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■春葉(2)

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その後、精神科の女医さんから生活リズムに関する指導を受ける。西湖が芸能人で多忙であり、睡眠不足になりがちだと問診票に書いていたので、僅かな時間を利用して仮眠を取る方法などを教えてくれた。
 
「睡眠というのは、一種の条件反射なので、自分が導眠しやすい一種の儀式を確立しておくといいんですよ。芸能人以外でも、たとえば弁護士さんとか、またコンピュータのSEさんとか、またトラックの運転手さんとかは、だいたい自分が眠りやすいパターンを確立していますね」
 
「へー」
 
「特定のアーティストあるいは作曲家の音楽を聴くと眠れるという人、何か難しい本、六法全書とかお経の本とかを開くと眠れるという人、特定の機械の音、たとえばハードディスクの駆動音とか、列車がレールを走る音とか、そういうのを聴くと眠れるという人などもいます」
 
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「ああ」
 
ボクはわりとクラシックを聴くと眠れるかもなどと思っている。
 
「ここだけの話、男女ともにオナニーすると眠れるという人も多い」
「へー!」
 
「君、オナニーはどのくらいする?」
と女医さんは小さな声で訊く。
 
「あははは」
と取り敢えず西湖は笑っておく。これたぶんボクのこと女の子と思って女同士の気安さでこういうこと訊いているのかなと思った。
 
「私、あまりしないんですー」
 
「そうね。女子にはそういう子もいるけど、覚えた方が男の子と付き合うようになった時も、より気持ち良くなれるし、導眠にもいいよ」
 
「へー。研究してみようかな」
 
「あまりおかしな本を参考にしないでね。世の中には変な本が多いから」
「分かりました!」
 
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「ローターとかディルドーとか道具を使う方法がよく書かれているけど、そんなの使わなくても、クリちゃんを自分の指で刺激するだけでもかなり気持ち良くなれるよ」
 
「頑張ってみます」
「うんうん」
 
ローターとかディドル?って何だろう?と思ったが、訊くのは恥ずかしいような気がして質問しなかった。
 

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最後にもう一度おしっこと血を採られる。病室に戻って着換えてよいということだったので、戻って学校の制服に着替え、軽く周囲の掃除をしておいた。
 
やがてタブレットに結果が出ましたという案内が出るので、指示に従って婦人科の受付に行き、診断書をもらった。それで西湖はとりあえず電車で移動して、信濃町の事務所に行った。
 
山村マネージャーが居た。
 
「あれ?今日は早いね」
と言われる。
 
「昨日・今日と人間ドックに入っていたので」
「あ、そうか。どうだった?」
「特に注意はされませんでした。これ診断書です」
と言って、西湖は病院からもらった封筒をそのまま山村に渡した。
 
「どれどれ」
と言って、山村は中の書類を見ている。
 
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「少し血糖値が高いかな」
「よくないですか?」
 
「いや、葉月ちゃんみたいに多忙な仕事していたら、このくらい高いのは仕方ないと思う。このくらいの血糖値が無いとたぶん倒れる。でもあまり食べ過ぎたり、甘いジュースを飲み過ぎたりしないように気をつけてね」
 
「それ栄養士さんからも言われました!」
 
「後は健康そのものだなあ。ワルツちゃんが骨密度を心配していたけど、骨密度もこの年代の女子としては普通だよ」
 
「そうですか」
と言いながら、“女子として普通なの〜?”などと思っている。
 
「女性ホルモン値も男性ホルモン値も普通だしね」
 
あはは。やはりそれも“女子として普通”だったりして。
 
「じゃこれ社長に渡しておくね。今日はもう帰って寝るといいよ」
「そうしようかな。検査で結構疲れました」
「バリウムのうんこは出た?」
「出ました!白いからびっくりした」
「あれが出ないと死ぬ目に遭うのよ」
「ああ、それは大変そう」
 
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そういう訳で西湖は診断書は山村マネージャーに託して帰宅し、用賀のアパートでぐっすり眠ったのであった。
 

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その日、青葉は神谷内ディレクター、ADの幸花、助手の青山、カメラマンの森下、ドライバーの城山という“いつもの取材クルー”で、金沢市郊外の高校・H高校にやってきた。最初に校長さんに面会し、挨拶をするとともに撮影許可をあらためて得た。
 
生徒会長さん他数名の生徒が来て挨拶する。彼らが今日の案内役をしてくれる。今回の“金沢ドイル”の『北陸霊界探訪』のテーマは“H高校七不思議”である。
 
最初に連れられてきたのは特別教室棟の最上階にある音楽室である。
 
「ここのベートーヴェンの肖像の目が光るという伝説と、ここのピアノが夜中誰も居ないのに鳴るという伝説があるのですよ」
と生徒会長が説明する。
 
ここでADの幸花が登場して
「わが取材班ではこのお話を聞いてから1ヶ月にわたり、音楽室にカメラと録音用パソコンを設置させて頂きました。その400時間ほどにわたる映像と録音の中からついに決定的場面を発掘しました」
 
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という。実際にはプログラムでその前後と映像内容や録音内容が異なるポイントを見つけ出し、あとはそれを幸花がひとつひとつ見て確認したのである。幸花にとっても丸1日掛けた大変な作業であった。
 

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「まずはベートーヴェンです」
と言って紹介されるビデオでは、薄暗い中に置かれたベートーヴェンの肖像の目の付近が突然明るくなる状況が確認された。
 
「この現象は夜中というより、早朝に確認されました。これが現象が確認された日時のリストです」
と言って、フリップを見せる。
 
「毎日起きる訳じゃないのね?」
と尋ねる青葉はこの件に関しては聞き役である。
 
「そうなんですよ、ドイルさん。それで調べて見ると、この教室から見える、あそこのビルの窓に朝日が反射して、ちょうどこのベートーヴェンの目の付近だけに光が当たるようなんです」
と幸花は説明し、また別の説明パネルを立てる。
 
「あのビルの窓がわりと小さいので、細い光がこの音楽教室に当たるんですね。それで目の部分だけが光るように見えるようです」
 
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「これ季節によっては別の肖像に当たることはありませんか?」
「はい。理学部の友人に相談して、実際にこの位置も見てもらったのですが、季節によっては、ベートーヴェンの隣のモーツァルトに当たる時もあるそうです」
 
すると生徒会長さんが
「ええ。確かに目が光るのはベートーヴェンの場合とモーツァルトの場合があるという噂でした」
とコメントする(台本)。
 

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「そういう訳でベートーヴェンの目が光るという現象は科学的に説明ができました」
と幸花は解説した。
 
「続いて勝手に鳴るピアノです。お聞き下さい」
と言って幸花はパソコンを操作して録音を再生する。
 
何か音楽が聞こえるが、ピアノというより、オーケストラの演奏っぽい。
 
「バリー・ホワイト&ラブ・アンリミッテド・オーケストラの『愛のテーマ』ですね」
と青葉が言うと
 
「よくご存知ですね。私も知りませんでした。これ知っているのは50代以上ではないかと言われているのですが、ドイルさん何歳ですか?」
「21歳ですけど」
「またご冗談を」
 
(このやりとりは放送された時、本当に冗談と思われたようである。世間では金沢ドイルは40代の霊能者らしいということになっている!)
 
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「でもこれはどこかで実際に鳴っていた音楽が風とかの関係でここまで聞こえたのでは?」
と青葉は言った。
 
「はい、それで近所の人たちにひたすら取材してまわりました」
 
これは幸花と青山の2人で実際に学校の周囲の住民に頑張って聞いて回ったのだが、4時間ほどにわたる取材で、ふたりはついに音源を突き止めた。
 
学校から5kmも離れた所にあるショッピングモールで、営業終了の合図にこの曲を流していたことが判明したのである。幸花たちは金沢市内の気象予測会社を訪ね、地図を示した上で、このショッピングモールで鳴らした音楽がこの学校まで聞こえる条件について尋ねた。
 
「このショッピングモールも学校も、この付近に広がる谷間の中にあります。ただ、海陸風と言いまして、昼間は海側から山側に向かって風が吹くので、山側にあるショッピングモールの音は海側にある学校には聞こえません。しかし夜になると山側から海側に向かって風が吹くので聞こえるようになります」
 
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と気象予測士の人が解説してくれた。
 
それでその会社が持っていた金沢市のこの付近の地区の海陸風の切り替わり時刻のデータを見せてもらったら、取材班が『愛のテーマ』が聞こえたのを確認した日にはちょうど夕方8時頃から陸風が発生していたことが分かった。
 
またそのデータベースから、季節によっては夕方7時から陸風になっている時もあったのだが、実はこのショッピングモールでは7時には食料品コーナー以外のお店が閉まるというのでパーシーフェイス・オーケストラの『夏の日の恋』を流していた。幸花がその曲を生徒会長たちに聞かせると
 
「あ、この曲も聞こえてきたことがあります」
ということであった。
 
『愛のテーマ』にしても『夏の日の恋』にしても、ひじょうに古いヒット曲であるため、生徒たちには未知の音楽だったようである。またショッピングモールはこの学校の通学圏からは外れているので、そちらのモールの利用者が生徒の中には居なかったことで、気付かれなかったようである。
 
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この2件は幸花と青山さんの尽力で解決したようなもので、青葉は出番が無かった。
 

3件目はこの学校の初代校長の像が夜中に歩き回るという伝説である。取材班は生徒会長たちと一緒にその像の所にやってきた。
 
「女性ですか!」
と言って青葉は(マジで)驚いた。
 
「女子英学塾、今の津田塾大学で学んだ後、金沢で女性のための英語と数学の塾を開いて、それがこの学校のルーツになったんですよ」
と生徒会長さんが説明する。
 
像はブロンズ製のようである。和服を着ていて日本髪に結っている。左手に灯明を持ち、右手を高く掲げている姿がちょっと格好良い。
 
青葉は念のため像の周囲の霊的な環境を確認するがあやしげな雰囲気は無い。
 
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「この像自体には何も変な所はありません。むしろエネルギーが高いですね。この付近からもしかしたら地下水とか出るかも」
 
「へー!」
 
そういう訳でここは保留して次に進む。
 

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4件目は夜中の第二体育館でボールの音がするというものである。取材班と生徒たちでその体育館に行く。ちょうどバスケット部の子たちがウォーミングアップをしていた。顧問の先生らしきジャージ姿の先生が寄ってくるので会釈をする。
 
「ここはかなり古いですか?」
「古いです。もう崩して建て替えようよという話も出ています。元々はここがメインの体育館だったのですが、狭いので、40年ほど前に新しい体育館を建てて、こちらはその時崩す予定だったのですが、部活で使いたいという声があって、主としてバスケ部とバレー部で使っているんですよ」
とバスケ部の顧問の先生は説明する。
 
「40年前に建て替える予定だったということは、相当古いですね?」
「戦後間もない頃に建てられたものらしいです。ガラスがかなり傷んでいたので、1990年頃に窓だけ新しいものに交換したらしいです」
 
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戦後間もない時期に建てたのなら1950年頃としても70年ほど経っていることになる。よく持ち堪えているものだ。
 
「あと、床はこれまでに2回ほど削って表面の塗装をやり直しています」
「でないと危険でしょうね!」
 
「床のささくれが刺さって、回転レシーブしたバレー部員が死んだという事故があって、その霊が夜中にプレイしているのでは?とか、もし夜中にそれを見たら一緒に霊界に引き込まれるなんて話もあるのですが」
と生徒会長。
 
「ほんとにそんな事故があったんですか?」
「校長先生によれば生徒が怪我したことはあったそうです。でも死んだことはないと。その怪我があった後、フロアを全面的に削って整えて、再塗装したらしいです。それが1970年頃で、そのあと建て替えの話が出て結局10年経って1980年に新しい体育館ができたんですよ。床の削り直しは2001年にもしました」
と先生。
 
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