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■東雲(16)

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しかしこれで5曲できるので、雨宮が既に依頼している毛利五郎・鮎川ゆま・松居美奈・長尾泰華・醍醐春海と合わせて10曲になる。
 
「あと2曲は雨宮先生がお書きになりますか?」
とタカが尋ねる。
 
「あんた誰か筆の速い子知らない?一応名前の通ってる子で」
「そうだなあ」
とタカが悩んでいたら、アイが
「1人心当たりがあります。印税+100万円で依頼していいですか?」
と尋ねた。
 
「私が知ってる名前?」
「琴沢幸穂ですよ」
「ああ、彼ならOK。頼んで」
 
「女だと思いますが」
「ほんとに女なの?男の娘じゃなくて?」
 
(琴沢幸穂と実際に会ったことのあるのは、秋風コスモスとケイくらいである。丸山アイはそもそも千里の分裂劇の“影の仕掛け人”なので当然知っている)
 
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「脱がせてみたことはないですけど、女にしか見えませんけどね」
と言って丸山アイは3番に電話した。千里3は快諾して
「1番に書かせるね」
と言った。彼女はこの話を知らないふうだったので、やはり雨宮先生が連絡したのは2番だったようだなとアイは思った。
 

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この夜、龍虎のマンションでは、久しぶりにNが実体化したので、Fが物凄く喜び、3人で焼肉をして一緒に食べた。Mも抑えてはいるものの嬉しそうだった。
 
この夜、西湖のアパートでは、食事の途中で1人になってしまったので、戸惑う。Fの食べかけを自分で食べてから食器の片付けをしていたら
「宿題やっといてね」という“内面からの声”がある。それで西湖は、久しぶりに宿題に取り組んだ。
 
自分にできるかな?と思ったものの、Fが日々勉強している内容が頭に入っているので、西湖は何とか連立一次方程式を“たすき掛け”法で解くことができて「これ面白ーい」と思った。気体の体積問題もモル数に22.4を掛けたら体積になるというのが、すーっと頭の中から出て来たので、ちゃんと解くことができたものの「22.4って何の数字だろう?」と疑問は感じた。
 
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この夜、東京北区の季里子のアパートでは、季里子が夜食を持って部屋に入ると桃香が居なかった。桃香が絵本を読んであげていたはずの来紗と伊鈴だけが居る。トイレにでも行ったのかな?と思ってしばらく待っているものの戻って来ないので、季里子が絵本の続きを読んであげた。しかし5分もした頃、桃香からメールがある。
 
《すまん。緊急の仕事で出てくる。今夜は戻れないかも》
と書かれているので
《お疲れ様》
と返信しておいた。でもいつ出て行ったんだろう?私居間にいたのにと思った。朝起きると、桃香は自分と同じ布団の隣に寝ていた。
 

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マリナは夜中すぎまで掛けて曲を書き上げたが、妊娠中なのでケイナが心配そうにしている。それでケイナに
「これCubaseに入力できる?」
と訊く。
 
「できると思う」
「じゃ、よろしくー」
と言ってマリナはひとりでダブルベッドに潜り込むとぐっすり寝た。
 
(3/11)朝6時に起きてみると、ケイナが入力しながらパソコンの前で寝ていた。見るとほぼ入力は終わっている。それでケイナに毛布を掛けてあげて、残り数小節は自分で入力した。それから入力ミスがないか目と試奏で確認した上でコードを指定し、自動で伴奏を生成する。
 
その上で数ヶ所自分の好みの伴奏に修正して8時頃には完成。雨宮先生にメールした。これが『三角屋根の雨宿り』という可愛い作品である。
 
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雨宮先生からは
「可愛くできたね。それにここまで作ってもらえたら助かる。このまますぐ歌唱させられるから、これを一番に歌わせるよ。ありがとう」
という返信があった。
 
それで朝御飯を作り、ケイナを起こして一緒に食べていたら雨宮先生から電話がある。
 
「すまん。マキがギブアップしたらしい。もう1曲書けない?」
というので
「夕方までなら」
 
と答え、それでいいと言うので、もう1曲書くことにした。本当はこの日は1件仕事があったのだが、雨宮先生が美咲マネージャーと交渉し、ケイナとデンデン・クラウド!の2人で行ってくることにさせてもらった。
 
それでこの日マリナはずっと自宅に居て作曲作業をした。夕方16時頃に『灰色のバスケットシューズ』という、スポーツ男子に憧れる女の子の心情を描いた曲を書き上げる。これもCubaseで伴奏まで作っている。むろん伴奏の大半はオートである。それで送信すると
「これが8曲目。助かった」
という連絡があった。つまりまだ4曲揃ってないのか!?
 
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結局この時は、毛利五郎さんと、雨宮先生が最後に依頼した人物もギブアップし、マリナ・醍醐春海・琴沢幸穂の3人が2曲ずつ書いたようである。坂出モナたちは夜中すぎまで歌唱をしていたらしい。
 
(琴沢幸穂の1曲目は千里1が書いたが、2曲目は千里3が書いた。つまり千里は結局3人とも書いたのである)
 

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3月15日、時節柄ネット中継方式で行われた大林亮平と原野妃登美の結婚記者会見では、Wooden Fourのメンバーだけでなく、“震災イベント”繋がりでケイとマリが亮平と妃登美を祝福する様子がネットに中継される。マリは妃登美に笑顔で
「一緒にママになろうね」
とまで発言していた。
 
こうしておけば、万一この事情を知らなかった人が会見を見ても「マリちゃんも祝福しているのだから、よいのだろう」と思ってくれることを期待している。
 
なおマリと妃登美のつながりについて、ケイが
「実はマリはローズ+リリーでデビューする前に、原野妃登美ちゃんのバックダンサーをしていた時期があるんですよ。私も妃登美ちゃんの歌の伴奏をしたことがありますし」
とも説明した。このことはほとんど知られていなかったので、驚いた人も多かったようである。
 
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亮平が妃登美との結婚を発表する前日、3月14日、八雲春朗と高木佳南は、連名でFAXを報道各社に送り、結婚すること、佳南は妊娠中であること、佳南は出産明けまで女優業を休業することを発表した(多くの人が実際にはそのまま引退だろうと考えた)。佳南がエンゲージリングをしているところの写真も添えられていたが、それを見て妃登美は「勝った」と独り言を言った。
 
なお亮平からは「マリのおさがりの指輪だけでは申し訳無いし」と言って、あのダイヤの指輪のほかに、豪華な誕生石の指輪も買ってもらっている。
 
「みつりん、誕生石って何だったっけ?」
 
知り合ったばかりという訳でもないのにそんなのも知らないというのが、この人らしいなと妃登美は思った。
 
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「そうね。誕生石ならルビーなの」
と妃登美は言った。
 
マリが「俺に返すつもりなら捨ててくれ」と言われたというのを聞いていたのでその“アンサー”である!
 
(どちらも寺尾聰『ルビーの指環』の中のセリフ)
 
しかしそれで妃登美は700万円もする大粒のスタールビーの指輪を買ってもらったのである。そして記者会見ではルビーの指輪を右手薬指、ダイヤの指輪を左手薬指につけていたので、多くの人が、ルビーの指輪はエンゲージリングを買うまでの“つなぎ”に買ってもらったもので、ふたりの交際は長かったのだろうと思ったようであった。
 

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ところで、亮平と妃登美の記者会見の時にリモートでなく直接2人の前に現れて、2人に花束を渡したマリがしていた大粒のパールのネックレスが結構ネットでは話題になっていた。
 
「新しい彼氏からもらったもの?」
「お腹の中の赤ちゃんの父親が結婚できないお詫びにくれたものでは?」
 
などという意見もあったが、マリの財力なら楽に買えるものだろうし、指輪ではなくネックレスだし、単なるファッションアイテムだろうという意見に落ち着いた。
 
(直接亮平たちの所に登場したのは、Wooden Fourの残り3人の他は、マリ&ケイのみである)
 

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実はこれはケイがマリからねだられて買ってあげたものである。それはケイが亮平と会い“事情”を聞いた翌日、3月10日のことであった。
 
マリはいつものように昼過ぎに起きてくると、唐突にケイに後から首の所に抱きつき、甘えるような声で言った。
 
「ねぇ、まいはにー、指輪買ってぇ」
「それ松山君に言いなよ」
「冬、なんで私が松山君と会ったの知ってるのよ!?」
 
「やはり松山君だったんだ?」
 
マリが昨日誰かとデートしたようだったので、相手は誰だろうと思ったのだが、あてずっぽに言ったのが当たったようだ。
 
「貴昭とは別に何でもないんだよ。偶然遭遇して、それで私を慰めてくれただけだよ。それに貴昭は結婚しているし」
 
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「でも時々会ってるんでしょ?」
 
マリが亮平と一緒に暮らすつもりで建てていた、実家の離れを、マリは「ボーイフレンドとデートするのに便利」だから、このまま建てると言った。ボーイフレンドというのは、実際には松山君のことだろうと冬子は想像した。
 
「会ったことは認めるけど、彼が結婚した後は昨日までは1度もしてなかったんだよ」
 
つまり昨日は、したのか。
 
「まあ不倫はやめといた方がいいと思うね。今は妊娠しないだろうけどさ」
 
マリは妊娠中は誰とセックスしても更に妊娠することはない、などと言っていた。
 
「昨日は、貴昭から、また奥さんから疑われているからお腹の中の子のDNA鑑定をして欲しいと頼まれただけよ」
 
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「それは検査会社に連絡しておくけど、その話しただけ?」
「まあ、したけどね。妊娠しないし」
 
きっと「妊娠しないからいいじゃん」とか言って彼を誘惑したのだろう。
 
「昨日のこともお互い忘れることにしたし」
「私も忘れてあげるよ」
「だから、冬、私に指輪を買ってよ」
 
「でもダイヤの指輪はその内、結婚することになった男性に買ってもらいなよ」
「うん。ダイヤの指輪はそうするから、冬は私の誕生石の指輪を買って」
 
冬子は少し呆れたもの
「まあいいよ。買ってあげるよ」
と言って、一緒に銀座の田崎真珠まで出かけたのである。マリはパールの指輪に興味を持っていたのだが、店の奥に大粒のパールをあしらったネックレスがあるのに気づくと「これもいいなあ」と言った。
 
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それでケイも
「豪華な指輪をつけて妃登美ちゃんの前に出たら悪いじゃん。ネックレスにしときなよ」
と言ったので、結局その12mmの本真珠が3粒も使用されているネックレス(700万円)を購入したのである(それ以外の珠も10mmクラス)。
 
アコヤガイという貝自体が、そんなに大きく育つ貝ではないので、本真珠は普通7-8mmで、大きいものでも10mmくらいが限界である。あちこちの王室に伝わる伝統の王冠に20mm-30mmという巨大な真珠が載っていることもあるが、あれはだいたい南洋で採れる白蝶貝の真珠だろうと言われる。それもさすがに最近はもう採れないはず。つまり12mmの本真珠というのは、それ自体が奇跡であり、きわめてレアで高価なものである。
 
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それでもケイは不安になったので、実は妃登美に直接連絡して、おそるおそるマリがそういう大粒のネックレスを付けて会見の席に行ってもいいかと尋ねてみた。
 
すると彼女は「マリちゃんから譲られた指輪以外に、亮平からあらためて700万円のルビーの指輪をもらったから、全然問題無い」
 
と明るく答えてくれたので、ケイはマリがこの豪華なネックレスをつけて会見に出ることを容認したのであった。
 
 
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