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■娘たちのクランチ(19)

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7月22日の夕方、貴司の合宿は終わったが、龍良は妙に貴司に絡んで来る。
「細川くーん、飲みに行かない?」
「すみません。明日朝から仕事があるので帰ります」
と言って逃げ出したが、龍良はいかにも酒が強そうである。こちらが酔い潰されると絶対ホテルに連れ込まれて“やられて”しまう気がする。彼は貴司が実は女なのではと、かなり疑っている様子なのである。
 
ともかくも東京駅に出て、新幹線の座席に身体を沈めたが「うっ」と思う。
 
恐る恐る自分の胸を触る。
 
「戻ってる」
と小さな声を出してから貴司はため息を付いた。
 
何もつけてないと揺れて痛いので、トイレに行ってスポーツブラを着けてきた。
 
「執行猶予3年と言っていたけど、麻酔してもらうので1年延びたから4年間、俺はこのままなのかなあ」
などとつぶやき、窓の外の夜景を眺めていた。
 
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7月23日(月).
 
貴司が出社すると、先日から色々交渉している件でまたソウルに行って来てほしいと言われる。結局そのまま関空に行って仁川(インチョン)行きに飛び乗った。どうも数日掛かりそうなので、阿倍子のお父さんに線香をあげにいくことができない。貴司は阿倍子に電話して、仕事で海外に行ってくるのでどうしてもそちらに行けない旨を連絡した。
 

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関空から仁川(インチョン)へは2時間弱のフライトである。このルートにはもう何十回乗っているんだろうなと思う。空港に着いてから入国審査に並んでいたら、何やら警備が凄い。人の会話を聞いていると、どうも外国の要人が来るので警戒が厳重になっているようだ。この日は何と入国審査の所に金属探知機が設置されていた。
 
そして貴司は引っかかってしまった。
 
多分探知機の感度がかなり強くなっているのだろう。
 
「Bodycheck please」
と言って女性の検査官が貴司の身体に触る。
「Sorry, Are you a woman?」
検査官は貴司の胸の所に膨らみがあるのに気付いてしまった。
 
貴司は困った。変装とかと思われるとやっかいなことになる。
 
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「I am male legally, but I am woman medically」
「Oh I see. Sorry to hear about your personal things」
 
韓国にも性転換者は多いだろうから、こういう話はすぐ理解しもらえるようだ。でも俺、性転換者なんだっけ!?
 
結局貴司のベルトのバックルが引っかかっていたということが分かり問題無く?通過できた。
 

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7月24日(火)、青葉は退院した。そしてこの日は和実が青葉と入れ替わる形で入院した。実際には和実は朝一番の連絡
 
東京7:00-8:11越後湯沢8:20-10:27高岡
 
を使ってやってきて、お昼前に入院した。それで青葉は和実をお見舞いした上で午後に松井先生の診察を受けてから退院した。
 
一方プーケットの千里もこの日の午後退院し、夕方の便で桃香と一緒にバンコクに移動。夜行便で羽田に向かった。
 
HKT 7/24(TUE) 19:00 (TG218) 20:25 BKK
BKK 22:25 (TG6107/NH174 767) 7/25 6:40 HND
HND 7/25(WED) 9:30 (ANA883) 10:30 TOY
 
この時、バンコクのスワンナプーム国際空港で出国手続きをしてから飛行機を待っている時、千里はふと時計を見るとMon July 24 21:21 という表示だったのを記憶している。そして羽田に到着してから国内ターミナルに移動している時に見るとWED JUL 25 5:20 という表示だった。曜日が2つ進んだのは時差のせいかな〜?などと考えている。桃香に頼んで日本時刻に戻してもらうと7:22になっていた。
 
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なお桃香自身の腕時計は安物でそもそも日付を表示する機能も無いので単純に時刻を2時間進めていたようである。
 
羽田の国内ターミナルから富山行きに乗り継ぐ。富山空港に到着したのは7月25日10:30で朋子が迎えに来てくれていて、そのまま桃香の実家に入る。ここでしばらく静養することになる。
 

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青葉は25日は朝から学校に行って1学期の通知簿をもらい、お昼にはいったん自宅に戻った。
 
「ちー姉、すごく顔色がいい!」
「青葉にヒーリングしてもらったおかげだよ。凄く楽になった」
「これなら結構早く出歩けるようになるかもね」
「青葉は無茶苦茶元気だね!」
 
桃香がプーケットで買ってきたお土産のイヤリングも渡す。桃香は
 
「プレートは銀で、青い月の形の石はブルースピネルで、赤い玉はルビーと言われたんだけど、値段的にありえないと思ったんだけどね」
と言った。
 
「プレートは真鍮の銀メッキだと思う。青い石は天然のブルークォーツ、赤い玉がレッドスピネルだよ」
 
「クォーツだったか!」
「ブルークォーツの多くは熱処理で青を発色させるんだけど、これは熱加工していない天然のブルークォーツ。だから割といいお値段したはず」
 
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「そういうことだったのか!クォーツにしては高い気がしたんだよ」
と桃香は言っていた。
 
青葉が夕方近くに母の車で病院に行くと、和実はちょうど性転換手術が終わって回復中であった。青葉はさっそくヒーリングをしてあげた。
 

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なお桃香は学期末なので、試験前の最後の授業などを聞かなければいけないからと言い、千里を置いてその日の最終連絡で千葉に戻ることにした。
 
高岡18:47-20:59越後湯沢21:09-22:28東京22:55-23:34千葉
 
青葉が病院に出かけたのが16時頃、桃香が家を出たのは18時前だが、17時頃、千里の携帯で『恋のダンスサイト』の着メロが鳴る。
 
貴司からのメールであるが
《結婚式はとりあえず一周忌明け以降に延期になった》
と書かれていた。
 
ふん。その間にまた浮気して阿倍子さんから愛想尽かされればいいよ、私は知らないけどね、などと考えている。
 
むろんメールは速攻で消した。
 
桃香が訊く。
「今のメールって、千里を振った彼氏だよね?」
「そうだけど」
「別れたのにメールで連絡しあってるの?」
「まああいつは色々私と話したいのかもね。私は知らんけど」
 
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「男って過去に付き合った女は全部自分のものみたいに思ってるよね」
「その点、桃香は女だよね。別れた相手のことはスパッと忘れる」
「まあね。でも今回は取り敢えず2ヶ月くらいはおとなしくしてる」
 
「ああ、もう次の好きな人ができたんだ?」
と千里は訊いた。
 
「そのことで後から話したいんだけど」
「その人と同棲するの?」
「しようかなと思ってる」
「まあいいんじゃない?」
 

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「そういえば千里は婚約指輪とか結婚指輪もどきはどうしたの?」
「婚約指輪はあいつのお母さんに返した。お母さんは私が持ってていいと言ってたけど、とりあえず預かってくれた。結婚指輪は忘れてた。どうしよう?」
 
「プラチナの結婚指輪なら売って生活費の他しにする人も多いらしいね」
「プラスチックでは売れないな」
「捨てちゃう?」
「そうだなあ。もう捨てちゃおうかな」
と言って千里はバッグのポケットからプラスチック製の結婚指輪を取り出す。
 
「捨てるなら私が捨てといてあげるよ」
「うん。じゃ任せた」
と言って千里は桃香にそのプラスチックの指輪を渡した。
 
それで桃香は千葉に帰っていった。
 

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翌7月26日。千里は青葉が和実のヒーリングに行くのに同行して、射水市の病院で松井医師の診察を受けた。
 
「千里ちゃん、あんたのこと前もって知っていたら、私が手術してあげたかった」
と松井は言っていた。
 
内診台に乗せてクスコなども入れてチェックしていたが
「傷の治りが早い」
と驚いていた。
 
「青葉がずっとヒーリングしてくれたので」
「なるほどー。でも青葉ちゃん以上に傷が減ってるよ。もう膣内部の充血はほとんど無くなっているもん。これは普通なら性転換手術してから1ヶ月くらい経った状態」
 
「私、普通の傷の治りも早いんですよね〜。あんた指の2〜3本失ってもすぐ再生しそうだとか、腕1本くらいもいでもまた生えて来そうと言われたことあります」
 
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「ああ、だったら君のおちんちんはきっと再生するよ」
「嫌です」
「大丈夫。その時は私の所に来たら、すぐ切ってあげるから」
と松井医師が言うので、千里はつい吹き出した。
 
松井先生は、千里が性別変更の申請をするのに必要な、性別判定診断書を書いてくれた。海外で手術した場合は、国内の病院での診断書も添付して申請する必要がある。
 
「陰茎・陰嚢・睾丸を認めない。CTスキャンで停留睾丸を認めない。大陰唇・小陰唇・陰核・膣を認める。尿道は通常の女性の位置に開口している。外見的に女性型の性器に近似している」
 
という診断書の記述を見て、これ高校時代に受けた性別診断の時の記述と同じパターンだなあと千里は思った。あの時は男性器があったのに、なぜか「女性型の性器に近似している」という診断書を書かれちゃったんだけどね!
 
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なお和実の手術に付き添っていた淳は仕事があるので26日の最終連絡で東京に戻った。胡桃はもうしばらく付き添う。
 
淳は東京に戻る時、和実の性別変更の書類を持ち帰り翌27日に裁判所に提出してくれた。
 
あらかじめ和実が裁判所に行って説明を受けた上で書類をもらってきていたので、それに自分で記入し、この日26日には松井先生にも必要な書類を書いてもらい、一緒に持ち帰ったのである。
 

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7月27日夜。
 
青葉が千里のヒーリングをしてくれてから、自分のヒーリングをオートでしながら眠ってしまった後、桃香の部屋で(ひとりで)寝ている千里の所に美鳳と《清らかな声のお方》が出現した。
 
千里が驚いて起き上がろうとしたら
「そのまま、そのまま」
と美鳳が言う。
 
「前にも言ってたと思うんだけど、あんたは****を産まなければいけないから、その人工的に作ったヴァギナでは赤ちゃんがそこを通過できなくて困るんだよね」
「あ、はい?」
 
「赤ちゃんの頭の大きさは直径10cmくらいあるけど、ペニスを改造して作ったヴァギナはせいぜい広がっても直径5cmくらいにしかならない」
「破裂しそう」
「だから、本物と交換するから」
「本物って?」
「あんたが小学生の時に骨髄液を採取してそこからiPS細胞を作り、それを膣や子宮、外陰部にすべくずっと育てていた」
「どこで育ててたんです!?」
「それは企業秘密」
「まあいいですけど」
 
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「だからあんたのその人工的な膣を除去して代わりにこの膣と子宮を埋め込む」
「手術ですか?」
「まあそういうこと。麻酔は掛けないけどいいよね?」
「痛いですか?」
「気の持ちよう。痛くないと思っていれば痛くない。あんたさあ」
「はい?」
「性転換手術中に本当は麻酔が効いてて痛くないはずなのに、怖がって痛そうと思っちゃったでしょ?」
「あれ?そうかな?」
「それであんた痛みを感じて、激しく消耗したんだよ。あれは私もちょっと計算外だった。あんたそれで死にかけるし」
 
「あはは、やはりあれ死にかけてました?」
「なんか気力で持ち堪えたみたいだけどね。だから痛くないと思っていれば痛くない」
 
(美鳳には小春がした操作は見えていない)
 
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「分かりました」
 
それで裸になり、目を瞑ってお任せする。
 
何か触られているような感覚。お腹を引っかき回されているような感覚がしていた。
 
「終わったよ」
「もうですか?」
「痛みは?」
 
「物凄く減りました」
「そうだろうね。膣の部分の痛みも小陰唇・大陰唇の部分の痛みも無くなったはずだから」
 
「でも全体的な痛みは残っています」
「身体にたくさんメス入れているから、それ自体の痛みが消えるのには1ヶ月くらい掛かるよ。まあ無理しないで」
 
「ありがとうございます」
 
「そうだ。性転換手術の証明書もらったよね?」
「はい。タイ語と英語で出してもらいました」
「そのタイ語のをちょうだい。高校時代の千里に渡してくるから」
「そうか。それであの時、美鳳さんから手術証明書をもらったのか」
「そういうこと。英語のがあれば性別変更の申請ができるよね?」
「はい、できると思います。こちらの病院でも診察を受けて性別判定の診断書を頂きましたし。両方添付すればいいんですよね?」
 
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「そそ。そのこちらでの診断書が出るのを待ってたのさ。今の千里の性器を見たら、あんた元々女でしょ、ふざけないでと言われちゃうから」
「なるほどー」
「じゃ女としての人生を楽しんでね」
「はい!」
 
それで2人は姿を消した。千里は痛みが劇的に減ったのですやすやと安眠した。そして朝起きた時、千里は昨夜の美鳳たちとの会話は全て忘れていた。それで凄く楽になったのは青葉のヒーリングのお陰と思っていた。
 

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