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■春茎(20)
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西湖の学校では今年も4月に健康診断が行われた。身長と体重の測定は毎月、視力検査は毎学期初めに行われるが、4月にはこれに加えて聴力検査・歯科検診、更に内科検診・心電図検査・胸部X線間接撮影も行われる。
去年は心電図検査で焦ったよなあ、などと思いながら西湖はこれらの検診を受けた。昨年、胸にブレストフォームを貼り付けていたことが心電図検査でバレてしまった青島瀬梨香(歌手の田川元菜)は凝りもせずに、ブレストフォームを直前まで貼り付けていたものの、今年は検査を受ける前に服を脱ぐのと一緒に!ブレストフォームを外していた。取り外しに時間が掛かるので少し早めに保険室に入り専用の脱衣所を作ってもらって!前のクラスの最後の方の子たちが検査を受けている間に取り外していたようである。
「おっぱい無いのバレてるのに往生際が悪いね」
と他の子たちから陰口を叩かれていたが、西湖は内心冷や汗を掻きながら、そういう会話を聞いていた。
西湖はふつうに胸に電極を付けて心電図検査を受け、普通に上半身裸でX線撮影を受けた。前後の子たちと上半身裸を曝し合うことになるが、全く何も気にしない。
取り敢えず女の子の身体でいるのは、女子校生活を送るには便利だよな、と思う。しかし次第に自分が男の子だった頃のことを忘れつつあるような気もした。
「あなたひょっとして性転換手術受けちゃったってことはないよね?」
と後日、保健室の川相先生から訊かれた。
「そんなことはないですよぉ。私は男の子ですよ」
と答えながら、かなり後ろめたい。
「だいたい性転換手術なんて受ける時間無いです」
「だよね!忙しすぎる!」
「それと私、もう女の子に対して完全に不感症になっちゃいました」
「ああ」
「少なくとも女の子との恋愛なんて考えられないし」
「男の子との恋愛は考えられる?」
との質問には少し迷った末に
「分からないです」
と答えた。
「まあ無理に男か女かなんて考えずに好きになった人があったら性別関係無く交際して結婚すればいいかもね」
「そうかもですね」
と西湖も答えた。
「でも私、卒業した後、男の子に戻れる自信ないです」
と西湖が言うと川相先生は少し考えてから言った。
「卒業したら正式に性転換手術受けて、女の子になっちゃったら?」
と先生にしては珍しくこういうことを唆す。
「去年1年間の女子高生活の中で何度か考えていたんですけど、私、このまま女でやっていける気がします」
「ああ、それは間違い無くやっていける」
「それに卒業した後で、ごめんなさい。私男でした、なんて言ったら、同級生たちに殺されるかも」
「ああ、それは間違い無く殺される」
と川相先生も言った。
「ということはあなたはもう本当の女の子になってしまうしかないね」
「そんな気がしてきました」
「ちんちん無くなっちゃっても構わないんでしょ?」
と訊かれて
「それはもう少し考えさせて下さい」
と答えると、川相先生は微笑みながら頷いていた。
「聞いた?平野がチンコ切るんだって」
と久彦が言うので、岬はドキッとした。
「なんで切るの?」
と和茂が訊くので
「切るのは医療用のメスかハサミじゃないの?」
と久彦が答えると
「いや、切る道具じゃなくて理由」
と和茂は言う。
「チンコの根本に腫瘍ができてるらしい。チンコの先の方にできたのなら、その先を切れば済むけど、根本だから全部切らないといけないらしい」
「うっそー!?」
と香美が手を口の所に当てて驚いている。
「茜、あんた何か聞いてないの?」
と近くに居る、平野啓太の親友・落合茜に尋ねる。
「ああ、ちんちん切るらしいね。ちんちん無くなっちゃったらもう男じゃなくなるだろうから、スカートをプレゼントしてやるよと言っておいた」
と茜は平然として答えている。
「あんた平気なの?」
「別にちんちんくらい無くなってもいいんじゃないの?私もちんちん無いし」
と言って茜は振り返りもせずに英語の教科書を読んでいた。
啓太が病室に寝て窓の外を見ていたら、クラスメイトの月乃岬が入って来た。
「ああ、月乃か。見舞いに来てくれたの?ありがとう」
「手術は?」
「3時かららしい。もうすぐ手術着に着換えさせにくる」
岬は思い切って言った。
「ね。手術受けるの代わってくれない?」
「はぁ!?」
「平野君、ちんちん切られたくないよね?ボク、ちんちん切られたい」
啓太はしばらく考えていた。
「確かに月乃はちんこ切られたいのかもな」
「ボク、ちんちん切られることにならないかなあと思って、いっぱいそういう事例を昔から調べていたんだよ。平野君の症例って、腫瘍がそんなに大きくないなら、ちんちん全部切らなくても、その部分だけ切って、前後を繋ぎ合わせる治療法があると思うんだ」
「マジ!?」
「だからもっと大きい病院に掛かってごらんよ。絶対別の治療法を提案してもらえるから」
「で、でも、もう30分もしたら俺手術されてしまう」
「だから代わりにボクが手術されるよ。平野君、ベッドの下に隠れておくか、あるいは逃亡するか」
「逃亡しようかな・・・。祖母ちゃんの家にかくまってもらおう」
「逃げるならすぐだよ」
「よし。じゃ後は頼む」
と言って啓太は病衣を脱いで普段着を着て、逃亡していったのである。
岬は啓太が残した病衣を着るとベッドに横になった。
するとすぐ看護師さんが入って来て
「平野啓太さん、手術着に着換えますよ」
と言って、服を全部脱ぐように言う。それで岬が裸になると、看護師は手術着を着せた。
そこに落合茜が入って来た。思わず「え!?」という声を出した。しかし一瞬で事情を察したようである。
「啓太、いよいよちんちん切られるね。感想は?」
「切られたくないよぉ。落合代わってくれない?」
「残念ながら、私はちんちん持ってないからね。誰かちんちんあるけど切られたい子がいたら代わってもらえたのにね」
と茜は言った。
「いったんちんちん切るけど、病状が落ち着いたらちゃんと、ちんちんの再建手術するから安心してね」
などと看護師さんは言っている。
それで“啓太”を装った岬は手術室に運ばれていった。
手術中のランプが点いたすぐ後、啓太の両親が駆けつけて来た。
「遅くなった。凄い渋滞していて」
「手術はもう始まりましたよ」
と茜が言う。
「落合さん、来てくれたのね」
「まあ幼馴染みのよしみで」
「啓太何か言ってた?」
「女になったら、可愛いスカート穿きたいと言ってましたよ」
「そんな冗談言う余裕があるんだ!」
手術は2時間に及ぶ大手術であった。茜は若干の良心の痛みを感じながら啓太の両親と会話していた。
「手術中」のランプが消え、医師が出てくる。
「先生どうでしたか?」
「手術は成功しました」
「そうですか」
「陰茎は全部除去しました。転移の可能性があるので、睾丸および陰嚢の内容物も全て除去しました。あとは化学療法をしながら落ち着いたところで半年後くらいに男性器の再建手術をしますので」
「今はお股はどういう形になっているんですか?」
と茜は質問した。
「尿道口だけが出ている状態ですが、そのままでは尿道口が炎症を起こしやすいので、それを保護するため、一時的に陰嚢の皮膚を利用して女性の陰裂に似たものを形成し、その中に尿道口が開くようにしています。これは実は後で男性器の再建をする時に陰嚢を作るための皮膚を確保しておくためでもあるのですが」
確かに大陰唇と陰嚢は元々同じもので、大陰唇が癒着してしまったのが陰嚢だとは香美が言っていたな、と茜は思い起こしていた。それを左右に分割して折り返して陰裂を作ったのだろう。元の形に戻したようなものだ。
「じゃ、見た目は女の子みたいな感じですか?」
「そうです。でも一時的なものですから。男性器の再建をすれば、ちゃんと普通の男の子と同じ形に戻りますから」
と医師は言う。
「分かりました。でも啓太は子供は作れないんですよね」
とお父さん。
「それは諦めてください」
「お父さん、大丈夫ですよ。子供作れなくなっても、私が啓太君と結婚してあげますから」
「でもいいの?」
「私がそういう約束したら、やっと手術受ける覚悟ができたみたいで」
「そうだったの・・・」
そこにストレッチャーに乗せられた“啓太”が出てくる。茜は『岬ちゃん、女の子みたいな形にしてもらえてよかったね』と心の中で言った。
しかし両親は戸惑うような顔をして言った。
「誰です?これ」
「え!?」
と医師が声を挙げた。
「ねぇねぇ聞いた?」
と言ってきたのは浅井童夢である。
「何を?」
「木村先生の息子さんが連休明けに転校してくるらしい。4年生だけど」
「連休明けの転校って珍しいね。普通は学期の切れ目なのに」
「ちょっと待って。息子さん?」
「男の子が女子校に転校してくるの!?」
西湖もびっくりする。そんなのいいんだっけ?と自分のことは棚に上げて考えた。
「それがどうも半陰陽だったらしいのよ」
「そういうことか!」
「生まれた時にちんちんが付いてたから男の子と思われて、出生届も男の子で出して。名前も男らしい名前だったんだって」
「へー」
「でも実は睾丸が無かったらしい」
「ありゃ」
「小さい頃お医者さんに見せたら『停留睾丸ですね。その内降りてきますよ』と言われたらしい」
「それ藪医者という気がする」
「だけど中学2年生になってもまだ声変わりもしないし、むしろ身体に脂肪がついて女の子みたいな体型になってきたんだって」
「ああ」
「中学3年になるとおっぱいまで膨らんで来たから、大きな病院で精密検査を受けたら、半陰陽で性別自体が曖昧だという判定になったって」
「曖昧なのか!」
「それで家族で話し合って、カウンセラーさんとか占い師さんとかとも話して」
「占い師さんにも相談するの〜?」
「本人も、自分はあまり腕力もないし、可愛いもの好きだし、おっぱいが大きくなってきたのを受け入れているし、白雪姫になりたいか王子様になりたいかと訊かれたら、白雪姫の方に同調するから、女の子として生きていきたいということになって」
「へー」
「それで女性ホルモンの投与受けて受けて充分おっぱいも膨らんで来たところで本人の意志を再度確認して、卒業式も終わった後、手術を受けて、立派な女の子になったらしい」
「手術したんだ?」
「立派な女の子になったって・・・」
「どんな手術したの?」
「そりゃ、ちんちんを取って、割れ目ちゃんとかヴァギナとか作ったんじゃないの?」
「やはりそういう手術か」
「ちんちん取っちゃったのか」
「ちんちん付いてたら女の子水着になれないし」
「アクアはちんちん付いてても、女の子水着になって写真集も出してるよ」
「あれは本当は付いてないというのに1票」
「それで高校には女子として通学したいと連絡したら、男子として合格しているので、今更女子でしたといわれても困ると言われたらしくて」
「なぜ困る?」
「男女別に定員が設定されていたとか?」
「1人くらいどうにでもなりそうだけど」
「それで随分交渉したけど不調で、どうしようと言っていた時に、うちの理事長さんが、それならうちに転校してくればいいと言ってくれたらしい」
「なるほどー」
「だからそちらの学校からS学園に転校ということにして、向こうの学校で4月中に受けた授業数はこちらの授業数に振り替えることにしたと」
「それで転校な訳ね」
「むこうでは男子制服着てたのかな?」
「まさか。女子制服着てたんじゃないの?」
「でも短期間に女子制服をまた作らないといけないなんて大変ね」
「ほんと。制服って高いのに」
「それ戸籍の性別は?」
「手術が終わった所で性別訂正の申請を家庭裁判所に出したって。たぶん2〜3ヶ月で認められるだろうという話」
「じゃ戸籍上の性別はちゃんと女の子になるんだ?」
「現時点ではまだ男だけどね」
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