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■東雲(8)
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千里は2月上旬、栃木県S町に所有している製材所の所長さんから連絡を受けた。S町の町長さんが相談したいことがあるというのである。
「村山さんは、化学工場とかマスク工場とかもお持ちだと聞いたものですから」
「化学工場は滋賀県にあるのですが、マスク工場は今富山県にまだ建設中なんですよ」
マスク工場建設の話はつい数日前に若葉と話して決めて、今工場の基礎工事をやらせている所なのだが、きっと製材所長が町長に話したんだろうなと千里は思った。
「今マスク不足が深刻になりつつあるのですが、うちの町にも少し供給できたりしませんよね?」
「その工場はだいたい3月下旬くらいに稼働させられたらと思っているんですよ。製材の過程で出る、樹皮とか小枝とかを原料に生産するつもりで。どのくらいの生産余力が出るかは分かりませんが、多少は供給できると思いますよ」
「それはぜひお願いします」
「病院関係には現在でも別ルートで入手できると思うマスクをお分けできると思います。必要な数を言ってください。完全に満たすことはできないかも知れませんし、N95マスクなどは手に入りませんが、普通のマスクなら多少お渡しできると思います」
「助かります。それすぐに町立病院の方から数字を出させますので」
「では大島(製材所長)の方に連絡してください」
「ところでトイレットペーパーとかは大丈夫でしょうかね?」
「へ?」
千里は思いも寄らない品目をあげられたので驚いた。
「いえ、ちょっと噂がありまして。マスクが不足しているからその増産するのにパルプを大量に使うから、パルプで作るトイレットペーパーが不足しないだろうかと」
「あり得ないと思いますよ。マスクの材料になる不織布にはパルプも使いますが、材料の大半は、石油から作るポリプロピレンです。トイレットペーパーとか関係無いと思いますけどね。もっとも富山で私が友人と作ろうとしている工場は、端材や樹皮を化学分解して作ったセルロースを原料にするもので、材料としてはかなり珍しい部類になると思います」
「ああ、やはりセルロース原料の不織布もあるんですね」
「ありますけど、本当に特殊ですよ。原料費がかさんで採算が取りにくいから、あまりやっているところはないと思います。ポリプロピレンは石油精製の過程で出る副産物を原料にするから安いんですよ」
「なるほどー。いやそれで先日、自治会長の会合で話題になったのですが、町内のG地区に5年前に倒産した再生紙のトイレットペーパー工場がありましてね。あれが活用できないかという話が出たんですよ」
「ああ、それは機械がどのくらい傷んでいるかと、債務関係でしょうね」
「債務関係は町で責任持って処理させますよ」
「じゃちょっとその工場を見ましょうか」
千里は《きーちゃん》に頼んで、北海道にいる《せいちゃん》を呼び寄せた。《せいちゃん》は突然転送されたのでキョロキョロしている。そして女装だ!
「あれ?そちらは?」
「うちの技術長で五島節子です」
「へー。女社長に、女技術長さんって凄いですね。やはり女の時代ですね」
などと町長さんは感心している。
それでその倒産した工場を見てみた。
「どう?」
と千里が《せいちゃん》に訊く。
「機械が古い。かなり更新する必要がある」
「その費用と期間は?」
「更新の費用は・・・たぶん5億円くらい。期間は・・・3ヶ月かな」
「今の機械を何とかして動かせない?」
「うーん・・・」
と《せいちゃん》は悩んでから
「機械が錆ついているんですよ。この錆を落とせば、ひょっとしてら何とか」
と言った。
「それ町の若い人を動員してやらせますよ」
と町長さん。
「試してみようか。でも五島さん、更新のための5億は出すからすぐ機械を発注してくれない?」
「分かった」
町長の号令で、町の青年団や消防団のメンバーが動き、半月ほど掛けて機械の錆を落としたら、機械は本当に動くようになった。それでこの工場は2月下旬から稼働し始めた。材料は新聞紙・雑誌、たまごの緩衝材、牛乳パック、段ボール、オフィスから出るシュレッダーに掛けられた紙、などなどである。近隣のY市にも声を掛けて、その手の素材を集めた。新聞紙や段ボールなどを混ぜると紙が白くならず、市場での商品価値は低いのだが、エコを旗印に、町主導の再生紙ブランドということで広報すると、わりと買ってもらえた。
それでトイレットペーパー騒動が起きた2月下旬、この町や周辺の市町ではトイレットペーパー不足は起きなかったのであった。そもそもトイレットペーパー騒動は、心理的なものに過ぎず、実数は充分足りている。その上、地元にトイレットペーパーの生産工場があり、たくさん生産しているというのがあると、安心感があるので、この地区では誰も買い貯めに走らず、パニックが避けられたのである。
「しかしこの機械、動きはしたけど、いつ壊れるか分からないよ」
と《せいちゃん》は言う。
「まあ6月かそのくらいまで動き続けてくれたら」
と千里は言った。
なお、債務関係は地域の信用金庫が主導して債務整理をおこない、とりあえず管財人さんの許可を得て工場は使用してよいことになり、町主導で操業を続けた。コロナの影響で仕事を失った人などを積極的に雇用した。
最終的には千里が8月に1億円で債権者からここの土地と建物を買い取ることになったが、運営は町と千里が出資しあった第三セクター方式での運用となった。
機械は結局7月に更新したが、小枝や樹皮なども材料として使用できるプラントを10億円掛けて追加したので、製材所の多いS町の多くの製材所から歓迎された(副産物としてアルコールもできる)。またこの更新の時、白い紙材料を灰色の紙材料を背景に絵として浮き出させる加工をするようにしたら、これが東京のテレビや雑誌に紹介されて、照会が増えることになる。
それで当初は毎月1000万円程度の赤字を出しながら営業していたのが、夏以降は逆に黒字が出るようになり、町の財政にも寄与することとなった。
青葉は、2月2日の東郷先生の取材を終えた後、柳田プロデューサーと一緒に夕方ケイのマンションを訪ねて、木ノ下先生と東郷先生のところで取材したビデオを見てもらった。そして放送してはいけない箇所について意見を聞いた(マリは外出中だった。おそらく大林亮平さんの所に行っているのだろうと青葉は思った)。
それで柳田さんが〒〒テレビの漆野報道部長とも電話で連絡した上で、まずい部分は◇◇テレビの責任でカットすることにし、テレビ局に行って、柳田さん自身が青葉に確認しながらデータを編集した。オリジナルは青葉の見ている前で柳田さんが消去した。
(特にはるこが元男の子であることをバラした部分、内瀬さんの放火未遂事件、コスモスのレイプ未遂事件(本人は気にしてないし加害者の男性俳優はもう芸能界から消えて久しいのだが)などは万が一にも流出すると、物凄くまずい)
この日は遅くなったので、大宮の彪志のアパートで1泊する(ついでにバレンタインを渡す)。そして2月3日朝の新幹線で金沢に戻って〒〒テレビにまずい部分をカットしたビデオを提出した。
この日は朋子の誕生日、そして定年退職の日だったので、桃香・千里と一緒に「お疲れ様会」をした。
青葉もこの週はたっぷり津幡のプライベートプールで泳いだ。ここのメンツは12/1に仙台の金堂が離脱、1/15には永井も離脱して、今泳いでいる五輪候補のメンバーは、青葉・ジャネ・南野・竹下の4人である。
「南野さん、卒論は終わってますよね?」
と尋ねてみたが
「うちは提出期限が遅いから、今月中に提出する」
などと言っていた。
へー。そんなに遅くまでいい所もあるんだ、と青葉は思っていた。青葉は既に12/23に卒論は提出している。
2月7日(金)には、また東京に出る。そして2月8日(土)はラピスラズリを連れてテレビ局のスタッフと一緒に山本大左(やまもと・だいすけ)先生の御自宅を訪問した。
ふたりは山本先生が書いて坂本旬子がヒットさせた『港町・恋の町』を、例によって町田朱美のピアノ伴奏で歌った。
「あんた若い癖にしっかりこぶしが回っている」
と言って先生は褒めてくれた。このこぶしの部分は実は朱美が歌っている。“正統派”のはるこは、精密すぎる音感が邪魔して、こぶしが回せなかったのである。
「よし。その朱美ちゃんだっけ?囲碁を打とう」
「囲碁なんですか?私下手ですよ」
「僕も下手だから大丈夫」
それで仕方ないので打ち始めたが、30分ほどの対局で朱美が勝っちゃった。
「私、勝って良かったのかな」
と急に不安になった朱美が言ったが
「心配しないでいいよ。僕が勝てるのは東郷誠一くらいだから」
などとおっしゃっている。
「でも私、囲碁部の友人から、あんたの囲碁は50級くらいと言われたのに」
と朱美は言うが
「ローズ+リリーのマリさんによると、東郷先生や山本先生の囲碁は150級くらいらしいですよ」
と青葉が言う。すると
「僕は昔君の囲碁は300級くらいと言われたことあるけど、マリちゃんの見立てて150級なら、少しは進歩したかね?」
などと言って山本先生は笑っている。
「山本先生と東郷先生の囲碁対局が始まると、おふたりとも全然お仕事をしなくなるので、レコード会社の担当さんが困るんだよ」
と青葉は笑って言った。
「あいつとは棋力がちょうど同じくらいだから、楽しいけど、打ち始めるとあっという間に2〜3ヶ月経ってる」
「そんなにお仕事しないと、本当にレコード会社さんが困りますよ」
と朱美。
「そんな時は、大宮万葉君に代行してもらおう」
「え〜〜?私、演歌は書けません」
「修行が足りんな。演歌大辞典を聴きなさい」
「では100年後に」
しかし東郷先生のところでわりと緊張した青葉や朱美も、山本先生は脱線が多いので、楽しくインタビューをすることができた。
翌日、2月9日(日)は、すずくりこ先生の御自宅を訪問したが、すず先生は耳が聞こえないのもあり、相棒の作詩家ゆきみすず先生も同席するということだった。
しかし青葉たちがすず先生の御自宅に着いてベルを鳴らすと、すず先生たちの親友・しまうららさんが出てくるので、青葉もさすがにびっくりした。
「しま先生おはようございます」
と朱美が言ったので助かった!と青葉は思った。はるこも朱美と一緒にお辞儀をした。年齢層的に考えて、今の中学生なら、しまうららを知らなくても不思議ではない。
「しまさんもいらっしゃってたんですか?」
「うん。期待の新人中学生デュオが来るというので、私も会いたーいと言って押しかけて来た」
などとしまうららは言っている。
それで案内されて応接室に行くと、すずくりこさんと、ゆきみすずさんがお揃いのセーラー服を着ている。
またかい!
と青葉も朱美も思った。
「私たち、女子中学生デュオのラピスラズリでーす」
などと、おふたりは言っている。
朱美が呆れたように
「最近ニセモノが多いな」
と言った。
「よし。どちらが本物のラピスラズリか私が判定してあげるよ」
としまうららさんが言う。
「じゃんけん勝負?」
とゆきみすずさんが言うが、
「いや。クイズを出す」
としまうららは言った。
「第1問。インドの首都はどこ?」
ゆき先生は「ニューデリー」
朱美は「デリー」
と答えた。
「はい、デリーが正解」
「嘘!?首都引っ越したの?」
などとゆき先生は言っている。
「第2問。鎌倉幕府が始まったのは何年?」
ゆき先生は「いい国作ろう鎌倉幕府で1192年」
朱美は「いい箱作ろう鎌倉幕府で1185年」
と答えた。
「はい、1185年が正解」
「嘘。なんでー!?」
とゆき先生。
「太陽系の惑星を全部あげてください」
ゆき先生は「水金地火木土天海冥だから、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星」
朱美は「水金地火木土天海だから、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星」
と答えた。
「はい。冥王星は違います。海王星までです」
「なんで!?冥王星は爆発した?」
とゆき先生。
「最後の問題。大阪府堺市にある世界最大面積のお墓の名前は?」
ゆき先生は「仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)」
朱美は「大仙古墳(だいせんこふん)」
と答えた。
「大仙古墳が正解です」
「嘘!?仁徳天皇陵より大きなお墓が発掘された?」
などとゆき先生は言っている。
「以上を持ちましてこちらの2人が現役女子中学生と判定されました」
と言って、しまうららさんは、東雲はるこの手を持って高く掲げた。
青葉は笑って
「でも、しまさん、最近の教科書の改訂内容をよくご存じですね」
と言う。
「一番下の娘が高校生だからね。宿題とかに付き合っていて覚えた」
「ああ、やはり現役学生がいると、こういうのが分かりますよね」
と青葉も言った。
しかしこの“偽ラピスラズリ”とクイズ大会で10分くらい使ってしまった。
でもその後のインタビューも、ゆき先生と、しまうららさんが大いに盛り上げて楽しいものになった。
最後はゆきみすず作詞・すずくりこ作曲でKARIONが歌った『四つの鐘』を、青葉自身のキーボード(持参品)(*2) 伴奏に、スノーベル+ラピスラズリの4人で一緒に歌唱して楽しくまとめた。
朱美は耳の聞こえないすずくりこ先生がしっかり歌うのでびっくりしていた(*3)。
(*2)すずくりこさんは耳が聞こえないので“ピアノを弾きながら作曲”ということができない。すずくりこは全て頭の中で作曲して、ゆきみすずに楽譜を送り、音の誤認などを確認してもらっている。それで御自宅にはピアノが無い。
(*3)すずくりこは絶対音感持ちで、元々指定された音名の音をいきなり歌うことができた。更に★★レコード時代の則竹さんが制作した、歌った音を音名として表示する装置(最新盤ではスマホに表示できる)をいつも補助に使用している。
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