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貴司は6月7日から10日までの合宿でまた自分の力がレベルアップしてきたのを感じていた。10日には千里の方も女子の合宿でNTCに来たものの何度か視線を合わせただけで特に何も話していない。一度廊下ですれちがいざまにキスしたくらいである!
10日の夕方、食堂でチームメイトと話している千里に手を振って選手村を出る。そしてゲートを出て赤羽駅まで行き、新幹線で大阪に戻った。
自宅に戻ってから、食糧が何もなかったことに気付く。それでコンビニにでも行ってこようとマンションを出て道を歩いていたらそばで車が停まる音がする。
「ね?もしかして貴司君?」
「善美ちゃん?」
「久しぶりね〜」
彼女は中学時代のガールフレンドだが、デートしようとした所を千里に阻止されたことがある。
その場でふたりはしばし車の中と外とで話していたのだが、そこに駐車監視員がやってくる。この通りは駐停車禁止だ。
「すみません。すぐ出します」
と善美は言う。
「貴司君、乗ってよ」
「うん」
それで貴司は善美の運転するジャガーXFに乗ってしまったのであった。
千里たちの国内の合宿は一応20日までで、21日朝にはみんなでバスで移動して成田空港に向かった。21日から合宿の始まる貴司たち男子代表とは入れ違いになる。そしてイスタンブール行き飛行機に乗り込んだ
NRT 6/21(Thu) 13:30 (TK51) 19:30 IST (12h00m)
IST 23:00 (TK2186) 0:05 ESB (1h05m)
ESBはアンカラのエセンボーア国際空港(Esenbogha International Airport)である。ちなみに現代トルコ語のgh(ğ)は「ほぼ無音」である。末尾に置かれた時に直前の母音を長音化するだけである。
飛行機は本当は11:40発だったのが1時間50分遅れで13:30発になったので到着も17:45の予定が19:30になった。国内便も20:00のに乗る予定が23:00になり、到着したのは現地時刻で0:05. 半月前までいた時と同様に6時間の時差があるので到着時刻は日本では朝6時である。みんな眠いので、そのままベッドに直行する子が多かった。
翌6月22日から24日まで市内の中学校の体育館を借りて調整と練習をした。この練習もずっとアシスタントコーチのシリル・デハーネが指導していた。24日の夕方、やっとヘッドコーチのジーモン・ハイネンが現れる。そして最終的な日本代表12名を発表した。
PG 羽良口英子(1982) 武藤博美(1983) 富美山史織(1981)
SG 三木エレン(1975)
SF 広川妙子(1984) 早船和子(1982)
PF 横山温美(1983) 高梁王子(1992) 吉野美夢(1984) 宮本睦美(1981)
C 馬田恵子(1985) 黒江咲子(1981)
「メンバーに入らなかった花園さん、佐藤さん、村山さん、石川(美樹)さんも、練習相手としてこちらに留まってください」
とチームに同行しているバスケ協会理事の鰥臣さんが言うので、亜津子が代表して「はい、練習相手として少しでも力になりたいと思います」と言った。亜津子も玲央美も千里も予想していた選考なので、ショックではあったものの仕方ないという気分だが、美樹はかなりの衝撃を受けている感じだった。
多分王子も落とすはずだったのが、王子を外しては絶対に勝てないと言って、誰かが頑張ってくれたのではないかと千里は思った。その代わりに美樹が落とされたのだろう。
この発表の後で夕食になったのだが、亜津子が千里を捉まえて、話した。
「ね、エレンさんが完璧に思い詰めている気がしない」
「でももう代表は変更できないよね?」
「できない。だからさ」
と言って亜津子はわざわざ耳元に手を丸めて当てていかにも内緒話という感じでその提案をした。
「よし、行こう」
と千里も同意して、ふたりで三木エレンの部屋に行った。
「三木さん、お話があります」
「何?どうしたの?」
とエレンは戸惑うように訊いた。この時エレンは、千里たちが、もうやってられないからすぐ帰国したいとでも言うかと思ったらしい。
しかし亜津子と千里の話はそうではなかった。
「私も花園も、今回の選手選考に全く納得できません」
と千里は言った。
「私も納得していない」
とエレンは厳しい顔で答える。
「私も花園も、三木さんよりずっと力があると思っています」
と千里が言うと、エレンもさすがにムッとする。
「ひよっ子がよく言うね」
とエレンは言った。
「ですから、万が一にでも三木さんが恥ずかしいプレイをしたり、1試合に3本とかもスリーを入れられないようだったら、三木さんがコートから引き返してきた時に生卵ぶつけますから」
と千里は言う。
「私はシュークリーム投げつけようかな」
と亜津子も言った。実は亜津子はシュークリームが嫌いだ!
「ふん。そんな恥ずかしいプレイをする訳が無い。スリーも1試合に5本は入れてやる。それであんたたちが百年経っても私を追い抜けないということを見せつけてやるから、目の玉ひん剥いて、よく見てなよ」
と三木エレンは本当に怒ったような表情で言った。
「お話は以上です。では失礼します」
と千里は言った。
「ああ、おととい来やがれだよ」
とエレンも言った。
さて、一週間ほど前のこと。その日、貴司は善美と一緒に京都市内のシティホテルに来ていた。
しばらく浮気してないし・・・たまにはいいよね?などと勝手な理屈を考えている(先日ファンの女の子と食事したのは浮気にカウントしていない)。どっちみち、たぶん千里以外とはセックスできないだろうから、セックスに至らないことだけすればあまり浮気にならないし、などとまたおかしな理屈も考えている。
その善美だが、ホテルの部屋に入った後「おやつが欲しい」と言ってコンビニで何か買ってくると言い、出て行った。貴司は待っている間に眠ってしまうかもしれないからと言って彼女に鍵を預けた。そして実際問題としてシャワーを浴びてからベッドの上で横になっている内に眠くなってしまった。
阿倍子はその日用事があって京都に出てきた後、遅くなったので神戸まで戻るのもきついし(阿倍子は本当に体力が無い)、泊まっちゃおうと思い、京都駅の観光案内所でホテルを紹介してもらって(阿倍子は楽天トラベルとかの使い方が分からない)そのホテルにやってきた。
生憎シングルは一杯ということでツインのシングルユースで泊まることにする。
部屋に入った後で「あ、ごはん食べなきゃ」と思い、鍵を持って部屋を出た。1階のエレベータを出たところで22-23歳くらいの女性とぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
ふたりとも手に鍵を持っていたのが落ちるので慌てて拾う。それで彼女はエレベータの中へ、阿倍子はレストラン街へ向かって歩いていった。
善美は先日路上で久しぶりに中学の時のボーイフレンド細川貴司に会った。彼は当時から“オカマ野郎”の村山千里と付き合っていたようで、貴司とのデートを阻止されたこともあったがメール交換だけは半年くらい続けていた。
しかし会ってドライブしながら、その後食事しながら話していたら結局その“オカマ野郎”と婚約したというので驚いた。
「貴司って本格的にホモだったのか」
と善美が言うと
「千里は女の子だよ」
と貴司は怒ったように言った。
「性転換とかするの?」
「あいつ少なくとも高校1年の時までには性転換済みだったよ」
「そんなに早く性転換したんだ?」
「戸籍もちゃんと女の子に変更するんだよ」
と貴司が“オカマ野郎”を弁護するように言うので、善美は悪戯心を起こした。言葉巧みに口説いて、貴司と一晩過ごすことを同意させてしまったのである。元々浮気性の性格だし、きっと誘いに乗るだろうと思ったら案の定だった。
それでホテルまで来たのだが、一晩「交戦」するなら腹ごしらえも必要だなと思い、鍵を持って食糧調達に出た。コンビニで色々買う。貴司が用意してくれてはいるだろうけど念のためと思い避妊具も買う。そしてホテルに戻る。エレベータの所で中から出てきた“おばちゃん”とぶつかり鍵を落としたがすぐ拾った。
それで自分たちの部屋がある14階まで戻る。えっと何号室だったっけ?と思い鍵を見ると1423と書かれている。
「こっちか」
とつぶやいて通路の右側に行き、1423号室の鍵を開けて中に入る。
「ただいまあ」
ところが返事が無い。
「シャワーかな?」
などと声を出しながらバスルームの戸を開けるが誰も居ない。
「あいつもどこか出かけたのかな?」
と思い、善美はしばらく待っていたものの、貴司は戻って来なかった。
「逃げたのかな?まあ度胸の無いあいつらしいかもね。まあいいや“オカマ野郎”とお幸せにね」
などとつぶやいたまま、善美はその晩、すやすやと寝心地のよいベッドで熟睡した。途中1度携帯の着メロが鳴ったのには気付かなかった。
阿倍子はホテルのレストランで夕食をのんびりと食べた後、自分の部屋に戻ることにした。自分が泊まった部屋のある14階までエレベータで戻る。
「えっと何号室だったっけ?」
と思い鍵を見ると1417と書いてある。それで案内に従って左手に行き、1417という表示のあるドアを鍵で開けて中に入る。
「ああ、疲れた」
と言ってベッドに腰掛けると、人間の感触があるので
「きゃっ」
と小さく声を揚げる。
「え!?」
と言って起き上がったのが裸の男なので、阿倍子は
「きゃー!人殺し!」
と悲鳴をあげた。
「ちょっと待って。君こそ誰?」
と男が言う。
「さっさと出て行って!」
と阿倍子は言うが
「君こそ何か間違っている。ここは僕の部屋だ」
と男。
「そんな馬鹿なこと無いわ。私、この部屋を借りて、ちょっと食事に行ってきただけなのに」
と阿倍子。
「僕はホテルでこの部屋を借りて1時間前から居るけど」
「嘘つかないで」
などと言い合っている内に阿倍子も男も相手を認識する。
「篠田さん!?」
「細川さん!?」
「なぜ細川さんが私の部屋に居るの?」
「だからここは僕の部屋だって。恋人とデートするのにこの部屋を借りていたんだけど」
と貴司は取り敢えずガウンを羽織って言った。
「・・・ほんとに?」
「篠田さん、本当にこの部屋だった?」
「そう言われると自信がなくなってきた」
そして「あっ」と気付く。
「さっき私、エレベータの所で女の人とぶつかって。お互いに鍵を落としたのよ」
「だったらその時、鍵が入れ替わっちゃったんだね」
「向こうも困っていたりして」
「元は何号室だったとか覚えてないよね?」
「ごめーん。分からない」
「いいよいいよ。彼女の携帯に掛けよう。向こうは僕がデート中に逃亡したかと思っているかも」
と言って貴司は笑いながら自分のスマホを取り出した。
その時、阿倍子は唐突に悪いことを思いついてしまった。
貴司のスマホを取って電話を切り、電源まで切ってしまう。
「何するの?」
「今晩、私と過ごしてくれない?」
「ちょっと待って」
しかし阿倍子は貴司にいきなりキスすると、ベッドの上に押し倒してしまった。
翌朝裸のままベッドの中で目を覚ました貴司はそばですやすやと幸せそうな顔で寝ている阿倍子の顔を見て、参ったなと思っていた。昨夜の阿倍子は物凄く積極的で、貴司が「僕は妻以外とはセックスできないから大きくもならない」と言って、本当に小さいままなのを口に含んで気持ち良くしてくれたし、柔らかいまま強引に中に入れようとしたりもした。実際には圧力の問題で入れてもすぐ押し出されてしまうし、射精もしないのだが、それでもかなりの快感を貴司は感じた。
善美は僕が逃げたと思っているだろうなあ。まあ善美は関わり続けると面倒な事になっていたかも知れないから、このままでいいかな、などとも考える。しかし篠田さんも離婚して1年くらいして寂しかったのかなとも思った。今夜のことはお互い忘れることにして、めげずに頑張ってねとでも言おうかなと貴司は考えていた。
やがて阿倍子が目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう」
と笑顔で挨拶を交わす。
「朝御飯にでも行く?それで別れよう」
と貴司は言った。
しかし阿倍子は言った。
「私と結婚して」
「は!?」