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■夏の日の想い出・つながり(18)
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目次 8
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「でもあの状態じゃ、しばらく仕事出来ないだろうなあ」
と花野子は心配するように言う。
「でも今年は世界選手権に向けて合宿もたくさんやっているのに。あの感じでは日本代表から離脱かな?」
と秋葉夕子が言ったが、玲央美が否定する。
「千里は5人くらい居るから、別の千里がちゃんと代表を務めるよ」
「5人!?」
「いや、その疑惑は高校生の頃からあった」
と暢子。
「むしろ小学生の頃から、きっと千里は3-4人居るとみんな言ってた」
と蓮菜。
「男の子の千里と女の子の千里と男の娘の千里と女の娘の千里」
などと蓮菜が言うと、政子が興味津々という顔をしている。
「千里が男の子だと思ったことは一度も無いし、あいつ絶対ちんちんなんか付いてないと思ってたけど、ちんちんが無いと考えると理解できないこともしばしばあった。だから、ひょっとして千里って、男と女の双子なのではと思うこともあった」
と実弥(留実子)。彼は今日は男性用の喪服を着ている。夫の鞠古知佐さんがなぜか女物の喪服(但しズボン仕様)を着ている!?ので結果的に夫婦に見える。
「大学時代の千里も信じられなかった」
と浩子が言っている。
「だって、ファミレスのバイトと神社のバイトを掛け持ちした上で音楽活動もしていたし、それでバスケもやって、毎週大阪に行って彼氏とデートしてたし。大学も海外遠征に行く時以外は、あまり休んでなかったみたいだし」
「それは確かに千里が5人くらい居ないと不可能だ」
「5人か10人居るなら何とかなるかな」
と話し合いはよく分からない方向に進む。
青葉がどう反応していいか分からず困っていたら、玲央美が青葉の肩をポンポンと叩いた。それを見て私はやはり玲央美は千里が(何人に別れているかまでは分からなくても)分裂していることを認識しているなと思った。
葬儀の後、花野子が自宅に帰り、梨乃も呼んで一緒に御飯を食べながらゴールデンシックスのアルバムの企画を練っていたら、訪問者がある。
「千里!?」
「いやぁ、悪い、悪い。色々心配掛けてるね」
と千里は笑顔で言う。
「千里、凄く元気になってる!」
「私は元々元気」
「・・・もしかして、意気消沈している千里とは別の千里〜〜〜!?」
「玲央美が言っていた通りなんだよ。私は5人くらい居るんだよ」
「ホントに5人いる訳!?」
「まあその内3人が本物で他はニセモノなんだけどね」
「はぁ!?」
「ゴールデンシックスのアルバムの構想練ってたんでしょ?私も入れてよ」
「うん」
「まあ、私が何人もいる経緯、そして貴司のことが好きな筈の私が他の男性と結婚した理由とかも、説明するからさ」
「説明して欲しい!貴司さんとのことも私は不可解だった」
それで千里は持参のケンタッキーフライドチキンを出してから、これまでの経緯を2人に話し始めた。
「こういう話、信じる?」
と1時間くらい掛けて説明してから千里は訊いた。
「千里じゃなかったら、とても信じられない話だ」
と花野子。
「まあ千里ならあり得る話だ」
と梨乃も言った。
なお“千里の夫が亡くなった件”について、千里3と会ったバスケ関係者は
「大変だったね。力を落とさないでね」
などと声を掛けたが、千里3は
「へ?何のこと?」
と言う。
「えっと・・・ご主人が亡くなられたんでしょう?」
と言うと
「冗談を。私そもそも結婚もしてないし。彼氏はいるけどピンピンしてるよ」
と千里3は笑って答えた。
それでみんな「きっとこのことは早く忘れて頑張りたいのだろう」と勝手に解釈して、この件は千里3には言わなくなった!
信次さんが亡くなった1週間後の7月11日、兄の太一さんの奥さん・亜矢芽さんが男の子を産み落とした。康子さんが物凄く嬉しそうにしていて、これで康子さんの気持ちも少しは変わるかも、と和実が報告してくれた。
「千里の様子は?」
「全く変わってない。何か話しかけても無反応。私のことも誰なのか分かってないかもという状態」
「どうする?」
「もうしばらく様子を見るしかないと思う」
「そうか。。。。和実、お店の方は大丈夫なの?」
「うん。あちらはチーフのマキコちゃんが頑張っているから、私が遠出しても何とかなってる。売上も順調だし」
「そういえば屋台村が出来たんだって?」
「そうなんだよ。うちの店が孤軍奮闘している内に、周辺のスーパーとかにも客が増えてさ。それで地元の町の若い人たちと、演習農場に来ている大学生とがタグを組んで屋台村の企画を立てて、それで結果的に人が更に増えているんだよ」
「面白いね。淳さんの方はどう?」
「不安そうな顔をけっこうしている」
「この年齢になってから手術を受けるのは結構不安だろうね。仕事は予定通り休めそう?」
「うん。淳が担当したシステムは7月初めに立ち上がって、今の所だいたい順調に動いているんだよ。だから予定通り9月7日まで出勤したあと休職して、9月12日に手術を受けられると思う」
「またクロスロードのメンバーのおちんちんが1本減るわけだ」
「これでオリジナル・メンバーで、おちんちんがまだ残っているのは、あきらさんだけになるね」
と和実は楽しそうに言っていた。
和実が帰った後、入れ替わるように千里2が来た。たぶん顔を合わせないように待っていたのかなと思った。
「それでさ、千里1が当面使えないと思うから、その代替が必要なんだよ」
と千里2は言った。
「うん。誰かできそうな人居る?」
「丸山アイが使っているスーパーコンピューターにやらせたい」
「スーパーコンピューター!? もしかしてアイちゃん、コンピュータに作曲させてるの?」
「量産品はそれで骨格を作った上で、長崎市の**女子大の音楽科の生徒たちが調整を掛けている」
「うっそー!?」
「1本2万円のバイト」
「美味しいバイトかも」
「それでスーパーコンピューターをもう1台買いたいんだよ」
「そんな簡単に買えるもの?」
「実は数年前に運用終了した、同じ仕様のスーパーコンピューターが3台あって、丸山アイはその内の1台を個人的に買い取って使っていたんだ」
「個人で!?」
「3台は同じ仕様だから実は同じプログラムが動くんだよね。2台にする場合はデータベースを同期させる改修を加えるだけ」
「なるほどー。でもそれ何億なの?」
「3台は同じ仕様なんだけど、使っている素子の仕入れ先が違うんで価格は凄い差があった。アイが個人的に買っていたのは一番安いので、原価で4000万円だった。それを1000万円で買い取った」
「1000万円ならアイちゃんなら買えるか」
「それで別の奴を買いたいんだけど、これは原価が4億円だったんで向こうは8000万円なら売ってもいいと言っているらしいけど、アイちゃんの資金力では厳しいらしい」
「分かった。それ私がお金を出すよ」
「うん。よろしく」
それで私は丸山アイに連絡した。スーパーコンピューターの件を私が知っていたことに向こうは驚いていたが、お金を出してくれるなら助かると彼女は言った。
ただ話を聞いてみると、千里が言っていたのとは内容が違う。どうも千里は話をハンパに聞いて、私に投げてきたようである。
「ここまで私と山吹若葉さんの2人だけでやってきたんですが、利益の出る事業ではないので、もっと参加者を増やした方がいいという話になりまして」
「若葉が関わっていたの!?」
「お金が余って困っているから何か投資することない?と言われたので、じゃ出資してもらえませんか?と言ったら出してくれました」
アイは一度関係者で集まって話したいと言ったので、向こうに日時を調整してもらった。結局、その日の夜26:00(7/12 2:00)に若葉の家に集まることにした。この時間帯になったのは、千里の生活時間帯に合わせたということのようである。若葉もアイも時間に関係無い生活をしている。
千里は現在アメリカで生活しており、午前中にチームの練習に参加していて、午後はフリーなので自主練習をしたり作曲活動をしたりしているようだ。アメリカの午前9-12時は日本の22-25時に相当するので、その後の時間を使うことにした。
この日、7月11日の夕方にはアクアの13枚目のシングル『回れ回れ/旅人の休息』が発売された。『回れ回れ』は岡崎天音(マリ)作詞・大宮万葉(青葉)作曲であるが、実際には制作過程で和泉・千里2・丸山アイの3者の手でかなり調整された。『旅人の休息』は琴沢幸穂名義の作品で実際に書いたのは千里3である。
この発表記者会見には、アクアとコスモス社長、プロデューサーでもあり作曲者でもある青葉、それにこの曲を主題歌・挿入曲とする映画『80日間世界一周』の監督・中村万作さんが出席した。中村監督は昨年は『キャッツアイ・華麗なる賭け』の監督を務めたが、映画が成功で物凄い興行収入になったことから、今年も再登板となった。昨年同様夏休み中にあらかた撮影し、公開は年末である。
記者会見は3月と同様、北新宿のTKR本社・特設ステージ大ホールでおこなう。同社には54人座れる大会議室など多数の会議室があるのだが、これらの会議室の間仕切りを全部取り外すと、椅子付きで192人、椅子無しなら500人収容の大ホールが出現する。この仕様で発表記者会見をするのはアクアのみである(ステラジオは大会議室を使う)。
会見は18時からであるが、17時からリハーサルを行い、アクアのリハーサル歌手を務める葉月の歌唱の後、葉月・コスモス・青葉・私がテーブルの前に座って、会見で話す内容の確認をした。葉月はアクアの代理、私は中村監督の代理である。リハーサルは17:20くらいに終わり、私たちは別室に引き上げる。
なお葉月は放送局に向かい、アクア出演番組のリハーサルに出る。エレメントガードは休憩する。それで別室に入ったのは、コスモス・青葉・私、それに千里2と丸山アイに和泉である。ちなみに私は今回のCDには関わっていないのだが、マリの代理!で来ている。
「本当は1回交代の原則からすると、今回はケイさんの担当だったんですけどね」
と青葉が言う。
「ごめんねー。とても余力が無くて」
と私。
「でも私もたくさん書いてて、楽曲が粗製濫造ぎみになっているんですよ。だから今回は和泉さん、アイさん、千里姉にかなり修正してもらいました」
「ところで、醍醐先生、ご主人が亡くなられたと聞いたのですが、大丈夫ですか?」
とコスモスが訊いた。
「うん。私は大丈夫。泣いてばかりはいられないからね。仕事をしていれば悲しみも乗り越えることができるから。まだ本来は忌引き中なのに出てきてごめんね」
と千里は言う。
私や青葉は無表情でそう言う千里を見ていた。アイも似たような表情なのでああ、アイも千里の分裂に気付いているなと思った。結局、この場で千里が分裂していることを知らなかったのは和泉だけだったのである。
「でも今回はアクアのCDでは初めてのバラード曲になりました」
「うん。私も言われてみて、ああ確かに今までアクアにバラードは無かったなと気付いたんだよね」
と千里は言う。
「リズミックな曲が得意な歌手はバラードが苦手だったりするんだけど、アクアはうまかったね」
「音程が凄く安定しているからスローな曲を歌ってもボロが出ないんですよ」
「リハーサルで歌った葉月もうまかった」
「あの子自身のCDは作らないの?」
という質問が出る。
コスモスが答える。
「あの子、アクアの影武者だけで使うにはもったいないくらいなんですけど、本人がアクアをすごく尊敬しているので、本人の希望通り、ボディダブルとリハーサル歌手をさせているんですよね。実際その仕事だけでかなり多忙なので、もし彼自身も歌手として売れてしまうと、たぶん学業に支障が出ると思うんです。それに彼はアクアの影武者として最高だから、アクアができるだけストレス無く仕事をしていくためには彼の存在が欠かせないんですよ」
「うん。だから彼は今売れてはいけないんだろうね」
「ええ。ですから彼を単独で売り出すとしたら、最低でもアクアが高校を卒業した後です」
「アクアは大学には行くの?」
「行かないと言ってます。実際あれだけ売れていたら大学生と芸能活動の両立は無理ですよ」
「だろうね〜」
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