローズ+リリーは解散して相手の男性と結婚するのでは?という憶測もかなり飛び交っていたのである。
 

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そして7月31日、更に私が婚約したことが報道された。どうもマリの子供の父親が誰か、私たちの友人たちに尋ね回っていた記者たちが私の婚約を察知したようで、複数の新聞が同時に報道した。
 
この件に付いては、私は氷川さん、森本課長とも話した上できちんと公表することにした。記者会見は開かず報道各社に要点をまとめたFAXを送った。
 
・長年のボーイフレンドであった弁護士の木原正望と婚約したこと。
・婚約指輪をもらったこと。
・妊娠していないこと!
・音楽活動を引退したり休んだりする予定は無いこと。
・結婚式の日程は未定。少なくとも3年以上先であること!
 
FAXには私が振袖を着てダイヤの婚約指輪をつけ、正望がブラックフォーマルを着てセイコーの時計をつけている写真(結納式のもの)もプリントしておいた。それで報道各社はそのFAXを掲載してこの件の報道をしたようである。
 
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「妊娠はしてません、とかケイさんもなかなか冗談がきつい」
などとワイドショーのレポーターは言っていた。
 
「しかし結婚は3年以上先って、そんな婚約ってあるのか?」
「木原さんとの仲はこれまでもファンの間では周知だった。結局今までと何も状況が変わらないのでは?」
 

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8月上旬。町添さんが氷川さんと一緒にマンションに来訪した。
 
「結局マリちゃんの赤ちゃんの父親って誰なの?」
と町添さんがあらためて訊く。
 
「少し落ち着いたら私にだけは話すと言っているのですが、まだ聞いてないんですよ」
 
「俳優のNさんではとか、上島雷太ではという噂も流れているけど」
「どちらも違いますね。Nさんとは食事をしただけだし、上島先生とマリが何かあったようなことは1度もありません」
 
どうも町添さんは大林亮平のことは知らないようである。氷川さんは2人の関係を知っていると思うが、私たちへの義理を通して上司にも言ってないのだろう。
 
「それでローズ+リリーのCDを出そうよ」
「すみません。今とても精神的にゆとりが無くて」
 
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「過去の音源をリミックスする。一部録音だけやり直す」
「過去のと言うと?」
 
「『お嫁さんにしてね』『祝愛宴』それと『Long Vacation』」
「そういうコンセプトですか!」
「キャッチフレーズは『婚約したケイ、出産するマリ、があなたに贈るラブソング』」
「あははは」
 
「『Long Vacation』だけ録音をやり直す。これ音質があまり良くないんだよ」
「ああ、そうでしょうね」
 
あの時期までは須藤さんが音源製作の主導をしていたのだが、須藤さんは安いものが好きなので、あまり技術力のないスタジオで録音されているのである。
 
「それで8月中に発売ね」
「まあアレンジ変更しなければ行けるでしょうね」
 

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「それとローズ+リリーの全国ツアーもしよう。ローズ+リリー10周年」
「いつですか?」
「9月から10月に掛けて」
「マリの体力が・・・」
 
「マリちゃんを椅子に座らせて歌わせようと思う」
「ああ、それなら何とかなるかも」
「ついでにケイちゃんも椅子に座ろう。ケイちゃんもかなり疲労がたまっていそうだから」
「溜まってます」
 
ローズ+リリーのツアーに関しては、私やマリに負荷が掛からないよう、氷川さんと近藤さん・七星さんで話し合って決めるということになった。
 

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夏の日の想い出・つながり(21)

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