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■春枝(4)
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さて、千里1は4月19日に“ケイ代替”を打ち合わせる作曲家の会合に出た後、信次のムラーノに乗って4月26日まで全国を走り回って、眷属たちとの再会を果たしたのだが、その最中の4月23日に、康子が千里1の携帯に電話をした。
千里1の携帯のバッテリーは切れていた。
これは千里1の通常運転である!
困ったなと思った千里2は自分が持っている千里1の携帯のクローンで電話に出た。
「ああ、千里ちゃん!やっとつながった。実はちょっと高岡の府中さんちに行きたいんだけど、付き合ってくれないかなと思って」
「今日は大丈夫ですよ」
「いつまで大丈夫?」
「明後日からちょっと仕事が入っているんですよ」
実は4月25日から日本代表の合宿が始まるのである。実際に合宿に参加するのは千里3だが、東京以外の場所で“千里”が目撃されるのはできるだけ避けたい。
「ごめーん!」
「でも今日・明日は大丈夫ですから付き合いますよ」
康子は明日24日に新幹線で向かうつもりだったようだが、それでは日程が苦しいというのでこの日の夜、車で高岡に行くことにした。
それで千里2は“アテンザ”を持って来てもらった。
「なんでオーリス使わないのさ?」
「それは“千里はアテンザに乗っている”と思っている人が多いからね」
「要するに工作活動かい!」
「高岡でアテンザに乗った私を見たら、青葉はきっと3番だと思って、松本花子のこととか話してくれる」
「青葉なら水泳の合宿で東京のNTCに入っているけど」
「うっそー!?」
「千里は適当すぎてスパイ向きではないな」
ともかくも、千里2はアテンザに乗って千葉の川島家まで行き、康子を拾った。
「あら、今日はムラーノじゃないの?」
「今日は桃香が使っているんですよ」
「なるほどー!」
「夜間走行になりますから、寝てて下さいね」
そして康子を乗せて、関越・上信越道・北陸道を走って高岡まで行くのだが、康子から言われる。
「今日の千里ちゃん、凄く元気ね」
「あ、ちょっと調子いいみたいです」
「それならよかった」
しかし康子はほとんどの時間眠っていたので、何とか代役がバレずに済む。実際にはこの移動時間帯が試合とぶつかったので、本当にアテンザを運転したのは《つーちゃん》である。
4月24日の朝、高岡の府中家に到着した。
「あれ?、今日はムラーノじゃないの?」
と優子からも言われる。
「ちょっと車の運用の都合があって。それでさ、優子ちゃん、お願いがあるんだけど」
「うん」
「私、明日25日から仕事が入っているから、今日午後の新幹線で東京に戻らないといけないのよ」
「慌ただしいね!」
「それで悪いんだけど、お母さんを帰り東京までこのアテンザで送ってあげてくれない?」
「そういうの大好き!しばらく長距離走っていなかったから頑張っちゃう」
それで千里(千里2)は、優子を車内に入れて、簡単な説明をした。
「この車はディーゼルだから燃料入れ間違わないでね」
「おお、ディーゼル大好き!パワーあるでしょ?」
「うん。凄いパワーだよ。調子に乗って切符切られないようにね」
「気をつける。一応オービス通知アプリは入れてるから」
「白バイもいるからね」
「うん。それが怖い」
などと言ってから、優子は言った。
「こないだ言ったでしょ?4年前に新車を買ったのに、即手放さなきゃいけなくなった車、それが実はディーゼルのアテンザだったんだよ」
「へー、それは偶然だね」
「そうそう。それでヤフオクで売ったんだけど、買い手がちょっと面白い人でさ」
「ふーん」
「てっきり女の人と思ったら、女装のおじさんだったんだよね」
「へー。まあそういう人は最近多いよね」
「女装だから、てっきり男の子が好きなのかと思ったら、女の子の方が好きなんだって」
「性的指向と恋愛対象は別だから」
「本人は“女装してない”と主張してたけど、お化粧して女の服着て、スカート穿いて、下着もパンティーにブラジャーつけてたよ。バストもあったし。ちんちんはたくみに隠していたんだけどね」
「・・・なんで下着まで見てるの?」
と言いながら千里は“すごーく”嫌な予感がした。
「あはは、千里ちゃんだから言っちゃうけど、1晩寝たら買い取り金額割り増してくれるなんて言うからさ、一晩寝ちゃったんだよ。女性と思ってOKしたのに男だったからびっくりした。まあ私は別に男とするのも構わないけどね。タマタマが無いから妊娠させることはないからと言ってた。実際触ったら本当にタマタマは無かったよ。妊娠させることはないから生でやらせろと言われたけど、それだけはダメと言って、ちゃんと付けさせた。遊んでそうだったから、病気もらったら嫌じゃん」
千里の頭の中で、ある人物の顔が思い浮かぶ。
その時、優子がステアリングの所の左レバーに“無事カエル”のストラップがぶら下げてあるのに気づいた。
「あれ?これ私がその時のアテンザに付けてて、うっかり引き渡しの時回収し忘れたカエルと同じのだ」
と優子が言う。
「ねぇ、その買い手って、雨宮とかあるいはモーリーとか言ってなかった?」
「モーリーさんって言ってた!まさか?」
「私がちょうど長期海外出張してた時に、前の車の廃車と新しい車の購入をしないといけなかったから、お友達のモーリーって女装者さんに頼んだんだよ。しっかし、そのついでに売り手の女の子を抱いていたなんて、ふてー奴っちゃ」
「いいよ、いいよ。おかげで割り増ししてもらって、ものすごく助かったもん。しかしこの車を買ったのが実は千里ちゃんだったなんて、凄い偶然だね!」
「優子ちゃんから、彼氏(信次)と車と両方引き継いだ感じかな」
「あ、そうなるかも!」
それで優子は買ってすぐ手放した車を千里が大事に使ってくれているみたいで嬉しいと言い、頑張って、この車で千葉まで走ってくるねと言った、
「頑張りすぎて切符切られないようにも」
「気をつける!今度切符切られたら免停くらっちゃう」
「ああ、それはマジで気をつけよう」
それで千里2は4月24日の午後の新幹線で東京に戻った・・・ことにした。実際は新高岡駅まで優子に送ってもらった後、《きーちゃん》に頼んでフランスに転送してもらっている。
康子は24日いっぱい府中家に滞在して、たっぷり奏音と遊び、25日の昼前に優子に送ってもらって千葉に戻った。優子が運転席に座り、助手席後ろにチャイルドシートに乗せた奏音、そしてその隣、運転席の後ろに康子という配置である。おかげで康子は道すがらずっと奏音のそばにいることができてとっても満足であった。
優子が康子を千葉の川島家に届けたのは25日の夕方である。優子はそのあとアテンザを指定された都内の駐車場に駐めてから新幹線で高岡に戻ったが、この時、うっかりライトを消し忘れていたことに気づかなかった。優子はこれをしばしば忘れて年に1度はJAFを呼んでいる常習犯である。また駐車した時、燃料が10Lくらいしか残っていなかったのだが、それも給油していなかった。優子は普段は給油ランプが点いたあと(トリップメーターをリセットして)30-40km走ってから、そろそろかなと思った時点で給油に行く習慣がある。
さて、西は佐賀県の唐津から東は宮城県の鮎川まで走り回って眷属たちとの再会を果たした千里1は、自分が“忘れている大事なこと”を思い出すには他の人の車ではなく自分の車である場所に行かなければならないと認識した。
それで琵琶湖で12人目の眷属《くうちゃん》とのコネクションも回復させた千里は東京に戻り、ムラーノを江戸川区の駐車場(やっとここを思い出した)に駐め、そこにあったアテンザに乗り換えた。これが4月26日朝10時頃である。
この時点で“ライトは消えていた”。そして燃料計は1/4を下回っていたのだが、自分の記憶を取り戻し掛けていた千里1はそんなこと気にも留めず“車を発進させた”。
そして東北に向かうが、最初のトンネルに入った時、ライトを点けようとして既に点いていることに気づく。あれ〜、私いつからライト点けっぱなしにしてたんだろう?と思ったが、気にしないことにした。千里もライトの消し忘れは日常である!
金華山まで行く中で、八乙女の内、府音・藻江・奈美・浜路・磯子・佳穂の6人と再会し、6つの珠をもらった。湯殿山まで行って車の回送を眷属に頼み、湯殿山のご神体の上で恵姫と再会する。そのあと一緒に月山に登ってここで彼女から7つ目の珠をもらった。
千里1は1人で月山を下り8合目まで来たのだが、8合目の山小屋はまだ雪の中である。
「除雪されてないから、車はここまで持って来れなかった。ビジターセンターの所に置いている」
「さんきゅ、さんきゅ。そこまで行くよ」
それで雪の中を歩いてビジターセンターまで降りて行く。そこの駐車場に駐めてあったアテンザに乗り込むと、羽黒山まで走った。三神合祭殿でお参りしてから、また羽黒山の雪の中に入っていく。
その雪の中に凍っていない滝があった。千里1は服を脱いで滝に打たれた。
冬場(出羽の4月はまだ冬である)の凍結していない滝というのは雪の中にいるのにくらべると充分暖かい。
滝に打たれている内に、いろいろなものが洗い流されていくようで気持ち良かった。
千里1がそれで数時間滝に打たれていた所で、目の前に懐かしい人の姿を見た。
「ご無沙汰しておりました、美鳳さん」
「ご無沙汰、千里。あんた、ちゃんと巫女に戻ったよ」
美鳳に再会したのは4月29日0:00ジャストで、この29日は信次が亡くなってから三百箇日の日であった。
美鳳との再会を果たし、能力を回復させた千里1は帰ろうと思い、羽黒山の駐車場に駐めていたアテンザに戻った。これが4月30日の朝9時頃だった。
エンジンが掛からない。
「あれ〜?バッテリーがあがってる?」
「あ、その車、バッテリーも燃料も切れてるよ」
と眷属から言われる。
「え〜?」
「千里、東京を出た以降1度も給油してないし」
「そういえば給油しなかったな」
「福島くらいで燃料切れランプが点いたけど、給油しなかったし」
「全然気づかなかった!」
「でも湯殿山からビジターセンターまでは動いたんだよ。その後千里もあそこからこの羽黒山駐車場まで動かしていたし。不思議なこともあるもんだと思ったよ」
「むむむ」
「バスか何かで鶴岡まで行って、軽油と新しいバッテリー買ってくるの推奨」
「そうだなあ」
「そのバッテリーあげちゃったの、もう8回目くらいだから、そろそろ限界」
「私、そんなにあげちゃったっけ?」
千里が“誰に”買いに行ってもらおうかなと思っていた時、隣に見慣れたランドクルーザー・プラドが駐まる。そして(千里1にとって)懐かしい人物が降りてきた。
「あっ」
と貴司が声をあげた。
「ごぶさたー」
と千里1は微笑んで声を掛ける。千里1としては、昨年8月に緩菜が生まれた時以来の再会である。もっとも貴司は毎月数回千里に会っている(但し会っているのは千里2や千里3である)。
「うん。ご無沙汰」
と貴司も焦りながら答えた。
「ターちゃん、どうしたの?」
と言って緩菜を抱っこした美映が降りてくる。
「こんにちは、私、中学時代の細川さんの後輩で、川島と申します」
と千里は美映に挨拶した。
「え?」
と言ったまま、美映は千里を睨む。むろん一瞬でただの“後輩”ではないことは察したようである。
「細川君、実はバッテリーあげちゃって。しかもガス欠なの。もし良かったらエンジン起動の電気、分けてくれない?ブースターケーブルは持ってる」
と千里は言った。
「ああ、いいよ。でも今、ガス欠って言った?」
それで貴司はディーゼル燃料を自分のプラドから少し取って分けてくれた上でブースターケーブルで繋いで、エンジンの始動もしてくれた。
それで千里は貴司・美映・緩菜と別れたが、すぐにも美映さんと再会しそうだなと思った。なおこの後、千里1は分けてもらった燃料で鶴岡まで走り、オートバックスで新しいバッテリーを買って交換してもらった。その後市内のGSで給油した。
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