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係員は初心者マークを車の前後に貼った上でノートのパネルの説明を簡単にしてくれた。ETCの場所を聞いて、ETCカードを挿入する。
「霧島神宮に行きたいんですが、カーナビをセットしてもらえます?」と理彩。
「はい、承ります」
と言って、係の人が目的地をセットしてくれる。
「高速経由でよろしいですか?ずっと下道で行かれますか?」
「高速経由で」
「かしこまりました」
カーナビは機種によって操作が全然違うし、走りながらは操作できないので(ノートの場合、左足で踏むパーキングブレーキと連動している)この際やってもらうのが楽、と理彩は思った。
「それではお気を付けて、行ってらっしゃいませ」
と係員に見送られて、理彩は車を出発させた。
すぐに理彩が命(めい)に訊く。
「西沢まどかの学生証なんて持ってたの?」
「ううん」
と言って、命(めい)は自分の学生証を見せる。斎藤命の学生証だ。
「でも、さっきは確かに、西沢まどかの学生証だった」
「まあ、そう思い込んだら、そう見えることもあるかもね」
「うむむ」
「だけど、その学生証の写真って、女の子にしか見えないよね」
「うーん。。。この頃は女装やめてたんだけどなあ」
「女の子が男の子の服を単純に着たって、女の子に見えるからね」
「うむむ」
宮崎ICから宮崎自動車道に乗り、約40分走って日向高原PAでいったんトイレ休憩。それから少し走って高原ICで降りる。そのあと国道223号を走って、9時半頃に霧島神宮の駐車場に到着した。
「運転お疲れ様」
「疲れたよ〜。やっぱり山道は辛い。うちの村の道ほどじゃないけどさ」
「少し休んでから帰ろ」
「うん。命(めい)早く運転免許取ってね」
「週明けから自動車学校に通うから」
参道を歩き拝殿まで行ってお参りする。
「桜がきれいだね」
「うん。でもどこで渡せばいいんだろ?」
「向こうは僕たちを既に認識してると思うんだけどな」
「旧参道の方に行ってみる?」
「いや、境内だと思うんだよね・・・・あ、分かった」
命(めい)は御札の授与所の方に歩いて行く。
「こんにちは。家内安全の御守りください」
と命(めい)は30代くらいの巫女さんに声を掛けた。
「はい。700円のお納めになります」
命(めい)は財布から700円出して渡す。御守りを頂く。
「それから、これは鵜戸大神からの言付かり物です」
「はい、ご苦労様でした。それではこれを申し訳ないのですが、青島に届けていただけませんでしょうか?お昼を食べる前に」
「了解です」
命(めい)は笑顔で巫女さんからお菓子の箱を3つ受け取ると、理彩と一緒に参道を戻る。
「巫女さんに変身してるとは思わなかった」
と理彩が言うが命(めい)は指を横にチッチッチという感じで振り
「違うよ。あの人、生き神様だよ。星と同じ」
「えー!?」
「神様と人間の子だよ。いづれ神様になるんだと思う」
「そんなの分かるの?」
「うん」
と命(めい)が平然として答えるので、理彩は『命(めい)って私の見てないものをたくさん見てるのかなあ』と、ふと思った。
駐車場に戻り、車の中で少し仮眠してから出発。国道を高原ICに向けて走る。
「ねー。命(めい)、ちょっと運転しない?」
「それはダメだよ。無免許で捕まると、今度は運転免許試験を受けさせてくれないからね」
「あ、それはまずいね。しかし今日もお昼抜きかなあ」
「まあ、なるようになれだね」
「でも授与所にいた女の人が生き神様なら、あの人がそのうち現役神様になると、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)になるの?」と理彩。
「それは違う」と命(めい)。
「え?じゃ迩迩芸命(ににぎのみこと)?」
「それは全く違う。あの人はあくまで霧島大神。ってあくまで仮の呼び名だけどね。本当の名前はごく限られた人しか知らないし、それを呼んでもいけない。失礼に当たる」
「え、でも霧島神宮に祭られているのは迩迩芸命と木花咲耶姫なんでしょ?」
「そのあたりはちょっと言葉では説明できない事情がある」
「むむむ」
ふたりの車はお昼前に宮崎ICまで戻り、それから国道220号を南下する。少し渋滞していたので青島に着いたのは1時前だった。車を降りて神社まで行く。本殿にお参りしてから元宮に行き、そこでまたお参りすると、昨日会った女性が姿を現した。
「こんにちは。こちらは霧島大神からの言付かり物です」
「ご苦労様」
と言って女性は紙袋を受け取ると、3つ入っていたお菓子の内1つをこちらに返して
「これはN大神に渡してください」
と言う。
「分かりました」
「残り2つは私と鵜戸だけど・・・・」
などと言うので、理彩はまた鵜戸に行くのか!と思ったが、
「今日中にどうも持って行ってくれる人が来そうだから、その人に頼もう」
などと言う。運び屋さんはけっこういるのかな?
「それから、これもN大神に献上してください」
と言って、女性は日向夏を1個とマンゴーのたくさん詰まった袋を渡した。
「かしこまりました。お菓子と一緒にお届けします」
「よろしく。じゃ、またね。お幸せにね」
と言って手を振ると女性は姿を消した。
「その日向夏は、私たちが霧島にお届けしたのと同じ奴だよね」
「誰かが鵜戸から青島に運んだんだろうね」
「やはりお中元シーズン?」
ふたりは2時頃宮崎駅前まで行き、車を返却した。ちょうど5時間半借りていたことになる。帰りのチケットは15時半の「にちりん」になっているので、駅の近くの地鶏焼きの店で遅めのお昼御飯を食べる。
「わあい、今日はお昼を食べられた」
などと理彩は喜んでいる。
その後ふたりは各々の実家へのお土産、それから自分達からまどかへのお土産を買った。まどかの好みそうな感じの甘いおやつを買う。ウイロウも買った。日本酒は売場の人に尋ねた。
「宮崎の地酒で人気のものってありますか?」
「焼酎でいい?」
「日本酒がいいんですが。純米酒とかあるといいのですが」
「ああ、じゃ、これかねえ」
と言って出してくれたのを2本買った。祭壇の左右に1本ずつ置くためである。
少々荷物が多くなったが、命(めい)が頑張って持って「にちりん」に乗り込む。ハイパーサルーンだ。グリーン車は横3列というゆとりの座席。ふたりは右側の2列並びの席に着いた。座り心地がいいし眺めが素敵だ。
「ああ、でも自分達でチケット取って旅行する時にグリーン車なんて多分取らないよね」
「やっぱり、これ新婚旅行スペシャルだよ」
列車は日豊海岸を北上する。単調だが、景色が美しい。ふたりは疲れたから寝てようなどと言っていたものの、結局「にちりん」では眠らずにひたすらおしゃべりをしていた。ちょうど大分付近で日没となる。東向きなので日が沈む所は見られないものの、刻々と空の色が変わっていく様子は美しく、ふたりは見とれていた。
20時に小倉に着き、「のぞみ」に乗り継ぐ。この車内でふたりは肩を寄せ合ってすやすやと眠ってしまった。
誰かに揺り起こされるような感覚で目が覚めると、もう新神戸だった。慌てて降りる準備をする。棚の上の荷物を降ろし、忘れ物をチェック。鏡を見てお化粧の乱れを手早く直す。そして新大阪で降りる。降りる前に理彩の母にメールしたら迎えに行くということだったので、そのまま新大阪で改札を出る。
理彩の母はすぐに迎えに来てくれた。ヴィッツの後部座席にはベビーシートを設置して、星が寝ているので、理彩が助手席、命(めい)が後部座席に座る。星が命(めい)を見て泣き出したので、駅を出て少し行った所で脇に駐めてしばしお乳をあげる。それからまたベビーシートに寝かせて出発。15分ほどで自宅に帰還した。
ふたりはまず神殿の前に行き、一緒に二礼二拍手一礼してから、左右に宮崎で買ったお酒を並べ、青島の神様から預かった日向夏とマンゴーや自分達で買ってきたおやつなども並べた。
「マンゴー随分あるね!」と理彩の母。
「明日、下げてから村に帰る時に持ち帰ってもらえますか?」と命(めい)。
「うん」
「霧島でもらったお菓子とウイロウは置かなくていいの?」と理彩。
「あ、それは大丈夫」と命(めい)。
命(めい)が再び星を抱いてお乳をあげながら、しばし旅の話をする。
「へー、霧島神宮まで行ったんだ!」
「なんかうちの村に入るのと似たような感じの山道だった」
「ああ、あのあたりは凄いだろうね。全部行ったの?」
「全部?」
「霧島神宮は、噴火の影響で移転を繰り返していて、その経緯で確か5つか6つに別れてるのよ」
「えー!?」
「霧島神宮と書かれた所にだけ行ったけど」
などという話をしていた時、玄関のベルが鳴る。理彩が出てみると、まどかだ。
「夜分、ごめんね」
「ううん。ちょうど良かった。さっき帰って来た所」
と言って招き入れる。
「最初にこれお返しします」
と言って命(めい)はクレカとETCカードを返した。
「それから、これ『お友達』からです」
と言って、霧島神宮の巫女さんからもらったお菓子を出す。
「薩摩大使、これ私、好きなのよ。みんなで食べようよ」とまどか。
「あ、今お茶入れますね」と理彩の母が言って、煎茶を入れてくれた。
これは簡単に言えば、あんこをかるかんで巻き込んだロールケーキである。命(めい)は授乳しているので、理彩が切り分けて配る。
「美味しい。ちょっと面白い食感ですね」
「基本的にはかるかんですね」
「うん。やはり宮崎・鹿児島に行くと、かるかんだよね。向こうで飫肥揚げとか食べた?」
「食べ損ないました。向こうで食べたローカル食は地鶏だけです」
「ふーん。じゃ、来年くらいまた行ってくる? 霧島神宮6箇所巡りとか」
「ああ、やはり」
「6つあるんですか?」
「ああ、やはり5個じゃなくて6個でしたか?」と理彩の母。
「ひとつは合体してるから、5箇所6社だよ。霧島神宮、霧島東神社、東霧島神社、霧島岑神社、狭野神社」
「廻り甲斐がありそうだ」
「まあ車でなきゃ廻れないね」とまどか。
「それまでには命(めい)も免許取ってるだろうしね」
「あの道、ひとりで長時間は辛いです」