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■娘たちのクランチ(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-06-02
 
宇宙がいつか終焉を迎えるのか、あるいはずっと続いて行くのかについてはよく分からないがいくつかの終焉モデルは考えられている。
 
■全てが光になる
銀河系の中心には太陽の数百万倍の質量の大ブラックホールが存在する。どこの銀河にもこのような大ブラックホールはあって、それは長い年月の間には銀河の全ての星を呑み込んでしまう。およそ1030年(1000000000000000000000000000000年)後には宇宙の全ての星はブラックホールに呑み込まれ、ブラックホールだけの宇宙になる。この1030年(100億年の100億倍の更に100億倍)というのは、仏教の「劫」という時間にだいたい等しい。「じゅげむ・じゅげむ五劫のすりきれ」の「劫」である。阿弥陀如来が宝蔵菩薩として修行を重ねた時間が五劫らしい。
 
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しかしそのブラックホールもホーキング放射を出していつかは蒸発してしまう。銀河系程度のブラックホールが蒸発するには10100年ほど掛かる。もっと大きなブラックホールの蒸発にはもっと時間が掛かるが、それでもいつかは全てのブラックホールが蒸発してしまい、宇宙にはブラックホールが蒸発してできた光子だけが残る。
 
■ビッグリップ
宇宙は膨張しているので、全ての物体間の相互距離はどんどん伸びていく。そのため、宇宙にある物体は遠くのものほど速く遠ざかっている。結果的には観測可能な宇宙(その遠ざかる速度が光速より小さい範囲)はどんどん小さくなっていくことになる。それが究極までいくと、やがては原子と原子の距離、素粒子と素粒子の距離も「観測可能な宇宙」より遠くなってしまい、素粒子同士を結びつける力(強い相互作用)が働くなってしまい、宇宙は全ての粒子が各々単独でひとつの「観測可能な宇宙」を作る状態になってしまう。
 
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つまり宇宙は無数の小宇宙に分裂してしまうが、その小宇宙は粒子1個だけでできている。これをビッグリップという。ビッグリップの数ヶ月前には太陽系のような惑星系は維持できなくなり、数分前にはあるゆる構造物が形を保てなくなり、1秒前には全ての原子が破壊されるという。
 
■ビッグクランチ
宇宙の物質量が充分大きい場合、ビッグバン以降どんどん膨張し続ける宇宙はその自分自身の重力のために、どこかで膨張から収縮に転じる。そしてどんどん小さくなって行き、やがては全ての物質と時間は「無次元の特異点」に収束してしまう。
 
一時は宇宙の質量は収縮に転じるには軽すぎると言われたが、ダークマターの発見で、これが起きる可能性もあると言われるようになった。
 
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ビッグクランチの後は、再度ビッグバンが起きてまた新しい宇宙の時空が始まるという説(宇宙リサイクル説)もある。もっとも「後」というのは時間的な概念なので、時間もビッグクランチで消滅することを考えれば、宇宙リサイクル説というのは、どうも意味の分からない説でもある。
 
「ネバーエンディングストーリー」で世界の女王ムンデキンド(Moon child)はバスチヤンに「世界はたったこれだけになってしまった」と言ってひとかけらの土を渡す。バスチヤンはそのひとかけらの土から自分の想像力で全ての世界を再生する。
 
太平洋戦争末期、徹底抗戦を訴える閣僚・軍部に対して、昭和天皇はこのようなことを言った。今のまま本土決戦に突入したりすれば、全ての日本人が死んでしまう。自分の任務は少しでも多くの日本人に生き残ってもらうことである。その人達が将来立ち上がって日本を再生してくれること以外に日本というものを子孫に伝えていく方法は無い。
 
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この天皇の聖断により日本は無条件降伏し、戦争は終結した。
 

桃香は4月末から5月上旬の連休期間季里子の家に滞在していたのだが(夜はもちろんすべきことをしている)、その間にすっかり季里子のお父さんの《飲み友だち》になってしまった。
 
5月中旬のある日。桃香は日中のシフトで、夕方19時過ぎに勤務が終わって受付センターを出た。今日は季里子は夕方からのシフトに入っているのでひとりになる。それでどこかで外食でもして帰ろうと思っていたら、バッタリ季里子の父に会った。
 
「おお、高園さん」
「どうもどうもお父さん」
「お仕事ですか?」
「今終わった所で何か食べて帰ろうと思っていた所です」
「だったらご一緒しませんか?」
「ああ、いいですね」
 
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ということで、その日桃香は季里子の父と一緒に居酒屋に行って1時間ほどお酒を飲みながら、歓談したのであった。
 
5月中にこのようなことが2度もあった。
 

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武矢が千里の性別変更に怒った件であるが、千里は5月7日に戸籍の手続きをするのと同時に、留萌の警察署にも出頭して、武矢の処分を軽減する嘆願書を提出した。
 
「でも僕は千里ちゃんが女の子じゃなかったなんて、思いも寄らなかったよ」
とこの件を処理してくれている生活安全課の課長さん(警部)は言っていた。
 
本来なら刑法犯なので刑事課の担当のはずなのだが、刑事課はどうしても忙しいので、今回は生活安全課が、しかも千里たちの一家を知っていた課長さんが直接担当してくれたのである。
 
「要するに私の性別に関しては2種類の認識が周囲にあったみたいで」
と千里は説明する。
 
「私は男の子だけど、実質女の子同然と思っていた人たちと、私は元々女の子と思っていた人たち」
 
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「ふむふむ」
 
「たぶん父は唯一、私を普通の男の子だと思っていたみたいで」
「それはなかなか面白い話だ」
と警部さんは笑っていた。
 
「こちらは実害無いですし、父も一時的に怒っただけだと思いますので、なにとぞ、穏便な処分をお願いします」
と千里は頭を下げて言った。
 
「了解了解。そういうことで検事さんにも伝えておくから」
「よろしくお願いします」
 

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なお、玲羅が武矢に千里は性別を女性に変更した上で結婚する予定だというのも伝えてくれたのを受けて、津気子は武矢に
 
「結婚式は年末くらいにするから、ちゃんと花嫁のお父さんしてよね」
と言ったのだが、武矢は
 
「ふん。勘当した奴のことなど知らんから、勝手に結婚すれば?」
と答えた。
 
「勝手に結婚すれば?」というのは、つまり結婚に同意してくれたものと津気子は解釈した。それで津気子は保志絵に、武矢が千里の性別変更に激怒して親子の縁を切ると言っているが、それでも結婚自体には反対しないと言っていること、そして自分も玲羅も千里のことは娘であり姉であると思っていること。もしそちらがよければこのまま結納・結婚式を進めさせてもらいたいこと。武矢の説得は引き続き行うことを伝えた。
 
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保志絵は念のため望信とも相談の上、それで構わないことを津気子に伝えた。それで結納は予定通り6月6日に行うことになった。
 

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学資稼ぎのバイト先を探していた彪志は、5月中旬、ピザ屋さんの店舗スタッフを募集していることに気付き、電話して面接に行った。
 
「チェーン店とかのピザ屋さんはたいてい23時か24時でお店閉めてしまうんですが、このあたりは学生さん多いでしょう。それでうちは朝4時まで開けているんですよ。それで夜間のスタッフを募集していたんですよね」
と店長さんは説明した。
 
確かに深夜も開いているピザ屋さんというのは珍しいかも知れない。彪志は店舗スタッフの方を希望していたのだが、生憎そちらはもう埋まったという話であった。がどうも言葉の端々から感じ取ったのでは、店舗スタッフには女子を想定している感じだった。
 
「配達スタッフの方はまだ枠があるのですが、鈴江さん原付免許はお持ちでしたっけ?」
と言ってから彪志の履歴書を見て
「ああ、普通免許があれば大丈夫ですね」
と言った。
 
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「ええ、そうですね」
「鈴江さん、スクーターは乗られます?」
「はい、乗ります」
と彪志は即答した。
 
実際には乗ったことなどない!
 
「だったらそちらでお願いできませんか。一応その時のスタッフの状況によっては、ピザを焼いたり、給仕したりという作業もあるということで」
 
「はい、ぜひやりたいです。よろしくお願いします」
 
それで彪志はピザ屋のバイトに採用されたのである。
 

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しかしスクーターは何とか練習しないとやばいと思った。
 
そこで彪志は千里に電話して相談してみた。確か千里さんはスクーターにも乗っていたはずと思ったのである。すると千里は
 
「だったらスクーターも貸してあげるよ」
 
と言ってくれた。実際にはいつもの駐車場に駐めてあるハイゼットの車内にディオチェスタを入れておいてくれてあり、彪志はこちらにも乗ってたくさん練習したのである。
 
5月の後半はだいたいハイゼットで10kmか20kmくらい運転して、適当な場所に駐めてから、そこからディオチェスタを出して原付で走り回るということをして乗り方に慣れた。それで1週間くらい練習してから、町中にも出てたくさん車が走っている中を走行するのに感覚を慣らしておいた。
 
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「しかし大きなトラックとか傍に来たらマジ怖いよ、これ!?」
と彪志は思った。
 
なお、彪志がディオチェスタを使っている間、すーちゃんは千里が合宿浸けで車を使わないことからインプレッサを通勤に使っていた。すーちゃんは玲央美に助けてもらって4月下旬から5月上旬に掛けて自動車学校に通い、取り敢えず普通免許と自動二輪免許を取得していた。
 

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和実は4月下旬はゴールデンウィークで多忙ということで検診をパスしたものの、5月下旬はまた富山に行って診察を受けようと思っていたのだが、松井医師から電話が掛かってきた。
 
「今月の検診なんだけどね。考えていたんだけど、やはり4〜5日入院して受けてくれないかなあ。その間の休業補償もするから」
 
「でも先生、私が入院していたら、勝手に私を性転換してしまいません?」
「うん。和実ちゃんが病室にいたら、もう無意識の内にやっちゃうかも」
 
正直な先生だなあ、と和実は思う。
 
「だからさ、別の病院に入院しない?」
「はい?」
「東京のあきる野市に大間産婦人科という所があるのよ。そこに入院してくれたら和実ちゃんが入院中、私は絶対そこには行かないと約束する」
 
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和実は考えた。そして答えた。
 
「それならいいですよ」
「良かった。お仕事の邪魔して申し訳無いけどね」
「まあ休業補償してもらえるのなら、のんびりとベッドに寝て身体休めてます」
「そうそう。その身体を休めてもらうことが大事だと思うのよ。人間ドックとかでも数値がちゃんと出だすのは2日目以降だからね」
「ああ、そういう話は聞きます」
 
それで和実は今月は富山には行かず、東京都内の病院に入院することになったのであった。
 

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篠田阿倍子は無言で医者の説明を聞いた。
 
「手の施しようがありません。今は生きているのが奇跡のような状態です」
 
「でしたらあの人の命は・・・?」
と青ざめた表情の保子が訊く。
 
「最大持って2ヶ月だと思います」
と医師は言った。
 
「にかげつ!?」
と言ったまま保子は気を失ってその場に崩れる。慌てて看護婦さんが寄ってきて車椅子に乗せ連れ出す。
 
それを見送った後、阿倍子は医師と投薬その他の方針について話し合った。
 
その後父の病室に行く。
「母さんは?」
と父が訊く。
 
「何か売り出しに行きたいとか言って帰っちゃった」
「そうだったのか。医者、何て言ってた?」
「半年くらいの入院になりそうだけど、ちゃんとお薬飲んで、放射線も頑張っていたら退院できるって。だから頑張ろうね」
「そうか。分かった」
 
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と言ってから父は言った。
 
「お前も、せっかく結婚したのにダメになっちゃったしなあ。孫までは見られなくても、もっとお前を大事にしてくれる新しい旦那の顔を見られたら良かったのだけど。草葉の陰から見守っておくからな」
 
ああ、やはり父は自分の病状を自分で把握しているなと阿倍子は思った。
 
「何言ってんの?お父ちゃん。半年もすれば退院できるんだから、その後で私の新しい彼氏を見てよ」
 
「新しい彼氏居るの?」
「これから作るんだよ」
「なんだ」
 
阿倍子は自分が「新しい彼氏」と言った時に、父が期待するような顔をしたことに気付いた。ほんと誰か今すぐ彼氏になってくれないかなあ。父が亡くなったら別れてもいいから、取り敢えず「この人と結婚します」と言ってあげたい。阿倍子はそう思った。
 
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