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■春二(15)
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「お母ちゃん、駐車場でちょっと待ってて」
「うん」
男の身体に戻ったなんて話は母には聞かせられない。
それで弥日古は車から降りて、神社の境内に入る。本殿でお参りしてから境内を歩いていると、小さな社殿が2つ並んでいるのに気付く。最初により立派な社殿にお参りする。旭岳神社と書いてあった。続いて少し小ぶりの神社にお参りする。ここに三泊P神社と書かれている。
ここか!
と思ってお参りした直後、声を掛けられた。
「あれ?君、広瀬みづほちゃんのお姉さんだったっけ?」
振り返ると、27-28歳の巫女さん?が立っているが、“魔女っ子千里ちゃん”と顔がよく似てる。
「あの・・もしかして“魔女っ子千里ちゃん”のお姉さんでしょうか?」
「ああ、あの子に会ったんだ!」
「はい。あの失礼ですが、彼女に連絡が取れないでしょうか」
「なんか事情があるみたいね。立ち話もなんだし、中に入らない?」
と言って、弥日古は社務所の中に案内される。
巫女?衣裳の女性は「立花K神社禰宜・村山千里」という名刺をくれた。巫女さんじゃない?もしかしてもっと偉い人?でも“禰宜”の字が読めないよーと思う。
「そちらも千里さんなんですか?」
「ああ、千里は10人くらい居るんだよ」
「そうなんですか!?」
「みんな千里で訳が分からないから、各々セカンドネームを持っている。私はロビンで(←大嘘つき!)、君が会ったのオーリンだよ」
あ、“オーリン”って名前をひかりちゃん(プリム)も言ってた。やはりこの女性はあの子の縁者みたいと思う。
「お姉さんか何かだったら、よかったら私の話を聞いてもらえませんか」
「うん。いいよ」
それで弥日古が事情を説明すると、千里さんは大笑いする。
やはりこれ笑うべき話?ぼくとしては深刻なんだけど。
「あの子は昔からその手の勘違いや物忘れが酷いんだよ」
などと言っている。
「要は、君を女の子に戻せばいいんだよね」
「はい」
「じゃ戻してあげるから」
「ほんとですか?」
「今夜性転換を掛ける、明日の朝にはちゃんと女の子になってるから」
「ありがとうございます!」
この人が言うのならちゃんと女の子に戻れそう、と弥日古は思った。
「ただ、私に助けてもらったって人には言わないでね。でないと性転換希望の人が殺到して、私仕事できなくなるから」
「はい、誰にも言いません」
「取り敢えず握手しよう」
「はい」
それで握手したが、凄く力強い手だと思った。何かスポーツをしてる人かな?
「そうだ。君今日一日、時間が取れる?」
「あ、はい取れます」
本当は今日中に都城に帰りたいけど、こういうシチュエーションでは他の仕事が入ってない限り「時間は取れます」と答えろと、東京の研修所で玉雪係長から言われたよなと思った。
「だったら今日の夕方から頼みたい仕事がある」
「はい、やらせてください」
「君確かトランペット吹けたよね」
「はい、マジで大得意です」
「よしよし」
と言って千里さんは苦笑していた。
千里は「多分訊かれたら得意ですと答えろと教育されているのだろう」と思った。でも本当に自信があるので“マジで”を付けたのだろう。
「実は夕方から、常滑舞音ちゃんのCM撮影があるんだよ」
「舞音ちゃんですか!」
「君が出てくれるから少しシナリオを変える」
「すみません!」
と言ってから弥日古は付け加える。
「ただ今日は楽器を持ってきてないのですが」
「ああ、そのくらいすぐ手配させるよ」
と言ってどこかに連絡していた。
「それとすみません。母を車で待たせているのですが」
「それはいけない。あがってもらって」
と言い、千里さんも一緒に駐車場に行く。
母が車から降りて来る。
「広瀬のぞみちゃんのお母さんですか?私(わたくし)、村山と申します」
と言って、千里さんは名刺を渡す。
「あら、取締役さんですか!うちの子供たちが大変お世話になっておりまして」
と母は言う。弥日古が見ると
《§§ミュージック取締役・村山千里》
と印刷されている。え〜〜〜?千里さんって、§§ミュージックの取締役さんでもあったの?
「実は急ぎのCM撮影がありまして。明日にはテレビでオンエアしなければならないので」
「それは急ですね!」
それで母にも社務所に上がってもらう。
40歳くらいの巫女衣装?の女性がお茶とお菓子を持ってきてくれる。
「あら、この神社は?」
「私が禰宜(ねぎ)、こちらが巫女長(みこちょう)なんですけどね」
「まあ、禰宜さんに巫女長さんですか!?」
弥日古は“禰宜”って“ねぎ”って読むのだったのか!と思っている。
その巫女長さんも名刺を出したので母が受け取った。
「権禰宜(ごんねぎ)って書いてある」
「一応神職の資格も持っているので権禰宜にしてもらっていて昇殿祈祷などもしますが、宮司か禰宜がいる時は巫女長ということで」
「ああ」
「彼女がいるから私も安心して出掛けられる。特に今年はかなり不在にした」
「でも宮司よりは居る確率が高い」
「確かに。宮司が留守がちなものでこの神社はだいたいこの2人でやってるんですよ。あとは中高生のバイト巫女さんと」
「それと千里ちゃんはこの神社を拠点にした立花剣道錬成会の師範代だね」
「禰宜も師範代も無給だけどね」
「むしろよく錬成会の参加者におやつをおごってる」
「まあ師範も無給だしね。§§ミュージックのほうは、会社乗っ取りに対する防衛のために私が1%の株を持っているだけで、会社運営にはあまり関わってないんですけどね」
「ああ、そういうことですか」
「会長・社長・アクアが33%ずつ持ってて私が1%です」
母は一瞬考えたが
「なるほどー!4人の内3人が同意しないと重要事項は決められない」
と感心したように言う。
「そうなんですよね」
と千里さんは言ったが、弥日古はさっぱり分からない!
(母は会社合併などの重要事項は株主総会で2/3以上の賛成が必要なことを知っている)
「だから取締役はほぼ名前だけで、役員報酬ももらってません。もっとも配当が凄まじいですが」
「凄いでしょうね!」
「レンタカーで来られたのなら返してきてください。終わったらこちらでお送りしますよ」
と言って千里さんは助手の伊呉さんという人を呼び、母の車と一緒に姫路市内のレンタカー屋さんに行き、そこで乗り捨て・精算の手続きをした。そして伊呉さんの車で母は制作場所に向かった。
伊呉さんは「宮崎空港との往復のガソリン代も含めて」と言い、レンタカーの代金に加えて1万円母に渡した。母はレンタカーの代金やガソリン代はクレカで払い、§§ミュージックからは現金でもらって助かったようである(支払日までに使い込まないようにね)。
なお仕事がらみになったことで、ホンダジェットの運行経費は全額§§ミュージックの負担となり、七石プリムの負担はゼロとなる。
一方、弥日古は千里さんと一種に§§ミュージック姫路分室(§§ミュージック音楽教室・姫路教室を併設)に行った。
姫路分室には古い船のセットが作られている。但しほとんどハリボテである。こちら側の舷側(げんそく)だけで、向こう側は作られていない。舷側板の向こうには単に鉄骨で架台を組んでいるだけである。いちばん上にフロアが作られており、そこへは梯子で登る。万一転落した場合に備えて周囲には走り高跳びで使うようなクッションがたっぷり置かれている。
姫路分室のスタッフが「トランペット届いてます」と言って千里さんに楽器ケースと新品のマウスピースを渡す。
「吹いてみて」
「はい」
それで弥日古は『展覧会の絵』の冒頭を吹いてみせる。
「かっこいいね!」
と千里さんも姫路分室のスタッフさんも拍手してくれた。合格のようである。
「これ君の衣裳ね」
と言って渡されたのは、竹取物語で船頭の役をした時に着たのと似た貫頭衣風の衣裳である。正確には筒型衣というらしい(*39).
やがて若い女の子たちが入ってくる。こちらを見ると
「あ、広瀬のぞみちゃんだ」
「おはようございまーす」
と挨拶するので、こちらも
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
この子たちは関西の信濃町ガールズたちで、姫路教室の子からピックアップして集められたらしい(*40)。しかし本部生でもない自分の顔をよく覚えてるなあと弥日古は思った。
彼女らも筒型衣を着る。彼女たちの衣裳も弥日古の衣裳も麻製だが、彼女らの衣裳は生成り(きなり)で、弥日古の衣裳は黄色く染めてある。化学染料ではなく古来の苅安(かりやす)で染めていると説明された。このあたりはかなり凝っている。
(*39) 本来の貫頭衣というのは、毛皮やフェルトなどに頭と腕を出す穴を空け、かぶって着る服である。ところが魏志倭人伝の記述によれば、倭人は貫頭衣っぽいが少し縫った服を着ていたと言う。つまり毛皮とかフェルトなどは穴を空けてもいいが、糸を織って作った布地に穴を空けるとそこからほつれて分解してしまう。また、当時の織物は幅が30cm程度以上にはできなかったので1枚では身体全体を覆えなかった。
それで日本人は恐らく2枚の布地を縫い合わせるが、頭を出すところと腕を出すところを縫い残したものを着ていたと推定されている。こういうものを筒型衣という。日本の環境ではそのまま着られるような大型の獣の皮が入手できなかったこと、フェルトを作る技術が無かった(平安頃までモンゴルから輸入していた)ことから生まれたものだろう。
(*40) 兵庫県内には現在神戸教室・姫路教室・豊岡教室の3つの教室があるが、§§ミュージックの分室も置かれているのは姫路のみ。関西支部は伊丹空港のそばにあるが、(兵庫県)伊丹市ではなく(大阪府の)豊中市である。伊丹空港は豊中市・池田市・伊丹市に跨がっている。
やがて佐藤ゆかと山道秋乃@FlowerSunshine、それにトラフィック担当の平田結花子マネージャーが来る。弥日古も含めてみんなで
「おはようございます」
と挨拶する。3人も「おはようございまーす」と明るく挨拶して、リハーサルが始まる。
佐藤ゆかはパンダ役で、山道・平田が女官らしい。つまり平田マネはマネージングの仕事ではなくリハーサル役として来たようである。平田さんは170cmくらいあるので、夕波もえこか月城たみよか、背の高い子の代役だろう。パンダは舞音ちゃんだろう。佐藤ゆかちゃんはそもそも舞音ちゃんのリハーサル役によく起用されている。結果的に舞音ちゃんより忙しい。
先に台本の読み合わせをする。5パターン撮るらしいが基本的な流れは同じである。これは姫路拠点のお菓子メーカーH製菓の栄養補助食品“パンダエナジー”のCMと説明された。だからパンダのようである。
下記は台本の一例。
船が嵐に遭っている→みんな頑張って漕いでいるが、なかなか嵐を脱出できない→船頭(広瀬のぞみ)がラッパを吹く→パンダ登場→パンダが「あれで行こう」と言う→女房装束の2人がみんなに“パンダエナジー”を配る→みんな元気が出る→船頭が「島があるぞ。あそこに向かって漕げ」と言う→嵐を脱出→島の浜辺でひとやすみ→“パンダエナジー”は凄いなあ。
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