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7月14日(土).
熊谷の龍虎の家に川南と夏恋がやってきた。
「おーい、龍虎、ディズニーランド行くぞ」
実は連休なので、川南たちが泊まりがけでディズニーランドに連れて行ってくれることになっているのである。今日は東京に出てソニーエクスプローラサイエンスや、この5月に開業したばかりのスカイツリーを見た後、ディズニーアンバサダーホテルに泊まり、明日1日ディズニーランドを楽しむ。
実は上島さんからディズニーランドのチケットとホテルのクーポンをもらったので両親と一緒に行ってこようと言っていたのだが、ふたりとも部活の大会とぶつかった。人気が高いアンバサダーホテルの日程変更は困難である。それで川南と夏恋が代わりに龍虎を引率することになったのである。
出がけにいきなりだめ出しを食らう。
「龍虎、もっと可愛い格好をしよう。取り敢えずスカート穿こう」
「え〜〜!?」
とは言ったものの、スカートを穿くのは嫌いじゃないので、乗せられて穿いてしまう。上も可愛いブラウスを着た。下着も女の子パンティを穿かされて、着換えも女の子の服ばかりにされる。
ちなみに両親は既に出ていた。
それで3人で一緒に電車で東京に出て午前中にスカイツリーに行った。女の子の服を着ているのでトイレも女子トイレを使うが、龍虎が女子トイレを使うのはごく日常である。お昼を食べている時に、隣のテーブルで中学生くらいの女子がお母さんとブラジャーの話をしているのが聞こえてきた。
「そういえば龍も5年生だから、そろそろブラジャーに慣れてもいいよな」
などと川南が言い出す。
「こないだ友だちが下着を買うのに付き合ってスーパーのランジェリーコーナーに行ったら、ボクまでサイズ計られてA55だって言われた」
とうっかり龍虎は言ってしまった。
「ん?」
「龍、それならA55のブラジャー買ってあげよう」
と川南が言い出す。
龍虎は「しまったぁ」と思った。
それで食事の後、川南たちは龍虎を近所のファッションビルの中にあるランジェリーショップに連れて行った。あらためてサイズを計られるとA55あるいはA60で適合すると言われる。
「龍ちゃん、ホントに結構胸があるね」
と夏恋が龍虎の胸に触りながら言う。
「アンダーが小さいだけだよぉ」
「いやいや、それでもトップはある訳だから。これならもうすぐ生理も始まるよ」
と川南。
えっと、生理って何だっけ??
お店にはさすがにA55などという小さなサイズは無かったが、A60があったので試着してみる。そんなに余っている感じはない。
「これはホックを調整すれば問題ないですよ」
とお店のお姉さんが言って調整してくれた。
身体の線に凄くフィットするので龍虎は驚く。
「じゃこのサイズを取り敢えず5枚選ぼう」
と川南は言った。
(ちなみに川南が龍虎の(女の子用の)服を買ってあげるための軍資金は、川南・夏恋・暢子・敦子、そして千里の共同出資である)
「5枚?」
「だって今から夏だし、洗い替えがいるよ」
「あはは」
「取り敢えず1着はもう着けておくといい」
「そ、そだね」
しかしブラジャーを着けると実は胸の付近のお肉が少し余っている感じで走ったりすると痛かったのが、しっかり押さえてくれて心地よい。そして龍虎は急におとなになったような、不思議な感じもした。ボクも少しおとなに近づいているのかなあ、などと思うが「大人の女」に近づいているのでは?という疑念には気付いていない。
そういう訳でこの日龍虎はジュニアっぽいクリームイエローのブラジャーを着けたままソニーに行ったし、翌15日は今度は中学生でも着けるような大人びたピンクの刺繍入りのブラジャーを着けて、更に川南が買ってくれた、物凄く可愛いスカート(ラプンツェル仕様)を穿いてディズニーランドを歩き回ったのであった。
7月18日。この日の青葉と千里の性転換手術は次のようなタイムスケジュールで進んだ。↓の時刻はタイ時刻=インドシナ時刻で、括弧内が日本時刻。
ICT(JST)
14時(16) 青葉手術・開始
16時(18) 千里手術・開始
17時(19) 青葉手術・終了
19時(21) 千里手術・終了
19時(21) 青葉・目覚める
21時(23) 千里・意識回復
青葉は実は性転換手術を下半身麻酔でやってもらい、それを自分で見学するという大胆なことをしたのだが、手術が終わった後少し眠った。そして2時間ほどで目覚めた。その直後に千里の手術も無事成功したという連絡が桃香から入った。千里はまだ眠っているらしい。
それで取り敢えず自分をヒーリングしようと思ったのだが、パワーが全く出ないことに気付く。参ったなと思っていたら、青葉が辛そうだと認識した彪志が手を握ってくれた。その彪志からパワーが流れ込んでくる。
わあ、彪志ありがとう。
彪志のおかげで最低限のパワーを取り戻した青葉の耳に菊枝の声が聞こえた。
『筆ペンを使って』
あ、そうか。1周忌の時に菊枝からもらった筆ペンがあったんだった。それを媒介に菊枝からパワーを融通してもらえる。それで彪志にバッグの中の筆ペンを取ってもらい、彪志にはいったん手を放してもらって、左手に筆ペンを持つ。
するとそこから物凄いパワーが流れ込んできて、青葉は自分の手術の傷の修復作業を始めることができた。
千里はこの日は絶食なので、お腹空いたなあと思いながらも桃香とおしゃべりしていた。お昼に桃香は病院の食堂に御飯を食べに行く。それでひとりでELLEを読んでいた時『恋のダンスサイト』のメロディーが鳴る。貴司からのメールだ。千里は迷ったが携帯を開けて“貴司の馬鹿野郎!”からのメールを開いた。
《付き添ってあげられなくてごめんな。手術頑張れよ》
と書かれていた。千里はじわっと涙が出た。
ありがとう。私頑張るね。と思う。返事は出さなかったものの、千里はこれで随分と気合いが入った。メールは桃香に見られないよう即消した。
千里の手術は15時からの予定だったのが、手術室が空かず、16時からの手術になった。千里は全身裸になり、あの付近は剃毛され、髪はアップにして頭巾でまとめ、手術着に着換えて、ストレッチャーに乗せられ手術室の前までいく。そこで待機していた時、貴司からのメールのことを考えて暖かい気持ちになるが、次の瞬間その貴司に自分は振られたんだというのを考えてしまった。涙が出てきたので、付き添っていた看護婦さんが
「You feel uneasy? Postpone the operation?」
と尋ねた。
「No. I just remembered the painful days I was treated as a boy」
と千里が答えると
「Then those painful memories will be vanished after you become a girl」
と看護婦さん。
「Yes, yes. They will be vanished with my man's symbol」
と千里が答えると看護婦さんは笑っていた。
結局私が本当の女の子で無かったら振られたのかなあ。今度こそちゃんと貴司の奥さんになれると思っていたのに、悲しい。そして苦しい。いっそ手術中に死んでしまったら、あいつのことで悩まなくても済むかも、という考えが一瞬チラッとよぎる。するとそれに気付いた小春が
『千里こんな時に一瞬でも死を考えてはダメ。この手術が終われば千里はとうとう正式に女の子になれるんだから、この手術は千里にとってビッグバンなんだよ』
と注意した。
『そっかー。これはビッグバンか』
『男の子としての人生がビッグクランチを迎えて、これから女の子としての人生がビッグバンとともに始まるんだよ』
『だったら私頑張る』
『うん』
いよいよ手術室の中に運び込まれ、手術代の上に乗せられる。膝を曲げてお股を開くように言われ、その姿勢を取る。
「I will begin your sex change operation. This operation is NOT restorable.You CANNOT be a man again after the operation have doned. You LOSE man's sexual ability forever. Are you really OK to undergo sex change operation?」
と主治医が千里に最後の意志確認をする。
「Yes. Please do the operation. I am anxious to be a woman」
と千里が答えると、全身麻酔を掛けられ、手術は始まった。
千里の身体は既に睾丸が摘出されているので、陰嚢を切開し、陰茎を分解するところから手術は始まった。そして1時間ほどの作業の後、陰茎海綿体を身体から切り離そうとした時、突然千里の血圧と脈拍が低下する。
驚いた医師たちは手術の作業をいったん中止し、アドレナリンを注射したりする。
この時、めったに自分では動かない《くうちゃん》が強引に千里の意識を目覚めさせた。
『何?何?どうなってんの?』
と千里は焦る。
『千里、血圧が低下している。心臓の動きが弱まっている。女の子になりたいんだろ?頑張れ』
と《くうちゃん》が言う。
『うん。頑張る。私の心臓動けぇ!』
と千里は強く意識し、自主的にアドレナリンを大量分布し、積極的に心臓に動け!頑張れ!と指令を送った。
そもそも千里の心臓というのは、しばしば勝手に停止したりするのである。ある種の不整脈なのだろうが、普通に心電図を取っただけでは全くその兆候が見えない。むろん心電図に異常があれば千里は絶対に性転換手術などしてもらえなかったであろう。
千里は自分で強い意識を持って自分を励ましたが、同時に《びゃくちゃん》も千里の生命維持システムに強い刺激を与えてくれた。
この《くうちゃん》の励まし、千里自身の頑張り、《びゃくちゃん》の手当で千里の血圧・脈拍は5分ほどで回復した。
医師たちが何か話し合っている。手術を中止すべきか、このまま続けるべきか議論していたようだが、千里の状態が血圧が回復した後更に5分ほどたってもそのまま安定しているのを見て、続行の決断がおこなわれた。
それで手術はまず陰茎海綿体の切断から再開される。
千里はそれを見て「きゃー」と思った。これを切断したことで千里はやっと「男の子では無くなった」のだが、切られた時凄まじい痛みを感じた。
正直、子供の頃何度自分で切ろうとしたか分からない。でも痛そうで実行できなかった。結局今お医者さんが切ってくれたけど、痛かった!
手術はここが折り返しで、これから後半の女性器形成の作業に入る。
千里は、ちんちんを切り落とす所がビッグクランチで、ここからがビッグバンだなと思った。医師たちは巧みな加工で千里のお股を女性の形に作り変えていく。麻酔が効いているはずなのにハサミやメスで切られる所、糸で縫われる所、ヴァギナ用の穴を掘る所、全てが《物凄く痛かった》。
千里の想像力が強すぎるから痛みまで想像してしまうのである。これは《くうちゃん》にも停められない。千里は目を閉じていても、別の方向を見ていても気になるものは全部見えてしまう困った体質なので、意識がある限り止めようが無い。意識を眠らせるとまた心臓がサボる危険がある。
女性器が形成されていく間、千里の血圧・脈拍は安定していたが、実際には千里はこの間ずっと痛みに耐えながら「私の心臓動けぇ!」と自分自身の身体を励まし続けていたのである。
『でもこれってお洋服のリフォームみたい』
と痛みを感じながら千里は思う。
『まさにそうだよ。これは男性器を女性器にリフォームする手術なんだよ』
と《びゃくちゃん》が言う。
『びゃくちゃん、これ何度か見たことあるの?』
『看護婦として立ち会ったのは400回くらいあるし、私自身が医師の代理で執刀したことも3度あるよ』
『へー!』
『当時はちんちんを切る現場を日常的に見ていたから、ボーイフレンドのをいじっている内に、うっかり切ろうとして《何をする!?》と言われたことある』
『あぶない人だ』
『世界で初めて性転換手術を受けたドーラ・リヒターの手術にも立ち会ったよ』
『すごーい』
『千里の手術も私がしてあげてもよかったのに』
『あはは、私人を性転換させちゃう法も瞬嶽さんから預かっているよ』
『でも千里は人間の医師の手で性転換手術を受けることが最初から決まっていたからね』
と《いんちゃん》が言った。
『私って色々なことが最初から定められているみたい』
と千里が言うと
『千里、お前最終的には貴司と結婚できるから頑張れ』
と《こうちゃん》が言った。
『ほんとに?だったら私頑張る』
と千里は答えた。千里はお昼に貴司からもらったメールを思い出し、きっと貴司、私のこと嫌いになった訳じゃないよね?と考えた。