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■春二(16)
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極めて安直な30年前のシナリオという感じだが、こういうのが結構いいのかも知れない。なんかコピーライターさんが作ったCMとかだと、イメージは素敵でも、何のCMなのかさっぱり分からんというのが多い。
船頭がトランペットで吹くメロディーは“パンダのテーマ”といって、この商品のCMではおなじみの曲らしい。弥日古が出ない場合、録音で流す予定だった。
読み合わせを充分した後で衣裳を付けてリハーサルするが、佐藤ゆかちゃんにはパンダの着ぐるみ、山道・平田には女房装束が渡される。この女房装束はワンタッチ振袖のように、簡単に着脱できるようになっている。ただし「船の上に乗ってから着ぐるみ・女房装束は着けてください」と言われていた。あれを着たまま梯子の上り下りをするのは危険だ。
着ぐるみと女房装束はロープで吊り上げていた。
舞音ちゃんたちの予定が遅れているようなので、ケンタッキーなど配っておしゃべりしながら待っていると、やがて19時頃、スタジオに
「やっほー」
と言う元気な声とともに常滑舞音がやってきた。
「おはようございます」
とみんな挨拶する。
そして舞音ちゃんの後ろに、付き人みたいにして付いてきたのは、ひとりは予想通り月城たみよちゃんだったが、もうひとりは広瀬みづほ!(弥日古の妹・真理奈)であった。真理奈が弥日古と母に手を振る。
「今東京から来たの?」
「私たちは岡山から移動してきた」
と真理奈。
「あ、岡山空港に降りたんだ」
「降りたのは高松空港」
「え!?」
舞音ちゃんが言う。
「私は昨夜の内に徳島飛行場に降りて、徳島のホテルを2時に出て早朝スクーターのCM撮って。午前中たみよちゃん・みづほちゃんと一緒に高松でCM撮って。午後からは2人に加えて岡山の信濃町ガールズたちと1本CM撮って、そのあとここに移動してきてジャジャジャジャーン」
「なんてハードなスケジュール」
「舞音ちゃん凄いし、私もたみよちゃんも丈夫なのがとりえ」
と真理奈。
「ああ、みづほは体力ある」
と弥日古。
真理奈は実は小学生の頃は水泳をしていて、学年別の地区大会で優勝したこともあるが、弥日古は敢えてその件には触れなかった(理由は後述)。しかしそのお陰で肺活量が凄まじく、歌でも長いフレーズをノンブレスで歌えるし、フルートの息継ぎも最小限で済む。
「タレントの基本は体力よ」
と舞音ちゃんは言ってる。
「いやこの子ほんとに体力ありますよ。たみよちゃん・みづほちゃんもスポーツやってたからね」
と本人も疲れ気味のマネージャー悠木恵美。
なお舞台は最初、奈良時代の役所で決算を前に頑張る人たちが“パンダエナジー”を食べるというシナリオだったらしい。多数の文机が並ぶセットが用意されていた。パンダはきっと中納言か何かで、内侍所の女官2人が助手という設定だった。
しかし弥日古が出るならということで、急遽船のセットが用意された。
それで舞音ちゃんは聞いていた話と違うので
「何でお船があるの〜?」
と驚いていた。
「うん。ちょっと予定が変わった」
と千里が言っている。
「それで新しいシナリオはこんな感じだから10分で覚えて」
「アイアイサー!琴沢先生」
それで舞音、月城たみよ、広瀬みづほが台本を読んでる。
弥日古は真理奈(広瀬みづほ)に小さな声で訊いた。
「琴沢先生って?」
「知らなかったの?こちらは大作曲家の琴沢幸穂先生だよ。松本花子の社長でもある」
「うっそー!?」
月城たみよが弥日古に訊いてきた。
「今朝困っていた件、何とかなりました?」
「ありがとうございます。何とかなりそうです」
「よかった」
と答えながら弥日古は「そうか。真和(まな)ちゃんから妹の典佳(のりか:月城たみよ)ちゃんに照会がいき、そこからひかりちゃんが対応してくれたんだ」
と思い至った。
なお舞音たちが来たのでリハーサル組は帰った。多分明日は、明日の舞音の仕事の分のリハーサルがある!年末が近づいているので舞音の学校はほぼ無視されている。特に今月は土日に長時間時代劇の制作があるので、他の仕事が平日に回されている。でも明日は運が良ければ午前中は学校に出られる。
15分後に読み合わせをする。一発でうまく行く。舞音ちゃんはもちろん、月城たみよも広瀬みづほも全くとちったりしない。舞音ちゃんってこういうスキルが高いからハードスケジュールをこなせるんだなと思った。
それで撮影が始まる。5パターンの収録を1時間ほどで終えた。終わったのは21時である。それで地元のガールズたちは舞音とひとりひとりエア握手してあげてからムーランのお弁当とギャラを渡して帰した。多くは保護者が来ているが、都合のつかない子は姫路分室のスタッフが送っていった。
さて
「今日はもう東京に帰れないね」
と悠木恵美が言っている。
「今から神戸空港に行っても離陸時間に間に合わない。ミューズ飛行場を使う手はあるけど、ミューズにしても郷愁飛行場にしても夜間はできるだけ離着陸しないという口約束があるから」
「みんなごめーん。明日の朝の帰還になる」
「なんかそんな予感はしてた」
と月城たみよ(松崎典佳)が言っている。
「何なら車で送ってあげようか」
「夜中8時間も車に揺られたら明日稼働できません」
「素直に朝一番の帰還で」
「じゃジェット機は全部小浜に回送しよう」
「つまりこれから小浜まで行くんですね」
「明日の朝ね」
千里さんが弥日古の母に謝る。
「すみません。今すぐ神戸空港に向かっても離陸時間に間に合わなくて。大変申し訳ないのですが、明日朝の帰還にさせてください」
「ああ、全然構いませんよ。就職予定の会社の研修と言えばいいですから」
「なるほどですね」
舞音と悠木恵美は姫路分室内の特別室で休ませる。月城たみよ、広瀬姉妹と母、なども姫路分室内に部屋を取ってもらって休んだ。母は久しぶりに娘の顔を見られて嬉しかったようであった。食事は各部屋に配った。
なおこの日(10/3 Mon)都城の藤家では、父と留依香の2人だけで、晩御飯はカップ麺で済ませたらしい。(父も留依香も御飯を作る気は無い)
薩摩川内市。松崎家。
10/4 0:00 真和の部屋に唐突に“魔女っ子千里ちゃん”が現れる。
「ぼくグレースに叱られちゃった。真和ちゃんと間違ってヤコちゃん所に行ってた。真和ちゃんを男の子に戻すんだったよね」
「ぼくは女の子のままでいい」
「そうなの?」
「この身体が気に入ったから女の子のままで居たい」
「OKOK。もし法的にも女の子になりたくなったらぼくを呼んでね。手続きしてあげるから」
「どうやって呼ぶの?」
「弟の典佳(のりよし)君に教えといたから」
「了解」
「アニトラの踊りを吹いてもらえばいいから」
「へー。アニトラの踊りね」
しかし“弟の、のりよし君”か。確かに弟の感覚に近いよね。
「ヤコちゃんが突然男の子に戻されて困ってるみたい」
「ほんと?ちんちんとかあったら邪魔だよね。じゃ女の子に戻してきてあげよう」
「よろしく」
「邪魔なちんちんはチェーンソーで切り落とせばいいかな」
と言ってチェーンソーを取り出す。
「できたらもっと穏やかな方法で」
「じゃハサミにしようかな」
と言って裁ちばさみを取り出す。
この子、ジョークのネタのためだけに色々な物を用意してるようだなと思う。
「できたらもっと穏やかな方法で」
「まあ適当にやるよ」
と言って彼女は姿を消した。
(しかしこのままだと弥日古は“2回”性転換されない?)
姫路分室。12/4 0:10.
弥日古・真理奈と母の元恵が寝ている部屋に唐突に“魔女っ子千里ちゃん”が現れる。なおこの部屋は2人用の部屋(約6畳)にお布団を1組追加して3人寝られるようにしている。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。ぼくは“魔女っ子千里ちゃん”だよ」
と口上を言ったものの、3人とも疲れて熟睡しているようで起きない!
「えーん。起きないの?せっかく名乗りあげたのに。でも疲れてるのかな。まあいいや。ヤコちゃん女の子に戻してあげるねー」
と言って、寝ている“真理奈”にタッチして姿を消した。
「あの馬鹿」
とモニターしていたヴィクトリアが呟いた。
「性転換させる相手を間違うなよー」
(きっと弥日古は女にしか見えず、真理奈のほうがまだ男に見えるので間違った)
「取り敢えずヤコちゃんに仕掛けたトリガーはちゃんと起動した方がいいな」
などと呟いている。
つまりヴィクトリアはヤコと握手した時、性転換のトリガーだけを仕掛けた。それを本当に起動するかどうかは、オーリンと連絡が付くかどうか次第だったのである。
(12/4) 2:22.
藤真理奈(広瀬みづほ)は夜中にふと目が覚めたのでトイレに行った。パジャマ代わりのジャージのズボン、それにショーツを下げて便器に座る。おしっこをしたら何か変だ。真理奈は頭がぼーっとしているので何か変な気がするとは思ったものの、あまり深く考えずにおしっこの出て来たところの“先”を拭き、ショーツを上げズボンを上げて、流してから手を洗いトイレを出る。
そのまま寝ようかとも思ったが、喉が渇いた気がして、バッグを持って部屋を出ると1階ロビーにある自販機まで行った。それでお茶を買うが「100円って安い!」と思った。
部屋に戻ろうと思った時、
「あれ、まだ起きてたんだ?」
と声を掛けられる。
「おはようございます。琴沢先生」
と挨拶する。
「おはよう。あ、みづほちゃん、起きてたのならちょっと手伝ってくれない?」
「はい。なんでしょう?」
「舞音ちゃんに渡す曲の仮歌を入れて欲しいんだよ」
「はい。私に歌える歌でしたら」
「あ、でも着替えてきていいですか」
「いやそのままの格好でいいよ。できるだけ楽な格好で行こう」
「はい」
それでジャージ姿のまま分室内のスタジオに入る。スタジオは演奏室と調整室に分かれ、両者の間にはポリカーボネイトの透明な壁がある。千里と真理奈は最初調整室の方に入った。多数の機器が並んでいる。
「これ譜面ね」
と言ってプリントされた譜面を渡される。楽譜を編集するソフト(実際にはCuBase)から直接プリントしたもののようである。
「まずこれを聞いて」
と言って、MIDIの演奏が流される。乗りのいい曲だ。舞音ちゃんらしいと思う。
「明け方までには木下君(招き猫バンドのリーダー)に送りたくて」
「大変ですね」
「舞音ちゃんは凄いペースで楽曲を出してるからそれを支えてるスタッフも大変だよね」
「ほんとですね!」
それで演奏スペースに移動して歌ったが
「初見でここまで歌えるって凄いね」
と褒められた。えへへ。
ても結構注意されて、7-8回歌ってOKが出る。でも歌っている最中に
千里さんは「あっそうか」などと言って譜面を調整したりもしていた。調整した譜面が即プリントされてくるのも凄いなと思った。
1時間ほどやってOKが出て
「仮歌としてはこんなものかな」
と先生は言っていた。
「仮歌作りの段階で結構調整して、このあと伴奏収録の段階でもかなり調整して舞音ちゃんの時間をできるだけ使わなくて済むようにするんだよ」
「もしかしてバンドの人たちって舞音ちゃん本人より忙しいとか」
「まあ舞音ちゃんみたいにあちこち出歩くことは少ないし彼女たちは学校も無いしね」
「なるほどー」
でも舞音ちゃんの学校も無視されてるよなと思った。
「夜中にごめんね」
「いえ、いいですよ」
というので、先生と握手した。
作業が終わった時時計を見たら3:45である。
「遅くなっちゃったね。このまま空港まで送らせるよ」
といって先生は助手の米沢さん(コリン)を呼んでいた。彼女が来る前に真理奈はトイレに行ったが
「うーん」
と思う。お股に何か変な物がある気がするのはきっと何か夢でも見てるんじゃないかなーと思った。おしっこの出来た先を拭いて下着を戻した。
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