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■東雲(4)

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「1000万円以内でしたら、こちらはいかがでしょう?***駅から徒歩15分、2LDK 980万円、お買い得ですよ」
 
放送時に駅名はピーで消された。
 
「図面見せてください」
とマリナは言った。
 
「はい、こちらですが」
とお姉さんが見せてくれる。
 
ああ。分かった。
 
「ここ出るでしょ?」
とマリナが言うと、お姉さんはびっくりしたようである。
 
「あのぉ、霊能者の方か何かですか?」
「霊能者でなくてもこのくらいは分かるよ。ここ3〜4階は住人が居着かないでしょ?」
 
「少々お待ちください」
と言って、お姉さんは奥に行って、店長を呼んできた。
 
「もしかして前の住人さんが自殺なさったことをご存じでしたか?」
「まあ自殺者くらい出るでしょうね。霊道が通っているもん」
 
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「そうなんですか!」
「だから幽霊もたくさん目撃されているはず」
「あのお、これ何か処理する方法は?」
「無理。これ自然の流れだから。ここはマンション建ててはいけない土地だったね。6階以上ならいいけど」
 
「そうなんです!6階以上の住人さんは長く住んでおられる方ばかりで」
 
(この付近の会話は放送時にはカットされた)
 

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「ねえ、変なマンション勧めたおわぴで、まともなマンションを1割引で売ってよ」
とマリナは言った。
 
店長が天を仰いだ。
 
「分かりました。物件によっては考えます」
「***駅の近くとかない?徒歩7-8分以内くらいで」
 
「あ、それは確か」
と言って、店長は自ら端末を操作した。
 
「実は先週うちで買い取ったばかりの物件でして。住んでおられた方は、結婚するので、相手の方のマンションに引っ越してここは売却したいということだったんですよ」
 
「それはゲンのいい物件ですね。おいくらですか?」
「三鷹駅から徒歩5分3LDK、駐車枠1枠付きですが、1800万円で売りに出したいと思っていたのですが」
 
と言って店長は端末の画面を見せてくれた。“公開予定日2/25”と書かれているが、価格は確かに1800万円と書かれている。
 
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(三鷹駅というのも放送時はピー音で消された。画面の住所もモザイクが掛けられた)
 
マリナはその条件で中古なら妥当な金額だと思った。見取り図なども見せてもらったが、マリナの感覚では特に問題は無いと思った。
 
「念のため現地を見せてください」
とマリナは言って一同で見に行ったが、この部分はマンションの場所が容易に特定できそうな映像は撮影しなかった。放送時には当該物件の玄関ドアの映像と、ほぼ同じ仕様の別のマンション(八王子)の部屋の中を映しただけである。
 
事務所に戻る。
 
「購入したいですが、1割引の1620万円では?」
とマリナは言った。
 
「分かりました。それでお売りします」
と店長は簡単に値引きに応じた。(実は1000万円で買い取っている。ここを売った住人さんは、そのお金の半分くらいを使い彼女に指輪を買ってあげたのである)
 
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そういう訳で、この日だけでマリナは合計2000万円ほどの買物をしてしまった。
 
(この番組は深夜放送時代、ゲストで出て来た中堅芸能人に3000万円のNSXを買わせたこともある)
 
入居できるようにするのに1週間かかるということだったので、西東京市のマンションからの引越はその後することにした。
 
そしてデンデン・クラウドは、それまで車中泊生活をするハメになった!(マジで道の駅で寝泊まりしたらしい)
 
しかしローザ+リリンの2人は、今までのマンションは新宿に出てくるのに50分くらい掛かっていたのが、新しいマンションは30分程度で出て来られるので、大幅に便利になった。しかも買っちゃったので家賃を払う必要がない!
 
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一週間後の2月13日には、ケイナたちの“引越”が撮影される。全く何でもネタにしてしまう番組である。
 
この日は揚浜フラフラが“小須田部長”の部下・原田泰造(ネプチューン)のコスプレ(?)をして、ケイナたちのマンションの中にある荷物を勝手に新居に持って行くものと捨てるものに仕分けしてしまった。
 
「え〜?それ捨てるの?」
「はい。新婚さんにエロ本は必要ありません」
などと言って、フラフラはどんどん処分していく。このあたりは深夜番組時代のノリのままである。ケイナは大量に“ズリネタ”を捨てられてマジで嫌そうにしていた。(しかもここは放送されなかった!ので“捨てられ損”)
 
「でもあんたら男物の服は全然無いんやね」
とめろでぇずジャズが感心して言う。
 
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「日常生活はずっと女装で過ごすという契約だったから、ローザ+リリンを始めた後、全く買わなくなったから」
 
「最初の頃少し残ってたけど長期間ドサ廻りしていた時にカビが生えてて全部捨てたね」
 
フラフラは2人の女物の下着なども平気で仕分けして
 
「このパンティはゴムが緩くなってるから捨てるぞ」
とか
「このブラジャーは俺の好みじゃないから捨てるぞ」
と言ってどんどん処分する。
 
こんな所はさすがにカットされるのではとマリナは思っていたのだが、この“下着の仕分け”はしっかり放送された!
 

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フラフラによる“仕分け”は実際には2時間に及んだのだが、放送時には5分ほどにまとめられていた。その後、放送局が手配した引越屋さんの手で2トントラックに荷物は積み込まれる。本来なら4tトラックが必要な所をフラフラが大量に仕分けしたおかげで2tで収まってしまった。実際にはこのあと入居するデンデン・クラウドのために残した家具・電化製品(洗濯機・冷蔵庫・炊飯器など)・食器などもある。
 
「引越費用節約で、あんたが運転して」
「いいですよ」
 
と言って、大型免許も持っているマリナが2tトラックを運転して(実際には2tトラックは普通免許で運転できる)新居に移動した。そして引越屋さんと出演者の手で荷物は新居に運び込まれた。フラフラが“配置図”を作っていて、引越屋さんたちにどんどん指示して勝手に新居のレイアウトを決めてしまった。なお、新しいダブルベッド・タンス・洗濯機・大型冷蔵庫・テレビ・空気清浄機などは実は前日にビックカメラとコーナンでお買い物して合計100万円も買わされているのだが、この買物は放送時には1分にまとめられていた。
 
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なお引越屋さんの費用は、テレビ局の制作費から出してくれた!
 

この引越が行われたのは2月13日で、クラウドも1週間の車中泊生活から解放されてこれまでケイナ・マリナが住んでいたマンションに入居した。
 
(契約はマリナ名義からクラウド名義に引きつぐことで不動産屋さんとの交渉はまとまっている。クラウドの昨年の収入が悲惨なので、ケイナが保証人になってあげた)
 
翌2月14日朝、クラウドは西東京市のマンション近くにこれもケイナが保証人になって借りてあげた駐車場に駐めたエスカルゴを運転して、三鷹市のケイナたちのマンションにやってきた。スマホを鳴らすのでケイナたちがマンションから降りていく。そして3月に“アクアのアクア”を受けとるまでの繋ぎで借りたヴィッツに乗り込む。(ヴィッツを駐めていた枠にエスカルゴを駐める)なお、このヴィッツは§§ミュージックの車で、賃料は無料である。
 
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「今日からよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
 
それで、クラウドの運転でふたりは放送局に向かった。
 
正直な所、マリナは今度のマンションは駅にも近いし、車とかで通勤するより、電車で移動した方が早いのではと思ったのだが、ほんの10日後にはコスモス社長から「電車・バス・タクシー使用禁止」の通達が来ることになる。ローザ+リリンは§§ミュージックの所属ではないのだが、美咲マネージャーが日程を管理している関係でそれに準じて扱われるようである。しかしおかげで付き人の費用に§§ミュージックから補助(月5万)が出ることになり、マリナは正直助かったと思った。今は忙しいが、3月いっぱいでローズクォーツの代理ボーカルが終わると暇になるかもという気もしていたのである。その時デンデン・クラウドに付き人の報酬(月10万の約束)を払い続けられるかやや自信が無かった。
 
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(マスクやアルコール入りウェットティッシュなども支給されたので本当に助かった)
 

ケイナは車中でクラウドに言った。
 
「俺たちも去年までは年収300万くらいで、大して売れてる芸人じゃなかったから、あまり偉いこと言えた義理じゃないけどさ」
 
「はい」
 
「お前は***さんを目指せ」
とケイナは、50代のタレントさんの名前をあげた。
 
「***さんは機転が利かない、面白いことが言えない、頭が悪い」
 
無茶苦茶言ってるなとマリナは思った。
 
「ただ、***さんは気配り男なんだよ」
「ああ、それは分かります」
とクラウドも言う。
 

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「人にはそれぞれ生きる道があるんだ」
とケイナは言う。
 
「金持ちの男には金目当てで女が集まる。豊かな暮らしができると思うからだ。美形の男にも女が集まる。可愛い赤ちゃんができることを期待してだ。頭のいい男にも優しい男にも、それぞれ女が集まる。そして演技のうまい役者は人気になる。良いドラマや映画が撮れるからだ」
 
「女でもそうだぞ。美人の女には男が集まる。美形の子供を産んでくれると思うからだ。優しい女にも男が集まる。やすらぐ家庭を作れると思うからだ。セックスの上手い女もありがたがられる。気持ちよくセックスできるのはいいことだ。女は全然利点がない場合でもマンコさえあればとりあえず誰か男は寄ってくる。突っ込んで出すことができるからだ。その点、俺たちみたいなオカマは圧倒的に不利だから、オカマの道で生きていける奴はみんな気配り上手だ」
 
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凄い理屈だなとマリナは思った。でも自分はオカマの一種という自覚があるのか?
 
クラウドは
 
「なるほどー」
と納得している!
 
「だからお前も気配りで生きて行くしかないんだよ」
とケイナは言う。
 
「お前は顔もよくないし、金も無いし、演技も下手くそだ。そういう男が生きる道は、マメ男になるしかない」
 
また無茶苦茶言ってるなとマリナは思った。
 
「気配りを覚えろ。いつも頭を働かせて、自分ができることがないか考えろ。よけいなことするなと言われてもめげるな。自分が誰かを助けてあけられないか常に考えていろ。重い荷物を持ってる人がいたら持ってやれ。横断歩道わたれずにいる年寄りがいたら車を停めてやれ。立っている人がいたら椅子を持ってくる。書くものを探している人がいたらペンを渡す」
 
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「自分もペンを持っていなかったらどうするんですか?」
「だからその手のものをたくさんいつも用意しておくんだよ。メモ用紙とかライターとかビニール袋とかも」
 
「あ、そうか!」
 
「一日一善ということばがあるけど、一日十善くらいのつもりで行け。それがお前がこの業界で生きていける道、いや、たぶん他の業界に転職したとしても、お前が犯罪者とかにならずに、まっとうに生きていける基礎になる」
 
マリナはほんとうにケイナが無茶苦茶言ってると思ったがクラウドは感動しているようである。
 
「ケイナさん、ありがとうございます。俺マメ男になります。***さんを目指します」
 
「うん。頑張れよ」
 

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この2月14日の夜、バレンタインだったのでマリナはケイナにデパートで買ってきた高級チョコを渡したが、ケイナはバレンタインということにも気づかず
「ああ、甘いものもいいよな」
と言って、美味しそうに食べていた。
 
翌2月15日の朝、ケイナは税理士さんからの電話を受けた。
 
あ、そうか。税務申告かと思う。ローザ+リリンは報酬がザマーミロ鉄板のレベルで源泉徴収されているので、毎年20-30万円程度の還付があっていた。今年はたくさん仕事したから、たくさん還付されるかもな、そしたら滞納しているあれを払って、これを払って、などと、この時ケイナは考えていた。
 
「火野様、今年の税務申告の書類ができております。昨日発送致しましたので、今日にも届くと思います。月曜日以降、税務署に提出してください」
 
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「分かった。ありがとう。どのくらい還付ある?」
「いえ、追納になりますが」
「追納!?」
 
「昨年の火野様の所得が4840万円ほどございまして、所得税率は45%が適用されますので、所得税額は2178万円ほどになりますので」
 
「で、でも源泉徴収されてるよね?」
とケイナは焦って確認する。
 
「源泉徴収税率は20.42%ですので、所得税率より遙かに小さいのですよ。ですから、差額分の追納が必要になります」
 
「追納の額は?」
「1126万3700円になりますね」
 
1000万円の追納!?そんなのどうやって払えばいいんだよ?
 
「それいつまでに払わないといけないの?」
「確定申告書を提出する時までです。一応申告書は(3月15日が日曜なので)3月16日までに提出すればよいのですが」
 
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どうしよう?と思いながら、ケイナは電話を切った。
 
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