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■春枝(14)

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議長席に就いた町添は3号議案(監査役選任)に行こうとしたが、ここで東郷誠一さんが立ち上がって異論を述べる。TKR合併を提案する1号議案はさきほどの2号議案と一緒に、いったん保留されているというのである。
 
東郷先生の話し方もうまかったので、議場の多くの人が納得し、町添議長も再度議場に掛けることにし、
 
「それでは承認して頂ける方は拍手を」
と言ったのだが、拍手承認方式に東郷誠一さんは反対する。
 
「投票を実施して下さい。会社合併は普通決議ではなく特別決議、つまり採決参加者の3分の2以上の票が必要です。拍手では数が分かりません」
 
町添さんは朝田さんと話し、投票の実施を決めた。この際、更に揉めないように第3号議案も一緒に投票してもらうことにした。それで投票用紙の準備、投票、開票集計で更に2時間掛かることになる。
 
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青葉は株主総会などというものに出たのは初めてだったが「面白ーい」と思っていた。
 

このあたりの流れは、第1号議案の時点で投票に持ち込もうとしても、村上さんは絶対拒否するだろうから、先に第2号議案の役員人事を投票に持ち込んで、新経営陣(計画段階ではライオンペアズになるか鈴木案になるかは五分五分と見ていた)になってから、第1号議案を蒸し返そうと、東郷先生や真の仕掛け人(?)ひまわり女子高一族などは計画していたのである。
 
※ひまわり女子高一族?
2A15 八重龍城(歓喜)232万6000株 (4.65%)
2A16 中村博紀(紫微)231万8200株 (4.64%)
2A17 峰川旅世 3万株(娘の峰川伊梨耶は20万株)
 
投票結果が出たのは17時頃で、TKRの合併は反対52.1%, 賛成は事前投票での賛成者を含めても47.9%で、賛成票は3分の2どころか過半数も取れず、議案は否決されてしまった。
 
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この結果、TKRの合併は実施されないことが決定した。青葉はホッと胸をなでおろした。丸山アイに言われた分の株を買えなかったので、これで合併が実施されてしまっていたら、一生悔やむところだったが、何とかなった。
 
実際には合併賛成票が過半数さえも取れなかったのは、経営陣から排除されてしまった村上・佐田などの旧MMレコード系の株主が意趣返しに反対表を投じたためである。しかし東郷先生たちの動きを知らなかった鈴木一郎∞∞プロ社長や丸花茂行○○プロ社長などは顔が硬直していた。
 

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教室では岬の周囲、啓太の周囲に各々人が集まって賑やかであったが、茜はどちらの会話の輪にも加わらず、英語の教科書を見ながら微笑んでいた。
 
『あの時は大変だったなあ』
と茜は2ヶ月前の騒動を思い起こしていた。
 

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腫瘍の治療のために陰茎と睾丸を除去するなどという重大な手術をした患者が別人だったというのは大騒動になった。
 
事情を聴かれた茜は
「本人たちの利害が一致したから入れ替わったのだと思う。私もびっくりしたけど、それで丸く収まる気がしたから話を合わせておいた。詳しいことは岬ちゃんが意識を回復してから聞いて」
と言った。
 
「啓太はどこに?」
「私は知らない」
 
意識を回復した岬はまず
 
・陰茎に腫瘍があるからといって陰茎を全摘するのはおかしいと思った。化学療法で腫瘍を小さくしていってから最終的には部分切除で済むはず。最悪その部分を切って前後を繋ぎ合わせる治療法が存在するはず。腫瘍が発見されてからそんなに時間が経たない内にいきなり陰茎を全部切断するという治療方針には納得できないと思った。
 
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という点を主張した。医師は素人が勝手なこと言うなと激怒したが、啓太の父は
 
・それは自分も疑問に感じたが、あまりに話がどんどん進んでしまったし、この道の権威だとかいう偉い先生が出てきて、異論を挟むことが出来なかった。手術などという話になる前にセカンド・オピニオンを取るべきだったと今更ながら思う。そもそも、患者の顔を見分けきれなかったのが問題だし、実際の患者の患部を見て、腫瘍が無いことに気付かなかったのもおかしい。この病院には大きな不信感を持つ。自分は岬ちゃんの意見に賛成だ。
 
と主張した。啓太の父から患者の誤認識の問題、腫瘍が無いことに気付かなかった問題を指摘されると、主治医も執刀医も反論が出来ない。
 
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院長と外科部長が呼ばれてくる。
 
院長は、事情を聞いた上で、確かに啓太の父の意見はもっともであると理解を示した。
 
「だけど君はペニスを切られても良かったの?」
と院長が尋ねると
「私は切って欲しかったんです。女の子になりたかったから」
と岬は説明した。
 
「そういうことだったのか!」
と院長も納得した。
 

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急遽、岬の家族に連絡が行く。一方で啓太の行方についてもあちこち照会するがなかなか居場所が分からなかった。
 
その啓太は病院を脱出すると自分の貯金を全部下ろして切符を買い、新幹線に乗って埼玉まで行き、祖母(母の母)の家に駆け込んだのである。話を聞いた祖母はすぐに啓太を腫瘍の治療で定評のある東京都内の大病院に連れて行った。その医師も実際の患部を見た上で
 
「このくらいのサイズならまずは化学療法が第1選択です。それで小さくなった場合は部分切除で済みますし、あまり縮小してくれなかったとしても、そのお友だちが言ったように、腫瘍のある付近だけを切って、前後をつなぎ合わせる手術方法は存在します。ただし、顕微鏡で見ながら尿道はもとより、神経や海綿体内の複雑に蛇行する血管をひとつずつ繋ぎ合わせていかないといけないので、非常に難しい手術で、できる医師は少ないです。そもそも陰茎腫瘍そのものが事例がひじょうに少ないこともありまして。私が知る範囲では札幌の##病院が過去に数例実施していたはずです。その選択になった場合は紹介状を書きましょう」
 
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と言った。
 
それで啓太は当面祖母の家からこの病院に通院し、化学療法を試みることにしたのである。そこまで話が進んだ所で祖母は啓太の両親に連絡した。祖母はこんな人生を左右するような重大な治療をセカンド・オピニオンも取らずに進めようとしたことで、自分の娘(啓太の母)を叱った。
 
「ごめん。何か私もよく分からない内に話が進んでしまって」
と啓太の母も答えた。
 

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話を聞き仰天して飛んできた岬の両親も激怒した。そしてすぐに復元手術をするよう要求した。しかし岬は絶対に嫌だ、このまま女の子のような形でいいと主張した。外科部長と院長が両親に謝罪した上で、陰茎は再接続しても勃起能力を回復するかどうかは微妙であること、睾丸は副睾丸などもろとも除去しているので陰嚢の中に戻しても、機能回復以前に定着するのが困難で、壊死して再摘出になる可能性が大であると説明した。
 
「取り敢えず岬は転院させます。そしてその後の治療に掛かった費用は当然こちらの病院に全額請求しますし、慰謝料もしっかり請求しますからね」
 
と岬の父は言ったのだが、岬の高校生の兄・洋が
「提案がある。聞いて欲しい」
と言った。
 
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それで洋の要求で、岬、茜、啓太の家族(両親と兄姉)、岬の家族(両親と兄姉)が病院の院長・外科部長・主治医・執刀医(大学病院の教授)と一同に会したのであった。この時点では既に埼玉の祖母から啓太はこちらの病院に掛からせるという連絡が入っていた。
 
また切断した岬の陰茎、摘出した睾丸等はとりあえず冷蔵庫で保管している。
 

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そして洋はこの場で、高校生とは思えない堂々としたスピーチをしたのである。
 
・事件の発端は岬と啓太君が入れ替わったことだが、そもそもこの手術の実施には疑問があったし、患者が入れ替わっていることに気付かなかった病院側もお粗末である。更に手術中に患部に腫瘍が無いことに気付かなかったのは重大なミスである。
 
・しかし結果的に啓太君は陰茎を切断せずに済むかも知れない治療法が適用されることになった。また岬は元々陰茎を取りたがっていたので、取ってもらい本人は満足している。
 
「だからこういうことにしませんか?」
と洋は言った。
 
・啓太君はこのまま東京の病院で治療を続ける。治療に長時間かかるなら埼玉の中学校に転校したほうがいいかも知れない。
 
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・岬はこのまま女性のような股間で全く問題ない。
 
・だから岬も啓太君もこのままでよいことにしないか?
 
・つまり何も“問題となるような事件は無かった”。
 

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「岬ちゃんの男性器を切除した理由とかはどうします?」
と啓太の兄・史宏が尋ねた。
 
「うーん。それこそ陰茎腫瘍があったことにしてもいいし、いっそ半陰陽の治療とかだったことにでもします?ここで大事なのは医療ミスだったということにしないことですよ。そうしてしまうと、病院側も大変でしょうし、このことが世間に曝されたら、岬は精神的にとても辛い状況に追い込まれてしまうので」
と洋は言う。
 
「確かに内々に済ませられたら岬にとっても、そのほうがいいね」
と岬の母も言った。
 
「それむしろ半陰陽だったことにしてあげられません?そしたら戸籍も女の子に変更出来るもん」
と岬の姉・梓が提案する。
 
洋の提案に対して、事実を曲げるのはまずいのではないかという意見も出るが、事実をそのまま出すことより、本人たちの幸福を考えるべきだと、岬の兄・姉、啓太の兄・姉は主張し、2人の母たちも同調した。2人の父たち、特に岬の父は反発していた。しかし訴訟などということになり事件が公開されれば誰にもメリットがない、という意見には2人とも反論できず、結局、本当に内々で済ませられるのなら、それでもいいかもと妥協してくれた。
 
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外科部長は院長と視線を交わした上で
 
「すみません。私と院長の2人だけで話したいのですが」
「どうぞ」
 

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10分ほどで院長と外科部長が戻ってくる。
 
「ではこういうことにしませんか?」
と外科部長が言った。
 
「月乃岬さんは半陰陽だったので、本来の性である女性として生活しやすいように、股間の形を調整した。平野啓太さんは別の治療を選択するため東京の病院に転院した」
 
「それでいいと思います」
と洋が言う。
 
「月乃岬さんの手術代も含めて入院費用は全て私が個人的にお支払いします」
と外科部長。
 
病院の負担ではなく個人の負担にするのが、いかにも密約っぽい。実際は院長と折半にするのかも知れない。
 
「平野啓太さんの向こうの病院での治療費もこちらに請求して下さい。全額私がお支払いします」
 
「分かりました」
 
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「それとお見舞金として、月乃さん、平野さん、双方に500万円ずつお支払いしたいのですが」
と外科部長は言ったが、
 
「そのお見舞金は辞退しましょうよ、ね、月乃さん」
と啓太の父が言った。
 
岬の父も少し考えていたが
「うん。その方がいい気がします」
と答えた。
 
「啓太君、そして岬の双方がきちんとした治療を受けられればそれで問題ない気がします」
と岬の母も言った。
 

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「分かりました。それでは見舞金の件は保留させて頂きます。ただ1つ提案があります」
と外科部長は言った。
 
「岬さんは現在一見女性にも見えるような形ではあっても実は男性器の再建手術がしやすいような形にしてあります。ですからよくよく見ると女性の股間としては変なんです。ですから、半陰陽の是正手術ということでしたら、これをもっとしっかりと女性の形に整えるよう、その専門の病院に再手術を依頼してはどうかと思うのです」
 
「そういう病院がありますか?」
 
「射水市に、性転換手術で定評のある病院があるのですよ。そこで掛かる費用も私が個人的に負担しますので」
と外科部長。
 
「おお、それはぜひ」
 

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それで外科部長が射水市の病院に連絡したら、松井医師は
 
「そういうことならすぐ連れてきなさい。速攻で手術して可愛い女の子にしてあげるから」
ということだったので、陰茎と睾丸を電源付きの冷蔵箱に入れたまま病院の車で射水市に連れて行った。
 
すると松井医師はその日の内に岬を手術室に運び込み、陰茎の亀頭を利用して陰核を作り、陰茎皮膚と尿道を利用して膣を作り、また大雑把な疑似陰裂の状態になっていたのも、きれいに普通の女性の大陰唇・小陰唇に作りかえた。
 
これで岬のお股は完全な女性型になったのである。
 
後学のために見学させてくれと言って手術に臨席した岬の最初の手術の執刀医を務めた大学病院の教授、病院の主治医と外科部長も
 
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「美しい!神業だ!」
と言って全員感動していた。
 
結局、岬の陰茎海綿体と睾丸および陰嚢内容物は廃棄されることになる。但し松井医師は、岬の精嚢に残っていた精液と睾丸内部から採取した精子の元となる細胞を冷凍した。
 
「これがあれば将来、岬さんは自分を父親とする子供を作れる可能性があります。但し冷凍保存には年間2万円ほどの費用がかかりますが」
と松井医師は岬の両親に説明した。
 
「その費用は出しますから冷凍保存しておきたいです」
と父は答えた。
 

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