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■春茎(2)
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その日は全校生徒総出で校庭の雪掻きをすることになった。
岬たちのクラスは体育館裏の部室棟の付近を指定された。
「つららが凄い」
「これまず落とそう」
と言って、雪掻き用スコップで数人の男子が手分けして部室棟の屋根にできているつららをなぎ落とす。
「これ下に居る時に落ちてきたら恐いな」
「まあ死ぬかもね」
そんなことを言っていた時、ひとりの男子・啓太が落ちてきたつららの1本をお股の所に立てて「でっけぇ」などと言っている。
すると茜が金属製のスコップでそれを折ってしまった。
「ぎゃー。俺のチンコが折れた!」
と啓太。
「出るチンコは打たれる」
と茜。
「落合、お前よく“ちんこ”とか発音するな」
と久彦が呆れて言っている。
「チンコが無くなってしまった。俺もう女にならないといけない。茜、お前の女子制服を俺にくれ」
と啓太はまだ悪のりしている。
「あんたの顔で女になっても嫁のもらい手無いよ」
と茜。
「顔より中身で勝負。お茶の水女子大に進学して才媛を目指すかな」
「性別以前に成績で落とされるな」
そんな会話を聞きながら岬はドキドキした思いをしていた。
鱒渕水帆は短大卒業後2015年春から2017年春までアクアのマネージャーを務めたが、過労でダウンし死の淵を彷徨う。しかし5ヶ月にわたる入院の末退院することができた。その後志願して、ローズ+リリーのマネージャーに転じた。
初仕事として、★★レコードの村上社長から唐突に勝手なタイトルと強引なスケジュールを押しつけられて悲惨な状態になっていたアルバム『郷愁』の制作延期を村上社長に飲ませ、その後も制作に関する各方面との交渉、協力してくれるアーティストのギャラ・交通費などの支払いなど様々な雑事をこなしてケイの負荷を下げることに尽力。結果的にケイは制作に集中することができて、何とか『郷愁』を2018年3月にリリースさせることができた。
それと平行して2017.12.31-01.01のカウントダウン・ライブ、2018.03.10-11の復興支援イベントに関する事務的な処理も遂行している。またアルバム制作と平行してシングル『Four Seasons』を制作し、2018.01.01にリリースした。
水帆はローズ+リリーのマネージャーとしてこれらの作業をしていて、これまでマネージャーも置かずによくこれだけの仕事をケイはしていたものだと少々呆れた。水帆が専任でやっていてもかなり忙しいのである。むしろ助手が欲しいくらいである!
2018年春、毎年1000曲近い楽曲を書いていた上島雷太が不公正な土地取引に絡んで逮捕され、結局起訴猶予にはなったものの無期限の音楽活動停止を発表した。音楽界に激震が走る。
上島作品が事実上使用禁止になってしまったことで、多数の歌手、プロダクション、レコード会社から悲鳴があがった。結果的に活動停止に追い込まれるアーティストが続出し、また多くの歌手が新譜を出したいのに作品が得られないという事態に陥ったのである。
◇◇テレビの響原部長が音頭をとって、UDP(Ueshima Diversion Project)“上島代替プロジェクト”が発足し、多数の作曲家で何とか上島作品の代替をすることになった。そのためこの年は日本中の作曲家が物凄く多忙になったのである。
特にケイは普段でも年間150曲ほど書いているのに、うまく乗せられてそれプラス200曲書くという約束をしてしまう。鱒渕はこの会議にはケイを出さずに自分が代わりに出るべきだったなと悔やんだが仕方がない。
鱒渕はコスモスと相談した。
「いくらケイ先生が凄くても年間350曲は無茶すぎる。書いたとしても壊れてしまう」
とコスモスも言った。
「上島問題については実は去年の秋にこういう事態が起きることを予想して、§§ミュージックの歌手の曲には上島作品を使わないようにしていたのよ」
「そうだったんですか!」
「他の作家の作品に代替するようにしてきていたのだけど、事件発覚でその他の作家さんたちも軒並み忙しくなっちゃったから困ったな」
とコスモスも困っているようである。
コスモスは昨年秋から上島作品の代替作業を進め、台湾の音楽工房・サンフラワー・ミュージック・スタジオ(以下SFMS)と契約して過去の作品の手直しなどをしていた。紅川・コスモス・ゆりこに、山村・鱒渕・沢村・月原・小野、桜野みちるといった面々で会議をし、SFMSのオーナーとも電話で話した結果、台湾の作曲家に頼れないかという案が出てくる。
4月中にコスモスと鱒渕、それに多忙なのに申し訳無かったが山村も入れた3人で台湾に飛び、SFMSの仲介で、現地の若手作曲家3人と契約することに成功する(山村が中国語を話せたのが大いに助かった)。彼らの作品を当面毎月2曲ずつ、年間合計72曲買取りすることにし、SFMSでJPOP風に編曲した上で、この半数を“花園光紀”名義で§§ミュージック関係で使用し、残りをケイ名義で出すことにした。
§§ミュージックでは昨年秋頃から、上島作品を山下鐵カ・阿木結紀・寺内雛子などの作品に切り替えていたのだが、この人たちが多忙になったので、各々の作家と話して当面§§ミュージック分は彼ら・彼女らには発注しないことにし、その分を花園光紀で補うことにしたのである。そしてこの作品をケイのルートでも出して、ケイの負荷を少しでも下げる。
「よかった。じゃ帰国したらケイさんに伝えますね」
と鱒渕は言ったが、コスモスは
「伝える必要はない」
と言った。
「いいんですか?」
「どうせ大量に楽曲を書いていたら自分が何曲書いたかなんて分からなくなるから適当に本人の作品に混ぜて渡していけばいい」
「それでいいんですか〜?」
4月下旬、★★レコードの村上社長は、腹心の滝口が売り出したフローズン・ヨーグルツの2枚目のシングルが悲惨な売上げだった腹いせに、マリ&ケイの活動を邪魔しようとした。ローズ+リリーの形式的な営業窓口ということになっているUTP(宇都宮プロジェクト)の須藤社長を呼び、ケイが大量の楽曲を書いていて、過去の作品と類似の作品ができてしまわないか不安だと言って、須藤とローズクォーツのマキの2人に楽曲の類似チェックをやらせた。
その結果、ケイの作品が全て過去のどれかの作品に似たフレーズがあるとして没にされてしまう。
鱒渕がコスモスとも相談の上、紅川さんを通して○○プロの丸花さんに介入してもらい、須藤たちの作業を中止させようかと話をしている間に、事態に気付いた★★レコードの佐田副社長が先に手を打ってくれた。佐田は村上社長の秘書の中に自分のスパイを潜入させているので、村上の動きをかなり素早くキャッチできる。
佐田は雨宮三森に相談し、雨宮はローズクォーツのタカ、更には“千里”を呼び出した。
「チェック用のデータベースを破壊して、チェック用のマシン自体にウィルスを仕込みましょう」
と“千里”は言い、タカがデータベースのコピーを作ってくれたので、“千里”はそのデータベースを破壊し、制作したウィルス(感染能力は無い)と一緒に渡した。タカはその壊れたデータベースをチェック用マシンに上書きし、あわせてウィルスを感染させた。
これで須藤とマキの“類似曲”チェックは無効になった。人力でのチェックを須藤から頼まれていた島原コズエと透明姉妹にもタカが言いくるめて、ケイの過去の作品との類似は一切チェックせず、他の作家の作品と“似すぎている”ものだけチェックするようにした。
この結果、半月ほど出荷が停止していたケイの作品出荷が再開され、ケイの唐突な納品停止に焦っていたUDP(上島代替プロジェクト)の響原部長をホッとさせた。この時点ではUDPはほとんどケイ頼りだったのである。人気作家はみんな2-3ヶ月先まで予定が埋まっており、すぐには代替作品を書けなかった。
なお、極めて邪魔な滝口史苑は佐田副社長の画策で“新しいプロジェクトの調査”名目で1年間のアメリカ出張にしてしまった!またこのチェックシステムを組んだプログラマも邪魔なので福岡支店の課長に“栄転”させてしまった!
鱒渕は“ケイ”が約束してしまった200曲の代替曲制作を何とかやりとげるためには“花園光紀”以外にもケイのゴーストライターが必要だと考えた。鱒渕が最初に考えたのが福井新一(本名:福井玲花)である。
彼女は上島雷太の元恋人で、上島との娘・貴京の母である。そして実は養育費代わりに彼女の作品を上島雷太の名前で発表し、その印税は全て本人に渡るようにしていた。結果的に上島が唯一使っていたゴーストライターだったのだが、上島の活動自粛に伴い、彼女も作品が出せなくなってしまった。
鱒渕は石川県在住の福井新一に内密に相談したいことがあると連絡し、交通費を持つから東京に出てきてくれないかと頼んだ。そして紅川会長と東堂千一夜さんも同席してもらい、帝国ホテルのディナーに招待した上で、彼女に上島が活動再開できるまでの1年か2年の間、ケイのゴーストライターをしてもらえないかと頼んだ。
福井は東堂千一夜さんまで出てきているのに驚きその件を快諾した。また東堂は現在上島雷太の名前でクレジットされている福井作品を全て本来の名義に戻し、その印税がちゃんと福井に支払われるようにすると言い、それもどうしようと思っていた福井は「助かります」と答えた。
東堂千一夜は彼女の楽曲を使用していた歌手ひとりひとりと話し合い、名義変更の承諾を取って回った。歌手側としては、名義変更によりその曲を使用出来るようになるので全員受け入れてくれた。正直助かった!と言われた。
彼女は年間40曲を書く多作な作家なので、ケイ名義で楽曲を出すことで花園光紀と合わせて約70曲程度を確保したことになる。
鱒渕はそれ以外にもいわゆる“上島ファミリー”の歌手に声を掛けて自分の名前ででもいいし、ケイの名前でもいいから曲を書いてもらえないかと頼みこんで回った。この結果10人以上の歌手から合計(2018年度いっぱいで)40曲ほどをもらうことができた。
全員が“ケイ名義”で出すことを望んだ。
「だってどう考えても私の名前で出すより報酬が大きいです」
と鈴懸くれあなどは言っていた。
そういう訳で2018年度前半の鱒渕のローズ+リリーのマネージャーとしての活動の大半は、ケイの名前で楽曲を書いてくれる人の確保のための作業だったのである。
「鱒渕さんに来てもらって助かった。ケイは完全にオーバーフローだし、私だけではどうにもならなかったよ」
とサマーガールズ出版の秋乃風花部長などは言っていた、
ケイへの作曲依頼が多すぎるので、これまで取っていなかった“作曲料”を取ることを鱒渕と風花・マリ・コスモスの4人の話し合いで決めた。
この時期は相前後して、多くの人気作家が同様の金額を提示するようになっていた。特に巨額の提示をしたのが海野博晃で1曲300万円である。さすがにこんな高額を提示した作家は他にはいなかったものの、海野がそういう額を提示したおかげで他の作曲家も提示しやすくなった。ケイの作曲料は当初50万円を提示したが、それでも依頼が多すぎるので100万円まで値上げした。
鱒渕は一方でyoutubeを見たり、ストリートライブをしているアマチュアバンドを見て回ったり、こまめにライブハウスを覗いたりして、新人作曲家の発掘を積極的に行った。彼らには取り敢えずUDPへの本人名義での納品を勧め、UDPとの契約仲介をしてあげたのだが、この年鱒渕が発掘したバンドや作曲家は10組以上で、これも楽曲不足の緩和に大いに貢献した。
鱒渕のこのような活動は7月くらいまで続き、様々な作曲家との交渉で全国を飛び回るので、なかなかハードだぞと思っていた。
2018年7月29日、マリが唐突に妊娠していることを発表した。鱒渕は寝耳に水だったので、マリが居る仙台に即飛んで行った。マリは
「お母ちゃんにも氷川さんにも言うつもりはないけど、鱒渕さんにだけは言っておくね」
と言って、その父親がケイであることを打ち明けてくれた。鱒渕は仰天したものの、
「マリさんが父親が誰か公表したくないのなら、それでいいと思います。それプライバシーだもん。何か面倒な相手との話があったら私を呼んで下さい。防波堤になりますから」
「ありがとう。頼むかも」
鱒渕は氷川や風花、コスモスとも話し合い、マリは10月から来年7月まで産休としてライブには出さないことにしたが、ローズ+リリー10周年のツアーには参加させ、椅子に座って歌い、品川ありさに司会をさせることなどを決めた。
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