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■春枝(3)
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千里は通りがかりのタクシーを停めると自分が道案内して恵比寿のケイのマンションまで行く。そしてヴァイオリンを見つけて政子に渡し、今度はマリのリーフを借りて、彼女をK市にある政子の実家まで送って行った。この日はケイは政子の実家で休憩していたのである。そしてリーフをそのまま借りて埼玉県本庄市の本庄市総合公園体育館まで行った。千里はここで高校3年の時にインターハイを戦っていた。
千里1はここで裁縫に使うような針を拾ったが、千里1はこれは“剣”だと思った。鏡と剣があるなら、どこかに珠があるかも知れない。そんな気がした千里1は、いったんリーフを恵比寿のマンションに返した後、4月20日朝7時、信次のムラーノに乗って東京を出発、全国を走り回った。
最初に4月22日朝、伊勢の二見ヶ浦で《りくちゃん》とのコネクションを回復。他の眷属が単独行動を取る中で常に千里1に付いていた彼と涙の対面を果たした。その日の昼には潮岬で、やはり千里1から常時離れずにいた《たいちゃん》とのコネクションを回復する。夕方には和歌山の加太で《いんちゃん》と、翌23日朝には能登半島の狼煙(のろし)で《きーちゃん》、その日の夕方には新潟の五ヶ浜(能登の五色ヶ浜ではない)で《てんちゃん》、24日の早朝に宮城県の鮎川で《こうちゃん》とコネクションを回復する。
《こうちゃん》は千里1をまるで黙殺するかのようにこの2年間行動していたものの、本当は最も千里1を気遣っていたので、他の眷属が呆れるくらい泣いていた。
更にその日の夕方には愛知県の渥美半島で《びゃくちゃん》、25日の朝には琵琶湖の竹生島で一気に《げんちゃん》《すーちゃん》《せいちゃん》《とうちゃん》の4人とのコネクションを回復。これで千里1がコネクションを回復した眷属は11人であるが、最後の《くうちゃん》のことはこの11人のことを全て思い出した時点で、もう思い出していた。彼のことを思い出すために他の11人全ての眷属とのコネクション回復が必要だったのである。
ところで貴司であるが、チームはひたすら降下の道を辿っていた。一度は大阪リーグで優勝したチームではあるが、2017-18シーズンでは1部リーグ8位で無条件で2部に陥落した。
“サウザンド・ケミストラーズ”小史
2006 MM化学に義邦社長(42)が就任 高倉が部長に抜擢されチーム改革を始める。
2007 船越監督就任。3部優勝
2008 貴司が加入。2部で準優勝。入れ替え戦に敗れる
2009 2部で優勝。1部昇格
2010 大阪総合で準優勝:近畿総合に進出
2013.01 大阪リーグ戦で初優勝
2014夏 義邦社長が病気で倒れる。昌二副社長(65)が経営の指揮を執るが会社の成績は急低下。
2015春 高倉部長が退職。
2015冬 銀行から送り込まれた田中道宗(58)が新社長になる。義邦・昌二解任。
2016.1 レギュラーシーズン終了後、船越監督辞任。選手枠10人に制限。スポーツ手当廃止。練習曜日限定。貴司はアシスタントコーチ就任。
2017.1 1部7位になり入れ替え戦に出るが残留
2018.1 2部陥落。スポーツ特例廃止。選手枠8人に。貴司がヘッドコーチに。
2018.7 田中社長が逮捕され解任。鈴木亭徳(48)が社長に就任
2019.1 2部2位になり入れ替え戦に出るが昇格ならず。
東京地検特捜部が摘発し、上島雷太も連座した不公正な土地取引は新潟県の高速道路予定地や北海道の鉄道建設予定地だったのだが、S代議士らは、同様の手法で四国の高速道路予定地や九州の新幹線予定地などでも土地転がしをしていたことが判明。大阪地検特捜部が関わっていた人たちを大量に逮捕した。(S代議士はこちらでも逮捕された。府議にも逮捕者が出た)
そしてこの事件で、田中社長をはじめMM化学の取締役が3人、2018年7月に逮捕されたのである。逮捕されなくても事情聴取された幹部は多く(東京地検での事件に対してこちらは大阪事件と呼ばれた)MM化学は株式取引が一時保留される事態となった。臨時取締役会で一時的に社長に就任した取締役が更に疑惑濃厚となり、結局臨時株主総会を招集して全取締役が辞任する事態となる。新たに選ばれた取締役の中から、MM化学が2017年に吸収合併していたWペイントの元常務であった鈴木亭徳(48)がMM化学の新社長に就任した。鈴木はWペイントの人脈と取引相手を中心に会社の再建を進めることになったので、結果的には吸収されたWペイントの側がまるでMM化学を救済合併したかのような状況になったのである。このため社内組織や役職者人事も大幅に見直された。社員も500名もの希望退職が募られた。またそれ以外にも年齢の高い社員や営業成績の良くない社員を中心にかなりの退職勧奨が行われた。
時期が時期だっただけにバスケット部は2018-19シーズンにはそのまま参加してよいということになったものの、それ以外のスポーツ活動は全て凍結、事実上の廃止となった。
そして・・・バスケ部の選手で貴司以外の7人が全員、退職してしまったのである!
貴司は鈴木新社長と直談判し、自分が個人的に人を集めて、バスケ部に関する費用も全て自分が負担するから、その人たちをパート名目でいいから雇って欲しいと言った。つまり“社員選手”という資格が欲しいのである。鈴木社長は費用が大して掛からないのであれば、会社の名前を使用するのは差し支えないと言ってくれた。
「ねぇ千里、このチームの活動費を恵んでくれない?」
と貴司は千里に電話して頼んだ(実際に電話を受けたのは千里2)。
「貴司会社やめたら〜?」
と千里は言ったが、結局千里は7人分の給料に相当する“スポンサー料”として取り敢えず今シーズンの分、10月から3月までの6ヶ月分の彼らの給与相当の800万円を拠出してあげたのである。
それで貴司は関西在住のチームOBに声を掛けまくって何とかシーズン開始前に8人の部員を揃えることができ、全員MM化学のパート社員として雇用してもらった。彼らは午前中だけ会社の仕事をして、午後からは府内の体育館で練習をする。結果的には、このチームは昨年までのほとんど練習できないチームよりぐっとレベルが上がった。
もっとも、年齢の高い選手、一時的にバスケから離れていた選手も多かったので、かつて1部で優勝争いをした頃に比べたら実力は比較にもならなかった。しかしこの年はほんとにテンションの高い選手たちが多く、貴司は楽しくバスケをすることができた。
緩菜を出産(?)した後の美映も“球拾い”と称して練習場に姿を見せたが、実は美映はこのチームの中で中くらいの実力者だった。
「奥さん、チームに加入しません?」
とキャプテンの真弓君が言うほどだった。
「それもいいかなあ。でもここ男子チームだからこのチームに入るには性転換しないといけないかな?」
「奥さん、結構男でもいけますよ」
「よし、性転換しちゃおう」
「でも性転換したら監督が困りません?」
「ああ、貴司は多分ホモだから、私が性転換した方が楽しいかも」
「同性愛の傾向は無いよぉ」
「それ絶対嘘。だって自分サイズの女物の下着とか隠し持っていたじゃん」
部員たちが戸惑うように顔を見合わせている。
「それ同性愛ではなくて女装趣味とかあるいは女の人になりたいとかは?」
「ああ、そちらかも知れない。入れてあげると喜ぶし」
「えっと・・・」
実際には貴司のペニスは千里3が結局取り上げたままなので(千里3自身がデートする時だけ戻してあげる)、貴司は普段精巧な疑似ペニスで誤魔化している(ハーネス無しで取り付けられ、またそのまま排尿もできる優れもの)。それで美映が触ってあげても当然勃起などしないし、気持ち良くもない。しかし入れられるのはそれなりに快感を感じるので、美映としては、ちんちん触られるより入れられる方が好きみたいだと解釈している。結果的に美映は処女のままである!
千里3が貴司のペニスを取り上げたまま返してやらないのは、絶対に他の女とセックスなどされてたまるか!というのが理由である。
結局美映はこのチームのマネージャとしてこのシーズンを送ることになる。
緩菜は試合中は“居なくなっていた”ので、美映は安心して試合に参加した。実際にはその時間帯はだいたい千里1(時には千里3)がお世話をしている。
2018-19シーズンはそれで2部Aで優勝したものの、2部B優勝チームとのプレイオフに敗れ、1部への即昇格は果たせず、1部7位のチームとの入替戦に出場した。これが延長戦にもつれる熱戦となったものの、最後1点差で敗れてしまい、今季の1部復帰はならなかった。しかし2部で2位という成績を鈴木社長は評価してくれて、取り敢えず部の継続は決まった。
千里も
「貴司今シーズンは頑張ったじゃん」
と評価して、部員たちの給料分のスポンサー料(1年分1600万円)を2019年度も出してあげることにしたのである。
2019年4月、貴司は鈴木社長に部員たちの今年度1年間の雇用継続を約束してもらった。実際には2人辞めたので、代わりに2人新たに加入してもらっている。美映はこの入れ替えの結果、貴司、真弓主将、竹田に次ぐ“チームNo.4”の実力者となった。
「奥さん、今年はぜひ性転換してチーム加入を」
「ほんとにやっちゃおうかな。誰かちんちんくれない?」
「最近ちんちん無くしたい人が多いからネットで募るとくれる人あるかも」
美映は貴司と話し合った。
「今シーズンこそは頑張って1部に上がれるように、どこか祈願に行こうよ」
「そうだなあ。バスケットの必勝祈願と言ったら、昔出羽三山に行ったことあるな」
「どこだっけ?奈良かどこか?」
「山形県なんだけどね」
「遠いね!」
とは言ったものの、美映は言った。
「連休に旅行がてら行ってこようよ」
「でも今からチケット取れるかな」
「プラドで走って行けばいいじゃん。運転は交代でして」
「それもいいかな」
「渋滞しても、別に構わないし」
「そうだね」
「非常食と飲料水と、簡易トイレも積んでおこう」
「それあまり使うハメになりたくないなあ」
「簡易トイレは男性用と女性用と両方」
「うん」
「それとも貴司も女性用でいいんだっけ?」
「いや、男性用にしてください」
実際には“ちんちん”を取り外してしまうと女性用でないと使えないのだが、ちんちんが無いことは美映には秘密である。
千里は兵庫県市川町に“市川ラボ”と呼んでいる体育館を所有しており、普段ここで“市川ドラゴンズ”と自称するアマチュア(?)チームが活動している。彼らは実は“播磨工務店”として“小浜ミューズタウン”などの開発にも携わっているのだが、彼らの本来の住まいは市川町内にあるアパートである。元々はボロアパートが建っていたのだが、さすがにボロすぎるから新しく改築しようよということになった時、法的な手続きを進めようとしたら、建築会社を持っていたほうがいいということになり、設立したのが播磨工務店である。このアパート建設は結果的に彼らの建築作業のウォーミングアップ代わりになった。
これが2017年のことで、彼らは言った。
「アパート建てるの楽しかった。他にも建てるものない?」
「そうだなあ。じゃ姫路あたりに家を1軒建ててくんない?あまり大きな家でなくてもいいから」
「姫路で貴司さんと一緒に暮らすの?」
と南田兄が訊く。
「あれ?今私姫路って言ったね。姫路に何があるんだろう?」
と千里。
「自分で分からないんだ!」
「千里ちゃんの通常運転だな」
それで彼らは姫路市内に60坪の土地を購入(さすがに土地代だけで3000万円した)、建蔽率60%、容積率180%の土地なので、彼らはここに2018年秋までに敷地面積36坪、3階建て+地下1階(バスケット練習用)で総床面積108坪(地下室を除く)の家を建ててくれたのである(地下は全体の1/3以下なら容積率にカウントされない)。
「楽しかった。今度はもっと大きいの建てたい」
などと言っていたので、彼らを若葉に紹介してミューズタウンの開発をやってもらうことになる。
「でも姫路のおうちは何に使うの?」
「うん。その内使い道が出ると思う」
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