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■春茎(14)
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少し休憩してから登山道を降り、黒田さんを町役場まで送った。黒田さんは何度も御礼を言っていた。こちらも案内の御礼を言った。
「私が運転しますよ。ドイルさん、さっきの処理で1週間分くらいのエネルギーを使ったでしょう?」
と言って明恵が運転席に座り、曲木町役場を出て、車は珠洲市に戻る。大谷集落を過ぎ、国道249号と県道28号の複雑な分岐を県道方面に進み、少し行った所にゴジラ岩と書かれた看板があった。パーキングに車を駐める。
「どこにゴジラが・・・」
と幸花が言うが
「あれですよ」
と青葉は指さした。
「あれが〜〜〜?」
と幸花は少し呆れたような声を挙げた。

(2019.6.17撮影)
「ゴジラというよりミニラかも」
「まあゴジラの赤ちゃんかな」
そういうことで先に行く。
「この先は道の難易度が高くなるから私が運転するよ」
と言って、青葉が運転席に座り、能登半島の先端・禄剛埼を目指す。
「ここ、夜中には運転したくない」
と幸花が言った。
「夜中は道路の線形が分かりにくいから、よく見てないと、カーブを曲がりきれずに海に転落するかもね」
と青葉。
「カーブというより曲がり角だろって感じのカーブが続きますね」
と明恵。
実際途中“ただのカーブ”をカーナビが『右方向です』と案内した!
やがてヴィッツは能登半島北東端・禄剛埼に近い狼煙(のろし)の道の駅に到着する。車を駐めて降りてから
「さあ、登山するよ!」
と声を掛ける。もっとも、ここの遊歩道は軍手までは必要無い。杖を持っていくかは任意である!?
道の駅の駐車場を出て道路を横断し、左手の所に“分かりやすい”登り口があるのでそこから登り始めるが・・・
「きつーい!ちょっと待って」
と言って幸花が足を止めて休んでいる。
ここは物凄い急勾配なのである。
「まあ結構きついですよね」
と明恵は言っているが、彼女はわりと平気そうである。
神谷内さんも辛そうだ!
そういう訳で距離的にはほんの450mほどなのだが、到達するのに20分掛かった!
正面に美しい灯台が見えているが“日本の中心”はその手前左手にあった。

(2019.6.17撮影)
「これはどういう理由でここが日本の中心なんだろう?」
「説明とかは無いね」
「リサーチャーさんが調べてくれたのでは“日本の中心”というのは全国に30ヶ所くらいあるらしい」
「そんなに!?」
各種資料によると“日本の中心”は少なくとも28個あるらしい。
まず多数の“中心点”がある長野県の中心点リスト:
1.長野県諏訪湖 中央構造線と糸魚川静岡構造線との交点
2.長野県辰野町 日本の地理的中心。東経138度・北緯36度
3.長野県飯田市 日本の人口分布を2等分する緯度線および経度線の交点
4.長野県小川村 本州の形の板を作るとここでバランス
5.長野県上松町 日本の排他的経済水域の形の板を作るとここでバランス
6.長野県南牧村 日本の中央に位置する長野・新潟・山梨・静岡の測量基準点(第8系原点)がある。
7.長野県佐久市 国土地理院の計算による日本で海岸線から最も遠い点
8.長野県上田市 “国土の大神”生島足島神社がある。
9.長野県塩尻市 日本列島の中心に長野があり、長野の中央に塩嶺高原があり、その中央に塩尻市がある。
10.長野県松本市 日本列島の中心に長野があり、その中心は松本市
東京にも“中心”が複数ある。
11.東京都永田町 日本水準原点(高さの基準点)
12.東京都麻布台 日本経緯度原点
13.東京都日本橋 国道の起点
その他関東にある“中心”
14.栃木県佐野市 北海道最北端と九州最南端との中間で、日本海までの距離と太平洋までの距離が等しい点
15.群馬県渋川市 北海道から九州までを円で囲んだ中心。異説:坂上田村麻呂が臍の形の石を見て「ここが日本の臍だ」と言ったから。
16.千葉県銚子市 ちょうど日本列島が収まる円の中心
関西付近の“中心”。
17.兵庫県明石市 日本標準時は明石時刻とも呼ばれる
18.兵庫県西脇市 日本の地理的中心。東経135度・北緯35度
中部地方の“中心”
19.山梨県韮崎市 日本列島の最北端(稚内)と最南端(佐多岬)を円で結んだ中心
20.新潟県糸魚川市 日本の東西南北端点を基準にした「経度・緯度の中心」になるのが新潟県沖の海上で、そこから最も近い陸地
21.石川県珠洲市 国土地理院が計算した「日本の重心」になるのが富山県沖の海上で、そこから最も近い陸地
22.岐阜県郡上市 1995年の国勢調査で人口重心とされた。
23.岐阜県関市 その後人口重心が東にずれ2010年時点ではここに重心がある
24.静岡県湖西市 日本の二大都市である東京と大阪の真ん中
25.静岡県袋井市 東京と京都の真ん中
26.福井県 日本海側の都道府県の中でほぼ中心
思いも寄らない場所にある“中心”
27.徳島県東みよし町 北緯と東経の数字が0分0秒の点(日本に9つある)の中心
28.青森県東北町 坂上田村麻呂が刻んだとされる「日本の中心」という碑が出土。
「そういう訳でここは“日本の重心”らしいです」
と幸花は28ヶ所を羅列したリストのフリップを持って言った。
「なんか日本を覆う円の中心というのがいくつもある気がするのですが」
と明恵が突っ込む。
「まあ見解の相違でしょう」
と幸花はサラッと逃げた。
「でもきれいな灯台ですね」
と幸花はさっさと話を切り上げてしまった。
「どこかに菊の御紋章があると聞いたのですが」
と言って探すと、青葉たちが来た公園側から入って右手(実はそちらが正面っぽい)の所に掲げられていた。
「ここ禄剛埼(ろくごうざき)は能登半島の北東端で海の難所だったので古来、この岬で狼煙(のろし)を上げ、行き交う船に注意を促していたそうです。それでこの地を狼煙というのだそうです」
「北東端というと、北端ではないのですか?」
と明恵が訊くと
「北端はシャク崎ですね」
と言って幸花は用意していた地図で示した。
「ちなみに東端は長手崎です」
とそれも地図で指し示した。
「ずっと南の方なんですね!」
「ですです」
灯台の近くにはこの岬から各地への距離を示す標識も立っていた。

東京302km 上海1598km 釜山783km ウラジオストック772km
「つまりここって釜山とウラジオストックの中点付近ですか?」
と明恵。
「どうもそういうことのようですね」
と幸花。
これで禄剛埼の取材を終え、青葉たちは灯台横の遊歩道を降りて行く。遊歩道に入ってすぐの所に
《義宮正仁親王(現常陸宮)殿下御手植の松》
と書かれた標柱が立っている。また
《暁の蝉がきこゆる岬かな》
という前田普羅の句を書いた板もあった。
多くの観光客は道の駅左手の登り口から来ると同じ道を帰るので、遊歩道のこちら側から下る人は少ないようである。
「私こちらの遊歩道を登りたかった」
と幸花が言っている。
「こちらが階段とかになっていて登りやすい気はしますね。でも向こう側は全部舗装されているから、私たちみたいにしっかりした靴を履いていない人は向こう側でないと辛いかも」
と明恵。
「うん。トレッキングシューズとかウォーキングシューズなら、こちらでいい気がするね」
と神谷内さんも言った。
こちらの道は、道の駅から見て右手側、道路の曲がり角付近に出る。
駐車場に戻り、道の駅の施設でアイスクリームを買って食べる。幸花と明恵が並んで食べている所を神谷内さんが撮した。
トイレに行ってから車に乗り、道を西へしばらく戻って“つばき茶屋”というところに行った。
芸能人がよく来る店のようで店内に多数のサイン色紙が飾ってある。見ていると、長嶋一茂、的場浩二、船越英一郎などといった名前も並んでおり「すごーい!」と幸花が言い、撮影許可をもらって色紙が貼られている付近を撮影した。
「あ、アクアちゃんのサインもある」
と幸花が言う。
「へー。ここに来たのか」
と青葉が言っていたら
「あの時は凄かったですよ。たまたまお店に居たお客さんたちが大騒ぎして、でもそのひとりひとりにちゃんとサインを書いてあげていたんですよ。ニコニコしてて可愛いし、性格もすごくいい女の子ですね」
などとお店の人が言う。
「えっと・・・アクアは男の子なんですけど」
「嘘!?女の子とばかり思ってた!」
とお店の人。
まあ、アクアはそういう誤解を結構されているよね、と青葉は思う。
「そうだ。よかったらそちら様もサインを頂けませんか?」
「サイン書くならドイルさんだな」
「え〜〜〜!?」
それで青葉は即席で考えた金沢ドイル名義のサインを描いた。
「それだけでは寂しいから私が似顔絵を描いてあげよう」
と言って幸花がハンチング帽をかぶり、ロングマントを着け、パイプでも虫メガネでもなく数珠を持った金沢ドイルの絵を描いてくれた。
「似てる気がする」
と神谷内さん。
「皆山さん絵が上手いんですね!」
と明恵も褒めていた。
それで最後に青葉が日付を入れて、色紙は壁に貼られた。
メニューを持って来てもらう。
「面白ーい」
「こんなメニュー初めて見た」
小箱に入った小石で構成されたメニューである。石の表側にメニューの名前が書かれており、裏側にはその値段が書かれているのである。
「でまかせ定食が美味しいと聞いたのでそれで」
と頼む。フライと煮魚が選択できるということだったので、女子3人(若手3人?)はフライを頼み、神谷内さんが煮魚を選んだ。15分ほどおしゃべりをしている内に配膳されるが
「すごーい。これで1000円ですか?」
「こんなにボリュームあるのに」
と声があがった。

(2019.06.17撮影)
量もかなりあるが、実際食べると物凄く美味しかった。特にフライはお魚が新鮮なようで素晴らしかった。
食事の後は、幸花が運転し、県道52号で山を越えて内浦側に出る。
(能登半島の西側または北側の日本海沿岸を“外浦”、東側または南側の富山湾沿岸を“内浦”という)
珠洲市の中心・飯田の市街地を通過し、上戸の立体交差を越えた所ですぐ右手の細い道に入る。ほんの100mほど入った所に《倒さ杉》はあった。

(2019.06.13撮影)
「確かに枝が下に向かって伸びている」
「H高校のものと似ていますけど、こちらが大きいですね」
「これで樹齢850年ですか?それならH高校のは600年くらいかも」
「あるいはこちらが1000年くらい経っているかだね」
「ここは言われとかの伝承は無いみたいね」
「説明板にもその手の話は書いてないようですね」
それですぐ次に行く。7分ほど珠洲道路を走り、コンビニのちょっと先に「←見附島」という案内板があるので、左折する。広い駐車場があるのでそこに駐める。

(2019.06.20撮影)
「なるほど。確かに軍艦に見えますね」
と明恵は言った。
ここは前述のように弘法大師の五鈷杵がここで見つかったので見附島と呼ぶ。全長160m,横幅50m,高さ29m。昭和30年代までは登り口が存在したものの現在は通行不能になっている。上部に見附神社が祭られており、加志波良比古神を祭る。2007年の能登半島地震で社殿が倒壊しているのだが、現在は登れないので修復のメドも立っていない。
日曜日なので観光客やデート中のカップルなどが多い。設置されている鐘を鳴らして記念写真を撮ったりしているのが微笑ましい。青葉たちが〒〒テレビの名前が入ったカメラで撮影していたら、積極的に写りにくる若い人たちも多く、青葉たち3人はその観光客たちと肩を組んでカメラに映ったりした。
続いてここから旧道を走り5分ほどで恋路海岸に到達する。
目の前に弁天様が祭られている島があり、左手には奇岩っぽい岩が並んでいる。

(2019.06.13撮影)
↑の2つの岩の間にソフトクリームみたいな形をした岩もあったのだが、2007年の能登半島地震以降、今にも崩れそうな状態になっていたのが、つい先月、とうとう崩壊したらしく、少し寂しい景色になってしまった。
↓2007.05.03撮影

↓2019.06.27撮影
このあたりは以前の写真を用意していたので幸花が示して解説する所を神谷内さんが撮影する。
しかし今回やたらと岩の崩壊に遭遇するな、と青葉は思った。
先端側の岩を見て幸花が言う。
「ねえ、この岩、何かに見えません?」
「F15イーグルかな」
と明恵が言う。
「何て心がきれいなんだ!」
と幸花は言っていた。
見附島同様観光客がけっこう居たので、結局青葉たちは観光客たちと一緒にカメラに映ることになった。
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