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■春葉(6)

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その日千里1は、いつもバスケの練習相手を務めてくれている南野鈴子さんから
「ちょっと付き合って」
と言われて、新幹線に乗り仙台まで行った。市内の病院に入る。
 
「あれ?和実、入院していたんだ?」
などと千里が言うので、和実は変な顔をしている。
 
「千里が入院しろって強く言うから私入院したのに」
などと和実は言っている。
 
「なんで入院しているの?性転換手術?」
「性転換したら男になっちゃうよ!?」
「和実って確か、おちんちん50本くらい持っていたと思うけど。だから以前手術したのとは別のおちんちんを切るのかと思った」
 
「それ千里が全部消してくれたじゃん。1本だけ残して」
「あの時全部消しておけば良かったね」
「でも全部無くなると、ヴァギナ作る材料が無くなるから」
「和実、最初からヴァギナも持っていたくせに」
 
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「そのあたりの話はややこしくなるから置いといて」
「それで結局何で入院しているんだっけ?」
と千里がマジで訊くので、和実は困惑したような顔で
 
「妊娠したから入院しているんだけど」
と言った。すると千里は
「へー!おめでとう。まあ和実は男と女が混じっているから妊娠くらいするだろうね」
と言った。
 
「そういう見解は初めて聞いた」
「誰の子供?紺野君?伊藤君?」
 
「淳の子供だよぉ」
と言いながら和実は少しドキドキした顔をしている。伊藤君は問題外として、きっと紺野君の赤ちゃん産みたい気もするのかな?と千里は思った。
 
「淳はもう女の人になったのでは?」
「その性転換手術の前日にセックスしたのが当たってしまって」
と説明しながら、和実は何で今更こんなことを説明しなければならない?と思っていた。
 
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「それは凄い!淳って性転換の直前まで男性能力あったんだ?でも良かったね。自身で産めば法的にも完全な母になれる」
 
「でも私、子宮が無いから腹膜妊娠しているんだよ。それで絶対安静と言われて入院することになった」
 
「嘘嘘。和実は子宮も卵巣も最初からあったはず」
と千里は言っている。
 
「だって和実、高校時代から生理があったんでしょ?だったらその頃から既に卵巣と子宮が活動していたんだよ」
 
「そんなこと言われるとそうかも知れない気がしてきた」
「だいたい希望美ちゃんの卵子は和実の身体の中から取ったんだから、卵巣が存在しなければあり得ないんだよ」
「それは冬子からも言われた」
 
「だから和実は普通に子宮で妊娠しているんだと思う。お医者さんは和実が元男だと思っているから、子宮なんてあるはずないと思うから見えないんだな。人間って思い込みで結構見えるものが変わるよ」
と千里(千里1)は言った。
 
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「じゃ、私、自分には子宮があるはずと思った方がいい?」
「そう思ってないと、妊娠は維持出来ないと思う」
 
和実は少し考えていたが言った。
「そう思うことにするよ。“今日の千里”と話して良かった」
 

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千里が和実とそんな話をしていた時、南野鈴子(すーちゃん)は、病室の隅に変なのが居ることに気付いた。あれちょっと手強そうだなあ、六合でも呼んでくるかなと思って見ている。
 
その時、千里は鈴子の視線に気付いた。
 
そして千里がその病室の隅をチラッと見たら、そこに居た妖怪(?)が一瞬にして破砕されてしまった。
 
うっそー!?“この千里”ってこんなパワー持ってるの?などと思う。
 
だったら実はもう霊的な能力、回復して、私たちに気付かないふりしているだけということは??などと鈴子は悩んだ。
 

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泰美はその日も練習後の掃除当番になり、この日は霧絵とふたりで半コートずつモップを持って走って掃除したのだが、各々端から掃除始めて、中央付近まで来た時、霧絵はもうセンターラインのそばまで来ていたが、泰美はあと1mほど残っていた。
 
「ごめーん。もう1回行ってくる」
と言って泰美はモップを持って向こうのサイドへと走って行った。
 
外側を回って体育用具室に戻った時、霧絵が待っていた。
 
「こないだから疑問に思っていたんだけどさ」
「ん?」
「泰美ちゃんが床掃除する時って、いつも中央側で終わる気がする」
「へ?」
「私は体育館の端側で終わった」
と霧絵が言うと
 
「あ、それ私も思ってた」
と京佳が言った。
 
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「たいていの子は端側から始めて端側で終わる。でも泰美ちゃんだけ中央側で終わる」
 
「それって、泰美ちゃんは丁寧に掃除していて1回あたりの移動幅が他の子より狭いのでは?」
と2年の雫紅さんが言う。
 
「ああ、そういうことかな?」
 
3年生の妃美さんが言った。
 
「バスケットのコートの長さは28mで半コートだと14mになる。モップの幅は1mだから、その幅ジャストで掃除すれば14回、つまり7往復で済む」
 
「ということは泰美ちゃんは15回走っているんだろうな」
「ということは1回あたりの幅が14m÷15で・・・93cmずつ拭いていることになる」
とスマホの電卓を叩いて京華が言った。
 
「まあ丁寧に拭くのはよいのでは」
などという声も出ていたが、
「でも大会でモッパーになった時は少し省略気味に走ってね。他の子と合わないと困るから」
などという声もあった。
 
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泰美は『私そんなに重ねて拭いてたかなあ』などと思っていた。
 

「そうそう。泰美ちゃんの後輩の左倉ハルちゃん、進学についてはどう?」
 
「その件ですが、正式にはウィンターカップが終わってからの話になると思うのですが、彼女の性別の件は問題ありませんか?」
 
「戸籍上は男の子だという件でしょ?性別に関する国際基準をクリアして、女子選手のIDカード持っているのだから全く問題ないと中久コーチも古賀先生も言っているよ」
とキャプテンの奈々美さんが言っている。
 
IOCの現在(2015.11)の性別基準はこうなっている。
 
(1)女子として生まれた選手が男子として参加したい場合、無制限である。自分は男子であると宣言するだけでよい。性転換手術が終わっている必要は無い。
 
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(2)男子として生まれた選手が女子として参加したい場合、下記の条件で認める。
 
-自分は女子であり、今後最低4年間は性別を変更しないと宣言すること。
-過去12ヶ月にわたって血清中の総テストステロンの量が10 nmol/L未満であること。また競技期間中もそのレベルであること(ケースバイケースで12ヶ月より長い期間を要求する場合もある)
 
(女子として生まれた選手であっても、男性ホルモンの濃度が高い場合、女子選手としての出場は認めない。男性ホルモンが低くなるように医学的治療を受けるか、あるいは男子として出場するかである)
 
(この過去12ヶ月という基準は緩すぎるのではという議論もあり、将来的に以前の2年間という基準に戻される可能性もある)
 
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「実は私も中学時代に元男の子という女子を部活に引き込んだことあるのよ」
とキャプテン。
 
「そんな人がいたんですか!?」
「バスケ部に?」
「その時は卓球部だったんだけどね」
「へー」
 
「だったらぜひうちの大学受けろと言いますので」
「うん。よろしく。他にも数校働きかけている所があると言ってたね」
「でも私がいるのは彼女にとっても大きいと思うんですけどね〜」
 
「その子、もしかして元男子なの?」
と訊く子がいる。
 
「そうそう」
「だったら、かなりパワフル?」
「小学生の内に去勢しているし、ずっと女性ホルモン摂っているから、女子にしか見えないよ。おっぱいもあるし」
と泰美が言うと
 
「なーんだ」
という声がある。元男子なら男らしい体格を活かしてどんどん得点もリバウンドも取ってくれることを一瞬期待したようである。
 
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「去勢って、おちんちん取っちゃったの?」
「おちんちんはまだあるけど、睾丸を取ったのよ。睾丸が無ければ男性ホルモンが無いから、女性的に身体は発達している。だから男みたいな筋肉も無いよ。裸にしても女の子にしか見えない。ちんちんも隠してるから女湯に入っても騒がれない。実際合宿で女湯に連れ込んだ」
 
「おぉ!」
「女湯に入れるのなら女の子の一種ということでいい気がする」
「しかし裸の状態でおちんちんを隠せるものなんだ?」
 
「秘密のテクニックがあるんですよと言ってたけど、そういう建前で実はもうおちんちんも取っちゃっているんじゃないの?と私たちは話していた。だって割れ目ちゃんも見えてたし」
 
「割れ目ちゃんがあるなら、ちんちんがある訳無い」
 
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「女の子になるための手術って正式には18歳にならないと受けられないらしいんですよ」
 
「ああ、それで既に手術は受けているけど、まだ受けてないことにしているとか?」
「そんな気もするんですけどね〜」
 
「身長は?」
「夏頃測ったので169cmくらいと言ってました」
「まあ高い方かな」
「バスケ女子の中ではそれほど目立たない」
 
「彼女はスピード型なんですよ。ドリブル走も凄く速いですよ。シュートが上手いからスモールフォワード登録だけど、実際はポイントガードもできる。スリーも上手いからシューティングガードでもいい」
 
「ちょっと楽しみだなあ」
「何せ愛知J学園に勝ったチームの中心選手ですからね〜」
「あそこに勝ったんだ!?」
 
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「この子のお姉さんは愛知J学園に入って1年生の内からレギュラーだったんだけど、交通事故で在学中に亡くなったらしい」
「きゃあ」
「それでご両親もあまり遠くにはやりたくなかったみたいだけど、仲良かった私のいる大学なら、まあいいかなと折れて下さっているのよね」
 
「だったらぜひ入って欲しいね」
「入ってくれる場合はスポーツ推薦でという話もしているんですけどね」
 

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青葉たち競泳日本代表チームは12月17日に帰国した。
 
HGH 13:50 (NH930) 17:45 NRT
 
半月にわたり日本を留守にしたのですぐ仙台に行って和実の様子を見てきた。青葉が不在の間は“千里たち”がずっと交替で詰めてくれていたようである。もう絶対に目を離せない状態になっていると千里2が言っていた。
 
千里3と話したのだが、この“傍で監視”している役には千里1も動員しているらしい。千里1は既に並みの霊能者程度のパワーは持っているという。仙台市内では別の病院の患者になるが、千里と信次さんの忘れ形見になる子供が代理母さんのお腹の中で育っている(卵子は桃香が提供した)。そちらは入院はしておらずアパートで日常生活を送っているが、既に臨月なので、千里1はそちらの様子見も兼ねて、来ているようである。
 
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それで17日の夜、青葉が行ったら、和実は随分調子が良いようで、妊娠もかなり安定しているので驚く。和実の胎内の赤ちゃんの“存在性”自体、前回見た時はけっこう曖昧だったのに、今見ると既に“完全に存在”しているのである。
 
「なんか凄く安定しているんだけど」
と青葉が言うと
「うん。ちょっと気持ちの持ち方を変えたら安定した」
などと言っていた。
 
「これなら何とかあと3ヶ月くらい、8ヶ月目に入るまで維持できそうだよ」
「もちろん維持出来るよ。だから青葉も千里もあまり根を詰めないでね。そちらが倒れられたら困るから」
「うん。そうする。お大事にね」
 

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翌日は日中、千里が病室にやってきた。パワーが低いので千里1と青葉は判断する。実際京セラのガラケーを使っていた。
 
青葉が、川島さんの忘れ形見のことを話すと、今日はここに来る前に代理母さんのアパートに寄り、お土産を渡して色々おしゃべりしてきた、などと明るい表情で言っていた。千里1は2や3からするとずっとパワーが低いのだが、こうやって話していると、かなり回復してきているのを感じた。本来の能力を取り戻して眷属さんたちとのコネクションを復活させるのも時間の問題かなと青葉は思った。
 
青葉自身は千里3からパワーを分けてもらえるようになったので実害が無いのだが(千里2は他人にパワーを貸してくれるほど親切ではない)、千里1しか知らない菊枝や天津子はどうも昨年夏以降、千里姉からパワーをもらえなくて結構困っているようである。
 
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2017年8月の事件の時に大怪我をして長期入院していた菊枝も今年の夏にやっと退院して、今はリハビリの日々である。入院中は青葉も何度かお見舞いに行っている。身体は動かないものの霊的な能力自体は充分回復しているので、車椅子で出かけて霊的な相談に乗ったりしているらしい。
 
“ウェルカムシート”付きのタントを買って、会社を辞めて菊枝のドライバー兼アシスタントを務めてくれることになった妹さん(霊感ゼロ!と本人が言っていた)の運転で結構出歩いているとのこと。
 
殺されそうになった女性を助けて代わりに重傷を負った山川春玄さんはまだ入院中で、エアクッションを敷いたベッドから出られない状態ではあるものの、最近は何とか口述筆記程度はできる程度に回復してきているらしい。全身に凄まじい骨折があり、内臓にもかなりのダメージがあったので、最初見た時、医師はまず助からないだろうと思ったと言っていたという。それで生きていて回復に向かっているのは本人の生命力の強さを表す。たぶん若い頃から山野に入って荒行などをしていたおかげだろう。年齢が高いので骨が完全につながるまでまだ1〜2年掛かると言われているらしい。あまりにも細かく骨折していたのでボルトで留めたりするような治療が不可能だったのである。
 
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青葉は12月19日に仙台を出て帰宅の途に就いたのだが、途中大宮であきらの家に寄り、直接、手術後のヒーリングをしてあげた。彼女は12月10日に退院して自宅(小夜子の実家)に戻り、自宅療養している。県内のGIDに詳しいクリニックで経過観察をしてもらっているらしい。
 
「ちんちんが無いのって凄く楽だね」
などと言っていたので、やはり性転換して良かったようだ。
 

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