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■春茎(3)

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8月、鱒渕が久しぶりに§§ミュージックを訪れたら、コスモス社長が
 
「ちょっと、ちょっと」
と呼ぶ。それで会議室に入ったら、コスモスは1枚のCDを再生した。
 
「ケイ先生の作品ですか? 昔風の作風ですが、未発表の古い作品かな?」
と鱒渕は尋ねた。
 
「やはりケイ先生の作品に聞こえるよね?」
とコスモスは楽しそうに言った。
 
「違うんですか?どなたかがケイ風に書いたのかな?」
「これはコンピュータが作曲した作品」
「え〜〜〜!?」
 
「醍醐春海先生と大宮万葉先生が中心になって開発して、鮎川ゆま先生、峰川伊梨耶先生も関わっている」
 
「ケイ先生は?」
「関わっていない」
「へー!」
 
「松本花子の名前は知らない?」
「新進の演歌作曲家さんですよね?」
 
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「これも松本花子作品」
「松本花子ってコンピュータだったんですか!?」
 
「これ秘密ね。演歌が自動作曲しやすかったので、最初まず演歌用のシステムを作ったみたい。ソフトウェアの部品を交換することで、色々な傾向の音楽が作れるらしいけど、これはケイ風作品に特化したシステム」
 
「へー!」
と言ってから、鱒渕はハッとした。
 

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「コンピュータなら、このシステムでケイ先生風の作品を作れば?」
「そう。ケイ先生のゴーストライター代わりになると思う」
「それ凄く助かります!」
 
「ただ、現時点では試作品レベルなのよ。だから実際にコンピュータが作った作品を制作してみて問題点が出たら、それを制作側にフィードバックしていく必要がある。うちでそのアルファテストを引き受けることにした。その作業を水帆ちゃん、やってもらえない?まだアルファ版レベルだからたくさん問題点が出ると思うけど、水帆ちゃんは音楽理論に明るいから心強い」
 
「やります!このシステムを立ち上げる以外、ケイ先生が壊れないようにする道は無い気がします」
 
「サマーガールズ出版の秋乃さんにも話をしている。システム側の担当者で、ひまわり女子高2年A組17番・森野眠美(もりのたみ)さんという人がいるから、その3人でフィードバック作業をして欲しいんだけど」
 
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「分かりました。その森野さんというのは女子高生なんですね?」
「ううん。実は峰川イリヤ先生のお父さんで58歳かな」
「お母さん?」
「お父さん」
 
「なんでお父さんが女子高の生徒なんですかぁ!?」
「これ知らない?」
 
と言って、コスモスは生徒手帳を1冊取り出した。
 
「随分可愛い生徒手帳ですね」
と言って鱒渕は中を見た。
 
「鱒渕さんが入社するより前に引退しちゃったから、知らなくてもしょうがないけど、これ海浜ひまわりちゃんのファンクラブ会員証なのよ」
 
「へー!!」
「ファンクラブ創設した時に、先着3900人だけこの生徒手帳型の会員証を発行したのよね。ICチップ入っているから、登録アーティストをひまわりちゃん以外の子に変更すれば今でも§§ミュージックのファンクラブ会員証として有効。これは再発行用にリザーブしているものだけどね」
 
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「凄い」
 
「だから男の子でもおじさんでも、女子高の生徒手帳がもらえたんだな。その2年A組17番の生徒手帳を持っているから、通称2A17ということで」
 
「あははは」
 

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実際に2A17さんに会ってみると、すごく紳士的な人なので鱒渕は安心した。学校の先生だということだったが、この先生なら生徒から慕われているだろうなあと思った。数学が担当ではあるものの、物理・化学・地学・英語も教えられると言っていた。とても博識な人だったし英語の発音もきれいだった。
 
「でもひまわり女子高2年A組17番なんて名前を使っていたら女性と誤解されたりしません?」
「ボク、中学高校の女子制服もたくさんコレクションしてるよ。200着くらいあるかな」
「・・・・なんかちょっと危ない趣味ですね」
「それを着て出歩くことは娘から禁止されているんだけど」
 
鱒渕は少し考えた。
 
「着るんですか〜〜〜!?」
「仕方ないから室内で着て自撮りするだけ」
 
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「あのぉ、高校の先生をしているのって、まさか趣味と実益を兼ねてませんよね?」
「ボクは女子制服を着るのが趣味なだけで、制服を着ている女子中高生には一切興味は無いよ。ロリコンでもないし」
 
「だったら安心しました」
と鱒渕は答えたが、本当に安心していいのか?と少し不安を感じた。
 

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そういう訳で8月以降、鱒渕の主たる仕事は、ケイのゴーストライター確保から松本花子システム“ケイ風作品版”のテストを兼ねたケイ作品を使用した§§ミュージックの歌手の音源製作に移ったのであった。
 
このシステムがだいたい使い物になるようになった頃合いを見て、風花はマリと話してケイに「作曲禁止」を言い渡した。ケイは4月から8月までの間に既に150曲ほどの作品を書いており、本来のペースの2倍以上の制作で精神的にかなり消耗していた。これ以上書かせたら2度とまともな作品は書けなくなると風花は心配していたので、最低1年くらい休ませようということにしたのである。ただしケイ本人が全然書かないのは嫌だと言うので、月に1曲だけ書いていいことにした。
 
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そういう訳で9月以降の“ケイ”名義の作品はほとんどが松本花子や同時期に本格稼働し始めた夢紗蒼依作品になっていくのだが、鱒渕はケイ本人から頼まれてこの夢紗蒼依から供給された作品に関する処理もおこなった。
 
松本花子が従来型プログラミングでパソコンで動いているのに対して、夢紗蒼依はスーパーコンピュータでディープラーニングを使用した人工知能で動いているというのは、面白いと思った。結果的に似たようなものを作るのにまるで正反対のアプローチがあるもんだなと感心していた。
 
それで鱒渕は結果的にこの2つの自動作曲システム双方に関わることになったのだが、守秘義務を守り、相互に相手の情報を流さないように気をつけた。
 
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ただ鱒渕は困惑した。
 
それは醍醐春海がどうも松本花子・夢紗蒼依の双方に関わっているようなのである。この問題について、鱒渕は(2018年)10月頃、コスモス社長に相談した。するとコスモスはとんでもないことを言った。
 
「松本花子に関わっている醍醐先生は3番さんなのよね。もし醍醐先生が夢紗蒼依にも関わっているとしたら、それは多分2番さんだと思う」
 
「2番?3番?」
 
「醍醐先生って3人居て、それぞれ独立に別々に行動しているから」
 
「うっそー!?」
 
「2番さんはフランスのプロバスケットリーグLFBとアメリカのセミプロバスケットリーグWBCBLを兼任している。このふたつのリーグは季節が違うから両立できるのよね。LFBは10月から4月まで、WBCBLは5月から8月まで。一方で3番さんは日本のWリーグ・レッドインパルスの選手で、主として春から秋にかけては日本代表としても活動している」
 
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「もしかして一卵性双生児ですか?」
「去年の春に分裂したらしいのよね〜」
「人間が分裂するものですか?」
「だってアクアだって3人に分裂したよ」
 
鱒渕はしばらく考えた。
 
「アクアって3人いるんですか〜〜〜!?」
 
「でなきゃ、あの忙しさに耐えられないよ」
とコスモスは平然として言った。
 
「ちなみにケイ先生は10人いるという噂がある」
「あり得る気がしてきた・・・」
 

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ローズ+リリーの10周年記念ツアーは9月8日から10月14日まで行われた。
 
ところがここでまた鱒渕が悩む問題が発生した。レコード会社がこのローズ+リリーのツアーと並行してKARIONのツアーも実施することを決めてしまった。ローズ+リリーのケイは(公式には認めていないが)KARIONの蘭子と同一人物である。KARIONのライブはだいたいローズ+リリーと同じ日に近隣の会場で実施する。ケイは高校生の時にもローズ+リリーのツアーとKARIONのツアーを同じ近くの会場を使うように設定して掛け持ちしたことがある。しかし女子高生の体力と27歳の体力は違う。
 
これは無茶だと思った。
 
どうも★★レコードはおかしいよなあと思いながらも、何か対策が取れないか悩んでいたのだが、そこに丸山アイから「ちょっと話したい」という連絡があった。
 
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「色々お世話になっています。アクアも随分可愛がってくださっているみたいで」
と鱒渕はアイに言った。
 
鱒渕が瀕死の状態から救われたのは丸山アイが研究途中の“何にでも効く薬”のおかげであるのだが、それは鱒渕の知らないことである。
 
「あれ誰があんなの決めたの?ローズ+リリーのツアーとKARIONのツアーの同時進行って?」
とアイは責めるように言った。
 
「すみません。気付いた時にはもう発表されていて。レコード会社の方で勝手に進めてしまっていたみたいで」
 
「そのあたりの営業的な話って、必ず鱒渕さん通すように、氷川さんあたりに文句言っておいたほうがいいよ」
 
「文句言っていいんですか?」
「鱒渕さんが言いにくいようだったら、山村さんから言ってもらいなよ」
 
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鱒渕は少し考えてから言った。
「ちょっと山村に相談してみます」
「うん。それでさ」
「はい」
 
「ふたつのツアーの掛け持ちは絶対無理だから、ケイはどちらかだけに出そうと思う。ローズ+リリーかKARIONか選択するならどっち?」
 
「ローズ+リリーです。これ自分が担当しているから言うわけではないですけど」
 
「よし。ケイはローズ+リリーのライブだけに出してKARIONは欠席させよう」
と丸山アイは言う。
 
「でも欠席させて大丈夫ですか?」
「KARIONのツアーには別のケイを参加させる」
 
「やはりケイ先生って複数いるんですね!?」
 
「まあそのあたりはあまり深く追及しないで欲しいけど、スムーズに2人のケイを動かすために協力してくれない?」
 
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「はい、私ができることなら」
 
そういう訳で、江川詩浮子(しーちゃん)がKARIONのライブでケイの代役をする作戦は、鱒渕の協力によりスムーズに実行されたのであった。
 

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鱒渕は丸山アイからローズ+リリーのカウントダウン・ライブを今年も実施する計画も打ち明けられた。
 
「マリさんが無理です」
「マリちゃんはホログラフィにする」
「もしかして本物のケイさんとホログラフィのマリさんとでデュエットするんですか?」
 
「そうそう」
「でもライブでしょ?ホログラフィだとハプニング的なものに対応できないということはないでしょうか?」
 
「録画したホログラフィならね。やろうとしているのは、現地にマリちゃんも行って、ステージ近くのスタジオで椅子に座って歌唱させて、映像はマリちゃんの顔だけリアルタイムでホログラフィに変換して表示するという方法なんだよ」
 
「リアルタイムのホログラフィ!?」
「Muse-3のパワーがあれば、顔だけならリアルタイムで変換できるらしい」
 
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「凄い!!」
 
と言ってから鱒渕は尋ねた。
 

「その場でマリさんの顔にレーザー光線を当ててホログラフィを生成するんですか?」
 
「まさか。人間にレーザー光線なんて当てたら失明するよ」
「ですよね!」
 
「マリちゃんの映像は様々な角度から多数の普通のカメラで撮影する。その映像からスーパーコンピュータに計算させて、ホログラムの干渉縞を直接生成するんだよ」
 
「そんなことができるんですか!?」
「Computer Generated Hologram. まあスーパーコンピュータのパワーがなければ無理」
「なるほどー」
 
「ダンスなどの身体の動きは予め録画しておいたものから再生する。歌の振付は全部録画パターンを使用するし、MCとかの時の動きは予め録画していた幾つかのパターンから誰かがノリで選択して操作する」
 
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「それはどなたか歌手にやらせた方がいいですね」
「美空ちゃんにしてもらおうかと思っているんだけどね」
「あ、マリちゃんとは仲良しだから、いいですね!」
 
(実際には美空は適当すぎる!ということで本番では小風が操作した)
 

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