広告:放浪息子-完全設定資料集-ホビー書籍部
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■春枝(8)

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青葉は、その日はぐっすり眠って、翌日は大学に出て行き、オーストラリアで書き上げた卒論のプロットを指導教官に見てもらいOKをもらった。青葉はオーストラリアに行っていた間に、空き時間を使って現地のテレビ局や新聞社に取材して、参考資料を作成しておいた。
 
「君はたくさん海外遠征があるみたいだから、その時、各々の国の報道事情を見てくるのもいいかも知れないね」
 
と資料を見ながら教官も言っていた。
 
5月後半は、大学の講義に出られるだけ出るのと、卒論のラフ作りに作曲と忙しかったので、結局水泳部にはほとんど顔を見せていない!水泳の練習は講義の空き時間に大学のプールでひたすら泳いでいたが、日中はさすがにほぼプールを独占できるのでよかった。授業時間の少ない4年生ならではである。(他の4年生の多くは就職活動をしている)
 
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千里1は5月13日に氷川さんに呼び出されて、早月と由美を連れて神戸のスーパーに行き、そこで実際に子連れで買物をしてから、そのスーパーの宣伝ソングを書く仕事を受けて来た。
 
氷川さんと別れた後、千里は「買物しちゃったしなあ」と言って、桃香に新幹線で高岡の実家に来て欲しいと電話した上で、北陸道を走って高岡に向かった。これが13日午後のことである。
 
千里はノンストップでも平気なのだが、おむつ卒業間近の早月のために途中、賤ヶ岳SA, 徳光PAで休憩して、ついでにジュースを買ってあげた。由美にもたっぷりおっぱいをあげる。それでこの後は高岡北ICまで一気に行ってもいいかな・・・と思っていたのだが、ふと気付いたら金沢森本ICを降りていた。
 
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あれ〜?なんで私降りちゃったの?と思ったが、ここならそのまま津幡バイパスに入って、津幡北バイパスから県道32号を行けばいいなと思う。県道32号は国道8号線と並行して走っており、8号線の混雑を嫌うドライバーが結構利用している。こちらもわりと交通量の多い道である。
 
それで走っていたら、舟橋ジャンクションで左側に進行してしまった。
 
「うっそー!?なんで私こちらに来たの?」
と思う。
 
ここは右側が高岡方面で左側は能登方面(月浦白尾IC連絡道路)である。
 

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「あかん。休憩しよう」
と声に出して言って、狩鹿野ICで下道に降りて、もよりのイオンモールかほく(河北)に行った。
 
車を降り、タンデムのストローラーに早月と由美を座らせ、店内に入っていく。
 
人だかりがしている。見るとアクアがテレビ出演用の衣装のような感じの服を着て立っていて、そばにわりと有名な女性芸能レポーター・Nがいる。そしてアクアの表情を見ると、どうも嫌がっている感じだ。アクアの周囲に彼のスタッフらしき人がいない。
 
千里は近づいて行った。
 
「アクアちゃん、どうしたの?」
「醍醐先生!」
とアクアは助かった!というような表情をした。
 
ふーん。龍虎は私が髪を切ってもちゃんと私を認識できるんだな、と千里は思った。
 
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「あんた誰よ?」
と女性レポーターNが言う。
 
「こちらは作曲家の醍醐春海先生です」
とアクアが千里を紹介した。
 
周囲のギャラリーがざわっとする。
 

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「わっそれは済みませんでした」
とNは謝った上で、
 
「醍醐春海先生ならご存知でしょう?アクアちゃんの本当の性別を」
などと言う。
 
「何の話?」
「この人が、ボクが実は女の子なんじゃないかって、しつこいんですよ」
とアクア。
 
「いまだにそんな人がいるのか」
と千里は呆れて言った。
 
「だって、アクアちゃんってもう高校3年生なのに、まだ声変わりがしてないって、男の子ならありえないし、写真集とかで見るアクアちゃんの体型って女の子にしか見えないじゃん」
とNは言う。
 
「アクアちゃん、毎年お医者さんに身体を見せて性別検査されているよね?」
と千里は訊く。
「今年もされました。あれ恥ずかしいんですけどね」
とアクア。
 
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「医学的な検査でもちゃんと男の子だと出ているから、男の子なのは間違いないよ」
と千里は言う。
 
「それ絶対ごまかしていると思う。医者を買収したか、あるいは替え玉を使ったか」
「あなた、どういう根拠でそんなことおっしゃるんですか?」
と千里はNに少しきつく言った。
 
「この人、こないだから一週間くらいずっとボクに付いてきて、しつこいんですよ」
「それはもう警察に通報すべきレベルだな」
「そういって、やはり性別を誤魔化したいんでしょ?」
 
その時、向こうから桜木ワルツが駆けてくるのを見る。
 
「アクアちゃん、お仕事があるのでは?」
「これからこのイオンモールかほくの特設スタジオで『クイズ・メロディーでドン』の公開撮影があるんですよ」
「だったら行かなきゃ」
「そうなんですけどね」
 
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「醍醐春海先生、お世話になっております。アクアちゃん、遅れてごめん。スタジオ準備できたから行こう」
と桜木ワルツはこちらに声を掛けた。
 
「アクアちゃん、行きなよ」
「はい。では失礼します」
と言って、アクアはワルツと一緒に向こうに行く。Nも行こうとしたが、千里は彼女の腕を掴んで行かせなかった。
 
「本当に警察に通報しますよ」
と千里は厳しく言った。
 
「報道の自由を侵害するつもりですか?」
「一週間もつきまとって、取材しようとするのは、報道という行為を越えてもう犯罪です」
 
「放して下さい」
と言って、Nは千里の腕を振り払うと、アクアを追っていく。しかし10mも行かない内に転んでしまった。起き上がるが近くに居た人が声を掛ける。
 
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「あんた、血が出てるよ」
「え?きゃー。どうしたんだろう?」
「病院行った方がいいかも。それ大きな血管切ってる」
「そうしようかな」
 
千里が近づいて、タオルを渡した。
 
「これで出血している所を押さえた方がいいです」
「ありがとうございます」
と言って受け取り、出血している場所に当てる。
 

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そんなことをしていた時に、警備員さんが巡回してきた。
 
「すみません。近くに病院ありますか?」
とNは訊いている。
 
「ありますが、どうなされました?」
「転んだ時に何かで切ったみたいで」
「それはいけない。取り敢えず医務室で応急手当しましょう」
「助かります」
 
それでNは警備員さんと一緒に医務室に向かったようである。
 
「でも何でしょうね?ガラスの破片でも落ちていたかな?」
と声をあげた男性(?)が言った。 (?)を付けたのは、千里がその人物の性別を判別するのに悩んだからである。
 
「普通に転んだだけのように見えましたしね」
と千里も言った。
 
「何かに足を取られたようにも見えましたよ」
と言っている人もいる。
 
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「そうだ。醍醐春海先生、髪を切られたんですか?」
と声を掛けてきた人がいた。
 
「ええ」
と言って、千里は少し顔を赤らめる。
 
「長い髪でコートを走り回るのが格好いいなあと思っていたんですが」
「すみませーん。少し自分を鍛え直そうかと思って」
「それは期待できるなあ。東京オリンピックに向けて頑張って下さい」
「ありがとうございます。そんなの選手に選ばれたらいいのですが」
「村山選手を選ばないなんてありえないですよ」
 
などと言われて、千里ははにかんだ。ここ2年ほど沈んでいたからなあと思う。むろん千里1は、自分が霊的な能力もバスケットの能力も失っていた間に、千里3が代わりに日本代表を務めていてくれたことは知らない。
 
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「もしかして作曲家でスポーツ選手なんですか?」
と性別の曖昧な感じの人物が言う。
 
「二足のワラジを履こうとして、どちらもまともに履けてない感じですね」
と千里は言った。
 
「いや。それは頑張ってください」
「はい、そちらも頑張って下さい」
「そうだ、握手してもらっていいですか?」
「はい」
 
それで千里はその人物と握手した。
 
なお千里はここのマクドナルドで休んだ後、津幡北バイパスまで戻り、その後は順調に走って、桃香の実家に到着した。
 

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芸能レポーターのNはイオンモールで怪我をして医務室に連れて行ってもらったが、医務室の看護師さんが止血をしてくれたらすぐに血は止まった。
 
「念のため病院に行ったほうがいいですよ。紹介しましょうか?」
と看護師さんは言ったが
「大丈夫だと思います」
と言って、医務室を出る。それでアクアが撮影をしていた仮設スタジオに向かったが、会場の周囲に居たスタッフの中で、厳しい視線の中年女性が寄ってくると
 
「あなたちょっと」
と言われて連れ出される。そして
 
「これ以上アクアにつきまとったら本当に警察に通報しますからね。今日はお帰り下さい」
とかなり強い調子で警告された。その雰囲気が尋常ではないので、この人、もしかして“ヤ”の付く系統の人〜?どこかの姐御さんだったりして?と感じ、さすがに今日はいったん引き上げようかと思った。それで
 
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「今日は帰ります」
と言ってお店を出たが、女性は付いてきて、
「今日はどこに泊まりますか?」
と訊かれた。
 
「和倉温泉あたりに」
と答える。アクアは実は今日は和倉温泉に泊まって、明日は能登島で撮影があるのである。
 
「それはいけませんね。宇奈月温泉になさいなさい。いい所ですよ」
とその人物は言い、Nをタクシーに乗せると、運転士に1万円札を10枚くらい?渡し、
 
「この人を宇奈月温泉までお連れして下さい」
と言った。
 
「分かりました!」
それでタクシーは出発してしまった。
 

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Nはタクシーの車内で「行き先を変更して」と言ってみたが、運転手は「ダメです」と言って、変更を受け付けてくれなかった。それでNも今日はいったん引くかと考え、宇奈月温泉までの道中ずっと眠っていた。
 
それで彼女は自分の身の上に起きたことに気付かなかった。
 
「お客さん着きましたよ」と言われて目を覚ます。温泉が軒を連ねている。Nは「ありがとう」と言ってタクシーを降りる。その時、自分の身体に何か違和感があったが、何だろう?とは思ったものの、深くは考えなかった。
 
近くの温泉宿に入り、宿泊の手続きをする。部屋に案内され、お茶を入れてお茶菓子を頂く。
 
「確かに宇奈月温泉って、いい所だとは聞いていたなあ」
と思い、取り敢えず湯に入ってみるかと思い、お風呂に向かう。
 
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お風呂は別棟ということだったのでそちらに行くが、通路が左右に別れていて、右が女湯、左が男湯である。Nは特に何も考えず右手女湯に行き、少しボーっとした状態で服を脱ぐと、脱衣場から浴室へと移動した。
 
Nがガラス戸を横に開けて浴室に入った時、中にいた若い女性3人がこちらを見てギョッとした表情をすると、次の瞬間
 
「キャー!!!」
 
と悲鳴をあげた。
 
何?何?と思っている内に女性従業員が飛んでくる。
 
「あんた痴漢か?こっちに来なさい」
と言って腕を強く捉まれ、連行される。
 
「痴漢って、何のことです?女が女湯に入って何が悪いんですか?」
「何ふざけたこと言ってる。あんた男じゃん」
「女ですよー」
「だってチンチン付いてるし」
と言われてNは初めて自分の股間を見た。
 
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「うっそー!?」
「うちは痴漢は全部警察に突き出すことにしているから。ここでおとなしくしてなさい。今警察を呼ぶから」
 
と言われて事務室の椅子に座らされた。
 

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翌日、全国新聞の社会面、スポーツ新聞の1面に大きく報道がされた。
 
「芸能レポーターNは男だった!」
「温泉でノゾキをして逮捕される」
「アクアちゃんにしつこくつきまとい。ストーカーの疑いでも取り調べ」
 
などと見出しは語っていた。
 
 
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