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■春葉(7)

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午後の新幹線で金沢!に移動する。そして〒〒テレビの神谷内さんと待ち合わせて、金沢近郊の大学病院を訪れた。
 
「前回お伺いした時より、少し顔色がよくなられた気がします」
と青葉は言ったが
 
「ダメダメ、ドイルちゃん、あんたすぐ顔に出るのが欠点だね」
などと慈眼芳子さんは言っている。しかし青葉は
 
「でも病気の進行は止まっているように見えますよ」
と顔色一つ変えずに言う。
 
「まあ今極めて強力な薬を使っているからね。これも利かなくなったら後はモルヒネしかないよ」
と本人は言っている。
 
慈眼芳子さんはT町在住の霊能者で、金沢ローカルの心霊番組によく出演していた。様々な局に出ていたが、ここ数年は〒〒テレビ『慈眼芳子の霊日記』のみに出演していた。彼女は的確な鑑定をするとともに優しいアドバイスをすることで評価が高かった。実はその出演を〒〒テレビのみに絞った理由が健康問題で、その頃からずっと癌と戦っていたのである。入退院を繰り返しながら闘病生活を送っていたが、この春以降はもう半年以上入院したままで退院できない状態にある。
 
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青葉が出演する『金沢ドイルの北陸霊界探訪』は実は『慈眼芳子の霊日記』の後継番組である。世間では慈眼さんが高齢なので、お弟子さんの金沢ドイルという“中年の尼さん”に番組を譲ったと噂されているようだ。
 

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「今度の正月は何とか迎えられそうな気がするけど、来年の正月はもうこの世では見られないだろうなあ」
と言ってから芳子さんは言った。
 
「でも私にはまだやるべきことが残っていると、後ろの人が言うんだよ」
 
「病気に勝って下さい。私は余命1年と宣告されてから20年生きた方を知っていますよ」
と青葉は言った。
 
「ああ、この世界には、しばしば“化け物”がいるから。ドイルちゃん、人間の寿命って何で決まるか知っているかい?」
 
「えっと・・・」
 
「知らない方がいい。知った時が、自分の本当の余命が分かる時だから」
と言って、彼女は謎めいた微笑みを見せた。
 

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慈眼さんから、友人から頼まれたものの自分にはもう無理なので良かったら見てあげてもらえないかと言われたものがあった。青葉としては、ひじょうに多忙な時期だったので、あまり受けたくなかったものの、寿命が尽き掛けている先輩から頼まれると断りにくかった。それで青葉は神谷内ディレクターと一緒に、翌日朝の新幹線で東京に出ることになった。
 
青葉が海外遠征の後、仙台・東京から戻り夜遅く帰宅して、翌日の朝1番の新幹線に乗るというので、朋子は呆れていた。
 
金沢6:00(富山6:19)-8:06大宮
 
青葉は富山駅から乗ったのだが、神谷内さんは金沢から乗っていて、列車内で合流する。座席は隣り合わせの席である。神谷内さんはハンディカメラを持ってきていた。今回の東京行きは状況次第では『金沢ドイルの霊界探訪・関東編』として放送するということであった。ただ本当に番組になるかどうかは不明なのであまり予算を掛けないように神谷内さん1人で出てきたのである。
 
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大宮駅でレンタカーのアクアを借りてふたりで乗り、10時頃、目的地に到着した。
 
お伺いしたのは、東京多摩地区某町に住む60代の女性だった。青葉は会うなり、この人凄っ!と思った。たいていの怪異とかなら、この人、自分で処理できるのではという気がした。
 
ところが青葉がそのように思った瞬間、女性はこう言った。
 
「うん。若い頃なら自分でこのくらい処理できたかも知れないけど、体力的に厳しくて」
 
「私の頭の中、読みました〜?」
「だって、そんなにハッキリ“考えた”ら、誰にでも分かっちゃうわよ」
と彼女は言った。
 
後ろで《姫様》が『以下同文』と言って呆れたような表情をしていた。そして神谷内さんは訳が分からず、ポカーンとしていた。
 
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女性は岩戸空海(いわと・そらみ)さんと言った。物凄い名前だが本名らしい。
 
「最近は女で海で終わる名前って多いけど、私の子供の頃は珍しかったから、随分性別を間違えられて“くうかい”さんって呼ばれていたよ。女子高の入試でも落とされ掛けて、中学の校長先生が直接電話して間違いなく女子ですからと言ってくれたので入学できた。それでも入学した後戸籍謄本の提出を求められて、それを見て先生が『へー。ちゃんと戸籍も女子に変えたんだね』とか言っていた」
 
などと彼女は語った。彼女の高校入学というのはおそらく《ブルーボーイ事件》の前で、もし本当に性別を変更した場合も、裁判所は柔軟に対応してくれていた可能性はある。もっともこの人はたぶん天然女性なのだろうが。
 
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岩戸さんは「実際に体験してもらった方がいい」と言って、本人自ら車(年代物の日産プレジデント)を運転して、青葉と神谷内さんを乗せ、目的地に向かう。
 
「この車、長く乗っておられるんですか?」
と青葉が尋ねると
 
「いや、5年前に20万円で買った」
とおっしゃる。
 
「20万でプレジデントがありましたか!?」
「うん。動かないから部品取り用と中古車屋さんは言っていたけど、私が見たら“直った”よ」
 
「なるほど〜」
 
この会話の意味は神谷内さんも想像が付いたようである。要するに何か変なのが憑いていたのを祓ったら動くようになったのだろう。
 

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着いた所は旅館であった。
 
女将さんが出てきて、笑顔で
「いらっしゃい」
と言う。
 
「こんにちは、鶴美ちゃん。知り合いのお孫さんの、若い霊能者さん連れてきたから、体験してもらっていい?」
 
「はい、よろしくお願いします!」
と言って、青葉たちは旅館の1室に通された。お茶とお菓子まで出してくれるので青葉も神谷内さんも恐縮した。
 
「何か出るんですか?」
 
「出るというか・・・たぶん1時間もしない内に発生すると思うんですが」
「発生?」
 

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世間話とか過去に放送した怪異、“放送できなかった”怪異などについて話していたら、突然揺れを感じた。神谷内さんが思わず「わっ」と声を出す。
 
「地震?」
「これはあまり大きくはないね」
「震度3くらいかな?」
「緊急地震速報は流れませんでしたね」
などと言いながら、神谷内さんは、どうも地震情報アプリを見ているようである。
 
「あれ?気象庁の速報がまだ入っていない」
 
青葉はハッとした。
 
「これは地震ではないということは?」
と言って、岩戸さんを見た。彼女は微笑んでいる。
 
「この旅館を含めて、この界隈の数軒だけで揺れるんですよ」
「え〜〜〜!?」
 

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青葉は目を瞑って考えた。
 
「これはどこか川か何かで発生した震動が、たまたま周波数の合ったこの付近を共振させたということは?」
 
実はつい先日の10月25日、日本テレビの『THE 突破ファイル』で、そのような現象が起きていた青森県の旅館が紹介されていたのである。青葉は翌日からの短水路世界選手権・代表選考会に出るため出てきていて、彪志のアパートで一緒にその番組を見ていた。
 
「そうそう。私も最初似たようなことを疑っていた。ドイルさん、こないだのテレビ見たでしょ?」
「はい、実は」
「私もあの番組見て、似たような事例があるもんだと思ったのよ」
 
「違うんですか?」
 
「この近くには大きな川とかダムとかが無い。青森の現象で描写されていたような深い谷とかも無い。青森の事例では机の上のコップは揺れているのに机自体は揺れていなかった。でもこの旅館の周囲で起きているのは物が一切揺れないんだよ。揺れるのは人間だけ」
 
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「え?」
 
そう言われてさっきの“地震”のようなものを思い起こしてみる。
 
「ほんとだ。さっきのは、茶碗とか蛍光灯の紐とかは揺れてなかった」
と青葉は言った。
 
「動物も揺れているっぽい。猫とか犬が騒ぐから」
 
「つまり生命体だけ揺れるんですか!?」
 
「唯一、揺れる“もの”がある」
「それは?」
「この近くの池に架かっている橋」
 
「その橋を見せて下さい!」
「うん。見に行こうか」
 

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岩戸さん、青葉、神谷内さんで橋を見に行く。それは旅館から30mほど離れた所にある池に架かっている橋で、池には弁天様が祭られている。橋は向こう岸からその弁天様のある小島までと、その小島からこちら側までの2つに別れている。
 
「たぶん30分もすれば揺れる」
 
それで神谷内さんがカメラを三脚に付けて撮影したままの状態で待っていると本当に30分もしない内に橋が揺れ出したのである。青葉たちも揺れているのだが、カメラとか、揺れたら分かるようにカメラに吊り下げておいたペンデュラムも揺れていない。しかしその橋だけが揺れている。2つの橋はどちらも揺れているが、向こう側の方が特に大きく揺れている気がした。
 
「もしかして、この池が震源地ということは?」
「何があると思う?」
 
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青葉は目を瞑り、じっと考えた。背中がゾクゾクっとした。
 
「これは地学現象ではなく霊現象です」
「でしょ?だから私たちみたいなのの出番なんだけど、私には手に負えない」
 
「ちょっと対策を練ります」
と青葉は言った。
 

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青葉たちはいったん旅館の部屋に戻った。そして次の揺れが発生した時にさっき初めて揺れを感じた時の再現ドラマ!を神谷内さんが撮影することにしたのである。
 
青葉はノートパソコン(Fujitsu Lifebook S938/S Core-i5(8350U 1.7GHz) 12GB SSD 512GB) を開き、“千里たち”の予定表を見てみた。
 
「3にするか」
と独り言のように言い、千里3に電話をした。
 
「おはよう、どうしたの?」
と千里3は言った。
 
「ちょっと手伝って欲しい案件があるんだけど」
「また危ない案件に手を出してるね。それやり方を間違うと、青葉死ぬよ」
「うん。やばいなと思ったから、電話してみた」
「今いる場所を教えて」
 
それで青葉がこの旅館の場所を言うと、千里3は1時間程度でそちらに行くと言ってくれた。
 
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神谷内さんがしっかり“再現ドラマ”を撮影し、少し待っていると、車の音がする。千里3が来たのかと思ったら、意外な顔がある。
 
「瞬法さん?」
「ありゃ、瞬葉ちゃん」
 
ふたりは素早く視線を交わした。
 
「もしかして、ここの地震の処理ですか?」
「同じ目的かな」
 
情報を整理したところ、瞬法さんは、岩戸さんが依頼を受けた旅館の隣にある別の旅館から頼まれて先日から作業の準備をしていたらしい。瞬法さんは同じ寺の僧・法験さんを伴っていた。瞬法さん1人では無理なのでまだ30代で割と法力のある法験さんに手伝ってもらおうと連れてきたのだという。
 
「しかし瞬葉ちゃんもいるなら万全だな」
「もうひとり来ますよ」
「ん?」
 
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そこに千里のアテンザが入ってくる。
 
「何この凄いメンツは?」
と千里3は車を降りて言った。
 
「それはこちらのセリフだけど。瞬里ちゃん、随分元気になったね」
と瞬法さんは驚いたように言った。
 
ああ、瞬法さんは千里1しか見ていなかったろうな、と青葉は思った。
 

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