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■春葉(16)
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「たくさん居るね!」
「それだけでも9人!?」
「今ここにいる千里は?」
「私はこれ」
と言って、千里3はピンクのアクオス・ミニを見せた。
「夢紗蒼依に関わっている千里は赤いガラケーのT008を持っている」
「ほほお」
「同じガラケーでもピンクのKYY10持っている子は別人」
「へー」
メモしている人も居る!
「つまり持っている携帯で区別すればいいのか」
などとみんな言っている。
「ちなみに青葉も最低3〜4人いる」
などと言うので青葉は咳き込む。でもみんな
「そんな気がしていた!」
などと言っている。
「そしてケイは多分20人くらい居る」
「やはり、そうだよね?」
どこまで冗談なのかよく分からない話をしてから、矢島さんが発言する。
「以前シミュレーション計算してみたことあるんだけど、赤字が出ないギリギリの数値は、ミニマムチャージ18万円くらいの線だと思う」
松本花子は「ミニマムチャージ」制を取っていて、楽曲を引き渡す時に50万円の作曲依頼料を払ってもらうが、松本花子が最初に受け取った作曲印税から最大50万円ペイバックする。つまり印税が50万円以上の場合は発注者は0負担になる。松本花子側からすると印税は全部受け取るし、印税が50万未満の場合は差額を発注者から補填してもらえることになる。
「でもそこまでは下げたくないね」
実際18万円まで下げると、参加している人たちに充分な報酬を払えないだろう。
「まあ相場を見ながら30万円までは落としてもいいと思う」
「参加している人に最低限の報酬を払うには多分そのくらいの線という気がする」
「それジャンルによっても変えようよ。新人アイドルとか演歌はそこまで落としてもいいけど、ケイ風の作品とかロックとかは50万円維持で」
「ああ、それでもいいと思う」
「演歌は元々あまりセールスが無いから高額の作曲料を取るのは気の毒だしね」
「今年は楽曲が絶対的に不足しているから、赤字覚悟で払ってくれていたけど」
会議は9時から始めて昼食をはさんで14時までの長丁場で、打合せ半分、懇親会半分という感じだったのだが、11時半ころ、千里は試合があるからと言って離脱した。今日の試合は秦野市であるらしい。「12時集合なのよね」と言っていたが、会議をやっている大田ラボから秦野市まではどう考えても2時間掛かるのだが!?
「そうだ。青葉、この会議が終わった後、仙台に行ってくる予定だったでしょ?」
「あ、うん。海外に行く前に1度行ってこようと思って」
「代わりに1番を行かせるから、青葉は都内か大宮で待機しててくれない?」
「何かあるの?」
「分からないけど、私の勘」
「分かった」
千里姉にも分からない用事が発生するのだろう。こういう千里姉の予言はめったなことでは外れない。
それで青葉は最後まで会議に出た後、大宮の彪志のアパートに移動し、夕飯を作りながら待機していた。
20時頃、彪志が帰宅する。
キスで迎える。
「お帰りなさい、あなた。御飯にする?お風呂にする?それとも、あ・た・し?」
「えっと、お腹空いたから御飯食べて、お風呂に入って、それから青葉かな」
「OKOK。座って」
それで肉ジャガを暖めて山崎パン祭でゲットした白いボールに盛り、ご飯とお味噌汁も盛って、イチャイチャしながら食べる。あそこを刺激するので、彪志の目がハートになっている。お風呂省略してこのままお布団に行っちゃう?みたいな雰囲気になった時、青葉のスマホに着信がある。
もう!
千里3である。
「青葉、お楽しみの所悪い。政子の陣痛が始まっちゃって」
「ほんとに来たんだ!」
そうか。この用事が発生するんだったのか。予定日はまだ1ヶ月先なのだが、千里2が「2月3日に生まれる」と予言していたのである。しかし青葉はすっかり忘れていた。
「こちらに来られる?」
「行く」
それで不満そうな顔をしている彪志にフリードスパイクで送ってもらうことにした。途中我慢出来ない様子だったので、公園で停めて口でしてあげたら感激していた。逝ったまま眠ってしまったので、その後は青葉が運転して!政子が入院している病院まで行った。
トイレでうがいをしてから病室まで行くと政子のお母さん、冬子、千里3がいる。千里3は汗の臭いがするので、きっと試合が終わってすぐこちらに入ったのだろう。冬子が消耗しているようなので近くのホテルで休んでもらうことにして、青葉と千里が交代でその晩は政子のお腹をさすってあげた。初産なので、この継続する痛みがかなり辛そうだ。千里にも少し休憩してくるといいよと言ったらどこかでシャワーを浴びてきたようであった。
朝冬子が戻ってきたので、千里3はどこかに仮眠に行った。10時頃戻ってくるが、よく見たら戻って来たのは千里3ではなく千里2である!
「3番は午後に試合があるから私が来た」
などと言っている。
2番さんと3番さんって、お互いに相手の行動は関知していないとか言っているけど、結構息が合ってない??
そして政子は(2月3日)12時38分に女の子を産み落とした。
出産の時は千里が分娩室の中に居て、青葉は冬子と一緒に廊下に居た。
赤ちゃんが女の子だったので予定通り「あやめ」と命名することにする。
政子は
「万一男の子だったら、すぐちんちん取る手術してもらうつもりだったけど、女の子だったから、手術しなくて済んだ」
などと言っていた。
全くこの人はどこまで冗談なのか、さっぱり分からない!と青葉は思った。(冗談だよね?ね?)
青葉は夕方まで病院に居てその後日本代表の合宿のためNTCに向かったが、病院を出る時、まだしばらく残るという千里2が
「駅で千里がお弁当買っておいて渡すと思うから」
などと言っていた!
どうも自分の分身を結構いいように使っているようである。駅ってどこの駅だろうと思ったら、病院を出て三軒茶屋の駅近くまで来た所で、青葉の傍に赤いアテンザがすっと近づいて来て停まり
「NTCに行くんでしょ?送っていくよ」
と千里が言った。病院にいたのが2番で1番は仙台に行っている筈だし、アテンザを使っているから3番だろう。
「試合は終わったの?」
「うん。16時に終わったからその後、秦野市からここまで走って来た」
それで助手席に乗り込むと、千里はNTCまで送ってくれた。千里はまた汗の臭いがした。本当に試合後すぐ来たのだろう。
この後青葉は半月ほどの合宿に入るが、その間は“千里たち”が交替で和実のそばに付いていてくれるということである。笹竹たちの報告では、千里1は、まだ生まれて1ヶ月の由美ちゃんを連れて和実の病院に来ているということだった。
ちー姉(たち)も全くよくやるよ!
しかし千里姉が3人に分裂していなかったら、和実の身体のメンテをきちんとしてあげられなかったよなあとも青葉は思う。自分も千里姉も忙しい中、2人だけでは絶対無理だった。
千里姉はNTCのゲートを顔パス!で通ると、選手村の玄関まで送ってくれた。
「これお弁当ね」
と言って渡されたのは、とっても豪華なステーキ弁当であった。渡される直前までステーキの匂いなんてしなかったことや、三軒茶屋からNTCまで30分近く掛かったのに、渡されたのは暖かくて、できたてっぽいことは気にしない!
自分の部屋に入ってのんびり食べていたが、食べ終わった所で昨夜からの疲れが出たようで、何とかベッドに潜り込むと、深い眠りに落ちていった。
今回の合宿は既に世界大会で活躍している選手中心のA班と、それに準じる選手中心のB班に分かれて行われる。A班はハワイ遠征、B班は国内でNTCでの練習である。その他にトップスイマーの池江璃花子さんたちは1月18日からオーストラリアに行っている。
4日は日中B班と一緒にNTCのプールで練習したが南野さんが
「川上さんのタッチが進化している!」
と声を挙げていた。
4日は15時で練習終了で、そのあと荷物をまとめて羽田に移動する。暖かいハワイでたくさん泳ぐのが今回の目的だ。オーストラリアに行っている人たちも、季節が逆転していて現在夏である当地での練習が目的である。
しかし国内でも温水プールも暖房もあるんだし、移動しているよりひたすら国内で鍛えられているB班の方が良かったりして?と青葉は思ったが、ハワイに向かう飛行機の中で南野里美も似たようなことを言ったので
「ああ、やはりそう思った?」
と青葉も言った。
HND 2/4 22:15 (NH186 B787-9) 2/4 10:05 HNL (6'50")
2月4日の夜に出発したのだが、到着したのは同じ4日の午前中なので、その日の午後から即練習開始である。日本との時差が19時間あるのでハワイの13時は日本の朝8時となり、結果的にこの日は時差ボケで苦しんだ選手は居なかった。
でも翌日ダウンした選手が数名居た!
しかし練習では青葉のタッチが正確になっていること、そして泳法を改造してスピードアップしているのも見て、ジャネの目の色が変わった。青葉・ジャネともに頑張っているので南野さんも負けじと頑張り、長距離陣の様子を見て短距離陣、そして男子の方にも必死さが伝わってきて、今回のハワイ遠征全体が良い方向に行ったようであった。
ハワイで11日の練習が終わって、夕食を取っていた19時(日本時間12日14時)すぎ衝撃的なニュースが飛び込んで来た。
日本水泳界のエースで、オーストラリアで合宿をしていた池江璃花子が体調不良で緊急帰国していたらしいのだが、国内の病院で検査を受けた結果、白血病と診断されたと発表したのである。
1人の選手が食事をしながらツイッターを見ていて気付いてみんなに報せ、場が騒然とした雰囲気になる。
少なくとも数ヶ月で治るような病気ではない。
「東京オリンピックどうなるのよ!?」
「彼女無しではリレー辛いよぉ」
といった声もあがっていた。
21時(日本時間12日16時)から水連の記者会見があったが、要するに今の時点では白血病だということ以外、全く何も分からないという状況であった。
ハワイ合宿は翌12日に終了し、青葉たちは帰国の途に就くことになる。
12日の午前中は帰国準備のため本来練習はもう無い予定だったのだが、泳ぎたいという選手が多数おり、結局9時半まで練習をし、ぎりぎりまで練習した選手はシャワーもそこそこに空港に移動した。青葉やジャネも9時半までやっていた。
HNL 2/12 12:55 (NH185 B787-9) 2/13 17:25 HND (9'30")
行く時は2月4日が重複したが、帰りは2月13日が飛んでしまった。なお往路より時間が掛かっているのはジェット気流のせいである。特に冬場はジェット気流が強い。
青葉は帰国するとすぐに仙台に行って和実の様子を見た。
大学の期末試験に代わるレポートはハワイの合宿中に宿舎で全部書き上げていたので、それを帰国後大学に郵送している。この後は春まで授業がないので和実の出産までずっと付いているつもりでいた。
ところが2月18日の朝いちばんに、金沢〒〒テレビの石崎制作部長(取締役)から「ちょっと話がしたい」という連絡があったのである。
青葉は“千里たち”のスケジュール表を確認して、国内にいる千里3に連絡した。すると
「OKすぐ行く」
と言って、5分後に来てくれた!ので、青葉は千里3に後を頼んで金沢に移動した。
仙台10:41-12:22大宮12:50-15:20金沢
石崎部長は言った。
「金沢ドイルさん、みずくさいよ」
「はい?」
「君、アナウンサー志望なんだって」
「ええ」
「なんか、東京とか大阪とかの局のアナウンサー試験受けたと聞いたけど」
「東京も大阪も名古屋もお祈りの手紙が来ました」
「アナウンサーになるんなら、うちに入ってよ」
と石崎部長が言う。
「アナウンサーに採用して頂けるんですか?」
「うちの募集開始は3月からなんだ。だから正式な内々定は3月下旬にならないと出せないと思うんだけど、僕としてはよその局に行ってもらっては困るし、うちの社長もぜひと言っているから、〒〒テレビ1本に絞ってくれない?」
「分かりました。そうさせて頂きます。よろしくお願いします」
と言って青葉は頭を下げた。
「じゃ細かい条件とかについては、またあらためて来月下旬に」
「はい」
それで青葉は石崎部長と握手した。
そういうことで、青葉は1年後、2020年の春から〒〒テレビのアナウンサーになることが事実上決まったのであった。
作曲家、霊能者、水泳選手、大学生、松本花子の運営会社会長、と5足の草鞋を履きながら半年間にわたって続けて来た就活もこれで終了となった。
但しこの“内々々定”の話は3月末までは他人にはしないでね、ということであった。
正直ホッとした!さすがにこの半年は青葉もなかなか大変だったのである。
菊枝と一緒にやっている霊能関係資料の管理会社の方は1年以上放置状態になっている。とてもそこまで手が回らない(一応佐竹慶子の裁量で自由に追加購入はしてもらっている)。
なお、青葉がまたもや海外遠征後、すぐには戻って来ず。戻って来たかと思ったらまた翌朝から仙台に行くというので、朋子はまた呆れていた。
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