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■春産(12)

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ちゃんぽん、チャーハン、牛丼を食べた後は、布恋は青葉を自宅まで送って行くよと言ったのだが、ここからならひとりで帰れますよと青葉が言うと、だったら、うちのバイト先まで行く?と言った。
 
高岡の旧市街地に夏休み中のバイト先があるということだったので、そこまで行くことにする。
 
高岡市は高岡駅の付近に旧中心部があり、イオンモールは市の南部の元はほとんど何も無かった区域に作られている。しかし昨年イオンモールのすぐそばに新幹線の新高岡駅ができたので、今後こちらが市の中心になっていく可能性もある。
 
(新幹線駅は最初高岡駅に併設される予定だったが、騒音を嫌がる住民の強い反対運動で郊外の現在地に新幹線駅が作られた経緯があるので、イオンは新幹線駅の設置を見越してここにショッピングモールを作った訳ではない)
 
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そして青葉が住む伏木地区は、高岡市の最も北側の近辺に位置している。つまりイオンモールから帰るより、旧市街地から帰る方が青葉には楽なのである。
 
さて、布恋がバイトしているのはレンタルDVD屋さんである。夕方から深夜までなので仕事が終わって帰るのには車が必要である。それで、どっちみち今日は大会が終わった後、あらためて車でここまで出てくるつもりだったらしい。
 
お店でスタッフ用に借りている駐車場の枠に駐め、5分ほど歩いてお店までいく。
 
「ついでにここのカード作らない?登録料200円かかるけど」
「あ、じゃ作ります」
 
ということで青葉は、このお店の会員カードの申込書に住所氏名携帯番号とアドレスを記入した。
 
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「そういう時、やはり性別は女に○を付けるのね」
「私、性別男の方に○付けたことは無いです」
「なるほどー」
 
それでカードを発行してもらう。
 
「裏に署名しておいてね〜」
「はい」
 

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それでせっかくカード作ったしと思って何か借りていこうかなと思って青葉は店内のDVDを見て回る。実際には店内に並んでいるのはケースのみで、ディスクそのものはお店のバックヤードに保管されている。万引き防止のためである。
 
見ていると、色々なジャンルのDVDが混在して置かれているので、最初五十音順かと思った。
 
が、違うようである。ABC順?と考えるも、それでも違う。青葉は困惑してカウンターの所にいる布恋に尋ねた。
 
「すみません。これどういう順序でタイトルが並んでいるんですか?」
 
「ああ。分からないよね。これ分かる人まずいないから」
「はあ」
「この店はオーナーの趣味で《とりな》順に並べてあるのよ」
「とりな!?」
 
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「こういうのがあるのよ」
と言って、布恋は1枚の紙を青葉に渡す。どうもしょっちゅう尋ねられるので用意しているようだ。そこにはこのようなものが書かれていた。
 

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鳥啼く声す夢覚せ。見よ明け渡る東(ひんがし)を。
空色栄えて沖つ辺に、帆船群れ居ぬ靄の中(うち)。
 
とりなくこゑす、ゆめさませ。みよあけわたる、ひんがしを。
そらいろはえて、おきつへに。ほふねむれゐぬ、もやのうち。

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「もしかして、これ仮名文字を全部1回ずつ使った歌ですか?」
「そうそう。この手のものを『新いろは歌』と言うんだよ。その中でもこの《とりな歌》がいちばん有名らしい。実際、とりな順はあちこちで使われているんだって」
 
「すごーい」
と青葉は言ったものの
 
「でも探せません!」
と言う。
 
「うん。その時は検索機能を使って。その会員カードにQRコードが入ってるでしょ」
「あ、はい」
「携帯でもスマホでもいいから、そのQRコードでうちの店のサイトにアクセスしたら、そこで検索ボタンがあるから、そこに何か見たいタイトルがあったら入力したら、それがどこの棚にあるか、借りれるかどうか、借りた場合の料金まで表示されるから」
 
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「そちら使わせてもらいます!」
 
と言って、結局青葉はまだ映画館で見ていなかったベイマックスを借りることにし、スマホで検索して棚を確認。そのケースの背表紙に貼り付けられたポケットに入っている札を持ってカウンターに言った。
 
「ありがとうございます。6日7日で300円です」
ということで300円払ってそのDVDを借り出した。
 
「まあうちの作品の並べ方は特殊だけど、要するに、何か目的があって借りに来たお客さんは自分でスマホで検索するか、あるいはお店の人に言ってもらえば探せるけど、特に目的はなくて、タイトルを何となく眺めて良さそうなのがあったら借りるという人なら、どう並んでいてもあまり関係無いんじゃないかともオーナーは言うのよね」
 
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「それは確かにそうかも」
 
「大事なことは、同じ作品が複数の場所にばらけて置かれることがないこと。置かれるべき場所がきちんと定められるルールがあることだというのよね。それは割と納得していたりする」
 
「確かにそれさえ定まっていればいいのかも知れないですね」
 

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青葉は結局JR氷見線で自宅まで戻った。遅くなってしまったので、晩ご飯は朋子が作ってくれていた。
 
「ごはん、ありがとう。これもらった賞状と楯」
と言って母に見せると
「おお、すごい。こういうの飾る棚とか買おうか?」
などと言っている。
 
「恥ずかしすぎるからやめてー」
と青葉は言いつつ、大量に賞状やメダルをもらっているちー姉はその手の物はどうしているのだろうと思う。以前ちー姉の部屋に勝手に進入した時、一部の賞状やメダル、記念品が段ボール箱に入れられていたのを見たが、たぶんちー姉がもらったその類いのものは段ボール1個ではとても納まらないだろう。
 
そんなことを考えていたら、その千里から電話がある。
 
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「はねた人が捕まったみたいね」
「うん。ちー姉のいったとおり、長野県**市の修理工場で修理した車が私が水見の術で見たナンバーと一致して、所有者に事情を聞いたら確かに金沢で女性と接触したと言ったので、取り敢えず逮捕されちゃったみたい」
 
「まあ状況が状況だし、在宅起訴になるだろうけどね」
と千里は言う。
 
「こういうケースではあまり重い罪には問わないで欲しい気がするよ」
「本人が大丈夫と言って歩いて帰ったのなら、重大事故と思わないだろうしね。でも車の修理が必要なほどダメージがあったのなら、人間の側も相当の衝撃があったのではと考えるべき。そこは落ち度だよ」
「事故が起きた時すぐ病院に運んでいたら助かってたのだろうか」
「どうだろうね。そのあたりが裁判では争点になるかもね」
 
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その時、青葉はなぜ千里にそんな話をする気になったのか分からない。
 
「そういえばちー姉は《とりな》って知ってる?」
「とりな順でしょ? 有名じゃん。鳥啼く声す夢覚せ。見よ明け渡る東を。空色栄えて沖つ辺に、帆船群れ居ぬ靄の中」
 
と千里は、とりな歌を暗誦した。
 
「すごーい。よく覚えてるね」
「こういうのをパングラム(pangram)と言うんだよ。日本語は結構パングラムが作りやすい。こういう名作は少ないけど、ネットでちょっと《新いろは歌》とかで検索すると、たくさん作品を発表している人がいるよ」
 
「へー」
「基本的に《いろは》や《とりな》みたいに、ワ行のゐゑを使って48文字で構成したものと、それは使わず現代かな遣いの46文字で構成したものがある」
 
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「なるほどー」
 
「48文字の名作はね・・・・どこかにストックしてたな。ちょっと待って」
と言って、千里はほんの10秒ほどで、とりな歌を含む《新いろは歌》を4つもメールしてくれた。千里はわりとこういう情報を高速で取り出す。機械音痴ではあるが部屋の掃除などは良く出来ているし、情報の整理もうまいのかなと青葉はチラリと思った。
 

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千里がメールしてきたのはこういう歌である。
 
★とりな歌 坂本百次郎作。明治36年に黒岩涙香主筆「萬朝報」で募集・発表。
 
鳥啼く声す夢覚せ。見よ明け渡る東(ひんがし)を、空色栄えて沖つ辺に、帆船群れ居ぬ靄の中(うち)。
 
とりなくこゑす、ゆめさませ。みよあけわたる、ひんがしを、そらいろはえて、おきつへに。ほふねむれゐぬ、もやのうち。
 
★おえど歌 西浦紫峰作。昭和27年に週刊朝日で発表。
 
お江戸街唄風そよろ、青柳煙りほんに澄む、三味の音締めへ燕も、恋故濡れてゐるわいな。
 
おえとまちうた、かせそよろ、あおやきけふり、ほんにすむ、さみのねしめへ、つはくらも、こひゆゑぬれて、ゐるわいな
 
★乙女歌(作者不詳)昭和49年文芸春秋デラックスに掲載。
 
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乙女花摘む野辺見えて、我待ち居たる夕風よ、鴬来けん大空に、音色も優し声ありぬ。
 
をとめはなつむ、のへみえて、われまちゐたる、ゆふかせよ、うくひすきけん、おほそらに、ねいろもやさし、こゑありぬ
 
★ふるさと歌 久保道夫作。昭和51年に週刊読売で発表。
 
雪の故郷お嫁入り、田舎畦道馬つれて、藁屋根を抜け田圃越え、葉末に白く陽も添へむ。
 
ゆきのふるさと、およめいり、ゐなかあせみち、うまつれて、わらやねをぬけ、たんほこえ、はすゑにしろく、ひもそへむ。
 

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「48文字で作る場合、歴史的仮名遣いに強くないと難しい。だから新作を作るなら46文字パターンが楽だと思う。ただ48文字の場合は 48 = 12 x 4 だから、七五調あるいは五七調できれいにまとめられるけど、46だと七五七五七五五五にしたり、七五七五七七七で字余りにしたりで、どうもきれいじゃない問題もあるよね」
 
「確かに」
 
「こないだ実は東京で数人集まった時、その話が出たんだよ」
「そうだったんだ!」
「その場で30分くらいで各自作ったんだよ。これ和実の作品」
 
と言ってメールしてくる。
 
梅雨明け触れぬ眠り姫、テスト勉強分からない。
模試に山張る、奥の細道、答えをさせろ。
 
つゆあけふれぬ、ねむりひめ、てすとへんきよう、わからない。
もしにやまはる、おくのほそみち、こたえをさせろ。
 
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「苦しい〜」
「改訂の余地があるね。これは小夜子の作品」
 
女の子スカートひらり揺れ舞いて、洋服を見つめる私、添えろ気持ちへ、歩速さに消せぬ胸。
 
おんなのこ、すかあとひらり、ゆれまいて、ようふくを、みつめるわたし。そえろきもちへ、ほはやさにけせぬむね。
 
「頑張ってるけど微妙」
「あとひとひねり必要だよね。こちらは政子の作品」
と言って更にメールしてくる。
 
秘密百合部屋、性を女の子に変えろ。
朝胸膨らして玉抜き消す。夜は割れ目持ち、棒取るぞ。
 
ひみつゆりへや、せいをおんなのこにかえろ。
あさ、むねふくらして、たまぬきけす。よは、われめもち、ほうとるそ。
 
「ひどい」
「これに曲付けてアクアに渡そうと言って、冬に拒否されてた」
「あはは。さすがにこれは私の所に持ち込まれても拒否する。ちー姉はどんなの書いたの?」
 
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「30分で書いたから推敲が全然できてないんだけどね〜」
と言って一応メールしてくれた。
 
春雨降りぬ。夕暮れに霞む細道、足迷わん。
思い刹那聞こえたら、寝部屋の戸を広げて。
 
はるさめふりぬ、ゆうくれに、かすむほそみち、あしまよわん、おもいせつな、きこえたら、ねへやのとを、ひろけて。
 
「きれいじゃん」
「まだ完成度としては60%だと思う」
 
「これ最後の『寝部屋の戸を広げて』を『部屋の戸を広げてね』にしたら六四じゃなくて五五になるのに」
「そうすると文語調で来ていたのに最後だけ口語調になるからNG」
「難しいね!」
「うん。これ46文字をとりあえず並べて文章にするのはわりと簡単だけど、きれいなのを作るのは難しいよ」
 
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「あ、そうそう。佐竹真穂ちゃんがさ」
「うん?」
「なんかアパートの大家さんと揉めてるみたいだから、お母さんの慶子さんにちょっと盛岡まで行ってもらったほうがいいと思う」
「ふーん。。。じゃ伝えておく」
 
青葉はなぜ千里がそんな話を持ち出したのかは分からなかったが、大船渡にいる慶子に連絡してみた。すると慶子が真穂に連絡した所、アパートを崩して駐車場にしたいから9月いっぱいで出てくれないかと言われて悩んでいたことが分かった。それで慶子が大家さんと話してみるよと言い、結局翌29日、盛岡に出て行くことになったらしい。
 
 
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