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■春枝(1)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-07-08
2019年4月2日から8日まで辰巳国際水泳場で日本選手権に参加した青葉は金メダル2つと銀メダル2つを取り、世界選手権の代表に選出された。そして日本選手権が終わった後はそのまま東京北区のNTCに移動して、代表合宿に入った。
それで結局彪志とは会えないままである。
青葉は昨年もジャパンオープンの後、そのままNTCに連行されたなと思い出していた。この後の合宿は、4月下旬から5月上旬に掛けてオーストラリア遠征、6月にはヨーロッパ遠征を経て、7月の世界選手権に参加する。7月までは全く休み無しである。卒論も書かないといけないのに!
取り敢えずK大水泳部のほうも、部長には任命されているものの、ほぼ放置である。色々な大会に参加するようだが、青葉はとてもそちらには参加出来ない。
「全国公とインカレ本番には参加してよね」
と副部長の杏梨から言われる。
「世界選手権で充分な成績を出せなかったということで7月いっぱいで引退しようかな」
「世界大会で恥ずかしい成績を出したら罰金100兆円だからね」
「何それ〜」
「金メダル5個くらい取って帰国してね」
「私がエントリーする種目は4つなんだけど?」
青葉が日本選手権をやっていた最中の4月6日、世田谷区経堂の桃香と千里(千里1)が早月・由美と一緒に暮らす1Kのアパート(とても3月に500億円納税した人の住まいとは思えない)に、千里の両親が玲羅と一緒に訪問してきた。そして千里の父・武矢は、千里を2012年に勘当していたのを解除すると言った。そして武矢はこの13年間、自分の学資を支援してくれたことに感謝すると言った。
武矢がこの時期にわざわざ千里の所まで来て勘当を解除すると言ったのは、元々武矢は勘当して数ヶ月もしない内に(丸山アイの工作もあり)千里を許すつもりになっていたのだが、意地っ張りなので“振り上げた拳を降ろすタイミング”を失ったままでいたということ、そして学資の支援のことを知ったこと、そして千里に子供ができたと聞き、孫の顔を見たかったこと、そして秋に結婚する玲羅の結婚式に千里に出てもらうために勘当の解除が必要だったことであった。
しかし実際アパートに来てみると子供が2人いる。
「えっと、どちらがお前の子供だっけ?」
と武矢は尋ねた。
玲羅が説明した。
「そちらの大きな子は早月ちゃん、千里姉ちゃんを父親とする子、そしてベビーベッドに寝ているのは由美ちゃん、千里姉ちゃんを母親とする子」
「お前、父親と母親の両方になったの!?」
と武矢は驚く。
「まあその辺の経緯はあまり簡単には説明する方法が無いよな」
と桃香も言っていた。
千里と和解した武矢はその後、千葉に移動して、川島家も訪問した。武矢は康子にこれまで不義理をしていたことを詫びて今後は千里ともちゃんとやっていきますのでと言った。そして信次さんに生前にご挨拶できなくて申し訳なかったと詫びて、仏檀に線香をあげた。
武矢たちは千葉市内のホテルに2泊して4月8日北海道に戻ったが、東京駅の東北新幹線乗り場で3人を見送った後、千里は桃香に
「急用が出来たから先に帰ってて」
と言い、東海道新幹線に乗り込んだ。
入場券で入っているので、そのまま東海道新幹線乗り場にも移動できるのである。
車掌が回ってきたタイミングで千里は岡山までの切符を買った。
千里自身は岡山に何があるのか知らない。
目的も分からないまま千里(千里1)がこのような行動を取ったのは、携帯ストラップに擬態している《やまご》からの指示である。
まだ“思念による会話”をする能力を回復させていない千里1のために羽衣が付けてくれている眷属で、千里にメッセージを伝えたい人は《やまご》に伝えると、それを《やまご》が千里だけに聞こえるように伝達してくれるのである。千里の眷属たち、それに羽衣や天津子に青葉、更には千里2・千里3まで!このルートを利用して千里1に必要なことを伝えている。
岡山で降りた千里1は《やまご》の指示に従い、ANAクラウンプラザホテル岡山内のレストランに入った。向こうで手を振る人が居る。千里の顔が弛む。会釈してその席に行く。
「お久しぶりです。お身体の調子は如何ですか?」
と千里が訊く。
「まだこうやって車椅子で出歩かないといけないけど、何とかかな」
と菊枝が答える。
東京まで行くだけの体力が無いので岡山で千里と会うことにして、妹さんにここまで付き添ってもらったのである。妹さんは少し離れたテーブルに控えている。千里の呼び出しは、ルートを持っていると聞いていた天津子に頼んだ。天津子が電話せずにわざわざ《やまご》を使ったのは千里の霊的な感覚を少しでも刺激するためである。
「千里さんさあ。そろそろ復活してくれないかなあ。千里さんが稼働してないと、私まで仕事がやりにくいんだよ」
と菊枝は言った。
「復活!? 何のことでしょうか」
菊枝は千里に言った。
自分でそのこと自体忘れてしまっているかも知れないけど、千里は本来物凄い霊的なパワーを持っているはずだということ。菊枝自身が瀕死の重傷を負った時と同じ事故でその能力を失っていたが、もう既に回復しているはずだということ、千里は後は自分に能力があることを“思い出す”だけでその能力を使えるようになるはずだということ。
そして菊枝は自分の数珠を使って、千里の魂の中に沈んでいる“鈴”を刺激した。すると確かに千里は心の中に何か輝くものがあることを認識した。
「自分がいちばん輝いていたと思う時代を思い出すといい。そこにきっと千里さんの霊的な力の《鍵》も眠っているから」
「輝いていた時代・・・・」
「あんた、バスケット選手でしょ? 日本代表にもなったんでしょ?」
「それは過去の栄光だよ」
「だったら、バスケットやってみるのもいいんじゃない?」
「・・・・。私、また昔みたいに作曲ができるかな?」
「力を取り戻せばできるだろうね」
千里1は高校時代、インターハイやウィンターカップに向けて日々物凄い練習をしていた頃のことを思い出していた。
菊枝と千里がレストランで会話していた時、レストランに入って来た老齢の男性が
「高井さん!」
と声をあげてこちらに近づいて来た。
菊枝は“高井厨人”の名前で霊能者として活動している。
「お久しぶりです。緑川さん」
「こちらに出て来られたんですか?」
「どうしても外せない用事があったもので」
「よかった。実は困った案件があったのですが、高井さん、お怪我でまだ高知市周辺からは離れられないということだったので」
「何かありましたか?」
「実は今度買った土地に何か変な因縁があるのではないかと地元の易者が言いましてね。実際、そこに新たな営業所を作ろうと工事を始めてから怪我人が続出していて、工務店側が違約金払うからキャンセルできないかと言ってきて」
「私の手に負えるかどうかは分かりませんが、取り敢えず見ましょうか」
菊枝の妹でドライバー役の萩乃さんが近づいてくる。千里は
「では私はこれで」
と言って帰ろうとしたが、菊枝は引き留めた。
「千里さん、私の仕事ちょっと見て行きません?」
この時点では千里に“霊的な作業”を見せることで、千里の霊的な能力を刺激できるだろうと菊枝は思ったのである。
それで菊枝のタントの後部座席に緑川さんと千里が乗り、現場に向かった。(菊枝が座る“ウェルカムシート”は助手席として車内に収納される)
菊枝は現場に来てみてギョッとした。
『こいつは手強いぞ』
と思う。その土地に2匹の妖怪が陣取っているのである。かなり強そうな妖怪なので絶対に目を合わせないようにする。大怪我する前の菊枝なら何とかなったかもしれないが、今の菊枝では厳しい。
『こんなのを今処理できそうなのは、瞬法さんか、あるいは青葉だけど、瞬法さんはいつも忙しいし、青葉も7月までは時間が取れないと言っていたな』
と思う。
(長谷川一門のBig3の中で、瞬法は法力1番、瞬高は知識1番、瞬醒は修行1番)
天津子や羽衣にもできるだろうが、他派の霊能者の力はできたら借りたくない。
取り敢えず妖怪の動きを封じておいて、青葉か瞬法か、どちらかの時間が取れた時に来てもらって、処理してもらうかなどと考える。
その時だった。
「ここ何かあるんですか?」
と言って後部座席から降りてきた千里がその土地を見た。
そして千里が見た途端、妖怪が2体とも一瞬で破砕されてしまったのである。
嘘!? 何今のは?まさか**の法? なんで“今の”千里さんがそんな凄い術を使えるの!?と思った。
(実際には千里1がコントロールを失っているので瞬嶽が千里の身体にコピーしている術が勝手に起動してしまうのである。武器庫のドアが開いていて起動スイッチも野ざらしになっているような状態なので、実は危険きわまりない)
「あれ?」
と緑川さんが言った。
「何か雰囲気変わりました?」
菊枝は平然として言った。
「処理は終わりました。もう事故は起きませんから、安心して工事してくれるように、工務店の方におっしゃってください」
そして言いながら、不思議そうな顔をしている千里を見て思った。
『この人実はもう回復してるんじゃないの〜〜?まだ回復してないふりをしているだけだったりして!??』
4月5-7日にアクア(龍虎)は都内のスタジオで北里ナナ『招き猫の歌/白雪姫』の歌唱録音をしていたのだが、その日程で今井葉月(西湖)はプーケットに行き、彼(彼女?)として初の写真集を撮影することになった。
付き添いは最初桜木ワルツが行く予定だったものの、自身の番組出演が入ってしまい、誰も空いていないので、結局、まだ入社半年ほどの原田友恵が付いて行くことになった。
HND 4/4 0:05(NH849 787-9)4:35 BKK 7:40(TG201 747) HKT
4月4日、葉月は月原に送ってもらい、さいたま市でアクアと一緒にバイクの練習をしていたのだが、帰りは山下ルンバが車でまずはアクアを夕方からの仕事現場に連れて行った後、そのまま葉月を羽田に連れて行った。一方の原田は事務所で預かっている鍵で用賀のアパートから葉月の着換えを取ってきて、羽田で落ち合い、一緒にタイに渡航する。ルンバは葉月のアパートの鍵を原田から受け取り、バイクスーツなどをアパートに置きに行く。洗濯物が溜まっていたので(忙しいから仕方ない)コインランドリーに持ち込んで洗濯乾燥を掛けてあげた。
なお、撮影に使用する葉月の衣装は予め川崎ゆりこが選んで現地に郵送している。今回は衣装を選んだのが、ゆりこであるというのがポイントであった!
羽田ではチケットを念のためパスポートと見比べる。
「Seiko Amagi Sex:F Age 16 間違い無いね」
「そうですね」
葉月はパスポートの性別がFなのはもう気にしないことにした。取り敢えず自分の身体も暫定的にFになっているし!
むろん出国も何も問題無くスムーズに行く。
機内ではぐっすり眠っていく。睡眠不足で疲れたような表情になるとまずいので、ここは寝るのも仕事の内である。バンコクのスワンナプーム空港で早めの朝御飯を食べるが、プーケットへの国内便の中でもひたすら寝ていた。
現地に着いてから顔を洗い、美容液パックをしてメイクをし、初日の撮影に入る。撮影してくれるのはアイドル写真を多数手がけている田中麗華さんである。葉月は2年前にアクアさんの写真集撮影でもここに来たよなあ、と少し懐かしい気分だった。あの時は無茶苦茶忙しくてダウン寸前だったと思ったが、今回もかなりハードスケジュールだった!
パトンビーチ、カロンビーチなどの砂浜での撮影が続く。撮影は基本的に様々な服で撮影しては水着でも撮影する。
衣装は川崎ゆりこが選んだだけあって、とっても可愛い服ばかりである。水着はかなり布面積の少ないものが多く、さすがの葉月も
「これを着るんですか〜?」
と尻込みするほどであった。
むろん服は全て女物である!
写真家の田中さんはこちらを女の子アイドルと思い込んでいるようだし、どうも雰囲気的に原田マネージャーも葉月を女子と思い込んでいるふしがあった。
だいたいパスポートだって女だったし!
リゾートウェアのような服、マリンルック、学校の制服っぽい衣装、など色々な服を着るが、水着も何種類も用意されている。
ビキニもある!
葉月は2年前のアクアの写真集撮影でもビキニを着ているが、あの時はよく男の子の身体でビキニを着たよなあと我ながら感心する。今は女の子の身体なので安心してビキニを着られるが、こんな写真集出したら、マジで、後から「実は男の子でした」なんて、言えないよぉと思った。
どんどん自分の人生の進行方向が狭められている感じである。
やはりこのまま女の子としてやっていくしかないのかなあという気になってくる。
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