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■春茎(17)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-06-29
4月11日(木).
その日G大文学部の1年生150人(女子58人・男子92人)は午前中普通に授業を受け、午後2時、5号館前に集合した。学校のバスに乗り、G大が所有する研修センターに向かう。バスの座席は指定されていたのだが・・・座席表は無視して適当に座っていた!
明恵はすっかり仲良くなった竹本初海と並んで座り、道すがらひたすらおしゃべりしていた。やがて研修センターに到着する。ここでまずは大会議室に入り、あらためてこの大学での勉強の仕方や様々な特別講座の説明、就職に向けてのガイド、そして大学生活全般に関する注意などがあった。
夕方は交替でお風呂に入りながら空いた時間に食事をしてということであった。浴室は男女とも1度に15人くらい入れるが、クラス単位で区切られ、女子は英文16:00 日文16:30 歴史1 17:00 歴史2 17:30 心理18:00 と指定されていた。なお、男子は8分割になり、16時から20時まで掛かるようであった。
心理は入浴時間帯が遅いので明恵たちは先に食事に行き、その後荷物を割り当てられた部屋に置きに行った。
「ハスキーは何号室?」
「私は406号室。あっちゃんは?」
「私は307号室になってる」
と各々渡された部屋番号票を見て言う。
「じゃまた後で」
と言って別れ、明恵は3階の307号室に行く。
307号室に入り
「こんばんわ。よろしくお願いします」
と明恵は言った。
中にいるのは男子ばかりである。
明恵が入って来たのを見て、裸になっていたのを慌ててその付近の服であそこを隠している子までいる。
307号室のリーダー松本君もギョッとした顔をして言った。
「夏野さん、なんでこの部屋に来る?」
「え?307号室という部屋番号票をもらったのですが」
「見せて」
明恵が見せる。《4319517 夏野明宏 307号室》と印刷されている。
「夏野さんの名前って一見男名前に見える」
「そうなんですよねぇ。これで“あきえ”って読むんですよ。出生届けを出した祖父があまりに達筆な字で書いていたから、恵って字が宏に見えたらしくて」
「それ訂正できないの?」
「20歳すぎたら改名申請します」
「でもこれなら性別間違えられるでしょ?」
「よくあります」
「確か女子の406号は人数に余裕あった気がする」
と言って、松本君は406号室のリーダー、津田良美にメールしていた。
「うん。大丈夫だって。406号に行って」
「はい。ありがとうございます」
それで明恵は4階にあがり、406号に行った。
「明恵ちゃ〜ん、なんで男子部屋に行ったのよ?」
と良美に言われる。
「分かりませ〜ん」
「ちなみに女子だよね?」
「私、男に見えます?」
「女にしか見えないけど」
「後でお風呂で確認出来るね」
と初海が笑いながら言っていた。
そういう訳で、簡単なプリントに回答しておくように言われていたのも記入せずにおしゃべりばかりしている内に6時になるので、みんなでお風呂に行く。
浴室は《加賀》《白山》と名付けられた2つがあるのだが、加賀を男子が、白山を女子が使うことになっている。406号室の子たちはもちろん白山に入る。
脱衣場では結局おしゃべりしながら服を脱ぎ、そのまま浴室に入った。各自髪と身体を洗ってから浴槽に入る。結局またおしゃべりしている。それでそろそろ時間かなと言ってみんなであがり、身体を拭いて寝巻き代わりの体操服に着換える。そして18:40頃に部屋に戻った。
「21時から講習だから、それまでにテストに回答しなきゃ」
という声が出るので各自プリントを取り出して書く。
「1番分かりません」
「それはヴィゴツキーだよ」
「ビゴッキー?」
「そうそう。ビはウに濁点+小さいイね」
「ああ、そっちか」
などと答えを教え合いながらながら全員回答した。
宿題が終わったので、結局そのあともおしゃべりである。ただ雪代や朱美など会話に参加せずに教科書などを読んでいる子もいた。
「夜の講習を始めますので会議室に集まって下さい」
というアナウンスがあるので、全員部屋を出てそちらに向かう。
その時、真希が「あっ」と声を出した。
「どうしたの?」
「明恵ちゃんが女かどうかお風呂で確認するという話を忘れていた」
「あ、そういえば忘れていた」
「ちんちん付いてたっけ?」
「付いてたら気付いたはず」
「明恵ちゃん、おっぱいもあったよ」
「うん。私と同じくらいのサイズだぁと思って見ていた」
「ちんちん無くておっぱいあるなら女でいいね」
「うん、問題ない」
ということで、明恵は女としてお風呂パス?してしまったのであった。
その日は21時から23時まで夜間の講義があり、そのあと部屋に戻って23:30就寝であった。
「おやつを買う場所が無い!」
という声もあったが、しっかりポテチとかチョコの大袋を持って来ている子もいる。
「分けて〜!」
ということで、みんなでシェアして食べた。
翌朝は7時起床で、朝御飯を食べた後、分担して掃除をする。この掃除分担表でも明恵は男子の方に入れられていたのだが、松本君と良美が話し合い、明恵は女子の方に組み替えられた。
10時に退所し、バスで本学に戻った。そして午後からは普通に授業に出席した。
要するにほぼ宿泊することだけが目的のような宿泊研修であった。
そして明恵はこの宿泊研修を女子として無難に過ごすことができたのであった。
クラスメイトたちとおしゃべりしながら、明恵は『何とかなったなぁ。青葉さんに感謝感謝だよ』と思っていた。アパートに帰ってからは《CBF会員キット》に入っている入浴記録票に記入して、ちょとだけ楽しくなった。
週明けには健康診断もあった。
健康診断は脱ぎやすい服装でと言われたので、パンストは避けてソックスにする。ボトムはどちらにしようかと悩んだが、「スカートの方が脱ぎやすいよね?」と理屈を付けてスカートにした。
要するにスカートを穿きたいのである!
あらかじめ健康個人カード(問診票)を書いておかなければならないので記入する。
氏名は戸籍通りに記入するが、ふりがなは「あきえ」と振り、性別は女の方にマークした。
《何か思い悩んでいることはありませんか?》
そりゃあるけど、こんな所に「はい」なんて書いたら、鬱病とか疑われて面倒なことになるので「いいえ」にしておく。
《どこか体調のよくない所はありませんか?》
この手のも「いいえ」にしておく。
問診票を正直に書いたらどういう目に遭うかは、小学生の時に1度体験している。あれは本当に参った。そういう訳で既往歴の類も無しにしておく。
一番下に
「女性の方のみお答え下さい」という欄があり、
・現在妊娠中ですか?または妊娠の可能性がありますか?
・生理中ですか?
という質問がある。どちらも「いいえ」をマークした。
その日は、いつものようにシャトルバスに乗って学校に出て行き、1階ホールに設置された受付で学生証と問診票を提出する。スキャナに読ませる。画面に出た表示と問診票の紙を見比べているようである。
「運動部に入る予定はありますか?」
「いいえ」
運動部に入る人は心電図検査が必須なのである。それをしておかないと大会にエントリーできない。しかし心電図検査は・・・とってもやばい!
「それではこれを持って回ってください」
と言って管理番号がプリントされたカルテを渡された。その管理番号をハンドスキャナで読ませて両者の紐付けをしたようである。
一緒に紙コップを渡されたので管理番号のシールを貼り、トイレ(当然女子トイレ)に入って、おしっこを取り提出コーナーに置いた。
測定室に行き、着衣のまま(靴だけ脱いで)身長・体重・ウェストを測られた。体重は服の分として女子は0.7kg、男子は1.0kg引いていたようだが、人によっては、もっと引かれている人もいた。測定している看護師さんが服装を見て判断しているようである。明恵は他の女子と同様0.7kg引かれた。
女性看護師さんに血圧と脈拍を測られ、続けて採血もされた。別の部屋で視力検査、更には聴力検査もあった。
胸部X線間接撮影に行く。
「妊娠していますか?あるいはその可能性がありますか?」
とあらためて訊かれる。
問診票にも質問項目があったが、念のため確認するのだろう。
「いいえ。その可能性はありません」
と答えた。
「それでは上半身の服を脱いで、ここに身体をつけて下さい」
と男性の技士さんに言われる。技士さんは撮影室?に引っ込む。それで明恵はトレーナー、ポロシャツ、Tシャツを脱ぎ、ブラジャーを外し“完全に裸になって”から機械に抱きつくようにした。準備OKのボタンを押す。
「息を吸って止めて」
「はい。OKです。服を着て退出していいですよ」
と言われたので、“全部着て”部屋の外に出た。
つまりこの方式では、服を脱いでいる間技師さんは部屋の外にいるので、裸を曝さずに済む。なかなか良いシステムだと明恵は思った。
最後に内科検診に行く。
列は男女混合でできている。こういうの別に男女に分けないんだなあと思いながら列に並んでいた。やがて「次の方どうぞ」と言われカーテンの中に入る。女性の看護師さんがいて「上半身の服を脱いでからカーテンの向こうの先生の所に行ってください」と言われた。
それで明恵はトレーナー・Tシャツ・ブラジャー“だけ”を脱いで服を籠の中に入れ、カーテンの向こうの医師の所に行った。
男性の医師である。
平常心で椅子に座る。
聴診器で心音などを見ているようである。
医師は、ここまでの検査データ?もモニターで見ながら
「特に問題はないようですね。もういいですよ」
と言ったので、明恵は礼をして立つと、カーテンのこちらに戻り服を着てから外に出た。すると看護師さんが「次の人」と呼んだ。要するに受診者同士が裸を見ないように制御するので、男女混じって列ができてもいいということのようである。
効率は悪いだろうけどね!
しかし、お医者さんに見せてもバレないって、これ凄いね!と思いながら明恵は一週間前のできごとを思い出していた。
3月23-25日の〒〒テレビの取材旅行は、明恵にとって sometimes girl から always girl に進化する大きな旅となった。それで明恵はその勢いに乗って4月2日、女子用スーツを着て入学式に出たが、全く破綻無く女子を演じることができたので、ますます自信が付いた。
しかし4月11-12日に宿泊研修をやります、という話には不安を覚えた。
先日の旅では2日間にわたって女湯に入ってしまったものの、それは明恵の性別を理解してくれる人達と一緒だった。女性の中には明恵のような“偽娘”をあからさまに嫌がる人もある。今の明恵がそのまま女湯に入ると面倒な事になりそうだ。
いっそ休もうか?
しかし入学早々行事を休むというのはあまりしたくない。
4月3日は午前中、英語と数学の試験、午後からはまたオリエンテーションだった。4月4日には教科書販売があった。必要な教科書を買ってからいったんアパートに戻る。チャーハンを作って食べながらパラパラと教科書を見ていたら、青葉から電話が入る。
「どうも先日はお世話になりました」
「明恵ちゃん、こないだおっぱいが無いのを悩んでいたなと思って」
「あ、はい」
「ブレストフォーム持ってる?」
「いえ」
「無料で使えるようにするから使ってみない?」
「え〜〜?だって高いのに」
「それがモニターで無料で使えるんだよ」
「モニターですか?」
「しっかりした会社だから後から高額の請求書が送られたりすることはないし。新商品の開発中でテスターになってくれる人を探しているんだよ」
「そういうことですか」
「だから、ちょっと明日東京に出てこない?」
「東京に?」
「交通費も出してあげるから。この交通費の分は私のおごり。天狗岩の所でお手伝いしてくれた御礼も兼ねて」
「あ・・・」
「あの時、明恵ちゃんが幸花さんをガードしてたでしょ?」
「よく分かりましたね!」
「そりゃ分かるさ」
と言うが、実は姫様が気まぐれで青葉に教えてくれたのである。
明恵は考えた。
ブレストフォーム着けてたら・・・・
女湯に入っても性別バレないかも!?
それで明恵は
「行きます」
と答えたのである。
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