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■春産(19)
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真琴は紹介状をもらって、東京都内の大学病院に来ていた。小さい頃から何度も来ている病院ではあるが、過去の治療とは直接関係無いので、紹介状が無いと6000円余分に払わなければいけないかもということで、最初に受診した病院の先生が念のため紹介状を書いてくれた。但し実際には受付の所にいた顔見知りの事務員さんが「あら、久しぶりね〜」と言って声を掛けてきたので、結局紹介状は不要だったようだ。
尿と血液を採られ、血圧、体重、なども測られる。そして真琴をよく知っている婦人科医・朝倉の診察を受けた。
「確かに妊娠しているみたいだね。子宮内を観察したいんだけど、この時期はまだ経腹では検査できないんだよね。経膣検査させてもらっていい?プローブ(prob)って機械を膣の中に入れるんだけど」
「先生ならいいよ」
と真琴は言って内診台に乗った。
「知らないお医者さんに、あまりあの付近見せたくないんだよ」
「まあ気持ちは分かるよ」
「でもこれに乗るの久しぶりだなあ」
「“性転換手術”をした後以来かな」
「そうそう」
「真琴ちゃん、もうバージンじゃないよね?」
「バージンなら妊娠しません」
「まあ普通そうだよね」
「私、妊娠することないからって、ボーイフレンドに生で入れさせてたのに」
「卵巣も子宮もあるんだから、妊娠する可能性はあったよ」
「でも今まで生理無かったんだよ〜」
「要するに初めての排卵が受精しちゃったんだね」
「そういうこともあるのかぁ」
「セックスしたのいつか分かる?」
「たくさんしてるからどれが当たったのか分からない」
「ああ」
朝倉医師はプローブにゼリーを塗りコンドームに包んで、真琴のヴァギナにゆっくりと挿入する。
「セックスしてるみたい」
「リラックスしてるね。これ痛がる人もいるんだよ」
「ああ。緊張したりすると広がらなくて痛いかも」
「ちゃんと子宮に着床してるよ。見てごらん」
と言ってモニターに映った子宮の内側を見せる。
「ちっちゃい」
「2.5cmくらいだね。たぶん6-7週目って所。だから逆算すると受精したのは8月上旬と思うけど、その頃にセックスした覚えは?」
「ちょっとスマホ見ていい?」
「いいよ」
それで真琴は内診台に乗ったまま、近くのバッグからスマホを取り出すとスケジュール表を見ていた。
「8月2日、3日、4日に別々のボーイフレンドとセックスしてる」
実際には3人ともボーイフレンドというべきかガールフレンドというべきか微妙だよなと真琴は思った。
「マコちゃん、ボーイフレンド3人もいるの?」
「えっとセックスする男の子(の機能がある子)は5人かなあ」
「さすがに遊びすぎ」
「ごめんなさい!」
「じゃ誰が父親かは君にも分からないね?」
「分からない!」
「これあと1週間くらい経ったら、マコちゃんの血液の中に含まれる胎児のDNAで親子鑑定できるけど、やってみる?費用は相手が3人なら40万円くらい掛かるけど、マコちゃんならそのくらい負荷にならないよね?」
このあたりは長い付き合いなので遠慮が無い。
「うーん。。。DNA鑑定はいいや。3人と話し合えば、その中の誰かが認知してくれると思う。僕もその3人も全員AB型で、僕はRh(+)だから、子供の血液型が認知してくれる人と矛盾することもないし。認知したいって子が複数いたらじゃんけんで。それに僕が複数のボーイフレンドやガールフレンドとセックスしてるのは分かっているから」
「えっと、マコちゃん、ボーイフレンドだけじゃなくてガールフレンドもいるんだ?」
「僕は個人的には男の意識の方が強いんですよ。でも服装は女の子の服が好きだから、女装男子に近いんですよね〜」
「それは小さい頃から言ってたね。だから実生活は女の子で、戸籍は男の子でということにしたんだもんね。でも女の子と普通にセックスできる?」
「できるよ〜」
「それは凄いね。だって女性ホルモン飲んでるよね?」
「ちゃんと日々規定量飲んでるよ(ということにしとこう)。だから女性ホルモン優位だよ」
「それで女の子とできるのはやはり凄い。男の子ともふつうにできるでしょ?」
「僕の外見を気にしない子なら。僕のボーイフレンドはむしろ面白がっている感じだけどね。双方同時射精に挑戦してみるんだけど、やはりそれは難しい」
「凄いことやってるね〜」
と朝倉医師は少し呆れたような顔で言った。
内診台から降りて、普通に椅子に座って医師と話をする。
「だけど僕、男の戸籍のまま子供を産んだら、戸籍上の扱いはどうなるんだろう?」
「悪いこと言わないから、戸籍の性別を女に直しなよ。君は女だっていう診断書書いてあげるからさ。別にちんちん切れとは言わないよ」
「やはり、そうしないと無理かな」
「裁判で4〜5年争う気が無ければ。もし裁判起こした場合でも、最高裁まで行っても、君の希望通りになるかは分からないし君の性別に関する情報が、ほぼ全公開されちゃうよ。君、凄く傷付くことになると思うよ」
「そうだなあ。朝倉先生がそう言うなら女になっちゃおうかな。不本意だけど」
と真琴は朝倉を見ながら言った。
「ねえ、先生。長い付き合いだから、教えてよ」
と真琴は言った。
「この赤ちゃんが生きたまま出産に至る確率は?」
朝倉はしばらく考えていた。
「1%くらい」
「やはり」
「マコちゃんの性格の問題がある」
「性格?」
「この子を出産に至らせるためには出産させても何とかなる8ヶ月目に入る来年2月まで、日々の厳密なホルモンのコントロールが必要だと思う。でもマコちゃん、ベースが男の子だから、そのコントロールを自力でする能力が無い。でもホルモン剤渡しておいても、マコちゃんの性格なら、絶対忘れたりして飲まない日とか規定と違った量を飲んだりする日が出る。だいたいペニスが勃起するなんて、それ絶対3日くらい女性ホルモンさぼってる」
「バレてるなあ・・・」
「ひとつの手はこのまま入院して出産まで完全に医師の管理下でホルモンの調整をすることだけど。それでも生児を得られる確率は3割くらいだと思う」
「それは無理。事務所の社長も真っ青になるし、メンバーが御飯食べられなくなる」
「でも多分この機会を逸したら、君、赤ちゃんを産む機会は一生無いよ」
「それはそんな気がする。おそらく僕は何度もは妊娠できないと思う。先生、入院したりせずに、そのあたりのコントロールをきちんとする手はない?毎日病院に来てねというのも無しで」
朝倉はまた考えていた。
「ちょっと相談してみたい人がいる。2〜3日待ってくれる?」
「うん」
「ところでこれ、出産する場合は帝王切開だよね?」
「それしかないね。君のヴァギナは赤ちゃんの頭を通せるほど広がらないんだよ。そもそも君の子宮もそんなに大きくないし、8ヶ月まで持ち堪えたら、その時点で帝王切開して出そうよ」
「そうだね。8ヶ月子は育つと言うし。それに経膣出産より楽そうだからいいことにしよう。手術されるのはもう今更だし」
「確かに君、これまでに何度手術というものを受けたんだろうねぇ」
と朝倉は同情するように言った。
この日真琴は「必ず書いてある日に書いてある分飲むこと。また他のホルモン剤は飲まないこと」と朝倉医師自身の字でマジックで書かれたホルモン剤の処方薬の袋をもらった。
9月4日(日)。
インカレは最終日である。
この日は朝からまず男女の400m個人メドレーの予選があり、青葉はA決勝、圭織がB決勝に進んだが、猿田は予選落ちとなった。その後男女の100m背泳の予選があったが、寛子も諸田も予選落ちした。その後男女の200m平泳ぎの予選があり、香奈恵と中原がB決勝に進出した。
青葉は400m個人メドレーでのゴールタッチを褒められた。
「あれで0.3秒速くなったと思う。昨日の青葉ならB決勝行きだったね」
とジャネが言った。
予選の部の最後には男女の800mフリーリレーが行われる。女子は昨日のメドレーリレーと同じ、圭織/杏梨/青葉/ジャネ、というメンツで出て、3位の成績で決勝に進出した。男子も15位の成績でB決勝に進むことができた。
「青葉のタッチが速かったから私は安心してスタートできた」
とジャネが言っている。
「予選での引き継ぎ時間は、圭織さんから杏梨へが0.28秒、杏梨から青葉が0.14、青葉からジャネさんへが0.05でした」
と蒼生恵。
「ジャネさん、ほんとに超反応だ」
と杏梨。
「杏梨ちゃんはタッチしてから飛び込んでるからね。あれは見込みで身体を倒していってタッチする瞬間に蹴るんだよ」
とジャネ。
「それ高校の時も言われたけど、フライングしそうで恐いんですよ」
と杏梨。
「スタートの時は身体を動かしたらフライングだけど、引き継ぎの時は足がスターティング・ブロックを離れた瞬間を計時されるから」
と圭織。
「まあそれは帰ってから練習しようよ。今日まではむしろフライングにならないように、確実な引き継ぎをしよう」
とジャネは言った。
15:25まで休憩であった。一昨日は吉野家、昨日はすき家に行ったが、今日はまた吉野家に行った。どちらの牛丼が好きかについては、メンバー間で結構意見が別れた。
食事から戻ってから青葉とジャネはプールに入って軽く調整するように練習したが、圭織は仮眠していた。杏梨は「泳いだら疲れるし、寝たら消化不良を起こしそう」と言って、サブプールの座席に座って身体を休めていた。
インカレの最後の決勝戦が始まる。
最初は昨日予選が行われた女子800m自由形の決勝が行われる。これにジャネと青葉が参加した(この種目はB決勝は無い)。
決勝は予選の成績によって次のようにレーンが割り振られる。
4-5-3-6-2-7-1-8
決勝では0レーンと9レーンは使用されない。ジャネは3位だったので3レーン、青葉は7位だったので1レーンである。
飛び込んでスタートするが、1往復してきた所で、もう予選1位の永井さん(4), 2位の北里さん(5)、3位のジャネ(3)、7位の青葉(1)の4人と、他の4人との差がくっきりとできて、この4人の争いという様相を呈した。
青葉はひとりコースが離れているものの、2コースの人が大きく遅れているので3コースのジャネの動きがハッキリ分かる。それでその動きを見ながらペースをキープできるので、あまり無理もせず集団に付いていくことができた。
そのまま500mくらいまで進んだが、ここで左端を泳いでいる北里さんが仕掛け、それに永井さんが続き、ジャネが続き、それに青葉が続くという感じで、一瞬斜形に並ぶような形になったものの、ジャネが更にスピードを上げ、それに青葉が続いたので、今度は\/\のような形に並んだ。ジャネが先頭、少し遅れて北里、そのふたりに挟まれるようにして頭一つ遅れて永井、それとほぼ同じ位置で青葉である。
700mを過ぎて最後の往復に入った所で永井がスパートして先頭に立つが全員それに付いて行く。そして750mの折り返しの所で4人がほぼ横一列に並んだ。壁を蹴ってラストスパートである。
4人はほとんど並んだまま必死に泳ぐ。一時青葉が頭一つリードしたかに見えたが、ジャネが根性で追いつき、永井もそれに続く。結局その状態でゴール。
全員時計を見る。
1.HATAYAMA 8:35.18
2.NAGAI___ 8:35.32
3.KAWAKAMI 8:35.33
4.KITAZATO 8:35.34
ジャネが他の3人を頭ひとつ近くリードしている。そして2〜4位の3人はわずか0.02秒(距離では3cm)の間にひしめいている。物凄いレースであった。
しかしこれでジャネは金メダル、青葉は銅メダルを獲得した。
男子1500mが終わるのを待ち一緒に表彰式が行われたが、プールサイドから退場してから、圭織や杏梨たちが寄ってきて「おめでとう」と祝福してくれる。その時、杏梨が言った。
「見てた感じでは青葉の方が永井さんより一瞬ゴールが速かった気がしたんだけどなあ」
「それはやはり永井さんの方がタッチが上手いからだよ」
「そっかー」
「でも昨日の青葉なら、北里さんに負けていたろうね」
「そもそも青葉が予選7位だったのも、タッチの問題だったかもね。予選通過の成績って、4位以下はほとんど差が無かったもん」
16:06から女子400m個人メドレーのB決勝が行われ、圭織はトップで泳いで9位となった。続いてA決勝が行われ、青葉は4位で惜しくもメダルを逃した。1時間半ほどおいて男女200m平泳ぎのB決勝・A決勝が行われ、香奈恵は13位、中原は12位であった。
そして大会の最後に男女800mフリーリレーのB決勝・A決勝が行われる。
18:21。女子のA決勝が行われ、これに青葉たちK大女子チームが出る。予選3位だったので午後1番の800m決勝で優勝したジャネが泳いだのと同じ3レーンだ。青葉は幸先良いなという気がした。
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