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■春茎(7)
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2019年3月22日(金).
西湖の学校でも龍虎の学校でも終業式が行われた。そして2人はその日の午後同じ自動車学校の合宿コースに入学した。2人ともまだ18歳未満なので普通免許は取れないのだが、ドラマで使うこともあるだろうしということで、自動二輪の免許を取り敢えず取っておくことになったのである。
2人とも入学の時性別問題で揉めたのだが、男子制服を着ていった龍虎(アクア)は生徒手帳にも男子と書いてあるので無事戸籍通り男子として入学することができた。一方(女子高の生徒なので)女子制服を着ていった西湖(今井葉月)は生徒手帳にも女子と書いてあるので無事パスポート通り女子として入学できた!
宿舎は龍虎は男子なので低層階、西湖は女子なので高層階に部屋が割り当てられた。なお龍虎は1人部屋だったが(特別料金を払って山村が交渉していた)、西湖は普通に相部屋だった。ルームメイトになったのは女子大生だったが、西湖は女性と同室であることに何も疑問を感じず、普通にその部屋で寝泊まりしていた。
2019年3月23日(土).
千里の父・武矢が放送大学大学院を卒業し、この日卒業式を迎えた。
武矢は千里が中学3年生だった2005年秋に乗船していた漁船が船団ごと廃止になり失業したが、新たな仕事を得ることができなかった。武矢は漁船関係以外の資格など全く持っておらず、運転免許は一応持っていてもペーパードライバーで実際には全く運転できない。また船以外のことは全く知識がない上に人とコミュニケーションを取る能力も弱いため、いくつか面接を受けたところでも全部落とされた。船の上では若い船員を叱り飛ばしていればよかったが、人の下で働くのは苦手であった。
武矢は結局失業から1年経った2006年10月、NHK学園に入学した。最低でも高卒の資格くらいは取っておかなければ、仕事がないと考え、一念発起したのである。
45歳にもなって高校の勉強をするというのは、なかなか大変だったようであるが、武矢は頑張り、2009年9月、最短の3年間でNHK学園を卒業することができた。
(定時制は卒業するのに最低4年かかるが通信制の最低年数はその学校による。NHK学園は3年で卒業可能である)
仕事の方は、長年の漁船勤務の体験を活かして、2008年春から高校の講師として週に数回船員の心得を語る講座を持つとともに、老齢の知人がやっていたホタテの養殖の仕事を継承して沿岸の養殖場を船で見て回ったりするようになった。沿岸とはいえ、船に乗ること自体、父は楽しそうであった。
しかし高卒の資格を取った武矢はもっと欲が出てきて大卒の資格まで取ろうと放送大学に入学する。NHK学園は通常放送で受講できるが放送大学はBS放送なので受信設備の投資が必要だったが、千里が用意してあげた。それで武矢は頑張り、人より多い5年半掛けて大学の課程を修了。2015年3月に卒業した。そして武矢は更に欲が出て放送大学の修士課程に進学したのである。そして人の倍の4年掛けてこれを修了。修士の学位まで取得した。
この12年半(高校3年・大学5年半・修士4年)の学費、スクーリング費用などは全て千里が出してあげていたのだが、そのことは内緒である。あくまで母のお給料から払っていることにしていた(高校講師の謝礼は月3万程度で、ホタテ養殖は費用とトントン程度である)。
しかしともかくも3月23日に卒業式があるので、北海道から津気子・玲羅と一緒に東京に出てきた。
留萠 3/22 9:31 - 10:27深川10:49-11:55札幌12:16-15:49新函館北斗16:20-20:32東京
飛行機のほうが楽だと思うのだが、どうも父も母も飛行機が苦手のようなので新幹線を使用した。昼頃出て23時に到着する連絡もあるのだが、遅い時間の到着になると、晩飯が食えないと騒ぎ出すのが目に見えているので朝から出る連絡にした。夕飯を食べるレストランも予約をしておいた。父は子供のように手の掛かる人である。
当日のスケジュールは11時から卒業式(渋谷のNHKホール)、13:45から卒業記念パーティー(新宿のハイアットリージェンシー)で、その間に御飯を食べさせなければいけないという関門が待っている。これも千里は半年前からハイアット内のレストランに予約を入れて確保しておいた。
千里自身は父から勘当されているので行くつもりは無かったのだが、一週間前に母から電話があった。
「千里さ、父ちゃんが大学卒業した時は、会場スタッフみたいな顔して青いバラを渡してくれたでしょ? 今度もそういう作戦でお父ちゃんを祝ってくれない?」
「まあいいけどね。青いバラでも用意する?」
「あれ玲羅から値段聞いてびっくりした。そんな高い花は父ちゃんにはもったいないから、かすみ草か何かでいいよ」
と母は言っていたが、さすがにかすみ草はないだろうと考え、千里は胡蝶蘭を贈ろうと思って花屋さんに予約を入れておいた。
千里1は朝から青系統の訪問着を着ると、予約していた花屋さんに行き、胡蝶蘭の花束を受け取る。そして新宿に向かった。
武矢と付き添いの津気子・玲羅は千里が取ってくれていた渋谷のビジネスホテル(あまり上等なホテルを取るとベッドが柔らかすぎると文句を言う)をチェックアウトすると、タクシーで会場に向かった。迷子になったらいけないから時間の余裕を持って出てタクシー使いなよと千里が言って、タクシーチケットも送って来てくれていた。
タクシーを降りてホールに向かう。入口の近くで白系統の振袖を着た女性が寄ってきて、武矢に
「卒業おめでとうございます」
と言って、赤いスイートピーの花束を差し出した。
「ありがとう」
と言って武矢は無表情に受け取ったが、玲羅は驚いている。父は気付いていないようである。白い振袖を着た千里3は玲羅にウィンクして去って行ったが、母も気付かなかったようである。玲羅はてっきり新宿の方で渡すのかと思っていたので驚いた。
やがて卒業式が終わり、学位記を丸い筒に入れて武矢が出てくる。NHKホールから新宿へはシャトルバスが用意されているので、玲羅と津気子も一緒にバスに乗って新宿のハイアットに移動した。
バスを降りてすぐの所に赤い振袖を着た女性がいて、武矢の傍に寄ると
「卒業おめでとうございます」
と言って青いバラの一輪花束を渡すと、すぐにどこかに行ってしまった。
「何かまた花もらっちゃった。津気子、持っといてくれ」
と言って、無造作に渡す。
「あ、うん」
今度は津気子も千里であったことを認識していた。
「あの子、さりげなく渡すのうまいね」
と津気子は言っていたが、玲羅は腕を組んでいた。
3人で一緒にパーティー会場に入る。大学卒業の時のパーティー(あの時は赤坂のホテルニューオータニ)でもそうだったが、人が多いので3人バラバラになってしまう。
「お父ちゃん」
という声に武矢は振り向いた。
「あっ・・・」
と武矢は声をあげる。
「お父ちゃん、まだ怒っているんだろうけど、お父ちゃんNHK学園から放送大学まで12年半も頑張ったんだもん。凄いと思うよ。卒業おめでとう」
と言って千里1は武矢に胡蝶蘭の花束を渡した。
武矢は黙って花束を受け取った。そして小さく
「ありがとう」
と言った。
そして武矢は言った。
「近い内に・・・また話したい」
「うん」
と千里1は返事をした。
「またな」
と言って武矢は千里1に手を振って花束を持ち、向こうに歩いて行った。
その様子を千里2と千里3と千里iは少し離れた場所から頷きながら見ていた。
2019年3月29日午前中。作曲家協会の会長は定例の記者会見の中で特に上島雷太のことに振れ、謹慎を解除することを発表した。午後には沖縄で上島も記者会見をして、あらためて不祥事の件を謝罪するとともに、活動再開に向けての決意を語った。
3月29日の夜。龍虎と西湖は自動車学校の自動二輪の教習を全て終え、あとは卒業試験を残すだけとなった。
3月30日、ふたりは北里ナナの新曲『招き猫の歌/白雪姫』のPV撮影を行った。
『招き猫の歌』では、黒猫役のアクアと白猫役の葉月でボサノバのリズムに乗って踊るのだが、動きが激しいので、いつものように役割を入れ替えて2度撮影し、つなぎ合わせるというのが不可能である。それで葉月の映像がそのまま白猫役で公開するPVに残ることになった。葉月の姿がPVに残るのは昨年秋のミニアルバムで『1人のアクア』のピアノ伴奏を葉月がした時以来である。
あのPVでは葉月は白いドレスを着てピアノを演奏していたのだが、今回は猫耳も着けて白猫役となった。しかしこの白猫の衣装は身体の線がきれいに出る。むろんバストの所は膨らんでいるし、お股の所はスッキリしたラインである。
しかしアクアのお股もスッキリラインなのを見て、立ち会っていた川崎ゆりこは「すみません。2人にショートパンツを穿かせませんか?」と言った。アクアのお股の形がまるで女の子のように見えるのはNGらしい。
でも男の子のように見えるのもNGらしい!?
(もっとも葉月はアクアのお股が膨らんでいる所なんて1度も見たことがない)
それでアクアは虎柄、葉月は豹柄のホットパンツを穿いた。
でも本当にアクアさんのお股は女の子の形なのでは?と葉月は疑惑を感じた。
c/w曲『白雪姫』では、白雪姫と王子様をアクアが両方演じるという趣向である。これは普段と同じように、葉月をボディダブルにして2度撮影してつなぎ合わせている。
なお普段は衣装は2セット用意するのだが、今回は白雪姫のドレスが超豪華で予算の潤沢なアクアの制作であるにも関わらず1着しか用意できなかった。しかしアクアも葉月も「ボクたち仲良しだから同じ衣装を着るのは全然問題無いです」と言い、衣装を共用した。この衣装は着るのにも振袖並みの時間がかかり、葉月は着付けしてもらっていて、お姫様って大変そう!と思った。
だいたいこの衣装、ひとりでトイレに行けないじゃん!!
武矢の卒業式の一週間後、3月30日(土).
千里1は康子と一緒に、信次の遺品ムラーノに乗って関越を北上していた。後部座席、運転席の後ろにベビーシートをセットして由美を乗せ、その隣、助手席の後ろに康子が乗る。
「だけど千里ちゃん、ほんとに運転がうまいね」
「国際C級ライセンスも持っていますから。条件付きですけど」
「何かそれ凄くない?」
「富士スピードウェイとか、鈴鹿サーキットも走りましたよ」
「すごーい!」
千里は分裂する前に国際C級ライセンス(レース除外)を取得している。その後、千里2が更に規定回数のレースに出場して除外無しの国際C級ライセンスを取得したが、そのことを千里1は知らない。
康子や由美を乗せているので、千里1は2時間程度ごとに休憩を取りながら運転し、夕方頃、高岡市の優子の実家に到着した。
康子は今まで一度もこちらに来ていなかった非礼を優子の両親に謝った。しかし優子は
「それは仕方ないですよ。奏音のことを誰にも言っていなかったらしいし、太一さんに確認してもらったら信次さんったら、奏音を認知した後、転籍して認知したことが普通に戸籍を見ただけでは分からないようにしていたみたいで」
と言った。
「じゃそちらの赤ちゃんは奏音の妹になる訳ですか?」
と優子のお父さんが尋ねる。
「そうなんですよ。信次が遺したこの世でたった2人の姉妹だから、もしそちら様がよければ定期的に会わせて、仲良くしていきたいですね」
と康子は言った。
あの後、信次が優子と別れた後、千里と結婚していたことは話したのだが、詳しい状況を聞いて、優子のご両親はそのことを受け入れてくれた。ただ、話が面倒なので、由美を代理母さんに産んでもらったこと、千里が元男性であることは話していない。千里が由美を産んだことにしておくことにした。
今回は信次の位牌をお寺さんに頼んでもう1つ作ったので、それを康子が持参したのが、実は主目的であった。優子に渡すと優子はそれを抱きしめてから府中家の仏檀に置いた。それで仏檀の前で合掌した。
「千里ちゃん、般若心経を唱えてよ」
と康子が言う。
「私の般若心経は色々問題があるのですが」
「何か変なんですか?」
と優子の父が訊く。
「府中さんちのご先祖様がびっくりして踊り出さないか心配です」
と千里。
「ああ、踊り出したら季節外れの盆踊りということでいいですよ」
とお父さんが言うので千里は
「では失礼します」
と言って、藤雲石の数珠を取り出すと“祝詞風”般若心経を暗誦した。
優子はこれを以前聞いていたので笑いをこらえていたが、優子の両親はポカーンとしていた。しかし暗誦が終わると
「いや、いい供養になったと思います」
とお父さんは言った。
「もしかして神職の資格を持っておられるとかは?」
とお母さん。
「中学から大学院まで12年間巫女をしていたもので」
と千里が答えると
「なるほどですねぇ」
と両親とも感心(?)していた。
「一応神職の講習は受けたので、本当にどこかの宮司に就任することになったら免許を発行して頂けるらしいんですけどね。そういう旨の認定証は頂きました」
「それは神職の免状ではないんですか?」
「私もよく分かりません。でも女性用神職の衣装を着て、他の神社の神事のお手伝いしたことはありますよ」
「それは凄い」
「だから私、今所属しているF神社の副巫女長兼禰宜(ねぎ)らしいです。実態はお祭りの時だけの臨時巫女なのに」
と言って千里が名刺を出すと
「こんな肩書き初めて見た!」
と言って、お母さんは楽しそうにしていた。
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