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■春葉(3)
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生徒会長と先生へのインタビューは幸花がしているのだが、青葉はじっと体育館の中を見て、あちこち歩き回った。やがて体育倉庫の奥側の引き戸を開けたが
「うっ」
と小さな声をあげて、中には入らなかった。
幸花たちが近づいてくる。
「ドイルさん、何かありましたか?」
「この扉使ってます?」
と青葉は尋ねた。
「あ、いえ、この扉は立て付けが悪いので、あまり開けないんですよ。だいたい他の扉から入っていました。でも今、すっと開けられましたね?」
と顧問の先生が言う。
「要領があるので」
「もしかして、ここ怪しいですか?」
「怪しいです。浄化していいですか?」
「はい、よろしく!」
と先生。
青葉は
「後で再現ドラマやっていいから、しばらくカメラを止めてください」
と言った。それで神谷内さんが頷き、森下さんがカメラを止める。
青葉はその扉の向こうを意識した上で“珠”を発動させた。
浄化の作用が広がっていく。
「何か凄く明るくなった気がする」
と生徒会長が言った。
「雑多な霊が溜まっていました」
「ほんとに居たんですか!」
と先生が驚いている。バスケ部員たちも集まってきている。
「体育倉庫のこの扉の向こう側、だいたい5〜6mの範囲に溜まっていましたね」
「この付近は普段あまり使わないような道具が入っていたんですよ。体育祭とか大会とかの時だけ使うようなものとか」
とバスケ部の部員のひとりが言う。
「使用頻度が低くて、あまり人が入らないから溜まりやすいんでしょうね」
「溜まりにくいようにはできます?」
と顧問の先生。
「あとで御札を送りますから、ここに貼って頂けませんか?」
と言って場所を指し示す。
「そこにテープ貼っておこう」
と言って、顧問の先生は教官室からテープを持って来て目印に貼っていた。
「じゃ、夜中にボールの音がするとかいうのは?」
「このあたりに溜まった霊のしわざでしょうね。体育館だからスポーツ好きな霊もけっこう来ていたのだと思いますよ」
「だったら、あまりたちの悪いものでもないですかね?」
「だと思います。だからこの付近に入っても害悪を及ぼしたりはなかったんじゃないでしょうか」
浄化のところは再現ドラマを撮影してから5件目に行く。
旧校舎である。
ここは学校の表から入ってすぐの所に新校舎があり、この新校舎と(メインの)体育館との間に使用していない旧校舎がある。工事現場にあるようなバリケードを置いて立入禁止にはしているものの、入ろうと思えば自由に入ることができる。生徒会長さんが言うには、学校では禁止しているものの、しばしば夏に肝試しなどをする生徒が居るという。
「この旧校舎の3階から4階にあがる階段が夜中に来ると1段多いという伝説があるんです。ただし懐中電灯とか持って行ったらダメで、暗がりの中手摺りを頼りに歩いた場合だけ体験するという話で」
と生徒会長が言うが
「まあよくある話ですね」
と施設管理者になっているので来てくれた50代の事務長が言う。
「いつ頃からある話ですか?」
「私もこの学校の出身なんですが、私が在学していた頃からありましたよ。当時はこの旧校舎ができたばかりの新校舎で、その噂は当時の旧校舎にあったのですが。現在の校舎がその元の旧校舎跡に建っています」
「というと何年前ですか?」
「まあ40年前ですね」
と言って、事務長さんは笑っていた。
「移動したのかな?」
「そうでしょうね。使ってないものには霊とか妖怪とか溜まりやすいので」
カメラと一緒に入って、階段を登っていく。1階と2階の間の階段は踊り場まで15段、踊り場から15段であったが、2階と3階は12段.12段である。問題の3階と4階の間の階段になるが、ここも踊り場まで12段、踊り場から12段である。
「1段多いというのは、踊り場までですか?その上ですか?」
と幸花が尋ねると
「踊り場から4階に登る階段ですね。それが1段多くて13段、死刑台への階段と同じになっているという話で、いちど夜中に生徒がそこを登って13段あったので懐中電灯を付けたら、足元に誰かを踏んでいて『見〜た〜な〜』と言われたとかいう話がありました」
と事務長さんが言う。
「ありがちな話ですね」
と神谷内さんが言った。
青葉は踊り場から上にあがらず、腕を組んでじっとその階段を見ていた。
「ドイルさん何かあります?」
と幸花が訊く。
「今は何もないです」
と青葉は言った。
「じゃかつては何かあったんですか?」
「跡はありますね。たぶん妖怪の類いがいたのではないかと」
「妖怪ですか!」
「怪人赤マントとか、四時婆(よじばば)とか、その類いの愉快犯系のものですよ」
「ああ」
「あ、4階の女子トイレに怪人赤マントが出るという噂もありました」
と生徒会長が言うのでそちらにも行ってみる。
青葉と幸花に生徒会長がさっさと女子トイレの中に入るのに森下さんと青山さん、神谷内さんがトイレの前で顔を見合わせている。事務長さんが察して
「今は使用していないトイレですから、男性のスタッフさんも中に入っていいですよ」
と言うと、彼らも中に入ってきた。しかし居心地が悪そうである。青山さんは何だか嫌そうな表情で頭を掻いている。夏にゲイバーのバイトをした時のことを思い出しているのかも知れないと思った。
「ここにも跡はありますね。本当に怪人赤マントみたいなのがいたのかも」
「今は居ませんか?」
「居ませんね。昔は生徒を驚かせて楽しんでいたのでしょうけど。少なくとも20年以上前に居なくなったのだと思います」
「どこかに行っちゃったんですか?」
「どこかに行ったか、あるいは生徒が全然来ないのでエネルギーの供給源が絶たれて消滅したかですね」
「昔は夜中でも入ろうと思えば校舎に入れたけど、今は夕方になると玄関をロックしちゃうから、夜中に侵入すること自体ができなくなったからかもですね」
と事務長さんは言っていた。
「あれって、そういう驚かせることでエネルギーを得ているんですか?」
とひとりの生徒が訊く。
「そのようですよ。生徒の恐怖心や、悲鳴などがエネルギーになるんです」
「確かに誰も来なきゃ寂しくて消えてしまうのかも」
と生徒会長が言ったが、青葉はそれに頷いていた。
6件目は学校の敷地の中でもやや分かりにくい場所にあった。
「これは面白い」
と青葉は言ったが、幸花も神谷内さんも意味が分からないようだった。
「さかさ杉ですか?」
と青葉が言うと
「そうなんです。ふつうの杉は枝が上に向かって伸びていくのに、この杉の大枝は下に向いて伸びているんですよね」
と生徒会長さんが言った。
「あ!そういえば」
と幸花が言う。
「実は珠洲市のさかさ杉を見たことあるんですよ。能登七不思議探訪とか言われて」
と青葉は明かす。
「そちらは有名みたいですね。でもこの学校にもあるんですよ」
と生徒会長。
(「さかさ杉」と呼ばれるものは他に栃木県の那須塩原、軽井沢などにもある。屋久島や滋賀県長浜市などにもあるが「逆さ」の意味が違う)
「ドイルさん、その能登七不思議って何?」
と神谷内さんが言う。
「オカルト的なものではないです。珍しい物事で、私が聞いたのでは、宝達志水町のモーゼの墓、羽咋(はくい)のUFO、駅名板に書かれた駅名が実際の駅名とは違う駅、砂浜を普通の車が走れる“なぎさドライブウェイ”、日本の中心、能登町の羅漢山、輪島市の千体地蔵、珠洲市の倒さ杉、ゴジラ岩、窓岩、実は既にこれで10個あるんですが」
と青葉は言ったが、幸花は
「今すごく怪しい感じの単語をいくつも聞いた気がする」
と言った。
「ドイルさん、今度その能登七不思議を巡ろうよ」
と神谷内さんが言うが
「冬季には行けない所がいくつもあるので、暖かくなってから」
と青葉は言い、それで春以降にその特集を組むことになった。
「それでこの学校の逆さ杉は何か伝説があるんですか?」
と青葉が生徒会長に尋ねて、話を戻す。
「この逆さ杉の前で何かを献げてお祈りすると、物事を逆転できると言われています」
「何かというと?」
「それがよく分からないんですよね。成績が低迷していてそれを逆転させたい子が、お母さんのネックレスを勝手に持ち出してこの木の根元に埋めたけど、成績は上がらなかったなどという噂もあります」
「ネックレスで成績は無理な気がする」
と幸花は言っている。
「それで掘り返し禁止という看板があるわけですか」
「そうなんですよ。一時はここに色々埋めるのとか、埋まっているものを勝手に掘り出すのとかが随分横行したようなので、木の根を傷めるからというので禁止になったそうです」
「ドイルさん、ここ何かありますか?」
と幸花が訊く。
「植物としては珍しいですけど、特に変なものはありませんね」
と青葉は言った。
「ただ・・・」
「ただ?」
「いや、その噂で多くの生徒たちが願を掛けたからでしょうけど、ある程度のエネルギーの集積は感じますよ」
「だったらここでお祈りしたら本当に願いが叶うとか?」
「叶うというより、自己実現のために頑張ろうという気持ちになるかも知れませんね」
「だったら成績があがりますようにとお祈りするのは効果があります?」
「あると思います。それでしっかり勉強すればですけど」
「ではやはりここはお祈りの効果があるということで。でも本当は何を献げるんだったんでしょうか?」
「それはちょっと見当が付かないですね」
それで最後の7件目の不思議となる。
「図書館に“呪いの本”があるという噂があるんですが」
と生徒会長さん。
「よくある話ですね」
と幸花。
「その本を借りた生徒が、そこに書いてある方法で恋敵(こいがたき)を呪ったら、本当に死んでしまって、ショックで呪った本人も自殺した、などという噂もあるんですよ」
「それもありがちな話ですね」
「ところでここの図書館の蔵書数は?」
と青葉は尋ねた。
これには付き合ってくれた図書委員長さんが答えてくれた。
「何しろ歴史が古いので、今は別棟の旧書保存館にあるものまで含めると12万冊ほどあります」
「それは凄いですね」
と幸花。
「さすがにその中から“呪いの本”を探し出すのは不可能という気がします」
と青葉も笑いながら言った。
幸花は尋ねた。
「でも12万冊というのは数えたんですか?」
「この図書館の蔵書には全てNDC図書分類番号のラベルと管理番号を刻印し、それが全てデータベースに登録されています。この登録は1992年から1997年に掛けて、当時の図書委員が総出で作業して行ったもので、これをもとにコンピュータによる帯出管理システムを稼働させました。その後は受け入れた書籍を随時登録しています。在庫との照合まではしていませんが、誰かが借りようとして見つからなかったものは削除していますので、実態と大きくは懸け離れていないと思います。そのデータベースの件数が約12万件なんですよ」
と図書委員長は説明した。
「それ見れます?」
「ええ、どうぞ」
というので図書委員長は取材陣を司書室に案内した。司書さんに端末画面を撮影してよいか尋ねてOKをもらう。そして委員長が端末でデータベースを開き、無条件検索を掛けると、全書籍がヒットするので、そこに124,284件という表示が出た。
「おぉ、本当に12万件ある」
と幸花が喜んでいる。そして、本当に何気なく尋ねた。
「そうだ。ここで“呪いの本”とか検索したら、何かヒットします?」
「どうでしょう」
と言ってやってみるが0件である。
「むしろ“呪い”で検索しましょうか」
「あ、それがいいかな」
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