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(C)Eriko Kawaguchi 2018-06-03
6月1日(金)の夜に青葉はいつもの岩手行きのため夜行バスで仙台まで行った。一方彪志も6月1日午後の新幹線で仙台に入り、ニッポンレンタカーの仙台本町店でトヨタ・ヴィッツを借りた。彪志がまだ免許取得後1ヶ月なので、保険関係には加入できないので万一車を破損した場合は全額弁償になることを説明される。それに同意して借りる。お店の人は事故防止などに関する説明をしてくれた。更にお店の人が同乗して、その付近を一周するということをしたが、彪志が結構しっかり運転するので
「免許取ってからか取る前からかかなり運転なさいました?」
と訊かれた。
「先輩の車を借りて、この1ヶ月で3000kmくらい走りました」
「だいぶ練習なさいましたね。でも安全運転で」
「はい。ありがとうございます」
それでその日は駐車場付きのホテルに泊まった。翌朝は5時に起き、コンビニで朝御飯を2人分買ってきてから、6時前にチェックアウト。広瀬通り近くの時間貸し駐車場に駐め、青葉に駐車場の場所をメールして後部座席で仮眠する。6:30頃、窓をトントンとする音で目を覚まし、ドアをアンロック。青葉が後部座席に乗り込んできてキスをした。バスは6:30到着予定だったが少し早く着いたようである。
「このままセックスしたい気分だけど、取り敢えず御飯食べない?お弁当買っておいた」
「さすがに目隠し無しでセックスするのは怖いね」
「夜中だったらできそうだけどなあ」
この日の宮城県地方の日出は4:14頃である。とっくに明るくなっている。
「ところで青葉、性転換手術を受ける覚悟はできた?」
「あまりそれ考えさせないで。結構ドキドキしてるんだから」
「逃げるなら今のうちだよ」
「逃げないよ。せっかく女の子になれるのに」
青葉は来月18日に性転換手術を受ける予定である。
お弁当を食べてから、彪志が運転席に座り、青葉が助手席に座って出発した。車は東北道を一ノ関まで走ってから国道284号で気仙沼に出て、その後国道45号を北上して大船渡に至る。
しかし彪志がやはりかなり消耗している感じだったので、(無免許の)青葉が284号の途中カーブの多い区間を少し運転した。
「青葉、ほんっとに運転うまいね!」
と彪志は感心していた。
「いや、彪志も免許取得1ヶ月であそこまで腕をあげたのは凄いと思うよー」
と青葉も運転しながら言った。
千里たちバスケット女子日本代表候補一行は翌6月2日の午前中にホテルをチェックアウトすると次の乗り継ぎでいったん帰国した。
AYT 6/2(Sat) 12:20 (TK2413 A321) 13:40 IST
IST 16:55 (TK50 77W) 6/3 10:10 NRT (11h15m)
日本時間の10:10はトルコ時間では朝4:10である。
一行は成田でバスケ協会の強化部長に遠征の報告をし、メディアの取材に応じた後、現地解散した。これが11:30頃である。
千里はいったん葛西のマンションに転送してもらい、ドレスに着換える。そして更に札幌に転送してもらい、某ホテルに入って行った。
今日はここで麻依子と河合大彦さんの結婚式・祝賀会が行われるのである。
「千里さん!間に合ったんだ!」
と受付をしていた馬飼凪子(旭川L女子高→ローキューツ)が嬉しそうに言った。
「今朝トルコから戻ったんだよ。そのまま新千歳に飛んできた」
「すごーい。お疲れ様」
祝賀会の会費を払い、領収書をもらって取り敢えずロビーに居たら、
「あ、間に合ったのね」
と言って、旭川L女子高バスケ部監督の瑞穂さんが寄ってくる。
「今朝帰国したんですよ」
「お疲れ様!」
13:00から結婚式が行われるが、千里はこれにも参列してと言われ、神殿の中に入って神式の結婚式に参列した。
祝賀会は少し時間を置いて14:00から始まった。
新郎新婦がどちらもバスケット選手なので、来客の多くがバスケット選手で、余興もバスケットのパフォーマンスが多く行われた。華麗なドリブルプレイを見せる人もあったし、即席のセッションまで起きていた。わざわざゴールまで持ち込まれており、千里もスリーポイントを3本連続で放り込むなどのプレイを見せて会場は大いに沸いていた。
6月2-3日に青葉と一緒に岩手まで往復してきた彪志は先月中に面接を受けて採用されていたバイトに6月4日(月)の夜から入った。
このピザ屋さんは宅配もするし、お店で食べて行くこともできる。お昼時には「ランチタイムサービス500円でピザ食べ放題」などということもやっており、お腹を空かせた大学生に人気となっている。
彪志は初日は5時間(23:00-4:00)の間に10件も宅配をこなした(近所だったので歩いて持って行った分を含む)。
最初の配達はかなり緊張したものの、何とかやりとげた。屋根付きのスクーターはディオチェスタとは走行感覚が違うし、横風を受けやすいので戸惑いはあったもののどうにかなった。2度目からは精神的にかなり楽になった。しかし2時頃までは全く休む暇が無かった。
作業的には注文を受け付けた時に住所のデータが小型端末に転送され、その端末にインストールされているカーナビに従って届けに行けばよいので、道に迷う心配は無い。このシステムはこのピザチェーンの社長さんの手作りアプリらしい。社長さんはソフトハウスに10年勤めてから辞めて、このピザ屋さんを始めたということだった。
千葉県内に3店舗と都内に2店舗あるが、どこも学生街である。
この千葉店の売上げは宅配6:イートイン4くらいらしいが、夜間は宅配の比率がかなり高くなる。彪志が入った初日は配達スタッフが5人と店舗スタッフ1人という6人体制だったが、1時過ぎると夕方からのシフトの人が帰って配達係は2人になったが、最後は3時半に入った注文もあった。結構夜食にピザを頼む人はいるようだ。
イートインスペースは客が途絶えない。朝4時の閉店まで10人程度の客がいたが、多くは深夜に来店して半分眠りながらレポートを書いている学生や、パソコンを持ったノマドっぽいラフな格好の中年男女である。ここは電源も自由に使っていいし、NTT Hotspotの無線LANも使えるので、ノマドの人にはありがたい場所だ。概して常連さんが多く、だいたい1〜2時間ごとに追加注文をしてくれるので長居していてもお店は何も言わない。かえってよく知っている客がいてくれることで、少ないスタッフで運用していても安心感がある。特に配達に複数出ている場合は、店に残っているスタッフ(多くは女性)は結構心細いのである。
彪志がシフトを入れているのは基本的には月水金の夜である。但し他の人の休みなどの都合で他の曜日を頼まれる場合もある。一緒になる同僚はその度に違うものの、彪志は水曜日に店舗でピザの調理と給仕をしている女性(?)が少し気になった。
「あのぉ、もしかして水野さんって・・・」
「あ?気付いた?私男の子だよ」
と彼女は明るく言った。
「男の娘のほう?」
「ううん。純粋な男の子」
「純粋な男の子に見えないんですが」
「私、背が低いし、こういう女の子っぽい声が出るから、女の子として雇ってくださいと言ったらOKしてもらった」
「へー!」
「だから給料も女の子の給料。男の子より安い!」
「あらら」
「私、将来は役者になりたいんだよ。だから女役の修行」
「修行で女の子してるのか!」
「ヒゲの処理とか体毛の処理とかは面倒くさいから、永久脱毛しちゃったし、喉仏も削っちゃったけどね」
「いいんですか!?」
「別に男として生活するのにもヒゲもすね毛も喉仏も不要だし」
「確かにそうかも」
「睾丸を取るつもりは無い」
「それ取ったらお婿さんになれなくなりますよ」
「うん。それは困る」
「水野さん、でも女子トイレ使ってますよね?」
「その方が混乱無いからそちら使ってと店長に言われた」
「それに賛成です」
「あ、そうそう。私のこと下の名前で呼んでいいよ。ソラって」
「『そら』はどう書くんですか?」
「『宇宙』の『宙』」
「かっこいい!」
「音で聞いても漢字で書いても、割と性別曖昧」
「女の子になりたいとかは無いんですか?」
「女装は好きだけど、女の子になるつもりは無いなあ。私、女の子が好きだし。そう言うとレスビアンですか?と言われるけど、わたし的にはストレートのつもりなんだよね〜」
「そういう男の子が好きな女の子もきっといますよ」
「うん。それを信じてる」
彼女(彼?)は千葉市内のJ大学の学生さんで現在2年生ということだった。
「ソラさん、成人式はどうするんですか?やはり振袖着ます?」
「実は振袖を着たいという誘惑に駆られている」
「着ちゃうといいですよ」
「うん。親は仰天するだろうけどね」
と言って彼女は悪戯(いたずら)でもするかのような表情をしていた。
貴司は6月1日(金)から3日(日)までNTCで男子日本代表候補の合宿をしていた。この時期は千里も貴司も物凄く日程が詰まっている。
5/25-6/03 千里合宿(トルコ遠征)
6/01-6/03 貴司合宿(NTC)
6/07-6/10 貴司合宿(NTC)
6/10-6/18 千里合宿(NTC)
6/19-6/24 千里合宿(トルコ遠征)
6/21-7/01 貴司合宿(NTC)
7/01_____ 大田区体育館でゼビオチャレンジ。男子代表が台湾チームと対戦
6/25-7/01 千里世界最終予選(トルコ・アンカラ)
7/12-7/15 貴司合宿(NTC)
この後、貴司の合宿は7.19-22 26-29 8.01-3 7-10 14-16と続く
8/18-8/26 男子William Jones Cup
6月3日の夕方、合宿の練習が終わる。次の合宿は7日からである。貴司は食堂で夕食を取ってから、味の素ナショナル・トレーニング・センターの門を出る。チラッと周囲を見たものの何も無いので「ふっ」と息をついて、赤羽駅への道を歩き始めた。千里は今北海道にいるはずである。
東京駅19:00の新幹線に乗り、21:36に新大阪に到着する。
そのままマンションに帰るのも寂しい気がして、駅近くの居酒屋に入る。それでビールとおでんを頼んで食べていたら
「あら」
という声がして
「もしかしてサウザンド・ケミストラーズの細川選手ですか?」
という20歳くらいの女の子の声。
「ええ。そうですよ」
「ファンなんです。握手してもらえませんか?」
「いいですよ」
と言って貴司は彼女と握手をした。
貴司は6月4-5日は普通に会社に勤務した。5日は夕方の練習を免除してもらい会社からまっすぐ伊丹に行く。そして新千歳行きに乗り込む。
伊丹19:50-21:35新千歳
新千歳には千里が迎えに来ていて、千里が借りておいたレンタカー・シルフィで札幌に移動する。
「お疲れ様。合宿、どうだった?」
「前回よりは少しマシかなあ。ひょっとしたら枠に残れる可能性もあるかもという気になってきた」
「自信がついてきたということだよね。それと代表チームにしかないテンポに慣れてきたでしょ?」
「ああ。テンポといわれたら、そうかも知れない」
「代表チームに慣れてしまうと普段のチーム練習がつまらなかったりするよね」
「千里は今代表合宿の隙間はどこで練習してるの?」
「秘密の場所で秘密の特訓をしてるよ」
「うーん・・・」
実際には松戸市内の廃校体育館で主として《こうちゃん》に相手になってもらって練習をしている。この場所を使っているのは実は千里と玲央美の2人なのだが、玲央美をそこに連れてきている《すーちゃん》は千里とかち合わないように気をつけているので、千里と玲央美はお互いに他にも利用者がいることを知らない。
松戸市は江戸川区のマンションからは直線距離で15kmほどである。ここを(勝手に)使っていることは見つかったらやばいので、交通機関も車やバイクも使わずに、だいたい《こうちゃん》に連れて行ってもらっている。
秋に自前の体育館(ここを千里は「常総ラボ」と呼ぶ。Joso laboと書くと女装ラボにも見える!?)ができたら、そちらに移る予定である。