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■東雲(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-08-01
1月23日深夜(1月24日早朝)、八雲礼江(礼朗)は、氷川真友子が自分の兄・八雲春朗の子供を妊娠しているものの、春朗が同時に別の恋人・高木佳南も妊娠させてしまい、そちらと結婚せざるを得ないので真友子とは結婚できないと言われたと聞いた。すると礼江(礼朗)は真友子に言った。
「兄貴の代わりにボクが認知する」
予想外の言葉に真友子は
「え〜〜〜〜!?」
と叫んだ。
礼江は言った。
「春朗と私は、母が同じだし、父は一卵性双生児で、遺伝子的に同じものを引き継いでいるんだよ。私たち顔もそっくりだから、小さい頃はよく入れ替わって周囲のおとなを欺したり、お互いに得意な授業に出たりとかもしてたんだよね」
「へー」
「だから私が認知しても、遺伝子的な矛盾ってほとんど起きないはずなんだよ。血液型も同じ Rh+AB だしさ」
「だからといって・・・・」
と言って戸惑うように言葉を発してから、真友子はあることに気づいた。
「のりちゃん、ダメだよ。のりちゃんが私の赤ちゃん認知しちゃったら、のりちゃん性別を変更できなくなる」
しかし礼江は言った。
「私、どっちみち女として生きていく根性も無いから、戸籍は男のままでもいいよ」
「それも問題なんだけどなあ」
と真友子は腕を組んで言う。
「それとさ、もし良かったら、まゆちゃん、ボクと結婚してくれない?前からボク、まゆちゃんのこと好きだった」
と礼江は言った。
「ちょっと待って。のりちゃん、ストレートじゃなかったの?」
好きと言われるのは悪い気がしない。しかも真友子はバイだ。でも礼江が自分のことを好きだったなんて、全く思いもよらなかった。
「うん。ボク基本的には女の子には関心は無い。恋愛対象は男性だよ。名前は明かせないけど、男性とのセックス経験もある」
「春朗さんじゃなくて?」
「はるちゃんとセックスしたことがあることは認める。高校時代にね。でも実は性転換した後で男の人に抱いてもらったこともある。もう関係は解消したけど」
「ああ、経験あるんだ?」
「処女じゃなくてごめんね」
「ううん。私も処女じゃないし」
「まあ処女で妊娠してたらびっくりだね」
「普通あり得ないよね」
と言ってから礼江は言った。
「確かにボクは恋愛対象は男性だけど、まゆちゃんは、格好よくて決断力もあって、実はボクのストライクゾーンに入っていたんだよね」
「へー」
「そうだ。指輪も買ってあげるよ」
「ちょっと待って。心の準備が」
「だったら、今日はつなぎのファッションリングを買ってあげるよ。ダイヤの指輪はまた後日ということで」
「えっと・・・」
それで2人は、この後少し寝て、8時半に起きて朝御飯を食べた後、午前中に銀座に出たのである。(★★レコード制作部はフレックス勤務であり、多くの社員が音楽事務所やイベンターなどの営業時間に合わせて、昼すぎに出て来て20-21時頃まで仕事をする。但し氷川や八雲は朝から出て来てタイムカードも押さずに仕事をしている日も多い)
そしてふたりはティファニーに行って、礼江は真友子に指輪を買ってあげたのである。
最初「今日は彼氏さんは来ておられないのですか?」と訊かれてしまったが、「私たちが恋人です」と礼江が言うと「失礼しました」と言って、その後は普通に接してもらえたので、礼江はこのお店が気に入った。
ちなみに、こういう時、しばしばエンゲージリングでダイヤの指輪を買うからといって、つなぎには誕生石の指輪を買ったりする。しかし真友子の誕生日は1989年4月5日で、困ったことに誕生石もダイヤモンドである!しかし実はフランスでは4月の誕生石にダイヤ以外にサファイヤもあげられている。
そこで礼江が買ってあげたのは、0.5カラットのサファイヤの周囲をメレダイヤが取り囲んでいるという豪華な指輪である。価格は40万円で礼江はカードの1回払いで買ったが、これ自体エンゲージリングにしてもいいくらいのランクの指輪であった。
唐突に礼江からプロポーズされて戸惑っていた真友子も、指輪を買ってもらったことでこの子と結婚してもいいかもという気分になってしまった。正直ひとりで子供を産むことに不安を感じていたので、父親になってくれるという申し出がありがたいのは事実である。
「のりちゃん、ホテル行こう」
「えー?勤務前なのに」
「そりゃ勤務中に行ったらまずいよ」
それで2人は五反田に移動してファッションホテルに入った。
真友子は礼江のあそこを舐めてあげた。
「嘘!?そんなことしてくれるの?」
「されたことない?」
「初めて」
「私もあまり上手じゃないから、痛かったら言ってね」
“人工物”の栗ちゃんは、ひよっとしたら“天然物”ほど丈夫じゃないかも知れないと思い、真友子は、万が一にも“もげたり”しないようにと、少し弱めに舐めた。
それをしながら指を入れてGスポットを刺激してあげたら、物凄く気持ち良さそうにしていた。それで真友子は、性転換手術して女になった人にもGスポットがあるんだなと認識した。
その後、真友子は“ハメ”(普通のトリバディズム−いわゆる貝合せ−から更に深い密着感を得られる体位)をしてあげたが、礼江は
「まるで入れられてるみたい」
と言って、かなり快感を感じていたようだった。
「こんなやり方があるって知らなかった」
「のりちゃん、女の子との経験無いでしょ?」
「うん。実は初めて」
「このテクニック、ビアンの子でも知らない子がわりといるみたい」
「へー」
礼江は真友子がどんな女の子と経験したのだろうと一瞬考え少し嫉妬したが、今それは考える必要は無いと思い直し、考えないことにした。
この日(1/24)ふたりはふだんより少し遅めの13時頃、一緒に会社に出ていった。
そしてその日は23時頃まで仕事をしてから、礼江は真友子と一緒に川崎市中原区の真友子のマンションに“帰宅”した。夕食(夜食?)は礼江が作った。更に翌週からは礼江が自分の分と真友子の分のお弁当を作るようになった。
なお真友子は27日、八雲春朗にメールして、自分はこの業界でこれからも仕事をしていきたいから、認知は拒否したいと告げた。また自分は経済的なゆとりもあるし、佳南さんにバレた時にまずいから、出産費用や養育費も要らないと書いておいた。春朗も「分かった」と返事をしてきた。
「のりちゃん、こちらに引っ越してきなよ」
と真友子は礼江に言った。
「そうしようかな」
と言って、礼江は自分の三鷹のマンションは売却することにして、マンションを管理している不動産屋さんに相談した。不動産屋さんには
「お嫁に行くことになったんで、こちらは売却したいと思って」
と言ったのだが
「それはおめでとうございます」
と言って、1000万円で買い取ってくれた。
このマンションは戸籍名通りの八雲礼朗の名義で購入・所有していたのだが、男が“お嫁に行く”と言ったら変に思われないかと思ったのは杞憂だった。まあ最近はいろんな人がいるからね。
なお、買った時は2400万円だったのだが、8年も住んでいたら、そんなものだろうと礼江は思った。(礼江は素直に言われた金額で売却したが、真友子が交渉していたらたぶん100-200万円は上積みしている)
ちなみに不動産屋さんはそもそも礼江を女性としか認識していない。礼江のビジュアルを見て男と思えというのが無理である。“礼朗”というのは名義上使用していた、父親か何かの名前と思い込んでいる。
引越は、2人のスケジュールが詰まっているので、1月29日(水)におこなった。真友子は2月1日に沖縄でローズ+リリーのツアーが始まるので、1月30日には沖縄に行く必要がある(ケイ・マリは1/31に沖縄に行く予定)
1月28日はふたりとも20時で退社させてもらい、ふたりで協力して荷造りをした。
「のりちゃん、この機会に男物の服は全部捨てちゃおうよ」
「え〜〜?それだと仕事行くのに困る」
「もういいかげん、男装勤務はやめるべきだと思うな」
「実は女の格好で会社に行く勇気がない」
「何を今更。妻の名において命じる。もう女になりなさい」
「え〜?妻の命令なの?だったら仕方ないかな」
それで礼江は男物の服を捨てることに同意し、新居には女物の服だけを持って行くことにした。
夜の内に大半の荷物を整理できたので、翌日(1/29:ふたりとも休暇をとった)の午前中、引越屋さんが来ると、手際よく書籍・CD・食器等を荷造りしてくれて全ての荷物を4トントラックに積み込み、全て真友子のマンションに運び込んだ。実際には2トントラックでも足りたかもという感じだった。
「荷物割と少ないね」
「男物の服を全部捨てられちゃったし。布団も捨てられたし」
「あの布団は耐久限度を超えてたからね」
大型の家具や家電は置く場所を決めていたのだが、段ボール箱はとりあえす客間(?)に積み上げた。ゆっくり整理することにする。
そして礼江は1月30日(木)に(真友子は沖縄に行ってしまったのでひとりで)物凄く不安な気持ちで初めて女装で会社に出ていったのだが・・・
誰も何も言わなかった!ので礼江は拍子抜けした!
みんな普段通り接してくれるので、自分はこういう格好で仕事してていいのかなと思った。トイレに行く時、うっかりこれまでの習慣で男子トイレに入ろうとしたらちょうど出て来た坂口平太から
「係長!こちらは男子トイレです!」
と言われ、それで気づいて
「あ、ごめん」
と言って、女子トイレに飛び込んだ。むろん女子トイレに入っても、中に居る女子たちは、礼江を見て何も言わない。
(実を言うと、真友子が前日同僚数人にメールして密かに根回ししていたのである)
午後、ビンゴアキちゃんの事務所を訪れて打ち合わせをしたが、そこでも何も言われなかった。
帰り際に学生時代以来の親友・菱沼伊代と遭遇したので彼女に
「私、変じゃないかな?」
と尋ねたら
「スカートのスリットのしつけ糸が付いたまま」
と言って、ハサミで切ってくれた。
「気づかなかった!」
と言ってから
「私、スカート穿いててもいいのかな」
と尋ねてみる。
「男の人がスカート穿いてお化粧してたら変だけど、のりは女の子なんだからスカート穿くのもお化粧してるのも何も問題無い。でものりは、これまでズボン穿いてること多かったし、ノーメイクのことも多かったね」
などと伊代は言っていた。
そして2月3日(月)沖縄のローズ+リリー・ライブから戻って来た真友子は、礼江から“八雲礼朗”名義の名刺と社員証を回収し、手配していた“八雲礼江”名義の名刺と社員証を渡して、以降それを使うように言った。
しかし礼江は以前から女子社員からは「のりちゃん」と呼ばれているし、男子社員からは「八雲さん」と呼ばれているので、呼ばれ方には変化が無かった!
とっくの昔に性別移行していた八重垣係長(FTM)が
「やっと仮面男子をやめたか」
と言ったくらいであった。
ラピスラズリの2人(東雲はるこ・町田朱美)は、大宮万葉がレポーターとなるテレビ番組『作曲家アルバム』に使うということで、1月中旬、東堂千一夜の『涙のスタートライン』、東城一星の『白鳥サンバ』を録音し、ビデオも撮影した。
ところが大宮万葉(青葉)が実際に1月21日、東堂千一夜先生の御自宅を訪問し、ラピスラズリが歌うビデオをお目にかけたら
「この子たち実際に連れてきてよ」
と先生はおっしゃった。それで青葉本人は翌日北海道に行き、東城一星先生と会うことになっていたので、(青葉の取材に同席していた)ケイが代わりにラピスラズリの2人を連れて翌日東堂千一夜先生の御自宅に行った。テレビ局のスタッフも同行した。
その場で、先生のお宅のピアノを町田朱美が弾いて2人で『涙のスタートライン』、および自分たちのデビュー曲『亜麻い雨』を歌唱してお聞かせした。
「君たち上手いね〜」
と東堂先生は掛け値無しに褒めてくれる。
「テレビで流す時は今の生歌唱を」
と先生がおっしゃる。ケイも頷くので、テレビ局の柳田プロデューサーが
「ではそのようにします」
と返事した。
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