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■春産(20)

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第1泳者の圭織はもうこれが水泳選手としての実質最後のレースなので、終わったらもう泳げなくなってもいいくらいの気持ちで泳いだと言っていた。彼女は2位で戻って来た。1位との差は2mくらいである。続いて杏梨が泳ぐ。杏梨はこのレースではかなり早めに身体を動かし始めて引き継いだ。必死で1位の泳者を追いかける。その差を1mくらいに縮めて戻って来た。青葉が飛び込む。200mなので体温維持のことは考えずにひたすら効率優先で身体を動かす。それでぐいぐい前の泳者を捉え、1位とほぼ同時に戻って来た。ジャネが飛び込む。物凄く力強い泳ぎで一気に1位だった泳者を追い抜くと、どんどん差を広げて行く。折り返しで少し詰められたものの、その後はまた距離を開けていく。
 
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結局2位に1mほどの差を付けてゴール!
 
文句無しの泳ぎで、K大女子チームは金メダルを獲得した。
 
水中のジャネが、前に泳いだ3人および介添え役の蒼生恵と握手する。水の外にいる4人が抱き合って喜んだ(蒼生恵はジャージが濡れてしまうが気にしない)。
 
なお引き継ぎ時間は、圭織と杏梨が0.26秒、杏梨と青葉は0.11秒、青葉とジャネは-0.02秒であった。
 

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結局この大会でジャネは400m自由形と800m自由形で金メダル、400mリレーで銅メダル、400mメドレリレーで銀メダル、800mリレーで金メダルと5つのメダルを取った。内3つが金メダルである。
 
K大は「団体参加」しておらず「個人出場」なので、得点は関係無いのだが、得点に換算すると、ジャネ1人で40点、リレーの分が106点で大活躍である。青葉も31点、圭織が13点、杏梨と香奈恵と寛子が7点ずつ。女子は211点分も稼いでいる。これは6位相当で、もし団体出場していたら来年のシード権を取れた得点であった。
 
そのことに気付いた記者さんが数人居たようで、角光監督と女子主将の圭織にインタビューしていた。
 
「まあシード権獲得は来年のメンバーに期待しておきます」
と圭織は誇らしげに答えていた。
 
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シード権を持たない学校が、インカレに団体出場するには、中部予選で2位以内に入る必要がある。しかし来年はジャネも圭織も抜けてしまうので、その成績をあげるには優秀な1年生が数人入ってくることに期待するしかないな・・・・と考えてから青葉は、あれ〜?私辞めたいのに〜!と思った。
 
なお、男子B決勝に出場したK大男子チームは15位となった。男子の“得点”はこれで筒石27 中原11 リレー12の合計50点である。
 

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9月4日の11:00から、札幌市内のホテルで、真枝亜記宏(44)と桃川春美(38)の人前結婚式(司会役:山本オーナー)が行われた。2人の間の子供である、理香子・しずか・織羽の3姉妹(中2・中1・小6)も可愛いドレスを着て、一緒に並んで祝福を受けていた。
 
チェリーツインはインディーズのアーティストで、★★レコードに委託流通しているだけなのだが、制作部の加藤次長まで来ていたし、同じ事務所のしまうらら、リダンダンシーリダンジョッシーなど、事務所の兼岩会長、KARIONの和泉、ローズ+リリーのケイ、丸山アイなどが来ていた。
 
その丸山アイは千里の所に寄ってきて
「鴨野先生、ちょっと個人的なことで相談があるんですけど、あとでちょっと占いをしてくれません?」
と言った。
 
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「うん、いいよ。じゃ、あとでね」
と千里は答えた。
 

祝賀会が始まる少し前に、千里が天津子と“青葉の噂話”をしていると、会場にざわめきがあった。見ると、雨宮先生が50代後半くらいの女性(?)を連れて入って来たのである。
 
「誰だっけ?」
と近くに居たケイに訊くと
「東城一星先生」
と答えるので、千里はびっくりした。
 
千里がびっくりしたのは、消息不明と聞いていた東城先生がこういう場に出てきたこと、そして東城先生の顔をケイが識別したことである。
 
「どっかで会ってたの?」
「1ヶ月くらい前に会ったんだよ。桃川春美の紹介で」
「春美ちゃんが東城先生知ってんだ?」
「連絡係をしていたんだよ。以前は雨宮先生、その前は木ノ下先生が連絡係だったんだけどね」
「へー!」
 
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「なんせ冬の間は冬山登山の装備が必要な所に住んでいるから、冬山登山のできる人にしか連絡係が務まらない。食料や燃料が切れたり、暖房器具とかにトラブルがあった場合は、冬山突破しないと先生を救助できないからさ」
とケイが言う。
 
「壮絶な生活をしているなあ」
と千里が言っていたら、天津子が
 
「あの人、男?女?」
と訊く。
 
「東城先生は以前は男だったけど今は無性。男性器取っちゃったから」
とケイが答える。
「それ女になりたい訳では無くて?」
「純粋に男を辞めたかったみたい。女優さんを強姦したと言って訴えられて社会的な地位を失ったから。実際には決して性交はしていないと本人は言っていた」
 
「それもう20年以上前の事件でしょう。そもそもレイプとか痴漢とかは水掛け論になりやすいし。今更無実だと証明するのは困難だろうね」
と千里。
 
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「うん。それで先生もその件は諦めているみたい。でもそんな疑いを掛けられたのが悔しくて、自分はもう子作りも終わっているし、というので取っちゃったらしい」
とケイ。
 
「それはまあ大胆なことを」
と天津子は言っている。
 
その東城先生がこちらを見ると、やってきてケイに譜面を渡した。
 
「これ約束したもの」
 
ケイが受け取り譜面を読んでいる。千里も見せてもらったが、ちょっと変わった曲だと思った。
 
「不思議なコード進行が使われている」
「うん。でも物凄いエネルギーにあふれている」
「これさ、私と青葉と天津子ちゃんに龍笛吹かせない?」
と千里は提案した。
 
「それは凄いな。だったら七美花を連れてきて笙を吹かせよう」
とケイ。
 
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「それって、人類が滅亡するかも知れない演奏だね」
とケイの向こうにいるマリが言った。
 
「地球が爆発するかもね」
と千里も言っている。
 
「こちらは誰だったっけ?」
と東城先生が言っていた所に、新郎新婦が揃ってやってくる。
 
「あれ?君は?」
「その節は本当にありがとうございました」
と言って新郎が深くお辞儀をする。
 
「やはりあの時の浮浪者か」
「はい。あの時期はもう浮浪者に近い格好だったかな」
 
「私も助けて頂いてありがとうございました」
と言って、川代有稀子が近づいて来て、東城先生に言う。
 
「あれ?君たち夫婦じゃなかったんだっけ?」
「一緒に逃げていた子供たちの親ではあったのですが、私と亜記宏さんの間には夫婦関係とか恋愛関係とかは無かったんですよ」
と有稀子が言う。
 
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「双方とも親ではあっても、夫婦じゃないってことがあるんだ!?」
「そのあたりは複雑すぎて説明しようとすると、数時間かかりそうで」
と春美が言っている。
 
「それであの時、そもそもこの2人をヤクザから救ってくれたのが、そちらにいる女子大生さんなんです。海藤昇陽さんです」
と春美。
 
「へー!そうだったのか」
 
「そしてこちらはその古い親友で、作曲家の鴨乃清見さんです」
と春美は紹介した。
 
「君が鴨乃清見か!」
と東城先生は驚いたように言った。
 
「そしておふたりとも、恐らく日本で五指に入るほどの龍笛の名手です」
と春美は言ったのだが
 
「春美さん、それは大げさすぎ」
と天津子が言う。
 
「たぶん龍笛の腕では、天津子ちゃんが日本で20番目、青葉が25番目くらいで、私が50番目くらいだよね」
と千里。
 
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「もう少し上の気はするけど、まあ五指ってことはないね」
と天津子は言った。
 
結局東城先生のリクエストに応える形で、天津子も千里も祝賀会では、龍笛の演奏を披露した。天津子の演奏中にはウェディングキャンドルが爆発し、千里の演奏中には会場のピアノの弦が切れる(これも爆弾でも落ちたかのような物凄い音がする)程度の事故はあったものの、この日は停電したり、窓ガラスが割れたりといった事故は無かった。
 
弦の切れたピアノだが、元々楽器メーカーに勤めていてピアノの調律もできる新婦の桃川春美が応急処置で切れた弦を外してしまったので、丸山アイもその鍵を使う時に指の打鍵の強さを調整して弾くという器用なことをして余興の伴奏を続けた。
 
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東城先生は
「マリちゃんが、人類滅亡かもと言った意味が少しだけ想像が付いた」
などと言っていた。
 
なお、春美は祝賀会終了後、知り合いの楽器屋さんに電話して交換用の弦を持ってきてもらい、二次会の途中を抜け出して、自分で修理して再調律してしまったので、ホテルの人が感心していた。
 
春美が二次会を抜け出している最中は、しずかを代わりに新郎の横に座らせておいたので「私、お嫁さんになっちゃった」などと、しずかは嬉しそうにしていた。
 

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9月4日、インカレの閉会式が19:30に終わった後、ジャネはパラリンピックに出るので、そちらの打合せに出るため水泳連盟の方に移動した。選手団の大半は既に先月中にブラジルに渡っているが、ジャネはインカレ終了後ということになっていたため、明日日本を出国する予定である。介添え役にはお母さんが同行する。実はお母さんはインカレを客席から見ていた。
 
それ以外のメンバーは夕食を取った後、22:45渋谷発の高速バスで金沢に帰る予定である。それで夕食も渋谷で取ろうと移動していたら、青葉のスマホに青葉の性転換手術をしてくれた松井先生からメールが入っていることに気付く。電話が欲しいということなので電話する。
 
「携帯つながらないから家にお母さんに連絡したら東京に居るというから。今どこ?」
「辰巳から渋谷に移動中しようとしていた所です。今まだ辰巳駅です」
「だったら、行き先をちょっと変えてくれない?」
「えーっと、どこに?」
「秋川駅まで来て欲しいんだけど」
「すみません。わかりません」
「立川までは来れる?」
「はい。それは分かります」
「そこから五日市線に乗り継いでもらえばいいから」
「あのあたりですか!」
 
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それで青葉は圭織と角光先生の許可を得て別行動を取ることにする。
 
他のメンバーは辰巳(有楽町線)永田町(半蔵門線)渋谷
 
という移動だが、青葉だけ永田町まで行かずに有楽町で降りてJRに乗り換える。
 
辰巳(有楽町線)有楽町(山手線)神田(中央線特快)立川(青梅線)拝島(五日市線)秋川
 

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秋川駅には松井先生が車で迎えに来てくれていた。
 
「急に呼び出してごめんね」
「いえ。でも何でしょうか?」
「去年さ、青葉ちゃん、言ってたじゃん。脳下垂体のコントロールが物凄く下手な女性の妊娠をずっとサポートして出産まで至らせたって」
 
青葉は後悔していた。脳裏に千里の渋い顔が浮かぶ。松井先生だからと思って気を許して、京平君誕生までの話をしたのだが。しかし、そもそもは松井先生に頼んだ和実の“卵子採取”が千里姉の“卵子採取”にヒントを得たものなので、その関連で話してしまったのである。
 
「もしかして、似たように脳下垂体のコントロールの下手な女性の妊娠をサポートしてくれという話ですか?」
 
「物凄く大変なのは想像が付く。何度もは呼び出さないと誓う。でも女性ならいいんだけど、妊娠しているのは男の子なのよ」
 
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「なんで、男の子が妊娠するんですか〜?」
「男の子だけど卵巣と子宮があるから」
「半陰陽ですか?」
「半陰陽の一種だけど、限り無く男の子に近い」
「ホルモンは?男性ホルモン取ってます?」
「元々睾丸と卵巣の両方を持っていた。本人の意識は男の子なんだけど、女の子みたいな生き方をしたいというから、戸籍は男の子のまま実質女の子として暮らしてきている。睾丸は既に除去済み。でも卵巣が物凄く弱いから人工的に女性ホルモンを摂取している」
 
「それでよく妊娠しましたね!」
「妊娠したのは本当に奇跡だと思う。でもせっかく妊娠した以上、可能なら産みたいと本人は言っている」
 
青葉は考えた。
 
「外性器は・・・・女性型に整形済みですか?」
「男性型に整形済み。但し睾丸と陰嚢は無し」
「それでどうやって妊娠したんです!?」
「ヴァギナだけは開けておいたんだよ。だって卵巣と子宮がある以上、生理が起きる可能性があったから。もし起きた時に排出する通路が無いと困るでしょ。でも本人はこれまで1度も生理を経験していない」
 
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「どういうことです?」
 
「要するに最初の排卵が受精しちゃったんだな」
 
青葉は半ば困惑していた。
 
「それ物凄い奇跡なのでは」
「うん。これは奇跡だし、今彼のお腹の中にいる子供は奇跡の子供だよ」
 

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やがて、松井医師が運転する車は、1軒の産婦人科に到着した。もう時刻は22時過ぎである。正直お腹が空いた。病院は当然閉まっているが、松井医師がインターホンで告げると玄関が開けられ、中に招き入れられる。
 
診察室に入って行った青葉は思わぬ人物の顔を見た。
 
「やっほー。大宮万葉さん、また会ったね」
 
と笑顔で手を振っている。
 
「レインボウ・フルート・バンズのフェイさん!?」
と青葉は戸惑うように言った。
 
 
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