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しばらくまどかが公子の家で実体化した状態で暮らし、公子に連れられて買物などに行ったり、公子の職場に付いて行って産院に来る子供達(赤ちゃんのお兄ちゃん・お姉ちゃんたち)と遊んだりしていたら、民生委員の人が公子の家に来て言った。
「西沢先生、お宅に小さい女の子がこないだからずっと居るようですが、小学校に通ってませんよね?」
「ああ、親戚の子を事情があって預かっているのですが」
「産院をやっておられると、その手の事態は時々あるかも知れませんが、もし長期間預かるのでしたら、小学校にやりませんか? 西沢先生に親権がある訳でもなくて、住民票も移せないようであっても、そのあたりは学校との話合いで、何とでもなりますから」
「分かりました。ちょっと話し合ってみます」
民生委員さんが帰ってから、公子はまどかと話す。
「小学校か。どうしようか。お前行きたい?」
「うん。何かランドセル担いだ子供たちが楽しそうにしてたから、私も小学校って行ってみたい気はしてた」とまどかが言う。
「そうだね。でもお前、戸籍も無いと言ってたしなあ」
「戸籍ってのがあれば小学校に行ける?必要なものがあったら私作るよ」
多気子は怨(えん)の出生届けを出していなかったので、東川怨には戸籍が無かったのである。しかし家庭裁判所の審判をして戸籍を作ろうとすると、怨は既に死亡しているという困った事実が出てくるだろうし、多気子が死体遺棄や過失致死などの罪で訴追される可能性もある。多気子は怨の死体をアパートの押入れに隠していたが、それは伊勢湾台風の洪水で流され、まどかによればその遺骨はもう海の底に沈んでいるらしい。
そしてそもそも怨の戸籍を利用しようとすると、男の子として戸籍に登録されてしまう。まどかは女の子として人間の世界で暮らしたいと思っていた。
「ああ、お前なら作っちゃえるかもね。でも表面的な書類だけじゃなくて、役場の登録原簿自体が無いとまずいけど」
「うん。そのくらいどうにでもするよ」
「そうかい?」
まどかは、名古屋で伊勢湾台風で亡くなった、親戚も無い30代の女性の戸籍を利用し、その人にまどかという娘がいたことにして、公子がその子を引き取って養子にした、という書類をでっちあげた。これで戸籍の上で「西沢まどか」が誕生した。そして民生委員さんの口利きでまどかは小学2年生として夏休み明け、1960年9月から地元の小学校に通い始めた。
そうして「西沢まどか」は、その後、ふつうの女の子として、小学校・中学校・高校、そして大学まで通うことになる。その間まどかが関わった多数の友人との交流、そして何と言っても公子の暖かい愛としっかりした教育が、まどかの傷だらけだった心を癒やすとともに、冷酷で歪んだ性格も少しずつ変えて行った。
西沢公子は助産院を経営しつつ、裏稼業として霊能者をしていた。まどかはその表の仕事の助手のようなこともしつつ(おっぱいマッサージなどもそれで覚えた)、霊能者のお手伝いもしていた。
少々タチの悪い霊がいても、まどかが睨みを効かせるとさすがに相手が萎縮していた。まどかの話も聞かないほどの暴走した霊には厳しいお仕置きをしてやった。ただ、公子はほんとにやむを得ない時以外、できるだけ、まどかにその力を使わせないようにして、普通の手法で霊的な処理をしていたし、まどかも基本的には公子の仕事には手や口を出さないようにしていた。
一方多気子の方は西沢和史と入籍し、子供はつくらなかったものの仲良く暮らし、結婚している最中は一度も浮気をしなかった。ふたりは和史が60歳で死去するまで一緒に暮らした。その間、多気子は主婦をしながらスナックに勤務。30歳を過ぎてからは自分の店を持った。一方で多気子は自分が赤ん坊を死なせてしまった自責の念から、若いお母さんを支援するボランティア団体に参加し、積極的な活動をしていた。
まどかはしばしばふたりの家にも遊びに行っていた。最初西沢公子に引き取られた孤児と称していたが、いつしか多気子は自分が産んで死なせてしまった息子の「女装姿」であることに気付く。多気子はまどかの正体に悩む。てっきり幽霊かと思ったのにふつうの子供として学校に通っているようだし。。。。
多気子がまどかが幽霊とか妖怪とかの類のものではなく、もっと別のものであることを確信するのは、まどかが中学生になる頃である。
「でも、まどか。お前ずっと女の子の格好してるけど、そちらが好きなの?」
と多気子は小学5年生の頃、訊いたことがある。多気子は戸籍まで見ていないので、まどかが戸籍上女の子になっていることまでは知らなかった。
「そうだねー。割と楽しいよ。可愛い服着られるし、女の子たちとのおしゃべりも面白いし」
「まあ。自分の性別なんて好きな方で生きればいいよね」
「うん。そうだと思う」
多気子も商売柄多数のゲイボーイさんたちとの付き合いがあったので、その方面に関してはあまり偏見を持っていなかった。
「だけど、お前、女の子として暮らしていたら、プールとかお風呂とかどうしてるの?」
「ああ、それは適当に」
「へー。凄いね。うまく誤魔化しちゃうのかな」
「ふふ。内緒」
時を現代に戻して2014年4月。
命(めい)は無事2年生となり、また今年の祈年祭で神様との踊りを踊った来海が大阪大学の文学部に合格して、理彩・命(めい)の後輩となった。来海は豊中市内にアパートを借りたが、しばしば吹田の理彩たちの家に来て一緒に御飯を食べたりした。ついでに朝晩の祝詞を覚えさせて、命(めい)や理彩が数日大阪を離れる時に留守番を頼むこともあった。
「クーちゃん、入学祝いに温泉に行こう」
「・・・なんで温泉なの? リーちゃん」
「命(めい)も星も一緒に4人でお湯に浸かって楽しもう」と理彩。
「僕も行くの?」
「当然。星を連れて行きたいから、そしたら命(めい)も行かなくちゃ、おっぱいをあげられない」
「えっと・・・・それ女湯に入るんだよね」
「星は1歳だから女湯に入れて構わないし。命(めい)は今更男湯に入りたいなんて馬鹿なこと言わないよね?」
「もうさすがに開き直ってるけどね」
大阪市内のスーパー銭湯に行き、(当然女湯の)脱衣場で服を脱いでいたら「メイさんのおっぱい大きい!」と来海が感心するように言う。
「まあ授乳中だからね」と命(めい)。
「私のより大きいよね」と理彩。
「下は・・・・手術済み?」と来海が小声で訊く。
「内緒」と命(めい)は答えるが
「こういう場所で見ると、まず付いてないんだよなあ。Hする時は付いてるよ」
と理彩は言う。
「それって、実は付いてるのをこういう時にはうまく隠してるんですか?それとも実は付いてないのをHの時はあるように思わせてるんですか?」
「それが私にもさっぱり分からん」
命(めい)は笑って「手術はしてないよ」と言うが、理彩は「命(めい)の言葉ってあまり信用ならんからなあ」などと言っている。
星の服も脱がせ、命(めい)が星を抱いて浴室に行く。命(めい)はまず星の身体をきれいに洗ってあげて、それから(自分の体を洗い終わった)理彩に渡す。理彩が先に来海と一緒に浴槽に入り、遅れて命(めい)も自分の体を洗って湯に浸かった。
「なんか普通に女3人連れで赤ちゃんも連れてお風呂に入ってる感じ」と来海。
「高校生の頃は女湯に入るの、結構恥ずかしがってたのに、去年の夏にはもうそういう感じが無くて堂々と入ってたのよね。多分、去年の春頃にでもひとりでたくさん女湯に入って修行したんじゃないかって気がするな」と理彩。
「何の修行すんのさ?」と命(めい)が笑って訊くが
「女として暮らしていく修行だよね」と理彩は言う。
「女としてのフィニッシングスクール?」
「社交界にデビューするの?」
「女社会にデビューするんだね」
「でも僕は昔から女の子たちとよく話してたよ」
「確かにね!」
「メイさんって、男の子とも女の子とも話してたけど、どちらかというと女の子のお友達の方が多い雰囲気でしたよね」
「私もそれで小学生の頃は少し嫉妬したりもしたけど、命(めい)は絶対自分以外を好きになることはないという確信が持てたから、その内嫉妬しなくなった」
と理彩は言うが
「僕はずっと理彩に嫉妬しっぱなしだよ」
と命(めい)は言う。
「ああ、リーちゃんは浮気はもうやめるべきだと思うな」と来海まで言っている。
「私、この1年では2回しか浮気してないよ」
「新婚1年目で年に2回も浮気する方がどうかと思うけど」
「うっ」
「でも、星ちゃん可愛い子だよね」
「うん。可愛いよぉ。お世話していると、自分で産んだ子みたいな気がしてくる」
「今年は理彩も妊娠する予定だからね」
「やはり休学するの?」
「命(めい)の場合は妊娠中の姿を人に見られたくないというので結局1年休学したのだけど、私は構わんから半年だけ休学しようかとも思っているんだけどね」
「ああ」
理彩の妊娠中の通学は、あまり階段の上下などをさせたくないというので、モノレールは使わず、毎日命(めい)が車で送り迎えすることにしている。
「どっちみち卒業は1年遅れるけど、単位のやりくりが少し楽になるから」
「確かにね〜」
「だから今年の後期の試験が終わった後で出産するタイミングで行こうと思ってる」
「さすがに出産後は2〜3ヶ月就学不能だよね」
「命(めい)のお産後の様子を見てたらそんな感じだね。その間はずっと赤ちゃんのそばに居たいしね」
「だけど私もこうやって可愛い赤ちゃん見てると、早く産んでみたいなって気になってくる」と来海。
「卒業後にした方がいいよ」
「ああ、母ちゃんから釘刺された。理彩ちゃんの真似したらダメよって」
「あはは」
来海は命(めい)の方が星を産んだことを知っているが、来海の母はそのことを知らず、理彩が産んだものと思っている。
星は湯船に浸かってご機嫌で、命(めい)の手にじゃれて遊んでいる。
「この子、水やお湯に浸かるの好きみたいで、家のお風呂でも楽しそうにしてるし、何度かベビー水泳教室に連れて行ったけど、プールの中でもまるで泳ぐような仕草してみたり、ボールで遊んだりしてたね」
「実はもう泳げたりして」
「まさか」
しばらく3人+1(時々星も理彩と命(めい)にだけ直伝して会話に加わる)でおしゃべりしていた時、星が理彩に直伝で
『ねね、脱衣場に男の人が入ってきたよ』と言う。
『お風呂屋さんの人?』と理彩。
『違うみたい。女の人の服を着てる』
『まあ、そんな人はたまにいるよ。星のお母ちゃんだってそうだし』
『お母ちゃんはお風呂屋さんの建物に入った時に女の人の身体に変わったよ』
『ほほぉ』
『あ、この人、自分は脱がずに他の人のカゴを覗いてる』
『何?』
『あ、ブラジャーを手に持って自分の顔をなでなでしてる』
理彩は来海にニコっと笑いかけた。
「どうしたの、リーちゃん」
すると理彩はいきなり来海のお股の割れ目に指を入れ、クリトリスを触った。
「きゃー!!」
と思わず来海が大きな悲鳴をあげる。
「いきなり、何するのよ!?」
「うふふ。まあ、見てて」
脱衣場の方でガタンという音がする。来海の悲鳴に驚いて逃げようとして何かに躓いたのだろう。ほどなく少し遠い所から
「どうかしましたか?」というスタッフさんっぽい人の声。
そしてそれに続いて
「ちょっと、あんた何?」
という声。そして
「誰か来て! 痴漢!!」
という声が上がり、「こら待て」などと言った声やドスンバタンという物音がして、やがて静かになる。
『星、あの人捕まった?』と理彩が訊く。
『うん、捕まったよ』と星が答える。
「何だったんだろ?」と来海。
「痴漢がいたみたいね。脱衣場で下着を漁ってたみたい」と理彩。
「まさか、私に悲鳴を上げさせたのは通報するため?」
「そうそう。クーちゃんの悲鳴って昔から大きかったもん」
「だからって、何もあそこにいきなり触ることないじゃん!」
「だって本人を驚かせないと悲鳴出ないから」
「もう!」
「でも女湯に侵入してくるなんて、大胆な奴だな」と来海。
「ここにも女湯に侵入してる男がいるけど」と理彩。
「通報してみる?」
「勘弁してよ〜」と命(めい)は笑って言った。
『こういう時は誰かのお股に触って悲鳴をあげさせればいいの?』
と星が理彩に訊く。
『うーん。今のはあまり良いやり方じゃないな。非常ベルとか鳴らしてもいいよ』
『あ、じゃそうする。僕ちょっと女の人のお股に触るのは抵抗がある』
『うん。勝手に触ったら、いくら赤ん坊でも叱られるよ』と理彩。
『でもお父ちゃんの対処法って、お母ちゃんとは違うよね。お父ちゃんならどうするのかなと思って、今日はお父ちゃんに相談してみた』と星。
『ふふ。星のお母ちゃんのやり方は真面目すぎるからね。私みたいなのも少し覚えておいた方が、考え方が柔軟になるよ』と理彩。
『ふーん。柔軟って良く分からないけど』