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■春産(21)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-05-05
その日《千里B》は、2010年に“本人の手描き”でデザインした鳳凰家族の振袖を身につけると、ミラを運転して、その公民館まで行った。2013-4年頃は大活躍したミラであるが、最近は《千里A》が精神力を回復させてアテンザの方ばかり使っているので、ミラは放置されぎみで、《千里B》が使うことの方が多い。しばしばJソフトへの通勤にも使っている。
公民館の駐車場にミラを駐め、運転のために穿いていたローファーを草履に履き替え、裾の乱れを直してから公民館に入っていく。
案内の掲示を見て、その部屋に行くと、既に5〜6人の女性が居る。が1人を除いて洋装である。しまったぁ。私も洋服で良かったかなと思う。
「こんにちは、初めて寄せて頂きます。矢島さんから紹介されて参りました村山と申します」
と《千里B》は挨拶した。
「あなた凄い服を着てきたわね」
と言って、唯一和服(付下げ)を着ていた50代くらいの女性が寄ってくる。
「済みません。何にも分からないもので、お茶なら和服かなと思ってこれ着て着たんですけど、あまりこの席には合わないですよね?」
「そうだね。お茶会の時は、亭主する時は色無地、お客は付下げとか小紋、あるいはあまり派手でない訪問着がいいけど、まあ今日はお茶教室だから、何でもいいよ」
「じゃ次からは小紋を着てきます」
「でも、あなたこれお母さんか誰かに着せてもらったの?」
「いえ。私ひとり暮らしなので。これもひとりで着ましたけど」
「あなた、振袖がひとりで着られるんだ!」
「はい。和服は割と好きだから。友だちと一緒に振袖着て、劇とか見に行ったりもするんですよ」
「すごーい。今時珍しいね。お父さん、どこかの社長さんか何か?」
「いえ。父は高校の臨時講師で、実質失業中みたいなもので。以前は漁船に乗っていたんですが廃船になって。だから家計は母と私の勤めで支えているんですよ」
《千里B》は、Jソフトの名刺を渡した。彼女は川島康子と名乗った。
「自分で稼いでいるんだ!SEかぁ。女性でコンピュータ技術者って凄いね。あなたいくつ?」
「25歳ですけど」
「私の息子のどちらかのお嫁さんに欲しい感じだ」
「あはは。私、好きな人がいるので、遠慮させて頂きます」
と《千里B》は言った。
この「好きな人がいるので」という言葉は後に康子を誤解させることになったのだが、この時点ではさすがの《きーちゃん》もそこまでは思い至らない。
「でもこれ不思議な柄ね」
「インクジェットプリンターで印刷したものなので」
「え?これインクジェット?そんなふうには見えない」
「安価に提供するのが目的の呉服屋さんのシステムじゃなくて、むしろ友禅の技術の保存のためにシステムを開発しているコンピュータ会社のシステムで印刷したものなんですよ。だから良い生地を使っているから、お値段は相応しましたよ。インクジェット振袖が安っぽく見える原因の半分は薄くて安い生地を使っているからなんですよね〜。この絵は私が自分で描いたのですが」
「すごーい!これ自分で絵を描いたんだ?」
「Inkscapeという、お絵描きソフトで描いて、それを印刷してもらったんです。夫婦の鳳凰と、鳳凰の子供2人、男の子と女の子。こういう家族になりたいなと思って描いたんですよ」
「うん。この鳳凰一家は幸せそうだね」
と彼女は笑顔で言った。
桃川春美の結婚式・祝賀会が終わり、二次会のために移動しようとバスを待っている時、当の新郎新婦がやってきて千里に「醍醐先生、私たちの相性を占ってもらえませんか?」などと言った。
「結婚したのに今更相性も無いでしょ?」
と千里が笑って言うが、
「本当なら15-16年前に結婚していてもよかったのに、こんなにもつれたのは何故だろうと思って」
などと春美が言うので、千里はパソコンを取り出し、まずふたりのホロスコープを出してみた。
春美 1978.02.27 5:56 奥尻島
亜記宏 1972.9.4 2:19 札幌市
(内側が春美、外側が亜記宏)
「今日結婚式を挙げたのは亜記宏さんの誕生日に合わせたんだ?」
「そうなんです。そうしてれば、この人絶対結婚記念日忘れないだろうし」
「ああ、そういうのって男性はだいたい覚えきれないよね」
「そうなんですよ」
千里はふたつの出生チャートを見比べる。
「春美ちゃんの火星が、亜記宏さんの月にジャスト重なっている。春美ちゃんは亜記宏さんの奥さんになるべく生まれている感じ」
「わぁ」
「金星も近い位置にある。だから、亜記宏さんにとっては、春美ちゃんは恋人でもあるし奥さんだったんだな」
「なるほどー」
「太陽は乙女座と魚座だから、対抗星座。ふつうは180度って、相性が良くないんだけど、恋人や夫婦としては逆に良い相性なんだよ。つまりふたりは友人としてはあまり良くない相性だけど、恋人や夫婦としてはお互いの欠点を補い合うことができて、良い相性」
「わあ」
「太陽も対抗星座だけど、アセンダントも獅子と水瓶で対抗星座。これって夫婦としては最高の相性だよ」
「へー!」
「恋人としては80点、セックスも80点かな。火星同士が乙女と蟹でセクスタイルだし」
「セックスタイルってセックスに良い相性なんですか?」
「いやセクスタイルってのは6分の1という意味で360度の6分の1つまり60度という意味だよ」
「びっくりしたぁ」
「強いて気になることといえば、春美ちゃんの土星と亜記宏さんの水星が重なっていることくらいかな。その場合、春美ちゃんの近くにいると亜記宏さんは冷静に物を考えることができなくなったりするんだな」
「ということは今みたいに分散して暮らしている方がいいんですか?」
「違うよ。本能的になっちゃうということ」
「あははは」
「心あたりあるなあ」
「ふたりが別れた2001年夏頃に土星が双子座にある。すると乙女座にある亜記宏さんの火星、魚座にある春美ちゃんの金星の双方を邪魔する。その結果お互いの魅力を見失ってしまったのかもね」
「それが私が振られた原因?」
「影響はあったと思うよ」
千里はふたりの過去とこれからを見るのにタロットをケルト十字法で展開した。
過去:金貨の王子。夜這い。
現在:聖杯の女王。凍結。
未来:正義。判決。
潜在:金貨の王女。隠された事実。
顕在:棒の8。墜落。
鍵:聖杯の2。愛情。
本人:聖杯の6。子供。
環境:剣の8。終戦。
希望:魔術師。無限の可能性。
最終結果:力。努力による思いがけない解決。
「亜記宏さんが実音子さんと結婚している時期にもふたりって関係あったでしょ?」
「え、えっと・・・・」
「でも春美ちゃん、いまだに亜記宏さんのこと許してないのでは?」
「そうですねぇ」
「でもまだ2人が知らないことがあるんだよ。それが分かれば誤解は解ける」
「そうなんですか!?」
「結婚式の場でこれ以上突っ込むのはよくない。近い内にまた私、北海道に来ることになりそうだし、その時、再度セッションをしない?」
「分かりました」
「大事なことはふたりがしっかり愛し合うこと。それは3人の娘さんたちが望むことでもある」
と千里は言った。
「はい、それはしっかりやります」
「うんうん」
「ところで、この人、立たないんですけど、いつか立つようになります?」
千里は1枚だけ引いた。
剣の9。
「原因が取り除かれたらちゃんと立つよ」
春美は頷き、亜記宏は腕を組んでいた。
「あとひとつだけ。この人、女装趣味は無いと主張するけど怪しいと思うんです。実態はどうですか?」
棒の女王。
「棒付きのクイーン」
「え〜〜!?」
「やはり」
二次会が終わった後で、春美が確保してくれていたホテルに移動し、部屋で休んでいたら、丸山アイが来訪した。
「で、どうしたのかな?」
と千里は尋ねた。
「僕もまだ詳しい話は聞いていないんですけどね」
と前提を置いてアイは話し始める。
「鴨乃先生、僕の性別、それからRainbow Flute Bandsのフェイの性別、分かりますよね?」
「だいたい想像はしているけど」
「たぶんその想像で合っていると思うんですけど、僕もフェイもお互いとてもレアな性別だから、それで惹かれあって、結構セックスしてるんですよ」
「それってもしかして恋愛というよりセフレという感じ?」
「実はそうなんです。よく分かりますね」
「早紀ちゃんが、話している感じに恋愛要素を感じなかった」
「それでフェイが妊娠したらしくて」
さすがの千里も考え込んだ。
「あの子、妊娠できるんだっけ?」
「僕も知らなかったけど、卵巣と子宮があったらしい。それ知っていたらちゃんと避妊するようにしてたのに」
「避妊も何も、早紀ちゃん、睾丸無いでしょ?」
「ありません」
「だったら、早紀ちゃんが妊娠させられる訳無い」
「やはりそうかぁ」
「真琴ちゃんって、何人かセフレ居たの?」
「いました。僕も手帳で確認したんですけど、8月3日に僕は真琴とセックスしてるんです。でも実は2日と4日にも別のセフレとセックスしたらしくて。そして今胎内の胎児のサイズからすると、その頃に受精したと思われるそうなんですよ」
「ああ」
「それで本人も、誰の子供か分からないらしくて」
「DNA鑑定すればいいんじゃないの?」
「それ赤ちゃんが生まれた後ですよね?」
「妊娠中にもできるよ」
「子宮内の胎児から細胞を取るの?」
「そんな恐ろしいことしなくても、臍の緒で赤ちゃんとお母さんはつながっているから、お母さんの血液中に胎児のDNAが混入するんだよ。だからお母さんの血液を採取して鑑定すればいい」
と千里は説明する。
「そんなことができるんだ!」
「でも早紀ちゃんが父親ということはあり得ない」
「はぁ・・・」
「父親になりたかった?」
「僕は生殖能力は放棄しちゃったから、それは諦めていたんですけどね。ひょっとしてと思っちゃって」
「まあ睾丸無しで妊娠させるのは無理だね」
「でも僕、戸籍は男だから、認知は可能ですよね?もし他のセフレさんが認知を拒否した場合、僕が認知したいんですけど」
「うまくすれば通るかもね」
「男装して届けに行こうかな」
「早紀ちゃんの男装って、マジで男の子にしか見えないから凄いよね」
「みんなから褒められます。僕のことtwo-spiritsだと思い込んでいる友人もけっこういるんですよ。僕は恋愛的にはバイセクシュアルだし、機能的にもバイジェニタルだけど、心はほぼ男の子なんですよね。服は女の子の服を着る方が好きだから、女装している時が多いけど」
「今日の祝賀会でも振袖着てたね」
「あれ信子に乗せられちゃったんですけどね〜」
「そのあたりの実態知っているのは、その信子ちゃんとか、問題の真琴ちゃんとか、もうひとりの早貴ちゃんとか、洋介君とか、義満君とか、雅希君とか、その辺りかな?」
「そこまでバレてるのは、やはり鴨乃先生だけだなあ。それで鴨乃先生に相談したかったんですけどね」
「それで実際問題として、この赤ちゃんの父親って2日にセックスした人か、3日にセックスした僕か、4日にセックスした人か、先生占ってもらえません?」
とアイは言った。
「早紀ちゃん関係無いから気にすることないと思うけどね」
と言いながら、千里は愛用のタロットを取り出す。
1枚ずつ並べる。
2日。金貨王子:幽閉されているマーリンの許を訪れる悪魔。
3日。金貨の4:堅く守られた城。
4日。金貨王女:マーリンを封印した魔女ニムエ。
「あ、これなら僕も分かる」
と早紀は言う。
「うん。2日の子だね。だから、やはり早紀ちゃんは父親じゃないよ」
と千里。
「そっかー」
とアイは脱力したように言った。
「でもそもそも真琴ちゃんのセフレってのも、今早紀ちゃんが言ったような子たちじゃないの?」
「彼が気を許すのもそのあたりって気はします」
と言って丸山アイは少し疲れたように苦笑した。
「でもそういう仲良しグループがあるんだったら、みんなで共同で真琴ちゃんのお腹の中の子供を支えてあげればいい。認知はひとりしかできないだろうけど、全員父親役をしてあげればいい。嫉妬とかはないんでしょ?」
「うん。セックスはしてるけど恋愛感情は無いから嫉妬もない。僕、信子とも洋介とも仲良いし」
「でももしかしたら真琴ちゃんが“お姫様”だったんだ?」
「ああ、あの子は総受けかも」
とアイは感慨深く言った。
「あの子、そもそも恋愛をしたことないなんて言うんですよね。実際あの子、ラブソング書かないでしょ?」
「確かに。早紀ちゃんは恋愛の経験は?」
「男の子とも女の子とも経験してるよ」
「早紀ちゃんが作る歌を聞いていると、そんな気はした」
「女の子との恋愛経験を高倉竜名義で出して、男の子との恋愛経験を丸山アイ名義で出してるんですよ」
「うんうん、そんな感じだろうね」
「僕と真琴は凄く似た立場だと思うけど、僕は両性タイプで真琴は無性タイプなのかもと思ったことはあります」
「うん。真琴ちゃんはフェイという芸名の通り、妖精なのかもね」
「でも両性タイプの僕は生殖能力無くて、無性タイプの真琴に生殖能力があったというのが、ちょっとショック」
「早紀ちゃんも妊娠しちゃったりして」
「妊娠してみたーい!」
と彼は笑顔で言った。
千里はそこでカードを1枚引いた。
力。ライオンと戯れる女性の絵である。
「早紀ちゃん、女の子の母親か父親になるかもね」
「マジですか〜?」
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