広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■娘たちのクランチ(18)

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貴司を監視していた《げんちゃん》は、眷属のリーダーである《とうちゃん》に相談した。
 
『分かった。貴司が遅刻して代表から落とされるのは千里も望まないだろう。勾陳行ってやれ』
『OKOK』
 
それで《きーちゃん》が《げんちゃん》の位置と《こうちゃん》の位置をスワップしたので、《こうちゃん》は貴司を助手席に移動し、自らは千里に擬態して、A4 Avantを運転して伊勢湾岸道・東名を東京に向かった。
 
明け方、ナショナル・トレーニング・センターのゲート近くで車を一旦停止させる。そして貴司を揺り起こした。
 
「貴司、朝だよ。合宿頑張ってね」
と《こうちゃん》は千里の振りをしてキスまでして!言った。
 
「千里!?」
と貴司が驚いて声をあげ、目を覚まし、微笑んでいる“千里”の姿を見るが、次の瞬間、《こうちゃん》はもう姿を消していた。
 
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(こうちゃんは大の女好きだが、実は男でも行ける)
 
「貴司、今回は付けといてやるからな」
と《こうちゃん》は言うと、《きーちゃん》に連絡して、また《げんちゃん》と入れ替えてもらった。
 

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貴司は確かに今千里を見たと思ったのに居ないので、キョロキョロ回りを見た。ドアを開けて外に出てから後部座席をチェックするもやはり誰もいない。
 
「俺やっぱり千里のことが好きなんだろうなあ、夢にまで見るなんて」
とキスされた感触の頬を触りながら独り言を言うと、近くで不可視の状態で待機している《げんちゃん》が頷いていた。
 
貴司は自分がナショナル・トレーニング・センターの近くにいることに気付く。「なぜここに居るんだろう?」と首をひねったが、運転席に就いた。車を出そうとして何か違和感を感じる。
 
嘘!?無くなってる。
 
貴司は脱力する。
 
嬉しいー!
 
もしかしてあちらも?と思い、お股を触ってみたが、そこには期待したものは無かった。
 
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「まあいいや。こちらは多分何とか誤魔化せる」
 
それで車をスタートさせてゲートまで行き、IDカードを見せて中に入った。更にアスリート・ヴィレッジに行き、入館手続きをしていたら、いきなり後ろから身体を抱きしめられた。
 
「わっ」
と声をあげる。
 
「龍良さん!?」
「細川君、これ何つけてんの?胸」
「えっと、ブラジャーです」
「君女装趣味?」
「そういう訳じゃないんですけど、ブラジャーつけてると身体が引き締まって素早く動ける気がするんですよ。龍良さんもいかがですか?」
 
「そうだなあ。朝起きて女になっていたら考えてみる」
と龍良は言い、残念そうな顔をして離れた。
 

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その日貴司は“あそこも無いままで邪魔にならない”し、今朝起きてみたら“あれも無くなってて邪魔にならない”しで、ドリブルの速度は前回の合宿より更に早くなり、瞬発力も元の速度が戻って、ひじょうに調子が良かった。
 
なお、ブラジャーもハーネスも練習前に取り外してきている。
 
しかし、ひょっとしたらちんちんは無くてもいいのかも、などと貴司は思っていた。ただちんちんが無いと不便なのはトイレである。貴司は必然的に個室を使わざるを得ないので、どうもそれが面倒くさい。女の子って生まれた時からこうしてるって、大変なんだなあ、などと貴司は便器に座りながら考えていた。
 
昼休みに電話で阿倍子と話したが、お父さんはもう完全に意識が無いらしい。さきほど集中治療室に移されたが、医者からは覚悟しておいてくれと言われたと言っていた。
 
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15時に小休憩が入る。練習中はスマホの電源を落としているのだが、電源を入れると阿倍子から《お父ちゃん、亡くなった》というメールが入っていた。貴司は少し考える時間が欲しかったので先に千里に
 
《阿倍子のお父さんが亡くなった》
とメールした。その後、阿倍子にもメールをしようと思ったのだが、途中まで書いた所で
 
「練習再開するぞ」
というキャプテンの声が掛かるので、やむを得ず貴司はスマホの電源を切ってバッグに戻し、コートに戻った。
 

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結局、夕食の時間に電話で阿倍子と話した。本当に申し訳ないが合宿の途中を抜け出すことはできないことを説明。向こうも仕方ないねと言ってくれた。21日が友引なので、そこに葬儀がぶつからないようにして、21日通夜・22日葬儀ということであったが、貴司の合宿は22日まで続くので結局出られない。23日にお線香を上げに行かせてということで了承を得た。
 

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さて・・・。
 
貴司はこの日、練習が21時に終わると、急いで部屋に戻り“準備”をしてから大浴場に行った。急いで来たのでまだ誰も来ていない。服を脱いで浴室に入り身体を洗ってから浴槽に入る。間もなく龍良さんと、どうも新野さんが来たようである。
 
龍良さんは浴槽に入ってきて貴司がいたのを認めると即寄ってきて、あそこを触った!
 
「なんだ、付いてるのか」
「付いてますよぉ!以前にも触ったじゃないですか」
「いや、どうも細川は実は付いてないのではという気がして。残念だ」
などと彼は言っている。
 
更には胸にも触られる。
「おっぱいも無いな」
「男におっぱいがある訳無いじゃないですか」
「いや何度か接触した時に、胸があるような気がしたから」
「それ例によってブラジャー着けてたんですよぉ」
「ああ、それで胸があるように感じたのかな」
「どっちみち試合中はよけいな下着つけるのは禁止ですから着けませんけどね」
「うん。女子のブラジャーは仕方ないが、男子のブラジャーは違反になると思う」
と言ってから
「特殊な事情で、おっぱいがある場合はたぶん認められる」
と龍良は言ったが、そのことばに貴司はドキッとした。
 
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なお「細川は変態でしばしば女の下着をつけてるらしい」という噂はあっという間にチーム内に伝搬していた!
 

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19日夜、千里はいったん《せいちゃん》と交代でこちらに来てくれた《げんちゃん》から、貴司の状況について報告を受けた。ただし貴司の“ちんちん”と“おっぱい”の問題については知られると叱られそうなので何も言わない。
 
「通夜・葬式っていっぱい人が来るの?」
 
「阿倍子との電話を聞いていた感じでは、お父さんの同僚とかが来てくれるみたいだよ。あそこ親戚はほとんど居ないみたいね。お父さんは一人っ子で両親は亡くなっているし。お母さんのお姉さんが1人いるくらい(*1)」
「お父さんは会社勤めか何かだったの?」
「どうもそうみたい」
 
千里は考えた。
 
「あそこのおうちって、収入はどうなっている訳?」
「俺も考えた。想像だけど、お父さんは休職中で、たぶん健康保険の傷病手当金で給料の7割相当額をもらっていたのだと思う。それとたぶん生命保険」
 
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(*1)龍造の妹が忠子で忠子の娘が保子、保子の娘が阿倍子。龍造の養女が輾子で実家の所有権を巡って保子と争っている。名古屋在住の保子の“姉”憲子というのは、忠子の夫が前妻との間に作った子供で、龍造とは血が繋がっていない。前妻の手で育てられたが、子供の頃から保子とは姉妹としての付き合いがあった。
 

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「阿倍子さんはお仕事してないんだっけ?」
 
「してないみたい。というか無理だろ、あれ。だって普通に歩いていても、数分歩く度にしゃがみこんで休んでいるぞ。物凄く身体が弱いみたい。あれで妊娠が維持できる訳がない気がするけど」
 
「妊娠?」
 
《げんちゃん》が『しまったぁ』という顔をした。《とうちゃん》が頭を抱えている。その問題は今話したら千里が激怒して身体によくないだろうから言わないようにしようと眷属たちで話し合っていたのである。
 
「ね。阿倍子さん、妊娠している訳?」
と千里が凄い顔で迫るので《げんちゃん》はタジタジとなる。
 
「えっと、してたかも」
「誰の子供?」
「それは貴司君の子供だと思うけど」
 
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「あいつふざけやがって!」
 
と言って千里が物凄い怒りの形相をして拳でベッドの手すりを叩くと、この時宿舎のベッドで寝ていた貴司はベッド外に放り出され、床に身体を叩き付けられた。むろんその程度で怪我するような貴司ではないが
 
「何だ?何だ?地震か?」
と言って緊急速報が流れていないかテレビを点けた。
 

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『あいつ、それで私を捨てて阿倍子さんを取ったのか!?』
 
千里の目が怒りに燃えているので、眷属たちが少し距離を置くほどだった。平気でそばにいるのは《こうちゃん》だけである。《きーちゃん》も平気ではないようだが頑張って近くに居てくれる。
 
『貴司、いっそ絶対によその女とできないように、ちんちん取っちゃおうか?』
と《こうちゃん》が言う。
 
『許す。もう貴司には男を廃業してもらおう』
『OKOK。じゃ帰国したらやっておくよ』
と《こうちゃん》が楽しそうに言うのを、他の眷属たちは呆れて見ていた。
 
『だけど千里、貴司君が男でなくなってしまったら、千里が誘惑した時、セックスできないぜ』
と《りくちゃん》は《こうちゃん》に視線をやりながら言う。
 
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『私と会っている時だけ、ちんちん戻すってできる?』
『まあできるよ』
『じゃそれで』
 
『しかしセックスしようとして貴司のちんちんが無かったら阿倍子さん仰天するだろうな』
『それで別れてくれたら何も問題無い』
『なるほどー!』
 
そして実際問題としてこの怒りが千里の回復速度を上げることになったのである。
 

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19日の夕方、富山。彪志は青葉の様子がとても元気そうなので、学期末でもありいったん千葉に戻ることにして、朋子が駅まで送って行った。彪志と入れ替わりに美由紀と日香理がお見舞いに来てくれて、しばらくおしゃべりしていったので、青葉はまた精神力を回復させることができた。
 
21日にはクラスメイトが大勢押し掛けてきて騒ぎすぎて注意される程であった。来たのは大半が女子だが、男子の呉羽君・奥村君・吉田君の3人も来てくれていた。もっともその中でちゃんと性転換手術を受けた青葉のお見舞いと分かっていて来たのは奥村君だけで、呉羽君と吉田君はよく分からないまま「あんたも来なよ」と言われて連れてこられたらしかった。
 
23日には忙しい中、冬子もお見舞いに来てくれた。実は冬子は23日にKARIONの金沢公演があって、そのついでに寄ってくれたのだが、この時点で冬子がKARIONのメンバーであることは世間的には知られていなかった。
 
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でも青葉は知っていた!ので、青葉としては金沢公演のついでに来てくれたのだろうと思っていた。
 
しかし青葉は「冬子がKARIONのメンバーであることが世間的に知られていない」ということを知らなかった!ので、その問題についてこの時は何も話さなかった。
 

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7月20日(金).
 
龍虎の学校ではこの日は1学期の終業式なのだが、その後の学活で、秋の学習発表会の出し物と主要演者を決めることになっていた。ところがこの日龍虎は学校に遅れて出て行った。
 
実は18日に志水英世(龍虎の最初の里父)の祖父(母の父・秩父市在住)が亡くなったのである。龍虎にとっては曾祖父のようなものである。実際一緒に動物園に行ったこともあるし、何度かお小遣いももらっている。
 
志水照枝も福井から緊急に出てきたのだが、龍虎も故人の曾孫として放課後電車で駆けつけた。熊谷から秩父へは秩父鉄道で1時間である。
 
結局19日通夜・20日葬儀ということになったのだが、龍虎は19日は学校を休み、20日は終業式だからということで葬儀には出ずに朝曾祖父にお別れをしてから熊谷市に戻ることにした。
 
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ところが秩父鉄道で事故が起きて、電車が遅れてしまったのである。
 
それで結局龍虎が学校に辿り着いたのは10時半頃であった。
 

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学校では既に体育館での終業式は終わり、各クラスで学活が行われていた。
 
「遅くなって済みません」
と言って龍虎は教室に飛び込んで来た。
 
「ちょうどいい所に来た。龍ちゃん、今学習発表会の演目が決まって、これから役を決めようとしていた所だったのよ」
と学活の司会をしていた学級委員の麻耶が言った。
 
「今主役をやりたい人って聞いたけど誰も手を挙げなかった所なんだけどね」
ともうひとりの学級委員の藤島君が言う。
 
あ、主役に立候補しなきゃ、と龍虎は思った。それで言った。
 
「はい!だったらボク主役に立候補します」
 
一瞬クラスの中がざわめいたのだが、やはりボク普段あまり目立たないのにこういうのに突然立候補したからかなと思った。
 
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「いや、龍ちゃん、適任という気がする。だって歌がうまいもん」
と桐絵が発言する。
 
「そうそう。この役はけっこう歌が大事なのよね」
と真智。
 
「みんな、そんなに歌が歌えないといって尻込みしてたんだもん」
と優梨。
 
ん?歌?ピーターパンって何か歌うシーンがあったっけ?
 
「じゃ龍ちゃんが立候補したので主役ということで」
と言って、麻耶は黒板に
 
《マリア 田代》
 
と書いた。
 

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「マリアって誰?」
と龍虎は訊いた。
 
「この物語の主役」
「ピーターパンにマリアって役あったっけ?」
「ああ。『ピーターパン』という意見もあったんだけど『サウンド・オブ・ミュージック』になったから」
 
「嘘!?」
と龍虎が驚いて声を出すと、増田先生は言った。
 
「ピーターパンのウェンディもいいけど、サウンド・オブ・ミュージックのマリアもいいと思うよ。田代さん、歌がうまいから、ホント適任よね」
 
「マリアが歌う歌は『サウンド・オブ・ミュージック』『ドレミの歌』、『私のお気に入り』『ひとりぼっちの山羊飼い』かな」
と麻耶。
 
「うん。『エーデルワイス』はゲオルクが歌う」
 
「アルプスの物語だからアルプスっぽいディアンドルを着るといいね」
「ディアンドル?」
「ジャンパースカートに似たアルプスの民族衣装ね。エプロンと組合せる」
「それ私が縫ってあげるよ」
 
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ちょっと待って。もしかしてボク女の子役をするの〜〜〜〜!?
 

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娘たちのクランチ(18)

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