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■春二(10)
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「花ちゃんが戻るまでの間にちょっと合わせてみよう」
と木下君が言って、招き猫の4人・プリムちゃんと典佳で合わせてみた。典佳は必死で入れるべき音を考えながら吹いた。この時クラリネットの音を想定しながら吹く。
「わりと上手くいった」
「たみよちゃん、上手いじゃん」
「ありがとうございます」
「思い出した。君、先月のネットフェスでもフルート吹いてた」
「はい、吹かせていただきました」
「でも何か君、凄いフルート使ってるね」
とルーシーが言う。
「凄い音出てたから思わずフルートのボリューム絞ったよ」
とミクサーさん。
「すみません。もっと控えめの音で吹くべきでしたか?」
「いや今の音量でいい。こちらで合わせるから。大きい音で出してもらった方がミクシングしやすい」
「はい。分かりました」
それでクラリネットを持って花ちゃんが戻ってくる。音合わせをして
スタート!
典佳は再度必死で考えながら吹くが先ほど一度吹いているので今回は少し余裕があった。
「OK!!!」
「じゃすぐミックスダウンして」
「はい」
それでミクサーさんは作業を始めたようである。
「それで伴奏が確定すれば大阪に居る舞音ちゃんに送ってそれで歌を入れてもらって20時までに音源が確定すればすぐ工場に持ち込んで何とか発売に間に合うかな」
なんか凄いスケジュールで作業してない?
「だけど、たみよちゃん。さっきは演奏前に余計なこと言わない方がいいと思って敢えて言わなかったけどそれ凄いフルートだよね」
「ええ凄いですよね。私も凄い音出るから驚いているんです」
「誰かからの借り物?」
「それが実は・・・」
と言って、典佳は説明した。
・自分の部屋でフルートの練習をしていたら、どこから入ってきたのか“魔女っ子千里ちゃん”と名乗る小学生の女の子が来てフルートを褒められた。
・一緒に合奏しようというので一緒に『ペール・ギュント』を吹いた。彼女は物凄いフルートの名手だった。でも彼女は自分の演奏を再度ほめてくれた。
・記念にお互いの笛を交換しない?と言われ、まあいいかなと思って交換したのがこの笛。
「これ総銀フルートですよね?私がこれまで使ってた洋銀フルートとはパワーが段違いです。最初はまともな音が出なくて。昨日くらいからやっと少しはまともな音になってきたんですよ。こんな高いフルートもらって良かったんでしょうか」
と最後、典佳は疑問形で質問した。
「魔女っ子千里ちゃんと交換したのなら、それ持ってていいですよ」
とプリムちゃんが言う。
「僕もそう思う」
と木下さんが言うので、典佳はこのままこの“総銀フルート”をもらっておくことにした。
「魔女っ子千里ちゃんって、寮母さんの縁者か何かですか」
「いやあの子は、たぶんうちの村山千里取締役の従妹か何かだと思う。顔がよく似てるし」
「取締役の!」
「お金持ちみたいだから気にすること無いよ」
「お金持ちならいいかな」
§§ミュージックの取締役なら凄い収入があるんだろうなと典佳は思った。
「でも典佳ちゃん、あの子に何か変なことされなかった?」
「変なことですか・・・そういえば女の子に変えてあげようか?と言われたけど、ぼくちんちん無いと困ると言ったら、ちんちん欲しいのなら仕方ないねと言われて結局何もされてません」
「何もされなかったのなら良かった」
「あの子、男の娘を女の子に変えてあげるのが趣味みたいだし」
「そんなことできるんてすか?」
「できる。あの子は一種の精霊みたいなもので、色々困っている人を助けるお仕事をしているみたいなんだよ」
「え〜〜!?」
「お腹空かせている人に御飯をあげたりとか、大怪我して身動きできなくなっている人が病院とかに連絡できるようにしてあげたりとか、孤独死していく人を看取ってお経を唱えてあげたりとか」
「じゃ天使みたいなものですか?」
「そのついでに女の子になりたがっている美少年とかを本当の女の子に変えてあげたりする」
「え〜〜!?」
「女の子に変えてあげる男の娘はかなり限定だよね」
「そうそう。元々女の子にしか見えないような子に限る」
「あ、私『君は男にしか見えないから対象外』と言われました」
「そうそう、そういう性格の子なんだよ。プリムちゃんもしかしてあの子に女の子に変えてもらったの?」
「ぼくはまだ男の娘です。女の子にしてあげようかと言われたけど、今の状態で何も困ってないから中学卒業する頃に頼むかもと言ってます。でも色々してもらった子も何人かいるみたいですよ」
「まあ本人が性別を変えたいと思ってるのが前提だよね」
「本人が女の子になりたいと思ってないのに強引に変えちゃうことはめったにしない」
めったにしない、ということはたまに強引に性転換しちゃうこともあるのか。でもきっと、ほんとに女の子にしか見えないような子なんだろうな。性格も女の子らしくて。(取り敢えずぼくは対象外だな)
「つまりあの子、天使とか精霊とかそういうもの?」
「そうそう。多分あの子、幼い頃に死んだのだと思う。その後、神様のお使いか何かの仕事をするようになったのかも」
「それできっと従姉か何かの千里さんの名前と姿を借りてるんだよ」
「あはは」
「だけど、精霊と笛を交換するというと古い話があったね」
と篠原君が言う。
「ああ。岡野玲子さんの『陰陽師』に出て来た」
と木下君。
「あれは元々は十訓抄(じっきんしょう)という鎌倉時代(1252)にまとめられた説話集に収録されている話なんだよ」
と花ちゃんが言う。
「どんな話なんですか?」
と典佳が訊くと花ちゃんは、十訓抄の中の話(第10の20)の概略を話してくれた。
笛や琵琶の名手である源博雅(みなもとのひろまさ)三位中将(さんみのちゅうじょう)がある満月の晩に朱雀門(すざくもん)で笛を吹いていたら、自分と同じように笛を吹く男が居て、その音(ね)があまりにも素晴らしかった。お互いに相手を笛の名手と認め、記念に?笛を交換した。
(↑ここまでが『陰陽師』に描かれた話)
その後も博雅中将は満月の度に朱雀門に行き、2人で笛を吹いた。笛はその後、特に交換しなかったので、彼の笛が中将(ちゅうじょう)の手元に残った。
この笛には赤い葉と青い葉の2つの模様があり、朝毎に葉に露が降りていた。2つの葉があるので「葉二(はふたつ)」と言う。
源博雅三位(さんみ)が亡くなったのち、誰もこの笛を上手に吹くことができなかったが、やがて浄蔵(じょうぞう)という笛の名人がこれを吹きこなした。彼が朱雀門でこの笛を吹いていたら楼上から「やはり、それいい笛だな」という声が掛かったので浄蔵も「ほんとに」と答えた。その話を聞いて帝(みかど)は、きっと朱雀門に棲む鬼の笛だったのだろうとおっしゃった。
(ここでいう“鬼”とは現代の“鬼”の意味とは少し違い、この世にあらざるもののこと。“おん(陰)”の変化。現代でいうと“精霊”とかの言葉のほうが近い)
「この話を元に葛飾北斎が描いた漫画(太田記念美術館蔵)では源博雅と笛を合奏した人物は、いかめしい男に描かれていた。でも岡野玲子さんの漫画では美少年になっていた」
「好みの問題ですかね」
「まあ、この世ならざる者の見え方はその人次第だから、きっと源博雅さんには、その素敵な笛の吹き手は美しき人に見えたんでしょうね」
とプリムが言っている。(*30)
その発言で典佳は気付いた。
「この子“見える”子だ」
「ただこの話にはおかしなところがあるんだよ。『陰陽師』読んでる人なら気付いたと思うんだけど」
と花ちゃんは言った。花ちゃんはスマホを見ながら次のように書いた。
源博雅 918-980
浄蔵 891-964
「あ」
「つまり浄蔵の方が源博雅より年上だし、先に死んでいる。だから源博雅が亡くなった後で浄蔵がその遺品の笛を吹いたはずが無いんだよ」
「確かに変ですね」
「それで『十訓抄』より少し後の時代に書かれた『続教訓鈔』(1322)ではこれは源博雅ではなく、在原業平(ありわらのなりひら)の話ではないかという異説をあげている。業平は825年に生まれて880年に亡くなっているからその後で浄蔵が生まれている」
「ああ」
「伊勢物語の主人公ですね」
「そうそう。清和天皇と結婚するはずだった藤原高子と駆け落ちしたものの、取り返されて『白玉か』の歌を詠んだ人」
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」
「悲しい歌だね」
「へー」
などといいながら典佳は「白玉のお汁粉美味しいよね」などと思っている。
「でも私はこの説には疑問を感じる。プレイボーイの業平には、笛の吹き手はきっと美女に見えたと思う」
「ありそう!!」
「実は男の娘だったりして」
「平安時代の言葉でいうと大禿(おおかむろ)(*29)だな」
「“おおかむろ”が訛って“おかま”になったんだったりして」
「話としては面白い」
(*29) 禿(かむろ)とは、今でいえば“おかっぱ頭”。童女の髪型。同じ“禿”の字でも“はげ”と読めば全く別の髪型!
大禿とは、童女のような髪型の男性である。
女人禁制の修行場などには、こういう人がたくさん居たらしい。(需要のあるところには・・・)
(*30) 今市子『百鬼夜行抄』では、律の目に“丸太を持った老婆”に見えたものが司の目には“フランスパンを持った奥様”に見えたという話が出てくる。霊的なものに限らず、人は物を自分の好みに合うように見る傾向がある。
「ところで、たみよちゃん、もしかしてそのフルートの材質が分かってない?」
「え?総銀でしょ?今まで使ってた洋銀のフルートより凄く重いんですよ。音を出すのにもかなりのパワーが必要で、まともな音が出るようになるまで3日くらい掛かりました」
「そのフルートが3日で吹けるようになるというのは凄い」
「さすが“男の子”だね」
「えへへ」
たみよは、男っぽいとか男らしいと言われるのが嬉しい。別にFTMではないが男になっても生きていける自信がある。恋愛的にはバイだと自覚している。
「ま、それはプラチナ・フルートなんだけどね」
「え〜〜〜〜〜!?」
Time schedule
9/2 青葉の結婚式(越谷)
9/3 桃香・由美・緩菜が浦和に帰還
9/2-11 青葉と彪志は越谷に滞在(新婚旅行代わり)
9/11 青葉と彪志いったん浦和に。夕方伏木に(*31)
9/13 青葉が千里・真珠・明恵と一緒に真白の家を訪問。
9/17 人形美術館リニューアルオープン
9/17-19 伏木でTV取材
9/20 朋子・玲羅が浦和に出てくる。
9/27 千里2Aの出産
9/30 霊界探訪の放送(*32)
10/8-10 彪志が伏木を訪れる
(*31) ずっとLDKに居たので、青葉は家のレイアウトが変わっていることに気付かなかった。
青葉は元々注意力が無い。8ヶ月間の放浪のあと 6/29に伏木に戻ってきた時も7/2 まで伏木の家のレイアウトが変わっていることに気付かなかった。
(↑作者の都合ということは?)
(*32) 霊界探訪では金沢コイルの妊娠・出産の件は取り上げていない。コイルはずっと普通に番組に出てるし!
青葉が2人に分裂したことは、今の所、千里・南田容子・立花紀子以外は知らない。千里は事前に聞いていたので、青葉のアルバム編曲作業が遅れていても大丈夫だと思っていた。
さて、彪志は9月2日に青葉と結婚式を挙げ、11日までは結婚式を挙げた越谷の小鳩シティ・ホテル?に青葉と2人で滞在した。11日のお昼にはいったん浦和に移動し、それから青葉は夕方、高岡に帰っていった。
彪志は自室(102)に戻る。すると10日間に渡って青葉と一緒に居たので、青葉がそばに居ないのが寂しくて寂しくてたまらなかった。
9月12日(月)からは出勤するが、ついぼーっとしていることがあり、同僚から肩を叩かれてハッとした。あかん、仕事に集中しなければと思い頑張って仕事をするが、課長から「鈴江君は一週間くらい運転禁止」と言われた。確かに今の状態では危ないなと自分でも思った。(16日まで5日間、千里のドライバー・矢鳴さんに運転してもらうことにした)
9月20日に青葉のお母さんの朋子さん(千里さんの義理の母でもある)が高岡から、千里さんの実妹・玲羅さんが札幌から、出て来て家は賑やかになる。そして9月27日夕方、千里さんは女の子を出産した。
陣痛が始まってから約半日の安産であった。母子ともに健康である。彪志は夕方帰宅してから、桃香さん・子供たち4人をセレナに乗せて病院に連れていき、新生児室にいる赤ちゃんと対面させ、千里さんをねぎらった。赤ちゃんの名前は“夕月(ゆうづき)”になった。
玲羅さんは有休を取って姉の出産サポートに来ていたので、翌日9/28には札幌に戻ったが、朋子さんは10月8日朝まで滞在した。夕月の出生届は28日貴司さんの手で浦和区役所に提出された。千里さんは10月3日(月)に赤ちゃんと一緒に退院して101の部屋に入った。
隣の102は本来は彪志の部屋だが、朋子さんがいる間は朋子さんが使用して千里さんをサポートした。
(再掲)
なお、桃香さんの部屋103の外に置かれていたコンテナは、千里さんの出産を待つ間に、朋子さんと“妊娠してない”千里さんの手で片付けられてしまい、コンテナは9/26には撤去された。そしてコンテナとのブリッジも撤去され普通の壁に戻された。この家の増築部分はユニットで造られているためこの手の工事がボルトを外したり締めたりするだけで簡単に仕様変更できるようである。
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春二(10)