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■東雲(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2020-08-14
 
その日の「夜はネルネル」では、“サイン”が話題になっていた。ネルネルの2人のサイン(実はレアもの:この2人はめったにサインしないことで有名)、めろでぇずの2人の物凄く可愛いサイン、貝割横浜・貝割川崎のサイン(似顔絵付き)、揚浜フラフラのサイン(普通の文字でフラフラと書いてあるだけ)、健康バッドのサイン(普通に芸能人風)、有斗興梠のサイン(蟻の絵と蟋蟀の絵が描かれている)、更に内野音子のサイン(可愛い白猫の絵付き)、なども披露され、各々の色紙がコルクボードに貼られたが、デンデン・クラウドが「俺サイン無い」と言い出す。
 
「だって俺サインなんて求められたこと無いし」
などと言っている。
 
「お前も芸能人の足の爪先の端くれなら、サインくらい作りなさい」
と揚浜フラフラが言う。
 
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それで結局、全員でデンデン・クラウドのサインを考えてあげることにする。当然みんな無茶苦茶なサインを提案して「いやだぁ」と本人から言われている。健康バッドが書いたサインは放送時にモザイクが入っていた!
 
最終的には内野音子が作ってあげたDen Den というのが丸文字っぽい書体で書かれ、クラウドは雲の絵になっているというサインが、チャンネルの独断で採用される(ケンネルは健康バッド提案のものを推したが、左蔵プロデューサーから「それはさすがにダメ」という声が掛かった)。
 
それで練習させるが、全然可愛い丸文字が書けない!
 
それで来週までにちゃんと練習してこいと言われた。
 

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最後にローザ+リリンのサインが披露されるが
 
「ローズ+リリーのサインに似てる」
と、めろでえずのロックが指摘する。
 
「私たちローズ+リリーのそっくりさんだし」
「そういえばそうだった」
「だからサインも似てる」
 
ここでローズ+リリーの直筆サインが、さっと出てくるのが計画的な所である。
 
「違いが分からん」
と言って結局各々をスキャナでパソコンに取り込み画像として重ね合わせてみる。
 
「ああ、この付近が違うのか」
「当然。ローズ+リリーのサインは Rose + Lily と書かれている。ローザ+リリンのサインは Rosa + Lilinと書かれている。 e, a が違うし、 in, y が違う」
とケイナ。
 
「でも似てる」
「似るように書いているからね」
とケイナは言ったが
 
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「ちなみにローズ+リリーのサインも書ける」
と言って、ケイナとマリナが色紙にさっと書いてみせる。
 
スキャナで取り込んで重ねてみると、きれいに本物と重なる。
 
「だったら、お前ら、ローズ+リリーの偽サインも作れるの?」
「作れるけど作らない。詐欺罪になる」
「これ、鑑定番組とかに出したら、本物と認定されるかな?」
「絶対バレる。筆勢が違うから」
とマリナ。
 
「あぁ」
 
「写真では重なるけど、内野音子ちゃん、この2つの色紙を見比べてみてよ。人間の感覚では違いが分かるでしょ?」
と言ってマリナは2枚の色紙を内野音子に渡す。
 
内野音子はしばらく眺めていたが
「こちらが本物?」
と言って右手に持つサインを掲げた。
 
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「正解。ケイちゃんもマリちゃんも書道三段だから、文字自体が美しい。私たちは書道3級だから、同じ筆跡を辿っていても、筆勢の違いで、ローズ+リリーの本物サインの方が美しいんだよ」
とマリナは解説した。
 
「三段と3級の違いか!?」
 
「なるほどねー」
と内野音子は感心していたが、この2つの違いを見分けられたのはこの日のメンツの中では、めろでえずの2人とチャンネルだけで、他の男性メンバーはケンネルも含めて、見分けがつかないようだった。
 

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「ここで視聴者の皆様にプレゼントのお知らせです」
とチャンネルが言った。
 
「視聴者の中から抽選で50名様に“ローザ+リリン直筆”のローズ+リリーのサイン色紙をプレゼントします。これはローザ+リリンが書いたものであることが分かり、ローズ+リリーの本物サインと紛れないように、色紙の隅にローザ+リリンのロゴマークが入ったものを使用します。ご希望の方はぜひご応募ください。宛先はこちらです」
 
と言って内野音子が手に持つ宛先が書かれたフリップボードを映す。
 
「ご応募なさる方は、必ず“だれだれさん江”という宛名を指定してください。指定されていない場合は、返送先のお名前を書きます。なお外れた方の中から300名様には、デンデン・クラウドのサイン色紙が届きます」
 
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とチャンネルは言ったが、ネットでは
「デンデンのは要らん」
という声が圧倒的であった。
 
「めろでえずか内野音子のなら欲しいけど」
という声もあった。
 
しかしこのお陰で、デンデン・クラウドは、多分届いてもそのまま捨てられる運命のサイン色紙を300枚も書くハメになった!もっともその前に、ケイナの感覚で“まともなサイン”と認定されるようになるまで画用紙に500回くらい書いている。そもそもその前に「字の練習しろ」と言われてペン習字のテキストを3冊やらされた。
 
(でも1枚100円!で3万円ももらって「ありがたいです」と言っていた。デンデン・クラウドの標準的な月収は5万円である!)
 

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なおこの放送の直後から、お正月のものまね歌番組で、ローザ+リリンが出場者に渡したローズ+リリーのサインは本物だったのか?それとも
ローザ+リリンが書いたものだったのか?という疑問がツイッターなどに挙げられるが、気づいたケイがマリに
「あれは本物だよ〜」
というコメントを書かせて、騒動はすぐ鎮静化した。
 
「それに、あの日は私たち、震災イベントの打ち合わせで仙台に行っていたから出られなかったんだよ。ごめんねー」
とマリは追記していた。
 

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龍虎の親友で、小学校以来の同級生である、南川彩佳と入野桐絵は、高校時代は学校の寮に住んでいたものの、卒業し4月から女子大生になるので、どこかに引っ越さなければならない。しかし東京は家賃が高いので、2人と、中学までの同級生で都内の大学に進学する北山宏恵と3人で共同で1部屋借りようということにした。
 
しかし18歳の世間知らず?の女子2人で部屋探しなどしていると、変な物件を借りてしまうようなことはないかと不安だった。2人の両親もずっと熊谷に住んでいて、東京の事情には明るくなさそうである。
 
それで、2人は龍虎の“姉貴分”を自称する佐々木川南に頼ったのである。
 
「おお、君たちもとうとう女子大生か」
と言って、川南さんは喜んで協力してくれた。
 
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「龍虎も大学に進学していれば立派な女子大生になれたものを」
などと言っている。
 
「川南さんだけに見せてあげます」
と言って、彩佳は卒業式の記念写真を見せる。
 
「おお、あの子、ちゃんと女子高生として卒業したんだな。よしよし」
と川南さんは大いに喜んでいた。
 

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普段ならマクドナルドかロッテリアあたりで打ち合わせる所だが、コロナの情勢があるので、川南さんが住む国立市内のマンションにお邪魔して打ち合わせをした。
 
「私ずっと、ここ“こくりつし”だと思ってた」
と桐絵が言う。
 
「国立音楽大学も“こくりつおんがくだいがく”だと思ってる人、結構いるよな」
「国立(こくりつ)の音楽大学は、東京芸大なんですよねー」
「そうそう。国立(くにたち)音楽大学は私立」
 
「それで、君たちどこの大学に行くの?」
と訊かれるので、彩佳は青山学院大(最寄り駅:渋谷)、桐絵は早稲田(最寄り駅:早稲田)、宏恵はお茶の水女子大(最寄り駅:茗荷谷or護国寺)と説明する。川南はパソコンから東京都の地図をプリントし、マーカーで印を付ける。
 
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「だったら副都心線だな」
「やはりそうなりますよねー」
 
「副都心線なら、赤塚とか成増あたりまで行くと、かなり安いぞ」
「やはりその付近になりますか」
「赤塚から、渋谷へは30分、早稲田へは飯田橋乗り換えで30分、茗荷谷へは池袋乗り換えで20分」
 
「お茶女がいちばん近いのか」
「いちばん北にあるからな」
 

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「彩佳には龍の所に同棲したら?とかからかってたんですけどね」
「そういえば青山は、龍のマンションからも近いな」
「アヤは、そもそも龍のマンションに近いから、早稲田を蹴って青山を選んだんですよ」
と桐絵が言う。
 
すると、川南さんは少し考えているようである。
 
「君たち狭いマンションでもいい?」
「全然構いません」
 
「だったら渋谷近辺に借りたら?そしたら代々木の龍のマンションにも歩いて到達できるぞ」
 
「でも高いのでは?」
「渋谷でも、古くて狭いマンションなら安いのさ」
「へー!」
 

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それで川南はネットで検索していたが
 
「これとかどう?」
と言ってひとつの物件を見せる。
 
渋谷駅まで徒歩5分!という凄い所にあるものの家賃がわずか8万円である。
 
「こんな物件があるんだ!」
「古くて狭いけどな」
 
見ると築45年とある。つまり1975年の建築である。占有面積もわずか18平米しかない。一応オートロックで、光回線が入っている。
 
「これ見にいきたい」
「よし。ちょっと専門家を呼ぼう」
「専門家?」
 

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それで川南が呼び出したのは、梨乃(ゴールデンシックスのリノン)と千里である!
 
「きゃー、最高に忙しい人を2人も」
と彩佳が恐縮している。
 
「龍を女の子に改造する相談と聞いたから来た」
と梨乃。
 
「龍も高校卒業したし、そろそろ男の子から卒業してもいいよね」
と千里。
 
「まあ改造計画は置いといて、取り敢えず龍を改造手術するのに拉致するための前線基地を作ろうという相談なのだよ」
と川南は言っている。
 
5人は北区のスーパーの駐車場に集まっている。ここから千里のセリナに全員で乗って、目を付けていた物件を管理している不動産屋さんの近くまで行った。Timesの駐車場に駐め、お店に入る。それで川南がプリントしておいた物件に興味があると言った。
 
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「現在1階と3階と8階に空き部屋があるのですが」
「8階がいいかな」
と千里が言う。
 
その言い方から、川南はたぶん下の階には“何か”あるなと思ったが、千里がいれば大丈夫だろう。
 
物件の条件などを確認した上で現地に行ってみる。
 
「これはかなりのボロだ」
と梨乃が言っている。
 
「でも安ければいいです」
と彩佳。
 
途中で止まったりしないか?と少し不安になるようなエレベータで8階まで昇る。それで804号室の鍵を開けてもらって中に入ろうとしたが、千里が言った。
 
「この階に、もうひとつ空き部屋がありましたよね」
「はい。でもどちらも同じ仕様ですよ」
「そちらを見たいです」
「分かりました」
 
それで不動産屋さんのスタッフ(実際には出入りの便利屋さんらしい)はもうひとつの空き部屋、807号室に案内してくれた。通路のいちばん先である。
 
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「梨乃どう?」
 
以前不動産屋に勤めていた梨乃があちこちチェックしている。
 
「ここの扉が開きにくいです」
「ああ。確かに。入居なさる場合は事前に交換させますよ」
と言ってスタッフさんはメモして写真も撮っている。
 
フランス窓を開けてベランダにも出てみる。
 
「千里、あれどう思う?」
と梨乃が指さす先に、渋谷スクランブルスクエアが見える。
 
「角には面してないから大丈夫。気になるなら金魚鉢でも置くか八卦鏡でもぶらさげればいい」
 
「じゃあまり問題無いかな」
「804号だと、あの角が向いていると思う」
「なるほどー。そういうことだったのか」
「ここはわりと環境いいよ。」
 
「だったらここに決めていいかな?」
と川南が訊く。
「いいとも」
 
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それでスタッフさんがこの部屋を仮押さえしてくれた。
 

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