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■春葉(14)
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川を渡った先にあったのは「海幢明神」であった。その先は真っ暗な胎内巡りのような所を4人手を繋いで抜けて「体捨明神」である。
このようにして4人はひたすら歩き回り、時には水を渡ったり、幅1mほどの崖を飛び越えたり、蟻の門渡りのような所を歩いたりして進んだ。蟻の門渡りを末期癌の治療を受けている慈眼さんが歩けるかな?と青葉は心配したが、しっかり歩いていた。おそらく若い頃かなり厳しい修行をしていて精神力が半端ないのだろう。
皆既食になり、それも終わり、やがて部分食がもうすぐ終わるという頃、53番目の神社「普賢明神」にお参りした。その境内を出た後、千里は
「これでおしまい」
と言った。
青葉たちはいつの間にか内灘サンセットパークに戻っていた。持っていた筈の杖も無くなっている。服装も元の服に戻っている。ただ使用した水着は各々手に持っていた。
空を見上げるが、今は日中なので月は見えない。しかし上空に月明かりの下で見たのと同じような形の円弧状の雲があるので驚く。ただ、出発点で月明かりの下で見たのとは逆向きであった。月明かりの下のは右後方から来て、右前方で切れていた。今見えるのは、左後方から来て、左前方で切れているのである。
千里は青葉と夏野君に尋ねた。
「さて、今回の封印の旅で回った神社の数はいくつ?」
「え?12個でしょ?」
「12社だったと思いますけど」
慈眼芳子さんが微笑んでいた。
「じゃ病院に帰ろうかな。あっちゃん送って」
と芳子さんは言った。
「うん」
と言って一緒に病院に戻ろうとする夏野君に、千里はDVDを渡した。
「あの放送を録画したもの」
「ありがとうございます!」
話を聞いた時にすぐ眷属に命じて用意させたな、と青葉は思った。
「青葉も送るよ。伏木まで送ればいい?」
「いや水泳の練習があるから東部公園プールまで送ってくれる?」
「OKOK」
それで千里は青葉をアテンザでプールまで送ってくれた。
青葉は平日の夕方毎日中畑さんと一緒にタッチの練習をしているのだが、彼女は助手の人(白山市在住の従弟さんらしい)に、青葉が泳いでいる所をプールの外側と水中とから撮影させていた。水中の撮影は移動カメラを使用したものである。
その話をしたのは練習を始めて3日目、1月9日のことだった。
「これを見てごらん」
と言って、映像を見せてくれる。
「青葉ちゃん、もしかして元々は和式泳法の泳ぎ手じゃない?」
「はい。そうなんです。小さい頃からそれで鍛えられていて小学1−2年生の頃から湾の横断とかやってました」
「足の動きが和式泳法っぽいんだよね。自由形だからこれも違反じゃないんだけどね」
「はい」
「この泳ぎ方は長時間泳ぐのに適している。でも速く泳ぐのには必ずしも最善ではない」
「あ、そうかも知れません」
「私が泳いでいるシーンを撮影したものがこちら」
と言って別のビデオを見せてくれる。
「足の使い方の違い、分かるでしょ?」
「はい」
「もしここを変更したら、800mとか1500mなどという青葉ちゃんにとっての短距離ではスピードアップすると思う。そのやり方で5km, 10kmは泳げないだろうけどね」
「やってみようかな?」
「改造が失敗すればスピードが落ちるかも知れないけどね」
「私やってみます。私本当はオリンビックとか目指していないんです。なりゆきで水泳部に入ることになって、なりゆきで日本選手権とかに出ちゃって」
「ああ、そういう子は時々いる」
と言って、中畑さんは笑っている。
「何を失っても構わないのなら挑戦してみる価値あるね」
「はい、変えてみますから、フォームをチェックして頂けませんか?」
「OKOK」
1月23日(水)、夏野明宏は河合塾のバンザイ・システムの公開を待っていたのだが、なかなか公開されない感じであった。それで東進の方を見たらもう動き出したようだったので、そちらで自分の点数を入力した。
金沢大学人文学類 E判定
富山大学人文学科 D判定
「だめだぁ!」
と明宏はまさにバンザイのポーズを取った。
まあ判定システムをわざわざ見なくても自己採点した点数から予測されたことではあった。
「どうだった?」
と母が訊く。
「お手上げ」
「ああ」
「ごめーん。私立受けていい?」
「仕方ないわねぇ」
と母は渋い顔で答えた。
それで彼は書くだけ書いて親の判子ももらっていたG大学の願書を大きな封筒に入れた。母と一緒に郵便局に行き受験料を振り込んだ上でその控えを貼り付けてから、封筒を窓口に提出した。G大の一般入試の締切りは今日まで(消印有効)であるが、センター試験利用入試の受付は28日までである。しかし、こういうのは早め早めに出しておいたほうがいい。
「合格したら自宅から通学する?」
「朝の金沢市内は混むから厳しいと思う」
「だったら大学の近くにアパート借りる?」
「うん。その方が自宅からの交通費より安くなりそうだし」
「お金掛かるわねぇ」
「ごめーん。バイト頑張るから」
でも明宏は“不純な動機で”1人暮らししたいと思っていた。
青葉は翌週も1月25日(金)の夜から28日(月)のお昼まで仙台で和実のメンテをした。25日は4時間目をサボって15時から18時まで3時間プールでタッチの練習とフォーム改造に取り組み、最終新幹線で仙台に移動した。
金沢19:18 (かがやき516) 21:30大宮22:00 (はやぶさ41) 23:07仙台
1月28日(月)は昼間の新幹線で東京に移動し、夕方からグランドプリンスホテル高輪で行われた《平成30年度・感謝の夕べ JAPAN AQUATICS AWARDS 2018》に出席。青葉は世界選手権で銅メダルを取ったので、幡山ジャネとともに、優秀選手として表彰された。最優秀選手として表彰されたのは最近活躍めざましい短距離の池江璃花子(18)である。日本新記録を次々と塗り替え、現時点で日本記録を18個も持っている成績は素晴らしい。恐らく20年か30年に1度の天才である。ただ、本人は現在オーストラリアで合宿中ということで、代理人さんが賞を受け取っていた。
1月28日(月).
Jソフトの山口龍晴社長は、川島千里から少しお話があるのですがと言われて
「どうかしたの?」
と尋ねた。それで“千里”が
「大変申し訳無いのですが、今月いっぱいで辞めさせて頂けないかと思いまして」
と言うと社長は
「えーーー!? 辞めたいって!?」
と言って絶句した。
“千里”は赤ちゃんの世話が思ったよりたいへんで、どうしても多忙なSEの仕事とは両立困難なのでと言い訳した。また10月以降にもらった給料は全部返上すると言って、分厚い札束の封筒も差し出したのだが、社長は
「いや、これは返す必要無い。充分仕事はしてもらっているから」
と言って返し、数分間の話し合いで何とか辞職を認めてくれた。しかし忙しい時は嘱託で設計書や企画書の作成をしてもらえないかと頼み、“千里”も了承した。
そういう訳で《じゃくちゃん》は、来月の慰安旅行で逮捕!されるのを何とか回避したのであった!
逮捕もされず、ちんちんも取られなくて良かった!と《じゃくちゃん》は思った。
“夏野明恵”は静かに病室を出た。すぐまた呼ばれるだろうけど、コーヒーでも飲みたい気分だった。エレベータで下まで降りてから歩いていたのだが、ふと気付くとよく分からない場所にいた。
あれ〜〜!?私、迷った?
だってこの病院まるで迷路みたいなんだもん!
それでとりあえず玄関の方に行くにはどうすればいい?と思って歩いていたら
「ナツノさん」
と声を掛けられた気がした。振り向くと女性看護師がカルテを留めたクリップボードを持っている。明恵が振り向いたので
「ナツノアキエさん?」
と訊かれた(と思った)。
「はい、そうですが」
「こちらに来て下さい」
と言われて処置室のような所に入る。
「ズボンとパンティを脱いで横になって下さい」
「はい」
それで明恵はなぜそんなことしなきゃいけないのだろうと思いながらも言われた通りズボンとパンティを脱いでベッドに横になった。
「毛を剃りますね」
と言われて看護師さんがシェーバーであの付近の毛を剃り始めた。
明恵が病室に戻ってくると母から言われた。
「あんたどこに行ってたのよ?」
「ごめーん。ドトールでコーヒー飲んでた」
「荷物運び出さないといけないから手伝って」
「うん」
「それとそれとそれと持てる?」
「OK」
それで明恵は荷物を持つと、空っぽのベッドを見て涙を1粒浮かべた。
医師は診察室に戻り、カルテに記入すると入院患者の巡回に行こうかと思い部屋を出た。受付の所に20歳くらいのスカートを穿いた背の高い人物がいて、スタッフに声を掛けていた。
「すみません、私の手術はまだですか?」
などと言っているので医師は足を止める。
人物の外見は性別曖昧だが、声は男性の声である。
「お名前よろしいですか?」
と受付の女性が尋ねる。
「今日手術を受けることになっている松野滝江ですけど」
「何ですとぉ!?」
と医師は驚いて声を挙げた。
2019年1月29日(火).
経堂のアパートに裁判所から手紙が届いた。千里が開封してみると、由美との養子縁組を認可するという審判結果の通知であった。
「やったね。由美、これであんたは正式に私の娘だよ」
と言って、千里1は由美にキスをした。
1月30日(水).
青葉がプールでの練習を終え建物を出たら、夏野明宏が立っていた。
「御自宅に電話したらこちらに来ているはずということでしたので」
と彼は女声で言った。女声で話せることは先日の封印の旅でバレているからこちらを使いたいのだろう。
彼(彼女?)は女装している訳では無いのだが、クロミのトレーナーに黒いスリムジーンズを穿いた姿が少女にしか見えない。胸が膨らんで見えるのはブラジャーをつけているのだろう。なで肩でウェストがくびれているし、身体に密着したジーンズのお股の部分に突起物が見られないのはアンダーショーツあるいはガードルで抑えているか、それともタックか。
しかしそれ以上に青葉が驚いたのは彼(彼女?)のオーラが物凄く強くなっていたことである。霊能者か腕の良い占い師並みである。一体何があったんだ?
「曾祖叔母から、これ川上さんに渡して欲しいと言われました」
と言って、古い和綴じの本を渡される。
「これは・・・」
「あの逆さ杉を含む、加賀七不思議なんですよ」
青葉が本を開き最初の数ページを見ると、文化三年に出版されたものを、明治拾五年に再印刷したと書かれている。明治15年の印刷物というだけでも貴重なものだろう。
「それとこれも」
と言って渡してくれるのは、先々代の校長先生が書いたというH高校七不思議である。
「あんたそんなの学校で借りなくても私が持ってたのに、と言われました」
「やはり色々この手の書籍を収集しておられたんでしょうね」
「川上さんが興味ある本があったら自由に持って行ってくれと言われました」
青葉は夏野君を見た。
「まさか・・・」
「昨日、旅立ちました」
「そう。。。」
と答えてから青葉は言った。
「通夜とお葬式に出席したいんだけど」
「ありがとうございます。曾祖叔母も喜ぶと思います」
「ところで、夏野さん、自分の女の子名前は決めてないの?」
と青葉は尋ねた。
「あ、えーっと、明恵(あきえ)かな。明るい恵みで」
などと言いながら少し恥ずかしがっている。
「じゃ、あきちゃん、あるいは、あっちゃんでいいんだ?」
「あっちゃんが好きかも」
「じゃ、あっちゃんと呼ぶね」
「はい!」
「大学は行くところ決まった?」
「センター試験の成績が悲惨すぎて、国立は受けても無駄なので金沢市内のG大学を受けることにしました。入れてもらえたらそこに通います」
「へー。頑張ってね」
「はい」
青葉が明恵(明宏)と一緒に通夜の席に行くと、神谷内さんが来ていた。
「ドイルさん!連絡しようと思った所だった。僕もついさっき話を聞いて取り敢えず飛んできたところなんだけど」
と言っていた。
通夜の出席者の数が物凄い。通夜の会場として用意していたホールがあふれているので、青葉も神谷内さんもホールの外で読経を聞いていて、焼香もしたらすぐ外に出た。
千里も来ていたので驚く。
「ちー姉も来られたんだ?」
と訊きながら、これはどちらの千里だろう?と考えていたら
「さっき向こうに3番もいたよ。焼香はしたから、遭遇しないように私は帰るね」
と言ったので、どうも2番のようである。
「村山千里名義の香典が2つあって悩まないかな?」
「そんな気がしたから、私は細川千里名義にしておいた」
「だったら大丈夫かな」
来ないとは思うが、もし千里1が来た場合は「川島千里」名義にするだろう。
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春葉(14)