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「では出発しましょう」
というので、理彩は覚悟を決めて、唾を飲み込む。
そしてその次の瞬間、4人は神殿を見上げる坂の下に居た。
「え?」
「この坂を登った所が月山神社の本殿です」と少年は言う。
「えーっと・・・」
「途中は面倒なので省略させてもらった。ただしここまで登ってきた分の疲労は課してある」
そう言われると、足が何だかたくさんあるいたみたいに痛いし、けっこう疲労感がある。
「お料理番組みたい!」と理彩が言う。
しかし気を取り直してその坂を登る。わずかな距離でも雪山。油断はできない。特に命(めい)は星を抱っこしていてバランスが悪いので慎重に登っていった。
誰もいない山頂の神社で参拝をする。
すると爽やかな雰囲気の青年が横に立っていて
「はるばるお疲れ様でした」
という。
「こんにちは。E村のN大神からと羽黒山からのお届け物です」
と言って、枇杷1箱と日本酒1本を渡す。
「ありがとうございます。ではこれを明日湯殿山にお願いします」
と言って、おそばの束をもらう。
青年は星を見て
「可愛いですね。それにパワーが大きい。いい神様になりますよ」
と言ってから、姿を消した。
その後、命(めい)と理彩は慎重に坂道を降りて、さきほどのポイントに行く。そして気がつくと、ホテルの部屋に戻っていた。
雪山用の装備は無くなっている。まるで夢でも見ていたようだが、荷物を確認すると、枇杷と日本酒が1つずつ無くなっており、そばの束があった。
そしてふたりはクタクタであった。
翌29日。その日から湯殿山行きのバスが出るということだったので、命(めい)と理彩は鶴岡市内からバスに乗って湯殿山まで行った。大鳥居の所の駐車場で下ろされ、そこからまた神社の所まで行くバスに乗り継ぐ。物凄く細くてカーブの多い道を上っていくので、理彩はこれ転落しないだろうなと不安になるほどだった。
神社の中に入り、お祓いを受けてから御神体の所に行く。この御神体のことについては「語るなかれ 聞くなかれ」と古くから言われたところである。
しかし理彩と命(めい)は昨日の「雪山登山」で足が物凄い筋肉痛だったので、素足になって、ここの御神体に登るのは、その疲れを取るご褒美のように思えた。参拝の後、足湯にも浸かってまだこわばっている筋肉をほぐす。
ふたりがここに来た目的も忘れて足湯の快楽をむさぼっていたら、隣に女性が来て足湯に浸かり「こんにちは」と命(めい)に話しかけた。それで命(めい)は使命を思い出した。
「こんにちは。E村のN大神からと、羽黒山と月山からのお届け物です」
と言って、枇杷、日本酒、そばを渡す。
「お疲れ様です。そばは半分はN大神に」
と言って半分の束を返す。そして
「これもN大神にお届け下さい」
て言って、サクランボの大箱とワインの瓶2本を渡してくれた。
彼女も星を見て「賢そうな顔をしている。それに凄いパワーを持ってますね。何かの時はお手伝いを頼みたいくらいだわ」と言っていた。
鶴岡に戻ってきたのはもう15時頃だった。が、今日は湯殿山までの往復、バスの中でひたすら寝ていたのでかなり体力を回復している。そのまま大阪に向けて出発することにする。湯殿山では晴れていたのに鶴岡に戻ってきた時は雲が厚くなっていて、出発して間もなく雨が降り始める。
また例によって100km程度ごとに交替で運転したが、新発田あたりまで来た頃にはかなり激しい雨が降ってきたし風も出てきた。ふたりとも慎重に運転する。
「とにかくスピード控えめに安全運転だよね」
「うんうん。ずっと左車線を走ろうよ」
今回はあまり長い休憩を取らず、その代わり助手席にいる側はできるだけ寝ておくことにする。ひたすら走り続けて21時頃、新潟県上越地方のPAでしばし休憩を取った。
ここからは6時間ほどで帰れるので、2時間くらい寝ようかということになる。
寝ようとしていた所で、運転席をノックする音。傘を差した20歳くらいの女性が
「旅の神様にちょっとお願いがあるのですが」
と言うので、車を降りて星を連れて女性と一緒に施設の中に行く。理彩には寝てていいと言ったのだが、命(めい)を女性とふたりにはできんと言って付いてきた。
「さきほど、この**川の上流で堤防が決壊して、50戸ほどの住宅が濁流に巻き込まれました。幸いにも事前に避難勧告が出ていたので死者は出ていないのですが」
「それは大変ですね」
「堤防が更に壊れそうなんです。ちょっと手伝ってもらえないかと思って」
「えっと・・・堤防を壊すのを手伝うのでしょうか?」
「ふふふ。昔はそんな危険な遊びをする龍さんもいたようですが、最近はみんなおとなしいですよ。私は安産や子供の守護、家庭平和が専門なので、あまりこういうものに作用するパワーが無いのです。どうしたものかと思ったら、ちょうど強い龍神様が通りかかったので、お手伝いをお願いできないかと思って」
「何をすればいいんですか?」と命(めい)が訊く。
女性は地図を広げて説明する。
「これが先ほど決壊した地点です。この川の流量が多すぎるんです。支流の##川に少し流します」
「どうやって?」
「この分岐点の所の入り口を狭めます。それでこちらの川への流量を減らします」
「でも##川の方で被害が出たりする可能性は?」
「##川はここ5年ほどしっかりした護岸工事・堤防の補修ができてるんです。**川は今年の夏からその工事が始まるところだった所にこの被害なんですよ」
「なるほど」
「その為にここにある丘を崩して土砂を流入させ、川の入口の2割ほどを埋めます」
「ああ。こんな対策は人間じゃできませんね」と理彩。
「能力的にというのと、政策的にですね」と女神さん。
「ええ。僕が心配したように##川の流域から責められますよ」と命(めい)。
「星出来る?」
星がマジな顔で小さく頷く。
「じゃ、その御子を私に預けて頂けますか? 現地に行って処理してきます」
「私も行っていいですか?」と命(めい)が訊く。
「いいですけど、ずぶ濡れになりますよ」
「構いません。星の仕事を見ておきます」
「了解です。では一緒に行きましょう」
星を前向きに抱っこし直す。次の瞬間、命(めい)は豪雨の中の空中にいた。雨風が否応なく身体に吹き付ける。真下に大きな川の分岐点が見える。星がそのそばの丘を見つめた感じがした。丘が崩れる。川に土砂が流れ込み、入口が3割ほど埋まる。川の流れが変わった。命(めい)は星の持っているパワーの凄さをあらためて実感した。
これまで星が見せていた、落下した赤ん坊を助けるとか、風呂釜のスイッチを入れるとかは、SFに出てくる超能力者でも出来そうだ。しかし山を崩し川を堰き止めるなんてのは、パワーの桁が違う。命(めい)自身が星にも言っていた「人知を尽くしてもできないこと」だろうと思った。
『ちょっと埋めすぎた。ごめーん』と星が言うが、女神さんは
「ああ、このくらいは大丈夫でしょう」と言った。
後でニュース記事で見たのでは、これで女神さんが言ったように**川の流量が減り、堤防の更なる決壊は起きなかった。そして##川の方では流量が増えて、慌ててそちらにも避難命令が出たりしたものの、そちらでは一切被害は起きなかった。**川の方も危険だということで、堤防の整備が本来5年掛かりで行われる予定だったのが、決壊した所の修復も含めて前倒しして2年で整備する予算が付いた。
「お仕事」をした後、車に戻ってから着替えたあと、星は物凄い勢いでおっぱいを飲んだ。離乳食も5食分食べた。やはり凄いエネルギーを使うのだろう。理彩は命(めい)にも寝ているように言って、女神さんに手を振り、PAを出発した。
2時間ほど運転して福井県内のPAで1時間休憩する。更に1時間運転して名神に入り多賀SAで休憩したところで命(めい)が起きたので、その後は命(めい)が運転して、朝7時くらいに自宅に帰還した。
まどかが
「お疲れ様。オプションの仕事まであったみたいね」
と言う。
「疲れました。学校に出る時間まで寝ます」
とふたりが言うので、
「うん。寝過ごさないようにね」
とまどかは言った。
「はい。おやすみさない」
と言って、ふたりとも布団の中に潜り込み、そのまま眠りに落ちる。
まどかはひたすら寝ている星にも「お疲れさん」と言って微笑み、RX-7の運転席に納まって村への帰途に就いた。
ゴールデンウィーク後半。
3日から6日までは来海がずっとバイトしていると言うので、朝晩の祝詞を任せて、理彩と命(めい)は星を連れて帰郷した。
帰郷するとまずはまどかの家に行く。
「あれ、お留守かな?」
などと言っていたら、自動車の音がして、RX-7が庭に入ってきた。
「ハ〜イ!」
と言って、エコバッグを持ったまどかが降りてくる。
「ほんとにお買物に使ってるんだ!」
「あんたたちが来ると思っておやつ買ってきたよ」
と言ってケーキを出してお茶を入れてくれたので一緒に頂く。しばらくおしゃべりしていた時、理彩が「あれ?ピアノがある」と言う。居間の隅にアップライトピアノが置かれていた。
「どうしたんですか?」
「もらっちゃった」
「へー」
「東京の友達が引越しすることになって。でもピアノ運ぶのお金掛かるでしょ?どうせもう弾かないし、と言ってたからもらったのよ。運送代私持ちでこちらに運んだ。6万掛かったけどね」
「ああ」
「でも運送屋さん使わなくても、ピアノくらいまどかさんならヒョイと転送できるのでは?」と理彩は言うが
「理彩の家から運ぶんなら、それ使うけどね」
「慎ましいですね」
「私は慎ましいよ」
「でもこのピアノ少し音が狂ってる」
ふたを開けて『エリーゼのために』を弾いてみた理彩が言う。
「うん。調律屋さん頼んでる。ゴールデンウィーク明けに来てもらうことになってるよ。やはり東京からここまでの移動で少し狂ったかね〜。お友達はほとんど弾かないものの毎年1回くらい調律してもらってたらしいから」
「だけどピアノなんて弾くんですか?」
「うん。小学生の頃、ピアノ教室に通ってたから」
と言いながら、ピアノの前に座り『トロイメライ』を弾き始める。
「へー、上手いんですね」と理彩が素直にまどかを褒めた。
「星にも習わせるといいよ」
「ああ、こういうの小さい頃に習ってた子は違いますよね」
「私は小学3年から通い始めたけど、幼稚園の頃からやってた子にはかなわないと思ってたね」
「そうでしょうねー」
「でも習いに通ってたなら、家にピアノ無かったの?」
「私を育ててくれたおばちゃんから、うちにもピアノ買う?って訊かれたけど、高いし、いいって言ってた」
「まどかさんもあれかな・・・・自分が要らない子みたいに思ってた部分、ありません?」と命(めい)が言う。
「・・・・そうだね。自分は居ない方がいいんじゃないかとかよく思ってたね」
「僕も、自分は親に苦労ばかり掛けてって、小さい頃よく思ってたから」
「命(めい)はまどかさんがいなかったら生きて来られなかったけど、まどかさんも命(めい)のお世話することが、励みになってたのかもね」
「ああ。それはあるよ。命(めい)を可愛い女の子に育てて、成人式には振袖を着せてって思ってたから」
「最初から女の子になる予定だったんですか?僕」と言って命(めい)は笑う。
「可愛い!男の子にしとくの、もったいない!って思ったからね」
「命(めい)って、昔から美人でしたよね」
「だいたい本人も、女の子になりたいって言ってたよ」とまどか。
「えー?そうだっけ?」
「ああ、言ってた言ってた。おちんちん取りたいって言うから、私がその内お医者さんになって取ってあげるよ、と言ってたんだよね」と理彩。
「うーん。。。。」
「そうだ。命(めい)、理彩のお母ちゃんからお花習ったら?振袖着てさ」
「ああ、うちの母ちゃんも教えたいって言ってたよ。振袖着せて」
「そうだなあ。折角振袖作ったし、それもいいかな」
「よし。母ちゃんに言っとくね」
「あはは」
「その内、星にも振袖着せて、ピアノとお花を習わせようかなぁ」と理彩。「あんた、星にも女装を唆すつもり?」とまどか。
「だって、あの子、すごく可愛いんだもん。男の子にしとくのもったいない」
「星のおちんちんは切らないようにね」
「はーい!」