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■東雲(6)

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「メインボーカルの子もピアノを弾くような手をしている」
と先生は指摘する。
 
「じつは、はるこの方がピアノはうまいんです」
と朱美は言う。
 
「でも、はるこは歌に集中させたいから私がピアノ弾くんですよ」
「なるほどねー」
 
「オーディションの時は、はるこちゃんの歌唱では朱美ちゃんがピアノ伴奏して、朱美ちゃんの歌唱では、はるこちゃんがピアノ伴奏したんですよ」
とケイは説明した。
 
「ああ、元々お友達なんだ?」
と先生が言うと、はるこ・朱美がそろって
「はい」
と返事する。
 
「おお、息が合ってる合ってる」
と先生は楽しそうである。
 

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「この子たちに『モスラの歌』を歌わせたいね」
などと先生はおっしゃるが
「先生、それは昨年鈴鹿美里が歌いましたので」
とケイが言うと
「だったら『恋のバカンス』を」
などとおっしゃる。
 
どうもピーナッツの歌を歌わせたいようだ。
 
「どんな歌でしたっけ?」
と朱美が訊くのでケイが
 
「ためー息の、出るよう・な・、あなーたの、くーちづけ・に・」
と、歌ってみせる。
 
朱美は「あ、聴いたことある」と言ったが、はるこは知らないようである。
 
スマホで歌詞を表示させて2人に見せ、ケイがピアノを弾きながら一緒に歌う。
 
「じゃ次は私が弾きます」
と朱美が言うので、任せると、朱美は本当にちゃんとピアノ伴奏し、はるこもその伴奏に合わせて歌って、朱美自身もちゃんとそれに三度唱した。
 
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つまり1度一緒に歌っただけで、2人はちゃんと演奏してみせたのである。2人の音楽能力の高さを東堂先生にしっかりアピールできた結果となった。
 

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「君たち、本当に凄いよ。そうだ、君たちにこの曲をあげよう」
などと言って、先生は机の引き出しから譜面を出して来た。
 
「歌える?」
「3分ください」
と言って、はるこ・朱美はその譜面を読んでいる。
 
「よし行こう」
と朱美が声を掛けて、朱美は、即興の前奏を弾いた上で、曲の伴奏を始める。そしてはるこはしっかりこの『赤いセンターライン』という曲を歌った。むろん朱美も三度唱する。
 
「君たち本当に凄い。これ君たちの次のシングルにでも」
と東堂先生が言うので、ケイが
 
「分かりました。たぶん5月か6月になると思いますが」
と言って了承した。
 
実はこの日、青葉も東城先生の山小屋を訪問して、極めて寡作な東城先生から『夢見るからくり人形』という歌を頂いてしまっており、コスモスを悩ませることになる。結局、ラピスラズリのメインライターである花園光紀さんおよび東堂先生にも了承してもらった上で、5月に
『赤いセンターライン/夢見るからくり人形/青い傘』
というトリプルA面のシングルを出すことになる。
 
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翌週は、ローズ+リリーの沖縄ライブにぶつけて、青葉がラピスラズリの2人を連れ沖縄に行って、ライブ前日の1月31日に木ノ下大吉先生のお宅を訪問した。先生の御自宅の離れに住む、明智ヒバリ・内瀬瞳美からも歓迎される(離れの1階に内瀬瞳美、2階に明智ヒバリが住んでいる)。
 
2人はなんとお揃いのセーラー服!を着て出てきて
 
「ラピスラズリでーす」
と言った。
「私たちがラピスラズリですけど」
と朱美が言うと
 
「じゃ、どちらが本物かジャンケンで決めようよ」
などと明智ヒバリが言う。大宮万葉(青葉)が笑顔で頷いているので
 
「だったら勝負します」
と言ってジャンケンすると、朱美が勝った。朱美はホッとした表情である。
 
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「ヒバリちゃんは無茶苦茶ジャンケンが強いんだよ。だから勝つのも負けるのも自由自在」
と木ノ下先生がネタバレする。
 
「でも私、大宮万葉先生には勝てないんです」
とヒバリは言う。
 
「ジャンケンの世界にも強さってあるんですね」
と朱美。
「たぶん最強は丸山アイ」
と大宮万葉が言う。
 
「へー!」
「私より姉の醍醐春海が強い。でも醍醐春海より丸山アイが圧倒的に強い」
「なんか凄い世界みたい」
 
(はるこ・朱美は学校に行っているので、先日のお昼の番組でのジャンケン勝負を見ていない)
 

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「東城一星さんとこにも行った?」
と木ノ下先生が尋ねる。
 
「それはこの子たちを連れていくのは過酷なので、私がひとりで行ってきました」
と青葉は説明する。
 
「ああ、冬は無理だよね、あそこ」
と内瀬瞳美は言っている。
 
「行かれたことあるんですか?」
 
「山小屋の前まで行って、ガソリン掛けてきたけど、ライターが点かなかったら放火失敗」
「え〜〜〜!?」
 
「冬山ではふつうのライターは点かないよ。マッチでないと無理だね」
などと木ノ下先生は言っている。
 
「放火の手助けはしないでください」
と青葉は言った上で
 
「このやりとり放送時にはカットしますね」
とも言っておく。
 
「私が伴奏してあげるよ」
とヒバリが言うので、彼女のピアノ伴奏で、木ノ下大吉先生が書き、松原珠妃が歌って大ヒットした『黒潮』をはるこ・朱美が歌唱した。
 
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「おお、上手いねぇ」
と木ノ下先生も、瞳美も拍手してくれた。
 
「今の演奏を放送で流していいですか?」
「いいよー」
とヒバリが返事する。
 

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瞳美は小さな声で
「ところで、はるこちゃんって元男の子だよね?骨格が男の子っぽい」
と言う。
「はい。実は」
とはるこが答えると
 
「私も元男の子だから握手」
と瞳美は言う。
「そうなんですか!?全然そんな感じには見えないのに」
とはるこは驚いて、彼女と握手した。
 
「この会話、放送には流れないよね?」
「もちろんです」
と青葉は答えた。
 
「どちらかというと私が元男の子だと思ってる人が多い」
と朱美が言う。
 
「ああ。あんたは元気いっぱいだもんね」
と瞳美は笑って言った。
 

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明智ヒバリ(22)は実は現在、§§プロの稼ぎ頭である。彼女が歌う沖縄の歌はかなりのセールスをあげているし、沖縄の風景を中心とするイラスト集も売れている。§§ミュージックの新人であるはるこ・朱美にとっては大先輩になるが、ヒバリが福岡の病院に入院して事実上の休養期間に入った時期に在籍していたのは、米本愛心(現・Cold Fly20)と花ちゃん(山下ルンバ)くらいなので、必ずしも接点が無い。
 
それでもヒバリは、コスモス社長・ゆりこ副社長の裏話などをして、はるこたちが面白がっていた。結構“やばい”話もあったので、青葉は、これって、どこまで放送していいんだろうと悩んだ。後でケイさんに相談しよう、と思う。
 
「それでコスモスちゃんが思いっきり蹴り上げたら、****さんは気絶したんだよ。その後、****さんの悪い噂は聞かなくなったから、アレが潰れたのかも」
などヒバリがかなりやばいことを言ったのには、
 
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木ノ下先生の奥さんが
「レイプ犯なんて死刑でいいよ」
などと怒ったように言い、瞳美や朱美も
「賛成!」
と言っていた。
 
翌日2月1日のローズ+リリーのライブでは、ラピスラズリが幕間のゲストにも登場して多くの歓声を受けていた。
 
このあとコロナ騒動でライブ開催が困難になってしまうため、ラピスラズリの2人にとっては、これは先日のアクアのツアーでの体験に続いて、貴重な“観客の生声援を受けて歌う”経験になった。
 
ラピスのついでに青葉も『紅葉の道』と『うぐいす』で龍笛を吹くことになった。青葉は『紅葉の道』の音源制作の時も龍笛を吹いている。
 

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青葉とラピスラズリはライブの翌日2月2日には東京に戻り、羽田から東郷誠一先生の御自宅に直行した。
 
例によって町田朱美のピアノ生伴奏で歌う曲は、夏風ロビンのほぼ唯一のヒット曲である『駆けるスカイロビン』(2008)である。
 
夏風ロビンは過去に§§プロとトラブルを起こした人物であり、本当にこの曲を使ってよいのか、青葉はコスモス社長に確認した。しかしコスモスは
 
「全然問題無い。白鳥リズムのデビュー曲もロビンちゃんに書いてもらったよ」
と、あっかるく言っていた。
「そうでしたね!」
 
それでこの曲を使わせてもらったのだが、放送の時にはかなりの波紋を呼んだ。
 
東郷先生がこの曲を指定したのは、やはりひとつには夏風ロビンが既に§§プロと和解していることを再アピールしたかったこと(東郷先生は当時の騒動の時、紅川さんと夏風ロビンの和解に尽力してくれた)、そして実は極めて少ない、東郷先生の真筆のヒット曲だからである。
 
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東郷誠一先生は年間数百曲の曲を書いていることになっているが、だいたい99%くらいが誰かの代筆である。実は青葉も東郷先生の名前で年間数曲書いている。元々先生は“量産型”の作曲家で、本人が書いた作品には、あまりパッとした作品が無い。「可も無く不可も無い」曲、千里姉がいうところの「埋め曲」作りの天才である。そのため実は真筆にはヒット曲が極めて少なく、夏風ロビンが歌った『駆けるスカイロビン』は恐らく、現時点で最新の真筆ヒット曲なのである。
 
そういう訳でこの曲が選ばれたのだが、2人の歌唱に東郷先生は随分嬉しそうに拍手を送っていた。
 
「この子たちのアルバムでもいいから、この曲入れてくれない?」
「先生がそうおっしゃっていたと、コスモスに伝えます」
「うん、よろしくー」
 
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シングルに入れてくれと言われなくて良かったぁ!と青葉は思った。この調子で各先生に気に入られて、これ歌って、あれ歌って、と言われているとラピスラズリは毎月のようにシングルを出さなければならなくなる。
 

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2月15日の朝、電話が掛かってきたあと、ケイナの様子が変なので、まだ半分眠っていたマリナが声を掛けた。
 
「どうしたの?」
 
「どうしよう?税務申告で1100万くらい追納が発生するって」
「ああ、ケイナきちんと経費つけてないんだもん。経費引かないとそのくらい発生するだろうね。だって今年は最高税率来ると思ってたから。源泉徴収されるのは20%にすぎないもん。私何度か言ったけど聞いてないみたいだったし」
 
そういえば言われた気がするけど、税務処理は税理士さんがしてくれるからと安心していた。(いかに優秀な税理士でも領収証もない費用は計上できない)
 
「お前は用意してた?」
「当然」
「俺金無ぇよー」
「払わないと差し押さえ食らうし、不祥事ということでテレビ局とかからも干される」
「それは困る」
「私も困る」
とマリナは本当に困ったように言った。
 
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「分割払とかできないの?」
とケイナは訊く。
 
「できる。半額だけ3月15日までに納めれば、残りは5月くらいまでに払えば良かったはず」
 
「半額?600万円も無いよぉ」
 
困ったなあとマリナは思った。
 

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「だいたい、毎月300万くらい報酬もらってるのに、なんでお金が無いのさ」
とマリナは訊く。
 
「いや、借金の返済がきつくて」
 
「それ気になってた。どれだけどこに借金があるか。全部書き出して」
「うん」
 
それでケイナが様々な請求書や返済レシートなどを見ながら書きだしたものを総計してみると、借金は3000万円もあった。これを返済していれば確かにお金がないわけだ。
 
「これ引き直しができるものがあると思う」
「引き直し?」
「法定利率を超えた利息は無効なんだよ。でもこの交渉は弁護士でないと無理」
と言って、マリナはローズ+リリーのケイに電話してみた。
 
「おはようございます。ローザ+リリンのマリナです。ちょっとご相談があるのですが」
 
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と言って、マリナはケイナが多額の借金を抱えているが、その中に法定利率を超えるものが多数あるので、引き直しをさせたいと話す。
 
「それと実はやや怪しげな業者もあるみたいなんですよ」
 

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