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■娘たちのクランチ(4)

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千里たち日本代表候補は、5月25日朝成田空港に現地集合(王子は馬田恵子の家に泊めてもらい、一緒に出てきたらしい)してから、トルコ遠征に出発した。世界最終予選もトルコで行われるのだが、このまま最終予選まで向こうに居るわけではなく、一度帰ってくることになっている。わざわざ長旅で疲れるために帰国するようなものである。このあたりのスケジュールにも千里たちは首をひねっていた。
 
さて、今回の遠征の指揮に当たるのは、なんとWリーグ1位サンドベージュ監督のウィリアム・レッドベア、2位ブリッツ・レインディアの元監督・マイク・スミス、そして3位エレクトロ・ウィッカの村出監督という3人である。
 
これまで日本代表候補の臨時監督をしてくれていたメンツである。スミスさんは第2次合宿の指揮を執ってくれた。村出さんは第3次合宿(アメリカ遠征)の指揮を執ってくれて、レッドベアさんは先日18日から19日のお昼過ぎまで、まだ来日していなかったジーモン・ハイネンに代わって練習の指揮を執ってくれた。
 
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ハイネン監督は実際問題として19日の試合直前に来て、試合中ベンチに座ってスターターを指名し、その後選手交代の指示だけしていた。そして試合が終わると「時差ぼけがきつい」と言って、さっさと宿舎に引き上げてしまった。20-22日の練習の時は練習場に来ていたが、ただ見ているだけで何も指示を出さなかった。仕方ないので三木エレン・羽良口英子・黒江咲子の3人が話し合って練習メニューを決めていた。そして監督は22日の試合が終わるとすぐ宿舎に引き上げ、23日の朝にはドイツに帰ってしまったのである!
 
壮行試合に合わせて来日したのであれば、当然その後の遠征にも同行するものと思っていた選手たちは拍子抜けである。さすがに主将のエレンがバスケ協会の強化部長に抗議したが、強化部長も「どうなっているんだろう」と焦って、監督の代理人に連絡を取ろうとしていたものの、うまく取れないようであった。それで結局この3人に今回の遠征の指揮をお願いしたいということになったようである。村出さんなどは呆れているようだったが、レッドベアさんなどは明らかに怒っていた!
 
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さて、日本とトルコの間には直行便が1日1便運行されており、千里たちはこの便に乗った。
 
NRT 5/25(Fri) 11:40 (TK51 77W) 17:45 IST (12h05m)
IST 22:50 (TK2426 A320) 0:05 AYT (1h15m)
 
IST:イスタンブール(Istanbul)のアタテュルク(Atatuerk)国際空港に到着したのは現地時間では18:00であるが、トルコ(東ヨーロッパ時刻)の夏時間はUTC+3で日本時刻(UTC+9)とは6時間の時差があり、こちらの体調では真夜中のようなものである(*1).
 
イスタンブール空港で夕食を取ったのだが、みんな半分眠りながら食べていた。元気なのは王子くらいのものである。王子はこの日馬田恵子さんとなぜか英語で!?会話していた。
 
夕食を食べてすぐに国内便に乗り継ぎ、AYT:アンタルヤ(Antalya)空港に飛ぶ。この空港は実は目的地Kepez(ケペス)市の隣のAksu(アクス)市にあり、空港の北端を走る国道400号(D400)の向こう側がもうKepez市である。
 
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用意されていたバスに乗って5分も走るとホテルに到着した。0時半くらいであるが、日本ではもう朝くらいの時間なので、みんな、ホテルに到着すると、そのままベッドに直行して熟睡した。
 
(*1)トルコは2016年秋以降夏時刻を通年使用することになった。つまり1年中UTC+3になったが、それ以前は夏時刻(UTC+2)・冬時刻(UTC+3)を切り替える方式が使用されていた。
 

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トルコはアジアとヨーロッパの境界に位置する国で、イスタンブールの中央を貫くボスポラス(Bosporus)海峡でヨーロッパ(Europe=Occident)側(トラキアThracia)とアジア(Asia=Orient)側(アナトリアAnatolia=小アジアAsia Minor)に別れる。
 
イスタンブールの旧市街地はトラキア側南端の三角形の半島で、ここにかつての東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープル(Constantinople)があった。南側はマルマラ海(Marmara Denizi)。そして北側の内陸奥まで入り込む湾が金角湾(Golden Horn, Altin Boynuz)である。
 
かつては、ヨーロッパ側からアジア各地へ行く人たちは鉄道でヨーロッパ側のターミナルであるシルケジ駅(Sirkeci Gari)まで来るとフェリーでボスポラス海峡の対岸に渡り、ハイデラパシャ駅(Haydarpasa Gari)から各地への国際路線に乗り継いでいた。当時の雰囲気が左能典代『ハイデラパシャの魔法』(1984)に少し記述されている。
 
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現在は両岸は2つの橋と2つの海底トンネルで結ばれているが(鉄道トンネルは2018年開業予定:開通式は2013年に行われた)、この物語の時点では海底トンネルは2本ともまだ開通しておらず、2つの橋とフェリーに頼っていて、まさにボトルネックになっていた時代である。
 
アタテュルク国際空港(Istanbul Atatuerk Airport)はヨーロッパ側にあり、西側には湾が仕切られてできたキュチュクチェクメジェ湖(Kuechuekchekmece Goulue)が広がっている。イスタンブールの市街とは15kmほど離れている。
 

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ところでトルコの首都というのも、クイズとかになると誤答の多い問題である。イスタンブールがあまりにも有名だしトルコ最大の都市なので、ここが首都と思っている人もあるが、首都はアンカラ(Ankara)である。イスタンブールの人口は1400万人、アンカラは450万人である。
 
(ちなみに少し似た名前の「アンマン」はヨルダンの首都である)
 
アンカラは中央アナトリア地方、塩湖として知られるトゥズ湖(Tuz Goelue)の130km北方に位置する。イスタンブールからは東南東350kmの位置である。
 
世界最終予選はそのアンカラで行われるのだが、今回の合宿は地中海地方のアンタルヤ県ケペスで行われる。
 
トルコは7つの地方(boelge)、81の県(il)に別れている。イスタンブールを含む西側のマルマラ海地方、エーゲ海地方、地中海地方、黒海地方、と各々が接する海の名前の付いた地方と、アンカラのある中央アナトリア、トルコ最大の湖ヴァン湖(Van Goelue)がありイランと国境を接する東アナトリア、そしてシリアと国境を接する南東アナトリアである。
 
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地中海から入り込んだ、ギリシャとトルコに挟まれた領域がエーゲ海であり、そこからダーダネルス(Dardanelles)海峡を経てマルマラ海になり、そこからボスポラス海峡を経て黒海になる。
 
アンタルヤ県はロードス島とキプロス島のだいたい中間くらいにあり、大観光地であり、またリゾート地でもある。トルコに来る観光客の3割がこの県を訪れるといわれ、また夏になるとビーチは人でいっぱいになる。
 
しかし今はまだリゾート客が来るようなシーズンでは無い!
 

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和実はメイドカフェのバイトが忙しくなる週末を避けて、5月22日(火)から24日(木)までの3日間、あきる野市の大間医院に入院した。それで和実は開き直った自分のそのままの状態で3日間過ごしたので、その間に撮影したMRI写真は物凄いことになった。
 
「僕はこれ機械が壊れているんじゃないかと思った」
と大間医師は言っていた。
 
「今回は開き直ったので」
 
「たくさん撮影した写真を僕は3つに分類した」
と医師は言う。
 
「完全な女性の身体の映像、完全な男性の身体の映像、そしてこれが数的には最も多い、去勢した男性の身体の映像。この去勢男性の映像が多分本来の君だよね」
 
「はい。多分そうです」
 
「まだ去勢してないみたいなことも言ってたけど、既にしてるんでしょ?」
 
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「実は手術しています(ということにしておこう)。でもそれ家族とかにも内緒にしておいてください。実は姉との約束違反なんです」
 
「守秘義務があるから誰にも言いませんよ。ただ手術の都合があるから松井君には伝えてもいい?」
「はい。それは構いません」
 
そして和実は言った。
 
「私の友人で似たような状態になって東大病院の最新鋭の機器でも卵巣子宮が写っちゃったというMTFの子がいますよ。その子も一時期不安定だったみたいです」
 
「これは松井君が君に興味を持つ訳だ」
「性転換手術しちゃったら安定すると思うんですけどね」
「性転換手術しようとしたら、女の身体になっていたりして」
「その場合はやっかいですね」
「松井君なら男に性転換してしまうかも」
「それは嫌です」
と和実はマジで嫌そうな顔をして言った。
 
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「自分の意識の持ち方でどちらかに固定できる場合もあるんです。ある程度の精神集中が必要ですが」
「これって生まれつき?」
「それが震災の後なんですよ」
「へー。やはり自然災害で何か刺激を受けたのかね」
 
「私迷っているたくさんの霊をいったん自分を依代にして吸収した上で成仏させていたから、その中の数人の霊が部分的に残存しているのかも」
 
「うむむむ」
と言って大間医師は少し考えていたが言った。
 
「だったら君、性転換手術を受ける前に除霊してもらった方がいい」
「やはり?」
 

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5月26日(土).
 
トルコに来た千里たちの合宿が始まった。
 
この日は午前中、今回の遠征で参加する大会の会場になるKepez Arena Antalyaで2時間ほど練習した。座席数を大雑把に数えると3000人くらい入りそうである。午後からは市内のアナドル高校(*1)の体育館を借りて練習をおこなった。
 
(*1)トルコでは小学校4年・中学校4年・高校4年という学制になっている。但し高校入学前の予科に1年使い実質5年生の高校もある。公立高校は職業高校、普通高校、アナドル高校(Anadolu Lisesi)という3つに分けられていた。アナドル高校は私立高校に対抗して作られた公立高校で一般にハイレベルであり、人気が高い。アナドルの語源は先に説明した「アナトリア(Anatolia)」。つまり日本でいえば「やまと高校」あるいは「日本高校」のような感じ。
 
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但し政府は2013年に普通高校とアナドル高校を制度上は統合した。公立普通高校は原則として男女共学なので、保守的で娘を男子生徒のいる学校に通わせたくない親は女子職業高校に進学させている状況がある。但しアナドル女子技術学校などという女子のみなのにハイレベルの学校もある。なお、トルコはイスラム教徒の多い国ではあるが、政教分離原則があり、男女平等も進んでいる。女性の服装も西洋的であり、大都会では髪を隠さずに出歩く女性も結構いるしタンクトップやショートパンツも見られる。女性の地位は一般に高く識字率も高い。結果的に外国人女性も(都会であれば)西洋と似た感覚で道を歩くことができる。
 

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ケペス・アリーナでの練習は29日にも一度行われた。そして30日から大会に出る。これはInternational Kepez Tournamentという大会である。(Tournamentという言葉は日本語の「大会」に近い。決して日本語のトーナメントの意味ではない)
 
大会は5月30日から6月1日までで、日本は3つの国と戦った。
 
5/30 17:00 ベラルーシ(10位) ○57-50×日本(15位)
5/31 19:00 トルコ(21位)   ×53-63○日本
6/01 16:00 モンテネグロ(40位)○66-49×日本
 
時刻はいづれも現地時間である。
 
今回のコーチングスタッフは、第一戦と第二戦では昨年のアジア選手権の予選リーグを戦ったメンツに近い、若手中心で運用し、第三戦は逆にベテラン中心のメンツで運用した。それで千里・玲央美・亜津子・王子の4人は第一戦・第二戦でのびのびと戦った。ベラルーシが、かなり本気だったので第一戦を落としてしまったものの、感触は悪くなかった。第三戦では出番が無かった。
 
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3日目の試合が終わった後、千里と玲央美は亜津子の部屋で密談をした。
 
「どうもハイネン監督はベテラン中心の起用を考えているみたいだからさ、それに対するレッドベアさんたちのアピールなんじゃないかね、今回の選手運用は」
と亜津子は言った。
 
「名前の通っているベテラン中心に起用しろというのは、“あの”あたりからの圧力だよね。多分ハイネンを選んだのは、そういう圧力に応じてくれる人だからということなんじゃないかと思う」
と玲央美は、政治的な話をする。
 
「いくらベテラン中心であっても、モンテネグロに大敗したのは痛いね」
と千里は玲央美の推測には敢えて反応せずに言った。
 
「試合終了後、エレンさんがかなり悩んでいるみたいだった。あの人、引退を考えていると思う。エレンさんが抜けると、今大会はシューター無しになるかも」
と亜津子が言う。
 
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「今回は私は匙を投げている」
と諦め加減の玲央美は言う。
 
「まあ出番があったら、粛々とプレイするだけかな」
と千里は言った。
 
 
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娘たちのクランチ(4)

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