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■夏の日の想い出・つながり(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-03-11
この日、船橋で高校の入学試験を受けていた今井葉月(ようげつ)であるが、2次募集の受験生は少なかった。午前中に小論文があり、午後から面接であったが、試験を受けているのは20人で、4人ずつ5回の実施と言われた。12:45からの予定が実際には12:42くらいに最初の組が呼ばれる。葉月はその最初の組だったので12:46頃には終了した。
実は面接は形だけという感じで、ほとんど大したことが聞かれなかったのである。葉月は、これはダメっぽいと思った。
面接の部屋を出た後、校舎から走り出す。玄関傍で待っていてくれた★★情報サービスの染宮さんのバイクに飛び乗る。
★★情報サービスは★★レコードも株主に名前を連ねているのでその名前を使用しているが、実質上島雷太・後藤正俊・田中晶星・雨宮三森・醍醐春海・そしてケイの6人で設立した会社なので、こういう時は遠慮無く使える。
染宮は普段はハーレーダビッドソンのFXDWG 1584ccという巨大なバイクに乗っているのだが、今回は渋滞と関係無く東京駅に到達したいということで、Kawasaki Ninja 400 を使用する。セーラー服姿の葉月がそのまま染宮さんのバイクの後部座席に乗り、しっかりと染宮さんに抱きつく。
染宮は葉月のバストの圧力を背中に感じてドキッとしたものの、さすがにそんなことは口に出さない。
「葉月(はづき)ちゃんって上野陸奥子さんの姪なんだって?」
「あ、はい」
葉月は『姪じゃなくて甥です』と言いたかったが、なぜか今は言えない気がした。
「俺、中学生の頃、上野陸奥子さん結構好きだったんだよ。CDも買ったよ」
「わあ、ありがとうございます!」
「葉月ちゃんも、もっとどんどん売り出してもらえばいいのに」
「私は、アクアさんの裏方してるのが楽しいし、アクアさんに憧れているから」
「そっかー。アクアも可愛いもんなあ。だったら結婚したいくらい?」
「え〜!?それは考えたことないです」
「まあ確かに恋愛感情持ってしまったら、まともに仕事できないだろうしね」
「そうですよ!」
しかし僕とアクアさんが結婚するなら、それどちらが奥さんなのだろう?と考えると葉月は分からなくなって来た。アクアさん、その内、女の子になっちゃうのかなあ。。。。
ところで性転換手術って、どういう手術なんだろう?
葉月が、その手術内容を母から聞くことになるのはこの1週間後である。
バイクは30分弱で東京駅八重洲口に到着する。葉月は御礼を言ってバイクを降り、東北新幹線乗場まで走って行く。
すると13:36のやまびこ53号に間に合ってしまった。
これが16:54に盛岡駅に到着する。
新幹線では体調を整えるために寝ていなさいと言われていたので、走って汗を掻いた下着だけトイレで交換した後は、ずっと寝ていた。盛岡駅には★★情報サービスでふだん醍醐先生を担当している矢鳴さんが待機していて、こちらはヤマハのYZF-R3(320cc)で駅に来ている。そこからバイクで走って17:20頃、会場に到着した。
「遅くなりました!」
と言って葉月は楽屋に飛び込んだ。
「お疲れ様!」
現在品川ありさの演奏中である。今、15分遅れになっており、ありさの演奏は17:40頃に終わる予定であるということだった。
「ありさちゃんの次に行く?」
「行きます!」
それで、品川ありさ→川崎ゆりこ→秋風コスモス→今井葉月→桜野みちる、という予定を、品川ありさ→今井葉月→川崎ゆりこ→秋風コスモス→桜野みちるの順序で演奏することにした。
(元々は今井葉月→品川ありさ→川崎ゆりこ→秋風コスモス→桜野みちる、の予定だったので、結局葉月とありさが入れ替わっただけになった)
「すぐ着換えますね」
「そのセーラー服のままでもいいけど」
「そうですか!?」
「元々それ、ドラマの衣裳だし」
「そうなんですけどね!でもボク男の子なんですけどぉ」
「大丈夫。ほとんどのファンが女の子だと思っているから」
「うーん・・・」
「それに今日歌う歌に合っている」
「確かに」
「歌のためのコスプレということで」
「そうですねぇ・・・」
「メイクだけしようか?」
「あ、はい」
それで葉月はうまく乗せられて、セーラー服でステージに出て行くことにした。顔を化粧水で拭いてもらった上で、きれいにステージ用のメイクをする。葉月はお化粧っていいよなあ、などと考えていた。
品川ありさの演奏が終わった後で、司会役の小風が
「高校受験のため到着が遅くなっていた今井葉月(ようげつ)ちゃんが先ほど到着しましたので、この後、すぐに彼のパフォーマンスを入れます」
とアナウンスしたものの、葉月はセーラー服で出てくるので、観客の大半はふつうに女性歌手だと思っている。だいたい出て行ってすぐに
「葉月(はづき)ちゃーん、お疲れ様!」
「高校受験、うまく行くといいね」
などという声も掛かっていた。
さて、葉月は“持ち歌”が無いので、他の人の歌のカバーを歌うのだが、実は今日はセーラームーンの歌を歌うことにしていたのである。その衣裳としてセーラー服はぴったりであった。
『ムーンライト伝説』
『“らしく”いきましょ』
『タキシードミラージュ』
『愛の戦士』
『月虹』
『ムーンライトリベンジ』
の6曲を歌う。基本的にはソプラノ・ボイスでの歌唱である。それに
『“らしく”いきましょ』には「セーラー服なびかせて」という歌詞も出てくる。
『“らしく”いきましょ』は元々はMeu(梶谷美由紀)が歌った曲だが2014年に出た『美少女戦士セーラームーン THE 20TH ANNIVERSARY MEMORIAL TRIBUTE』では桃井はるこが歌い、とっても格好いいナンバーになっている。葉月はその桃井版を聞きながら練習したので、同様にかっこいい歌い方になっていた。
葉月は歌詞の中に何度も出てくる「Never Give up」という言葉で、今困難な状態にある高校入試についても、何とか頑張ろうという気持ちになることができた。
ライブの時間まで変えてもらって受験してきたのに、今日の入試はあまり感触がよくなかった。たぶんダメかなと思う。残るは17日の浦和B学園と19日の川崎G高校だが、頑張ろうと改めて思った。
「泣きたい時にはポケベル鳴らして呼んでか・・・・この歌詞の意味、分からない子多いだろうな」
と楽屋で今井葉月の歌う『“らしく”いきましょ』を聞きながら、エレメントガードのヤコが言う。
「ヤコさんだって知らないでしょ?」
とコスモスが言う。
「ポケベル文化の時期は私はまだ小学生だったからね」
「でもこの歌が出たのは1995年で、いわゆる携帯元年なんですよね」
「ポケベル文化のもう末期だろうね」
「0840おはよう、14106愛してる、なんてポケベルの数字によるメッセージが流行った時期かなあ」
「それが女子高生たちの間で急速に広まった後、更にカナ文字が表示できるものや、漢字まで表示できるものまで出たんですよね」
「それでポケベル打ちが出てきた訳だよね」
「あれはやはりスマホのフリック入力より速いですよ」
「スマホでもポケベル打ちやりたいねぇ」
と§§プロ総括マネージャーの田所さんなどは言っている。彼女はまさに、そのポケベルでのコミュニケーションをしていた世代かも知れない。
話している内に『タキシードミラージュ』も終わり『愛の戦士』に行く。
この曲は元々は石田よう子(現・石田燿子)が歌ったのだが、セーラームーン20thアニバーサリーのアルバムでは、後藤まりこ・アヴちゃん(女王蜂)のデュエットに編曲されていた。この日、葉月はそのバージョンに基づき、1人デュエットで歌った。
後藤まりこパートをソプラノで、アヴちゃんパートをテノールで歌い分ける。この1人男女デュエットに会場ではどよめきが起きていた。
(アヴちゃんは実際には、いわゆるオカマ声っぽい声で歌っているが、西湖は地声の男声で歌った)
葉月は年末年始のローズ+リリーのカウントダウンライブでも、男声歌唱と女性歌唱の両方を披露しているので、これで彼が両声歌手であることを認識したファンが増えたかも知れないと私は思った。
「昔、ケイさんも『ふたりの愛ランド』の1人デュエットやりましたね」
とコスモスが言うので
「あれは黒歴史にしといて」
と言って私は苦笑した。
「ごめんなさい!」
「ケイさん、男声出るんですか?」
とヤコが不思議そうに訊く。
「あの頃は出た。もう出ない」
と私は答える。
「へー。やはり発声法なんですか?」
「というより声変わりしてたからね」
「それはさすがにないでしょ。だって、ケイさんって、幼稚園の頃に性転換したんでしょ?」
「うーん。。。世間的にはそういうことになっているのか」
「だってwikipediaにそう書いてありましたよ」
「ホントに!?」
「まあ、あれは本人も知らないようなことがあたかも事実であるかのように書かれているよね。私もびっくりしたことある」
とコスモスは苦笑していた。
「事実と違っていると思って修正したら、その修正の根拠が無いと言われて元の間違った情報に書き戻されてしまったことあります」
とゆりこ。
「あのサイトは出版された本に書いてあることが絶対優先なんだよ。それが本人やそのことに詳しい人の情報より優先されてしまう」
「本人や詳しい人の話は、独自研究と言われて排斥されるんだよね〜」
葉月の熱唱は特に20代の観客に受けた感じで『少女歌手・今井葉月(はづき)』のファンが随分増えたような気がした。
彼の後は、川崎ゆりこがベテランの貫禄で質の高い歌唱をする。そしてコスモスがお笑いに走った、ほとんどトークばかりの20分ほどの公演をし(コスモスは結局2曲しか歌わなかった)、最後は§§プロのトップ歌手である桜野みちるの感動のステージで締めて、19:10くらいにこの日の公演を終えた。コスモスが自分のステージを10分短くしたので、桜野みちるがアンコールまでしても常識的な時間に終了させることができた。
3月11日。
この日も午前中がアクアのライブである。この日も早朝からファンが並んでいたので、昨日と同様に8時に会場を開けた。また昨日アンコールが3回になり終演時刻がずれこんだこともあり、この日は予定より早い9:50から演奏を開始し、昨日と同様の3回アンコールまでして11:35に終了した。
この日の3rdアンコールには、ローズ+リリーの『青い恋』を使用した。この演奏には私、泰華、千里、鷹野さんの4人が出て行きバックでヴァイオリンを弾いたので、歓声があがっていた。
千里は早朝の試合に出たらしいのだが、その後仮眠した上で10時頃こちらの会場に入ったということであった。
この時は、私と泰華・千里が白いドレスを着たので鷹野さんにも「ドレス着ます?」と訊いたのだが「俺、タカじゃないから遠慮する」などと言っていた。
「まあでもこの4人は全員生まれた時は男として出生届が出された訳で」
などと千里が言う。
「でも今は全員女になってしまったね」
と泰華が言ったが
「いや俺は男だ」
と鷹野さんは言っていた。
「鷹野さん女装しないの?」
「そういえば一昨年の苗場の時にスカート穿きたいと言っていた」
「変なこと思い出さないでよ」
「お化粧教えてあげようか?」
「ハマったら怖いから遠慮しとく」
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