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■春産(5)

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(E)Eriko Kawaguchi 2017-03-26
 
「赤ちゃん、私が抱っこします」
と言って青葉が赤ちゃんを受け取った。青葉はかなり衰弱しているこの赤ん坊に、そっと、そっと、パワーを注ぎ込んであげた。身体をスキャンしてみるがどこか傷んでいるような所はないようだ。
 
警備員さんは部屋の鍵をいったん閉めたあと、車に戻る。
 
「杏梨、免許持ってたっけ?」
「ううん」
「だったら、杏梨、赤ちゃんの方を頼む。警備員さん、病院に連絡してください。私が運転します」
と青葉は言った。
 
「OK」
と言って杏梨が赤ちゃんを受け取る。
 
「じゃお願いします。ここなら多分、医大に運ぶのが早い」
と警備員さん。
 
「ですね。そちらまで運転します」
 
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と言って青葉は言って運転席に就き、車を出す。助手席に警備員さん、2列目に赤ちゃんを抱いた杏梨と、ジャネ・筒石が乗る。この2人はさっきまでビールを飲んでいたので運転できない。
 
警備員さんが医大病院の救急受付に連絡すると、取り敢えず見ましょうということになった。青葉の運転で、車は5分もしないうちにK医大病院に着く。救急入口の所に車を着ける。赤ちゃんを抱いた杏梨、青葉と警備員さんが中に入る。すぐに救急処置室に赤ちゃんは運び込まれた。
 
当直医は既にスタンバイしてくれている。警備員さんが簡単に状況を説明する。
 
「分かりました。かなり衰弱しているようですが、心音はしっかりしています。取り敢えず点滴しましょう」
と言って、処置を始めた。
 
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そして青葉も引き続き赤ちゃんにパワーを注ぎ込み続けた。
 

「ねえ、これちょっと考えたんだけど」
と筒石さんが言う。
 
「これもしかして、女の幽霊が毎晩俺の所に来て、赤ん坊に飲ませるものを求めていたのかなあ」
 
「そうだと思いますよ」
と青葉は言った。
 
「飴買い幽霊の話と同じですね」
と杏梨。
 
「でも俺、幽霊なんて信じてないのに」
と筒石は言ったが
 
「だけどコンちゃん、4月には幽霊の女と付き合っていて、セックスまでしたのでは?」
などとジャネが言う。
 
「う、そうだった! 俺幽霊に好かれるんだろうか?」
「それはあるかもね〜」
と言ってジャネは笑っている。
 
“マソ”も完璧に開き直っているなあと青葉は思った。
 
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それで15分ほどした時に、応援の警備員さんが救急入口の所に到着した。
 
「アパートの方の作業をしたいのですが、どなたか向こうにご同行頂けませんか?」
と言われる。
 
「俺は行ったほうがいいだろうな」
と筒石さん。
「コンちゃんだけでは、たぶん警察は信用しないよ。私は赤ちゃん助ける方では役に立たないから私も行ってくる。赤ちゃんの方は青葉と杏梨ちゃんお願い」
とジャネさん。
 
「分かりました。必要なら私も呼び出してください。それと私の身分に関しては高岡警察署の春脇警部補に照会してください。そしたら信用してもらえると思います」
と青葉は言い、何度か微妙な事件で関わりになって、青葉が捜査協力したこともある、刑事さんの名前と電話番号を自分の《心霊相談師・川上瞬葉》という名刺の裏に書いて渡した。
 
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「分かった。この人に連絡することになるかも」
 

それで青葉と杏梨が赤ちゃんの方には付いていた。緊急対応してくれたのは内科医だったのだが、20分もしないうちに産科医も来てくれて、一緒に応急処置をしてくれた。
 
「何とか危機は脱したようですね」
と病院に来てから1時間ほどした所で2人の医師は言った。
 
「この子、産まれてから数日だと思うけど、いつ産まれた子か分かりますか?」
と産科医が訊く。
 
「ある理由で8月10日と断定できます」
と青葉は答える。
 
全国公が17-18日に行われた。その前夜16日夜に、女の幽霊は「お金が無くなった」と言って、タダでスポーツドリンクを恵んでもらっている。その前は毎日10円玉を筒石に渡してスポーツドリンクをもらった。つまり女の幽霊は10日から15日に掛けて“三途の川の渡し賃”の6枚の十円玉を使用したのである。従って、女が亡くなったのは10日と考えられるのである。
 
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昔は三途の川の渡し賃に1文銭を6枚棺桶の中に入れて埋葬していた。現代では1文銭の代わりに十円玉を6枚入れることが多い。この女性は正式に葬儀をされた訳ではないが、やはり慣習に従って十円玉6枚を使うことができたのだろう。
 
「すると、この状態で8日間生き抜いたのか。凄いな」
「母親は産むのとほぼ同時に亡くなったか、あるいは死後出産したものと思われます」
「しかし何も摂らずに生きていたとは思えないのだが」
 
「先生は科学者ですから、信じられないかも知れませんが、母親が幽霊になって近所の住人にスポーツドリンクを恵んでもらっていたんですよ」
 
と言って、青葉は筒石が言っていた話をした。
 
「うーん・・・・」
と言って、産科医も内科医もうなっている。
 
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「飴買い幽霊のような話か」
「はい。実はその住人の話をきいて、これは絶対赤ん坊がいると思って、その幽霊の帰る場所を見て、この子を発見したんです」
 
「君も幽霊を見たの?」
と医師が訊くので、青葉は杏梨に
 
「見えなかったでしょ?」
と訊く。
 
「私には見えなかった」
と杏梨は言う。
 
「普通の人には見えないと思います。私は霊能者なので、霊体の存在だけはキャッチしました。それでその霊体の動きを見ていたのですが、対応していた住人さんだけに、その女の姿が見えていたようです」
 
「いわゆる、見入られた状態だね」
「だと思います。それで、その住人が貧乏性なのでスポーツドリンクを通常の倍くらいに薄めていつも飲んでいて、それで母親の幽霊にもその習慣でふつうの半分の薄さのスポーツドリンクを渡していたんです」
 
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「大人用のスポーツドリンクはそのまま飲ませると乳児には濃すぎるんだけど、確かに2〜3倍に薄めると、何とか飲めるんだよ」
と産科医が言った。
 
「たぶん現代では飴買い幽霊の昔話で赤ちゃんに舐めさせた飴以上に赤ちゃんに優しい飲み物でしょうね」
 
「まあできたら赤ちゃん用に調整されたスポーツドリンクの方がいいんだけどね」
 

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警察はアパートから発見された女性の遺体を結局、赤ちゃんが収容されたのと同じK医大病院に運び、司法解剖した。その結果、女性は何らかの外傷で亡くなっていたことが分かった。死亡したのは、夏季で腐敗が進んでいたこともあり精度が低いものの、8月9-11日頃と推定された。青葉が推測した8月10日というのが医師の見解とも一致したことになる。
 
「外傷というと、殴られたりしたものですか?」
と尋ねられて、解剖医はかなり悩んだ末に
 
「たぶん車にはねられたのではないでしょうか。もしかしたら接触した程度だったかも知れません。それで本人も平気な気がして自宅まで戻ったものの、そのあと急変したといった状況かも知れません」
 
と言った。
 
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それで亡くなったものの、そのショックでお産が始まり、出産に至ったのであろうということであった。
 
警察はそのはねた車の捜索、そして彼女の縁故者の調査とを並行で進めた。
 
予想通り、警察は筒石の話を最初信用せず、彼が死んだ女性と何か関わりがあったのでは、あるいは筒石が彼女の恋人なのではと疑った。しかしジャネが
 
「彼がその女性と関係あった訳がありません。私がこの人の恋人ですから」
と言ったので、その疑いは晴れる。
 
念のためジャネが渡したメモに基づき、捜査班は高岡警察署の春脇警部補に連絡を取り、青葉が「本物の霊能者でしばしば警察の捜査にも協力してくれている」ということが分かる。そして青葉にも事情を聞いた所で、やっと県警は筒石の関与に関する疑いを解いてくれた。
 
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「亡くなった池川さんには、家族が居なかったようなのですよ。戸籍を確認したのですが、ご両親も亡くなっておられるし、ご兄弟もおられないようで。そのご両親にも兄弟がいないようで」
 
とこの事件の担当者になった金沢西警察署の40歳くらいの巡査部長・橋本さんは青葉に言った。どうも青葉が霊能者と聞いて、何か青葉から情報が引き出せないかと、こちらにも状況を説明してくれたようであった。
 
「すると赤ちゃんはどうなるのですか?」
「取り敢えず退院したら乳児院に引き取ってもらう方向で交渉しています。一方で、この女性の彼氏について、女性の勤め先とかで訊いても誰も知らないようで。そもそもこの人が妊娠していたこと自体を誰も知らなかったようなのです」
 
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「それはまた凄いですね」
「もともと太った体格だったので、目立たなかったようですね」
「あぁ」
 

青葉が病院とアパートと警察の間を何度も往復して、くたくたになって自宅に戻って来たのは19日も夕方である。
 
「疲れたぁ」
とさすがの青葉も言って、居間の畳の上に大の字になった寝転がる。
 
「あらあら。でも本当にお疲れさん。青葉にしては女の子らしくない格好だ」
と母が青葉をねぎらうとともに少しだけ注意する。
 
「1時間くらいなら性転換して男に戻ってもいい」
「手術しちゃおうかしら」
「お母ちゃん、手術できるの〜?」
 
「でもあんたテレビにまで出てたね」
「うん。発見者さんにインタビューさせて下さいとかテレビ局さんが言ってたし。発見者グループでそういうのに応じて、言っていいことといけないことを区別して話せるのは私だけだと思ったら応じた」
「どうもややこしい状況だったみたい」
 
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「うん。あれはまともに話すと発見者が色々疑われる」
「あんた、そういう微妙な話の対応が割とうまいもんね」
「鍛えられてるからね」
 
やっと起き上がってから、母が甘い紅茶を入れてくれたので、もらって飲んでいたら、青葉のスマホが鳴る。見ると桃香の昔の恋人で、この春に青葉の通学服選びに協力してもらった優子さんである。あの時、何となくノリで携帯の番号を交換しておいたのだが、まさか電話が掛かってくることがあるとは思いも寄らなかった。
 
「はい」
「う、うまれそうなの。ごめん。助けてくれない?」
 
「行きます!」
 

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それで青葉は疲れているだろうしということで、朋子が自分のヴィッツで走ってくれた。青葉が助手席に座り、優子と連絡を取りながら詳しい住所を聞く。《蜻蛉》をサポートのため先行してそちらに飛ばした。
 
青葉たちが行くと、優子は既に破水しているようであった。
 
「ご両親は?」
「お盆なんで、福井の母の実家に行っているんです。私がまだ大丈夫だよと言ったもので」
「予定日はまだだいぶ先だったんですか?」
「9月16日だったの」
「まだ1ヶ月先の予定だったのか!」
 
「とにかく病院に運ぼう。かかりつけの産婦人科は?」
「○○産婦人科というところで。そこのバッグの中に診察券が」
 
それで後の便を考えて、優子のソリオの後部座席に、青葉の自宅から持参したブルーシート(未使用)を敷き、その上に優子を乗せて、その病院まで行った。優子を車に乗せるのは
 
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「お母ちゃん、ちょっと目をつぶってて」
と言って、海坊主に抱かせて運び入れた。
 
車内からその病院に
「今にも産まれそうなんで、お願いします。今そちらに連れて行きます。既に破水しています」
と連絡する。
 
そして車を病院の玄関につけると中の受付に行って、来たことを言う。
 
すると看護婦さんたちが出てきて、男性のお医者さんが優子を車の座席からストレッチャーに移し、そのまま分娩室に運び入れた。
 
赤ちゃんは1時間もしない内に産まれた。結果的にはかなりの安産であったようだ。
 
元気な女の子の赤ちゃんだった。
 
「私、男嫌いだから、万一男の子が生まれたら、性転換して女の子に変えちゃおうかと思ったんだけど」
などと優子が言うので
 
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「そういう冗談が出るなら大丈夫だね」
と医師は笑って言っていた。
 
しかし優子の場合は、冗談ではなかったかも知れない!
 

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「私がご両親とか彼氏とかに連絡しますよ」
と朋子が言うので、優子は
 
「済みません。お願いします」
と言って連絡を頼んだ。
 
それで朋子は福井に行っている優子の母にまずは連絡した。向こうはびっくりしたようで「すぐに戻ります」と言っていた。その後、朋子は赤ちゃんの父親で優子の“元彼”という川島信次に電話した。
 
朋子はこの時、話した相手のことを覚えていたので、1年後に彼が千里の婚約者として登場した時かなり驚いた。そしてその時はたぶん桃香との関連で千里と知り合ったのだろうと思っていた。
 
(実際には桃香は優子の元彼=この子の父親の名前を聞いていない)
 
朋子は結局、信次に子供がいることを千里本人が自分で気付くまで千里に話さなかった。そして青葉はこの時、優子のスマホの画面を見なかったし朋子は名前を発音しなかったので、赤ちゃんの父親の名前が川島信次ということを青葉も全く知らなかった。
 
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春産(5)

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