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■春茎(1)

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(C) Eriki Kawaguchi 2019-06-15
 
岬は夢を見ていた。
 
五重塔が建っていた。そこに大きなブルドーザーがやってきて、五重塔の下の部分を壊し始めた。やがて五重塔は大きな音を立てて倒れた。その後を多数の土木車両が入って片付けてしまう。
 
車両が去った後には、何もない草原になっていた。その何もない草原を岬はじっと見つめていた。
 

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2018年10月24-25日に学校を休んで人間ドックを受けて来た西湖は診断書を事務所に提出し、その診断書を見た秋風コスモス社長も、桜木ワルツも
「異常は無いみたいで良かった」
と言ってくれた。
 
西湖は婦人科とかまで受診していることに何か言われないかなとドキドキしていたのだが、何も言われなかった。また診断書の性別が女になっていたのも、ふたりは気付かないようであった。
 
週末は北海道に飛び、北里ナナの『シルバークリスマス/風車小屋の娘』のPV撮影をしたが、なかなかハードだった!続いて翌週からはアクア主演の連続ドラマ『少年探偵団II』の撮影も始まる。主演のリハーサル役だから出番も多く、たくさんセリフを覚えなければいけないので大変なのだが、このドラマは出演者の多くが中高生なので、学校が終わった時刻から放送局に入ればリハに間に合う。つまり学校を早退する必要が無いのがいいところである!
 
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しかし年末が近づくと、特別番組などの制作が続き、拘束時間も長いので、数日連続で学校を休まざるを得ない日もあった。更に、アクアのミニアルバム、北里ナナのシングル、アクアのシングルとCD発売が続き、更にローズ+リリーのカウントダウンライブのプレ・イベントへの出演があるのでその練習、またアクアのドームツアーが1月1日から始まるのでそのリハーサルと、かなり忙しい日々が続いた。
 

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「今年も年末年始の『お世話になりました/今年もよろしく』のビデオ撮るよ〜」
と川崎ゆりこ副社長が言った。
 
このビデオは§§ミュージックの全タレント出演なので、全員が集まれる時間ということで、どうしても深夜になってしまう。その日は『少年探偵団II』の撮影終了後、桜木ワルツの運転するボルボにアクアと一緒に乗り、スタジオに入った。
 
スタジオに若手マネージャーの具志堅さんがいて
 
「お疲れ様です。これアクアさんの、今井さんの、桜木さんの」
と言って、各々に衣装の入った袋を2つずつ渡してくれた。袋に名前も書いてある。
 
具志堅さんは現在大学4年で都内の芸術系大学に在籍しており、現時点ではアルバイトだが、3月で卒業するので4月からは正社員になる予定である。
 
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「皆さん、先に白い方を着て欲しいんですが、ひとりで着られる方は?」
「この3人は全員自分で着れるよ」
と桜木ワルツが言うと
「それではお願いします。着替えは3Bを使って、白いのに着替え終わったら5Aに集まって下さい」
「了解」
 

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それでアクア・葉月・ワルツの3人は指定された3Bに行く。
 
着換え始めて少ししてからアクアが
「あっ」
と声を挙げる。
 
「どうしたの?」
と桜木ワルツが尋ねる。
 
「ワルツさん、ボクたちと同じ部屋で着換えてよかったんでしょうか?」
 
「ん?何か問題があったっけ?」
「だってワルツさん、女の人なのに」
 
「うーん。。。私は全然気にしないけど。ライブの時なんて男性スタッフのいる場所で下着まで脱いで着換えたりしてるし」
「ライブの時はそうですよね!」
 
「それにここにいる3人は全員女子ではないかという疑惑もある」
などとワルツは言っている。
 
するとそれまで悩むような顔をしていた葉月は
「性別問題はあまり深く追及しないことにしません?」
と言った。
 
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「うん、それでいいね。アクアちゃんは本当は女の子なのに男の子のふりをしているのかも知れない。葉月ちゃんは男の子だった筈だけど実は女の子になっちゃったかも知れない。私は女の子のつもりだったけどひょっとすると男の子かも知れない」
と桜木ワルツ。
 

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「男の子なんですか〜?」
「こないだドラマで男の子役したけど面白かった」
 
「あれ格好よかったです!」
「あれちゃんとちんちんもつけて、ボクサーと男物のシャツ着て演じたんだよ」
 
「ちんちんも付けたんですか!」
「お股にああいうのがあると動きがまるで変わるんだね〜。面白い体験だった」
 
「日本では来月(*1)公開ですけど、既にアメリカでは賛否両論巻き起こっている映画『サスペリア(Suspiria)』で、ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)という女優さんが1人3役やっているんですよ。これが、対立する2人の魔女と、劇団の謎を調査する男性精神科医の役で、その男性精神科医の役をする時は、ちゃんとおちんちん取り付けて男になりきって演じたらしいです。ボク、先日特別に見せてもらったんですが、同じ人物が演じているとは、とても思えない凄い演技でした」
 
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とアクアが言っている。
 
(*1)2019年1月25日日本公開。アメリカでは2018年10月26日に公開された。
 
「1人3役なんだ!」
とワルツが驚いている。
 
「その男性精神科医はルッツ・エバースドルフ(Lutz Ebersdorf)という男性役者名で演じていて、撮影現場で彼が実はティルダ・スウィントンであることに他の役者さんは気付かなかったそうです」
とアクア。
 
「それは凄いですね!」
と葉月が感心している。
 
「全く容貌の違う2人を演じたというと『メリーポピンズ』で煙突掃除人と銀行の会長を演じ分けたディック・ヴァン・ダイクの例もあるし、『さびしんぼう』で富田靖子は全く性格の違う2人の女の子を演じ分けて、指摘されないと1人2役に気付かない人もいた。でも男女双方を演じたというのは凄いね」
 
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と桜木ワルツは言っていた。
 
「でもアクアさんはいつも男女二役やってますよ」
「そういえばそうだ!」
「ボクの1人2役は、どちらもボクが演じていることがみんなに分かってるもん」
 

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3人とも基本的に振袖の着付けは自分でできるのだが、帯はお互いに他の人のを締めてあげた。
 
つまり・・・
 
アクアも葉月も振袖である!
 
が、そのことを誰も問題にしなかった!!
 

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5Aのスタジオに移動すると、もう既にかなりの人が集まっていた。アクアたちの後から来たのはドラマの撮影が深夜に及んで遅れた高崎ひろか、大阪で仕事をしていて新幹線で駆けつけて来た白鳥リズム、そして西宮ネオンだけだった。
 
「ネオン君、まだ来ない?」
「いや30分くらい前に来ていたはず」
「どこに居るんだっけ?」
「彼は2Cで着換えてもらったはずですね。私見てきます」
と言って新人マネージャーの原田友恵が飛んで行った。
 
彼女は音楽系の専門学校を出た後、別のプロダクションに入社したのだが、今年度は上島騒動の余波で音楽市場全体が縮小してしまったので入社後3ヶ月でリストラされてしまった。一時はコンビニでバイトをしていたが、3ヶ月間のマネージャー時代に親しくなっていた河合友里がそのコンビニで遭遇し、「人手が足りないのよ。コンビニでバイトするくらいなら、うちに来ない?」と誘い、§§ミュージックに入社したのである。
 
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「ほんとに人手不足だ!忙しい!」
と悲鳴をあげていたが。
 

ネオンは着替えはしたものの、どこに行けばいいのか分からず、みんなが居そうな場所を探して彷徨っていたらしい。原田が階段で2階まで降りていこうとしていたので、その途中4階で遭遇し、連れてきた。
 
例によって、西宮ネオンは紋付き袴である。
 
「あ、ネオン君は紋付き袴なのに、ボクは振袖だ」
などとアクアが言うので
 
「何を今更?」
「毎年振袖着てるくせに」
「アクアさんはそもそも実は女子ではないかという疑惑がある」
 
などと他の子たちから非難されていた。
 
ちなみに葉月が振袖姿であることは誰も(本人さえも)問題に感じていなかった!
 

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例年通り、最初全員白い振袖(模様は全員違う)を着て
 
『2018年・今年もありがとうございました』のビデオを撮影する。
 
但しこれで引退する桜野みちるだけは特別に桜模様の豪華な加賀友禅の振袖を着ている。アクアが着ている豪華な振袖より更に高価な品である。
 
このビデオの出演者は13人である。
 
桜野みちる、アクア、品川ありさ、高崎ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、花咲ロンド、石川ポルカ、白鳥リズム、桜木ワルツ、今井葉月、川崎ゆりこ、秋風コスモス
 
例によってゆりこがピアノを弾き、コスモスが指揮棒を持つ。
 
昨年の年末もこの同じ13人で撮影したが、今年は桜野みちるは特別に10秒の枠をもらい、2010年にデビュー以来の9年間の応援に感謝しますとメッセージを述べた。
 
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続いてお着替えタイムとなり、みちる以外、全員青い振袖に着替える。スタジオでそのまま着換えるので、男性の西宮ネオンはいったん2階の控室に戻っていた。
 
アクアや葉月が他の子たちと一緒に着換えていることは誰も問題にしない!
 
むしろアクアも葉月も早く自分の着換えを済ませて、自分で振袖を着られない子の着換えを手伝ってあげていた。
 

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全員着替え終わった所で西宮ネオンを呼んできて撮影する。
 
『2019年・今年もよろしくお願いします』のビデオは下記15人で撮影した。
 
アクア、品川ありさ、高崎ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、花咲ロンド、石川ポルカ、白鳥リズム、原町カペラ、桜木ワルツ、山下ルンバ、桜野レイア、今井葉月、川崎ゆりこ、秋風コスモス
 
桜野みちるが抜けて、原町カペラ(ロックギャルコンテスト2018優勝者)と研修生から昇格する山下ルンバ・桜野レイアの2人が加わる。
 
この時初めて桜野レイアが桜野みちるの妹ということを知った子も多く
 
「そうだったんですか!?」
 
と驚いていた。彼女は本名の羽藤玲香あるいはステージネームのレイアで§§ミュージック内では知られていたので、姉妹であることに多くの人が気付いていなかったのである。
 
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「似てない姉妹だって小さい頃から言われてた」
とレイアは言っていた。
 
「ついでにレイアの方が姉と思われる」
とみちる。これはレイアの方が身長が高いからである。
 
「お姉ちゃんが中学に入学する時、制服の採寸に一緒に付いて行ったら、入学するのは私かと誤解されて私が採寸されそうになった」
などとレイアは言っている。
 
「でも妹と思われて得することもあった」
とみちる。
 
「ちなみに兄と妹と思われることもよくあった」
とレイア。
 
レイアはショートカットだが、みちるはセミロングである。レイアは昔から髪は短くしていたらしい。バレー選手だったのもあるのだろうが。
 
「ああ。最近はスカート穿く男の子も結構いるよね、とか言われてたね」
とみちるが言うのを聞いて葉月はドキドキしていた。
 
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なお、“2018年末”で使用したピアノは2018年初と同じYamahaのS6Bで、“2019年初”のビデオで使用したのは、スタインウェイ A-188 Parlor Grand Piano である。S6B(212cm)より小さい188cmなので、安いのを使ったように見えたかも知れないが、S6Bが500万円なのに対して A-188は1000万円で値段は倍する!
 
コスモスが使用する指揮棒の色は“2018年末”では銀色のものを使用したが、“2019年初”では桜色のものを使用した。これは引退する桜野みちるへの敬意を込めて選んだものである。
 

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