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■春茎(18)
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明恵はすぐにバスで金沢駅に急行し、16:47の《かがやき512号》に飛び乗った。19:20に東京駅に到着、待ち合わせすることにしていた八重洲口に行くと青葉がいたので会釈して寄っていく。
「東京へは音楽関係のお仕事か何かで出ておられたんですか?」
「ううん。今辰巳国際水泳場で日本選手権やってるから。明日だけ競技が無いんだよね。それで付き合ってあげられるなと思って」
「わっ忙しい時にすみません!」
「これ往復の新幹線代ね。ホテルも取っておいたから。これクーポン」
といって、現金の入った封筒と旅行会社のクーポンをもらった。
「ありがとうございます!」
それでタクシーでそのショップに行った。タクシー代は青葉が出そうとしたのを制して明恵が払った。
すぐに採寸される。寝ている状態、立っている状態、そして胸の付近だけ穴が開いている特殊なベッドで俯せになった状態で3Dスキャンされた。また肌の色を特殊な機械で何ヶ所も測定していた。照明も蛍光灯・LED・疑似太陽光など何種類も変えていた。冷たいタオルを当てて冷やした状態の肌の色を見、更に熱いタオルを当てて暖かくなった状態の肌の色も検査していた。この肌の色チェックだけで1時間くらい掛かった。
「バストサイズはどのくらいにしますか?」
「どーんとGくらいにする?」
「Aでいいです!」
「それは小さすぎるよ」
シミュレーターでAAサイズからFカップまでのバストを生成し、VRゴーグルで自分のバストがそのサイズになっているのを見る。
「Bくらいが好きかも」
と明恵は言った。
「まあ女性ホルモン飲んでいたら自分の胸も発達してくるから、最初はそのくらいでもいいかもね」
女性ホルモンか・・・・
その後、接着剤との相性を見るという話でパッチテストを受けたが、どの接着剤も問題は起きなかった。
「しっかりくっつくタイプと肌に優しいタイプと、どちらが好みですか?」
「しっかり付くのがいいです!」
「リアルな感触を優先しますか、動きやすさを優先しますか?」
「スポーツとかしないし、よりリアルなもので」
「それでは明日16時以降なら受け取れます」
「そんなに早いんですか!」
でも助かる〜と思った。オーダーメイドと聞いたのでひょっとして数ヶ月かかるのではと思ったのだが、かなり早いようだ。しかし翌日受け取りというのは凄い。
「3Dプリンタで制作するので早いんですよ。特にこれは開発中のものですし」
「なるほど、3Dプリンタですか!」
最近の技術革新は凄いなあと思った。青葉はこの後練習するからと言うのでそれで別れた。しかし夜中にまた練習?と聞いて、やはり世界選手権でメダル取る人は違う!と、あらためて青葉を尊敬する気持ちになった。
取ってもらったホテル(江東区のビジネスホテル)でぐっすり寝てから翌4月5日の午前中は、せっかく東京に出てきたので、渋谷で少しお洋服(もちろん女物)を買った。お昼はロッテリアで取り、午後は八重洲ブックセンターで本を見た。そして16時に昨日のお店の前で待ち合わせた。
ブレストフォームは出来ていた。中身は実際のおっぱいと感触がよく似ているシリコンゴムを使用し、表面は人工皮膚なので触った感触が本物の皮膚そっくりである。乳首の再現性も高く、触った感じも指ではさんだ感じも、ほとんど本物の乳首と変わらない感じだ。
高そう〜と明恵は思った。
でもモニターだから無料ということである。
内部に熱伝導性の良い物質を混ぜているので体温がそのまま反映される。温度によってブレストフォーム自体の表面の色も微妙に変化するという。また乳首の所に触ると、その刺激がちょうど本物の乳首にも伝わるようになっており、触られるとくすぐったかったり、あまり強くいじられると痛いですよと言われた。
これだったらおっぱいの触りっこしてもバレないかも、あるいは男の子とHなことしてもバレないかも、などと考えたりする。男の子とのHはちょっと興味あるが、さすがに性転換手術とかしないと無理だろうなとは思う。
持ってみると結構重いので、こんな重いのが接着剤くらいでちゃんとくっつくだろうか?落ちないだろうか?と不安になった。
上半身裸になり、アルコールで身体をよく拭かれる。胸の付近にアンダーコートのスプレーをする。アンダーコートは接着力を高める効果と皮膚がかぶれたりしないようにする効果を兼ねているらしい。そしてその上に専用の接着剤でブレストフォームを貼り付ける。
「重い」
「その重さに慣れて下さいね。腕立て伏せとかして筋肉を鍛えた方がいいです」
「頑張ります!」
完全に自分の肌の色で作られているし、端は物凄く薄くなっているので自分でも境目がよく分からない感じであった。しかし乳房表面に触ると本当に自分の胸が触られている感覚なので凄い!と思った。
「このままお風呂に入ってもいいんですよね?」
「お風呂に入ること自体は全く問題ありません。ただ自宅のお風呂とかなら問題ありませんが、男性器の付いている方が公衆浴場や旅館の大浴場の女湯に入ることは犯罪になる可能性がありますので、それだけはご遠慮下さい」
とお店の人は釘を刺している。
「どのくらい付けたままにしていいんですか?」
「基本的には朝つけて夕方は外した方が皮膚のかぶれとか起きにくいですが、旅行の時とかは2〜3日貼り付けたままでもいいですよ」
「分かりました!」
「連続使用する場合でも、夜中とかにいったん外して装着面をアルコール消毒した上でまたアンダーコートをスプレーし、貼り付けた方がいいですけどね」
「なるほど」
「ずっと貼り付けっぱなしの人知ってるけど」
と青葉が言う。
「それはお肌にはあまりよくないですけどね」
とお店の人は言っていた。
その後、早めの夕食を一緒に取り、そのあと金沢に帰還した。
東京19:24(かがやき517)21:54金沢
終点の金沢駅で降りてから表口のバス乗り場に行こうとしていた時、女性がすっと目の前に封筒を差し出した。広告チラシか何かかなと思い、反射的に受け取る。そして帰りのバスの中で何気なく開けてみると
《CBF会員証》
というのが入っている。しかもそこに
《夏野明恵様》
と自分の“女名前”が印刷されていたので、明恵はギョッとした。
待って。これ広告チラシとかじゃないの??
会員規約というのも入っている。それを読んでいてあまりのぶっ飛んだ内容に明恵は思わず声を出してしまった。
「何なの〜〜〜?これって!??」
・CBF(Club Bain Femme)は女湯に入る会である。
(↓以下抜粋)
・女湯に入るのは純粋に入浴するためであり、よこしまな気持ちを持ってはいけない。
・入浴時に化粧は禁止、水着は禁止。お股をタオルで隠すのも禁止。
・男性器が付いている人は何らかの方法で隠して見えないようにすること(一時的陰茎切断推奨)。
・バストが無い人は何らかの方法であるように見せること(一時的豊胸術推奨)。
・一緒に入っている女性たちに騒がれないように。女性たちに溶け込んで、まさか女ではないとは疑いもされないように、邪魔にもならないように、目立たず静かに入ること。
でも「一時的陰茎切断」とか「一時的豊胸」という単語を見てドキドキする。一時的陰茎切断ってどうするんだろう?お風呂の入口にギロチンが置いてあって、そこに差し込んで刃を落とすとか?
切断された〜〜〜い!!
その時、明恵は自分にこの封筒を渡した女性が、レインボウ・フルート・バンズのフェイに似ていたことを思い出していた。
そういう訳で明恵はこのブレストフォームを付けて宿泊研修、健康診断を乗り切った。明恵は女性に性的な興味は無いので、女性の友人たちと一緒にお風呂に入ること自体には心理的な抵抗はない。実を言うと、小学校の修学旅行で男子たちと一緒に入った時のほうが辛かった。正確には恐かった。中学・高校の修学旅行では、明恵の“性的傾向”に配慮してくれた先生が個室のお風呂に入れさせてくれたので助かった。
「だってあなたを男子たちと一緒に入浴させるのは、狼の群れの中に羊を1匹放つようなものだもん」
と先生は言ってくれた。
今回の宿泊研修では、お風呂の中で、おっぱいの触りっことか始まったらどうしよう?という不安はあったが、そのようなことは起きなかったし、「本当に女かどうか確認しよう」という話も忘れられていて、女子たちから“精密検査”みたいなこともされなかったので、何とかなった感じはあった。
健康診断の時は、内科検診はブレストフォームを付けたままで乗り切ったが、X線撮影の時は、部屋の中で誰にも見られていないのをいいことに、ブレストフォームまで外して撮影してもらったのである。ブレストフォームのシリコンゴムはレントゲンには映らないらしいが、感度によっては薄い影のようなものが見えることもあるらしい。その場合に結核などを疑われると面倒なので外して撮影に臨んだのであった。この日は外しやすい接着剤を使ってくっつけておいた。
青葉は3月23-25日の〒〒テレビの取材に参加した後は、すぐに東京に行き、深川アリーナに泊まり込んで!毎日朝から晩までサブプールでひたすら泳いだ。大会前なのでデートもセックスも禁止!である(彪志がぶつぶつ文句を言っていた)。
4月2日から8日まで、東京辰巳国際水泳場で日本選手権水泳競技大会が行われる。この大会は世界選手権(7.21-28韓国)とユニバーシアード(7.4-14イタリア)の選手選考会も兼ねている。選考方法は下記である。
(1)世界選手権は、派遣記録を突破して2位以内に入ったら派遣決定。人数が足りない場合、5月のジャパンオープンが2次選考会となる。
(2)ユニバーシアードは、世界選手権に選ばれなかった人の中で大学生または今年か昨年大学を卒業した27歳以下の人から選考する。
(3)世界選手権代表になった人はユニバーシアード代表にならないが、ユニバーシアード代表に選ばれた人が、5月のジャパンオープンで世界選手権に追加で代表として選ばれた場合、両方に出場する(ユニバーシアードの辞退は不可)。
青葉の場合、派遣記録を突破して2位以内に入れば世界選手権代表になるし、その条件を満たさない場合も、ユニバーシアード代表に選ばれる可能性がある。いやむしろ女子長距離陣の現況を考えると、青葉がどちらの代表にもならないことは考えにくい。
青葉としては、実際にはあまり日本代表とかしたくないのだが、だからといってわざわざ多額の費用を掛けてタッチの特訓までさせてもらったし、あまり恥ずかしい成績は出したくないのである。それでデート禁止まで課してひたすら練習をしていた。
4月1日は公式練習日だったが、青葉はちょっと顔を出しただけで、深川に戻って丸一日、ひたすら泳いだ。
競技初日、4月2日。お昼前に女子400m自由形の予選があるが、青葉は順当に決勝に進出した。他に幡山ジャネ、南野里美、永井蒔恵、金堂多江、などといった現在の日本女子長期離のトップ争いをしている人たちも決勝に進んでいる。青葉が富山の大会で出会った竹下リルは今回は残念ながら予選落ちであった。
そして夕方の決勝。青葉は5コースで隣の4コースはジャネ、6コースは金堂さんであった。
号砲とともに飛び込む。ジャネは最初から飛ばしている。高校2年生の金堂さんも若さにまかせて飛ばしている。青葉も負けじと最初からスパートである。
レースはこの3人が横一線に近い形で並び、それに南野・永井が付いていく展開となった。物凄いハイペースである。
400mはプールを4往復するのだが、その4往復目に入った所でジャネがラスト・スパート?を掛けた。しかし青葉もしっかり付いていく。たまらず金堂さんが少し遅れる。しかし彼女も向こうでターンした所から必死に追い上げてきて、トップの2人に追いすがる。
タッチ。
青葉はジャネの方が僅かに早かったと思った。
結果を見る。
1.Hatayama 4:05.20
1.Kawakami 4:05.20
3.Kanado__ 4:05.48
4.Minamino 4:09.13
5.Nagai___ 4:09.82
「嘘!?同着?負けたと思ったのに」
と青葉は声を挙げたが
「私のほうが負けたと思った」
とジャネは言っている。
多分過去のレースではこのくらいのタイミングでは向こうが“タッチ”の上手さ(正確には青葉の下手さ!)の差でジャネの方が早かったのだろうが、青葉のタッチが上手くなったことで、同着になったのだろう。
「ああ、悔しい!派遣記録上回っているのに3位だ!」
と金堂さんが言っている。
2位までに入らないと世界選手権の代表には確定しない。彼女はまだ高校生なのでユニバーシアードの出場資格も無い。結果的に南野さんと永井さんがユニバ代表確定だろう。
なおこの競技の派遣記録は4:05.49、日本記録は4:05.19である。青葉とジャネの記録はその日本記録に0.01秒差の優秀な記録だった。
翌4月3日は、お昼に女子1500m自由形の予選があり、青葉は決勝に進出した。他にはジャネ、永井、南野も決勝進出だが、金堂さんと竹下さんはそもそもこの競技には参加していない。高校生の体力では1500mは辛いのかな?などとも思った。もっとも小柄でスピードの無い青葉、片足の先が無いジャネはどちらも長距離ほど力が出せる。
4月4日の夕方、1500m自由形決勝が行われる。結果は1位ジャネ、2位青葉で2人とも派遣記録を突破して世界選手権代表が確定した。永井・南野のユニバ代表も確定である。
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春茎(18)