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■春産(18)

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いったん表示された時計がすぐに消えてしまった。
 
「何だ?何だ?」
と言っていたのだが、しばらくして再表示された時計に会場がざわめく。このようになっていた。
 
1位** 4:02.53 2位K 4:02.54 3位** 4:07.23
 
となっている。最初に1位と表示された学校の名前が消えてしまったのである。
 
あれこれ聞こえてくる声を聞いていたら、第1泳者のスタートの時に、足の先が正しい位置に無かったということのようである。この学校は予選の時と決勝の時とで泳ぐ順番を入れ替えていた。そのせいか決勝の第1泳者がバックストロークレッジに慣れておらず、きちんと指の先がタッチ板に接触していない状態でスタートしてしまって失格になったようである。
 
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その第1泳者と思わしき選手が両手を合わせたポーズで「ごめーん」と言って他の選手に謝っていた。
 

そういう訳でK大は繰り上がりで2位になり、今日は銀メダルをもらった。
 
「昨日銅メダルで今日は銀メダルなら明日は金メダルだな」
などと圭織は言っている。
 
「青葉とジャネさんの引き継ぎ、-0.03秒だ」
と表彰式の後で、蒼生恵が機械計時のデータをもらってきて見て言う。
 
「ギリギリかぁ」
と杏梨が言う。
 
リレーの引き継ぎでは時間差が-0.03秒よりも速かった場合は引き継ぎ違反になる。2013年の世界水泳選手権男子メドレーリレーではアメリカがぶっち切りの1位だったのに引き継ぎが-0.04秒であったため失格になり、繰り上がりで日本が銅メダルを取っている。
 
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「見た目ではジャネさんの飛び込みが遅い気がしたのに」
と蒼生恵。
「青葉はタッチ板へのタッチが下手すぎるんだよ。それ考慮して飛び込んだから良かった」
とジャネが言う。
 
「ああ、それでか!」
と蒼生恵が納得したように言う。
 
「いや、昨日の400mフリーリレーの時も、ジャネさんの飛び込みが他の競技でのスタートより遅い気がして。やはり足が少し不自由だからタッチの様子を確認しづらくて慎重にスタートしているのかなとも思っていたんですが、青葉に配慮してわざと遅らせていたんですね」
 
「ああ。私の足のせいだと思われていたかな」
とジャネ。
「ごめん。私もそう思ってた」
と圭織。
 
「私はインターハイ予選で青葉の次の泳者だったけど、引き継ぎのことは何も考えていなかった。たぶん私のスタートが遅いからだろうな」
と杏梨は言う。
 
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「圭織さんと杏梨の引き継ぎは0.31、杏梨と青葉の引き継ぎは0.17」
と蒼生恵は言う。
 
「私の反応が遅すぎるのか〜!?」
と杏梨。
 
「杏梨の引き継ぎは慎重すぎる気はしていたけど、今日の段階ではあまり意識しなくていいと思う。急いで飛び込もうとして引き継ぎ違反になる方が恐い」
と寛子が言う。
 
「でも青葉のタッチの下手さは短時間でも少し改良できる可能性あると思わない?」
と圭織。
 
「つまり青葉のタッチが上手ければジャネさんも速く飛び込めたから、こちらが0.1秒くらい速くゴールして金メダル取れてたかもね」
と寛子。
 
「よし。だったら、青葉はタッチの練習を徹底的にやろう」
と圭織が言い出す。
 
「それいつやるんですか?」
「今夜、都内か埼玉あたりで、どこか空いてるプールが無いか、蒼生恵ちゃん探してみてよ。料金はいくら掛かってもいいから」
と圭織。
 
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「分かりました。すぐ探します」
 
「今夜ですか〜!?」
と青葉は悲鳴に近い声をあげた。
 

ともかくも青葉たちは今日は銀メダルをもらった。昨日は銅メダルだったので1ランクあがった気分であった。
 
なおA決勝で失格が出たため、この日の女子メドレーリレーではB決勝のチームの順位が1つ繰り上がって、8〜15位となった。
 
なお男子B決勝ではK大男子チームは5着となり12位であった。(男子A決勝でも1人背泳のスタートが違反を取られて失格し、繰り上がりが起きた)
 

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蒼生恵はネットで検索して見つけた公営プールにひたすら電話を掛けまくった所、千葉市内のプールで21時まで使えることが分かり、混雑状況を訊くと「5〜6人しか居ませんよ」ということ。またタッチ板と計時システムが借りられることも分かったので、そちらに行くことにした。辰巳駅から50分ほどで移動できるので、圭織・ジャネ・杏梨・青葉の4人で、水着の上にジャージを着た状態で会場を出て辰巳駅まで走り、そこから有楽町線・京葉線で千葉に行った。プールに到着したのが19:50頃であったが、プールの管理人さんは
 
「21:10くらいまではいいよ」
 
ということだったので、その1時間20分くらいの間に、青葉にタッチの仕方を徹底的に訓練させた。クロールとバタフライでは全然違うので明日のレース用に今日はクロールでのタッチの仕方に絞って練習する。
 
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圭織が模範演技をしてみせた上で、杏梨が手を取りながら青葉に身体でタッチの仕方を覚え込ませる。
 
青葉もこうしっかりとタッチについて訓練したのが初めてだったので、教えられる内にかなりうまくなってきた。
 
そこで今度は青葉のタッチと同時にジャネが飛び込むという引き継ぎの練習をする。機械計時の引き継ぎ時間を確認しながら調整する。
 
「だいぶ普通の選手との引き継ぎに近い感覚になってきたよ。明日はそれを信用して飛び込むからね」
「分かりました!頑張ります」
 

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9月3日。横手市では全日本クラブ選抜の1回戦・2回戦が行われた。40 minutesは1回戦では東北2位の宮城県のチームを破り、2回戦では北信越1位の長野県のチームに勝って明日に勝ち残った。ローキューツは初戦は九州1位の宮崎県のチームに勝ったものの2回戦で中国1位の山口県のチームに敗れた。江戸娘は初戦で四国1位のチームに敗れた。
 
それでローキューツと江戸娘のメンバーは明日の決勝戦を見たいという数名を除いて今日で帰ることにした。
 
江戸娘は午前中で負けたのですぐ旅館にキャンセルの連絡をしたのでキャンセル料は不要と言われたが、ローキューツは午後の試合での敗戦だったのでキャンセル料が発生した。千里は預かっている冬子(ローキューツのオーナー)の財布から支払いを済ませておいた。
 
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翌日まで残ったのは江戸娘の青山玲香と六原塔子、ローキューツの原口姉妹、風谷翠花、水嶋ソフィア、黒川アミラ、須佐ミナミであった。
 
千里は旅館でのキャンセル料の支払いを済ませた後、40 minutesの財布を浩子に預けて、今日で帰る江戸娘・ローキューツのメンバーと一緒に横手駅に向かった。
 
横手駅でやはり今日2回戦で負けて帰る所であった、北海道のクロックタワーのメンバーと一緒になる。
 
「あれ?村山さんとこ負けたの?」
「いえ、40 minutesは勝ってます。でも私、この春に40 minutesは辞めたんですよ?」
「えー!?」
「うっそー!?」
 
「40 minutesのオーナーとしては残っているので今日は顔を出したんですけど、明日は友人の結婚式が札幌であるので、私、今からそちらに移動するんですよ」
 
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「あら。だったらもしかして同じルートかな?」
「私は新幹線で新函館北斗まで行って、函館に1泊しますけど」
「同じルートだ!」
 
「今の時間からなら、秋田空港から新千歳に飛ぶ手もあるんですけどね」
「それはブルジョワのコースだな」
 
といった声があがっている。
 
それはこういうルートである。
 
横手18:05-19:13秋田19:25-20:00秋田空港20:35-21:30新千歳22:00-22:39札幌
 
クロックタワーはこういう連絡で札幌に帰ろうとしている。
横手18:05-18:22大曲18:49-19:48盛岡21:38-23:33新函館北斗10:24-14:41札幌
 
但し、千里は新函館北斗を6:28に出る朝一番のスーパー北斗に乗り、札幌には9:48に到着する予定である。桃川春美の結婚式は式が11:00から、祝賀会が13:00から行われることになっている。
 
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「私は飛行機で飛んで今日中に札幌に着いても結局札幌で1泊することになるから、それなら函館泊で新幹線にした方がずっと安く済むんですよね〜」
と千里が言うと
 
「函館の旅館は予約してるの?」
と訊かれる。
 
「いえ。直前まで予定がハッキリしなかったので、これから予約するつもりだったんですよ」
「だったら、私たちと一緒に泊まらない?」
「いいですよー」
 
「ついでに40 minutes辞めたのなら、うちのチームに入らない?村山さん、確か旭川だったよね?」
「生まれは留萌ですけど、旭川の高校出たんですよね」
「そうだ。旭川N高校だった!」
「覚えていていただいて光栄です。でも私Wリーグに入っちゃったんですよ」
「そっちに行ったのか!」
「残念」
「ああ、でも村山さんならWリーグに行った方がいいかもね〜」
と彼女らは言っている。
 
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「やはり日本代表でオリンピック行くほどの人だしね〜」
「フル代表は久しぶりでしたよね」
「ええ。また拾ってもらいました。昨年のアジア選手権直前のエレンさんの引退で補欠からの昇格ですけど」
「いや、さすがにエレンはもう限界だろうとみんな言ってたから」
「エレンが辞めたら、やはり村山さんがボーダーラインの選手の中では実力が飛び抜けていたからね」
「むしろ花園亜津子より凄いのではという意見もあった」
 
「評価してもらってありがとうございます。名刺お配りしますね」
と言って、千里はその場に居るクロックタワーの選手・スタッフ全員に自分のレッドインパルスの名刺を配った。
 
「すごーい!舞通に入ったのか!」
「来月開幕なので、よろしくお願いします。12月10-11日には旭川で試合やりますので、お時間が取れたらどうぞ」
「おお。しっかり営業している」
 
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そういう訳で、横手駅から大曲駅、新幹線に乗り継いで盛岡駅まではローキューツ、江戸娘、クロックタワーの選手が入り乱れて色々交歓をしていたものの、その後は東京に戻るローキューツ、江戸娘のメンバーと別れて、千里は函館までクロックタワーの選手たちと一緒に行動し、函館での宿も彼女たちと一緒に泊まった。
 
その夜もう寝ようとしていたら桃香から《千里今どこ?》というメールがある。
 
《今、函館。明日は札幌》
《いつ東京に戻る?》
 
《明日、札幌でお友達の結婚式に出て、5日には東京に戻るよ。北海道のお土産は何がいい?男山とか?》
 
《あ、いや日本酒はやめとこうかな》
《だったら富良野ワインとか?》
《いや、しばらくお酒は控えようかなと思って》
 
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《酔って何か失敗した?女の子妊娠させちゃったとか?》
《えーっと、当たらずとも遠からずかな》
《へー。まあ桃香は少し飲み過ぎな感はあったね。じゃロイズの生チョコか白い恋人でも買っていこうか?》
《白い恋人はいつももらってるから、たまには生チョコもいいかな》
《OKOK》
 
《ところで千里、好きなお酒とかあったっけ?》
《私はあまりお酒は飲まないよ〜》
《お茶とかコーヒーとかで好きなのは?》
《そうだなあ。ニルギリの上等なやつとか》
《それ何だっけ?コーヒーの銘柄?》
《紅茶だよ。タミル・ナードゥ州の西の方で生産されてるんだよね》
 
《えっと、日本国内、できたら東京で買いたいんだけど》
《東京なら、レピシエというかルピシアにもあるし、ニルギリはGclefにもあったと思う》
《ごめん、それどこにあるの?》
《ルピシアは自由が丘、ジークレフは吉祥寺だよ。細かい住所は覚えてない》《分かった。その先は調べる》
《でもどうしたの?桃香。何か私のお気に入りの食器壊したとか?》
《いや、そういうのではないんだけど、話がある》
《まあいいや。じゃ5日にその話聞くね》
《うん》
 
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