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命(めい)たちは4月1日に大阪に戻った。宮司さんが奥さん・梅花さんと一緒に同行してくれて、3人で命(めい)たちの家の1階和室に神殿を作り、そこに村の神社から持って来た分霊を納めた。
「この場所の上は屋根なんですね」
「そうなんですよ。昔の家だから、今流行の総二階じゃなくて一部二階なんですよね。二階になっているのは南側だけだから、北側の端に南向けて神様を祭ると、神殿の上は屋根だけという絶好の状況になるんです。最近の家ならそもそも1階は全部LDKにして2階に居室を並べる家が多いですね。それだと神様を祭る場所がなくなってしまう」
間取り図
「いい家ですね。なかなか探してもこういう家は見つかりませんよ」
「それも神様のお陰です」
「うんうん。それで祝詞ですが、毎日朝は日出の時刻、夕方は日入の時刻にあげてください。水と米は毎日交換してください。その他のお供えはいつしても大丈夫ですが、何日もお供えが無いという状況は避けてください。これを始める以上、きちんと祭れなければ逆効果になりますからね」
「はい。命(めい)をぶん殴っても祝詞は唱えさせますから」と理彩。
「私も命(めい)君だけなら不安な気がしたのですが、理彩さんが付いていれば大丈夫だろうということで、このお話に乗りました」と宮司さん。
「なんか信用度が違うなあ」と命(めい)は苦笑した。
神殿の設置と分霊の納めが終わってから、命(めい)は神殿の前に三宝を並べ、中央に置いた一際背の高い三宝に塩・水・米を供えた。また神殿の脇に梅鷹の純米酒を置いた。
「梅鷹は命(めい)君の好み?」などと宮司さんが訊くので命(めい)は
「今の神様の好みです」と笑顔で答えた。
「へー、お告げとかあったの?」
「あ、結構いろいろと聞いてます。先代神様は白玄の大吟醸が好きみたいです」
「へー!」
命(めい)はその他に、出回り始めたばかりのビワ、村の和菓子屋さんで作っている鹿の子と栗羊羹、東京の友人から送ってもらった、うさぎやのどら焼き、更に普通に売っているガーナチョコ、エンゼルパイ、プッチンプリン、そして命(めい)の親戚の家で作っているお茶、なども三宝に乗せて並べた。
「甘いものを随分並べたね」
「今の神様、女の人だから、甘い物が好きなんですよ」
「!!やはり? いや、僕も何となくそんな気がしたんだ! そうだったのか。祝詞をあげている時の感触がなんかね・・・・。祈年祭の後で神様が代替わりしたのは感じてたんだけど、あの感触の違いはやはり女の神様だからか!命(めい)君って巫女(みこ)なんだね!」
「梅花さんもわりと巫女体質でしょ?神様たちのお気に入りみたい」
「ああ・・・神事してて入られてるって思う時ありますよ」と梅花さん。
「うちの3人の娘の中で、梅花がいちばんその素質あったからね。この子が小学校に入った頃から、いろいろ神事の手伝いしてもらっていたんだよね」
やがて日入の時刻になったので、命(めい)が夕方の祝詞を奏上する。みんなで拝礼してから、宮司さんたちは帰った。
「ねぇねぇ、おさがりもらっていい?」と理彩。
「そうだね。プッチンプリンあたりから」
といって命(めい)は拝礼してから、プリンを降ろす。
「これ三連だよ。私と命(めい)がひとつずつ食べて、あと1個は?」
命(めい)は答えずにプリンを1つ右手に持ち左上の方角を向いて微笑む。するとそのプリンがスッと消えた。
理彩が目をこすっている。
「今、消えたような気がしたんだけど」と理彩。
「あまり細かいこと気にしない方がいいよ」と命(めい)は言った。
その週の土曜日。神戸の春代と香川君、和歌山の正美、京都組4人、それに奈良組の玖美・博江・浩香・綾・河合君・竹田君・高宮君・佐山君の8人が出てきてくれて、命(めい)たちの家に集まり、星まで入れて総勢18人で「結婚と誕生のお祝い」をした。
最初に春代が持参した巫女の衣装を着て、みんなの前で三三九度をした。杯は先月実際の結婚式に使用した素焼きの土器(かわらけ)の杯である。
LDKに折りたたみ式のテーブルを3つ並べた。料理は主として春代と京都組が手分けして作って持ち寄ってくれた。
「しかし超難関の阪大に入って、いきなり赤ちゃん作っちゃうなんて無茶苦茶」
「どうやって育ててんの?」
「ああ。僕が休学してるから」と命(めい)。
「なぜ命(めい)のほうが休学?」
「そりゃ、妊娠させた責任じゃないの?」
「もうひとり産む予定だから、来年は私が休学する」と理彩。
「えー!?」
「無茶苦茶な奴らだな」
「だけど命(めい)はすっかり女の子になったね」
「そうだねー。もう完璧に開き直った。この胸も本物だしね」と命(めい)。「いや、その胸、高校時代から本物だったでしょ?」と愛花。
「もう男性機能も高校時代に捨ててたのかと思ったのに」と小枝。
「ああ、命(めい)はもう男性機能無いよ。でも精子を冷凍してるから」と理彩。
「そういうことだったのか!」
「じゃ、人工授精?」と高宮君。
「ちょっとまた誤解を招く話を。確かに僕もう男性機能無いけど、去年の夏まではまだあったし、この子は人工授精じゃないよ」と命(めい)。
「去年でも一昨年でも大差無いね」と春代。
「男性機能無い代わりに女性機能あったのでは?」と杏夏。
「命(めい)は女性機能あるよ。実はこの赤ちゃんは、私が父親で命(めい)が母親なのよ」と理彩。
「えー!?」
「なんか、お前たちだとあり得る気がしてきた」と河合君。
「河合君は女装して来なかったのね。正美は完全に女の子になってるけど」
「俺は女装趣味ねーよ」
「ほんとかなあ? 彼女としての見解は?浩香」
「ああ、たまにスカート穿いて鏡を見つめてるけど、まあそのくらいはいいわ」
「やはり」
「ちょっとー!みんなが誤解するじゃん。あのスカート、俺が寝てる間に勝手に穿かせてたくせに」
「でも嬉しそうだったよ」
「河合君の精子も冷凍しておいたほうがいいかもよ。去勢しちゃう前に」
「去勢なんてしねー」
「正美は去勢した〜?」
「してない、してない。ヒゲは脱毛したけど。今の所それ以上やるつもりは無い」
「あ、でも女の子の声の出し方うまくなったね」
「うん。これはかなり練習したよ」
「じゃ、次はおっぱい大きくしなきゃ」
「いや、それやると男に戻れなくなるし」
「既に男には戻れなくなっている気が」
河合君と高宮君、それに百合が日本酒やウイスキー、ワインなどを持ち込んでいたので、何人かが飲み始める。正美などは飲んではいないものの、まるで酔っているかのようにハイテンションだ。
「眠くなった人は勝手に寝てね〜。女子は二階の奥の部屋、男子は二階上がってすぐの部屋。一応『男子』『女子』と紙を貼っておいた。女子は二階の奥の部屋が満杯になったら、隣の座敷で寝てもいいから」
と命(めい)が言う。
「各自の性別は自己申告でいいからね」と理彩。
「戸籍上の性別は不問だね」と玖美。
「正美と命(めい)は女の子の分類だよね」
「河合はどっち?」
「俺は男だよ〜」
「じゃ男子は5人かな」と香川君。
「俺、近眼で表示見えないから、寝る時は誰か連れてって」と竹田君。「大丈夫。男子が女部屋に寝てたら、おちんちん切るから」と理彩。
「怖ぇ〜」
「逆に女子が男部屋に寝てたら、おちんちんくっつけちゃおう」
「どっからそのおちんちん持ってくるのよ?」
「おちんちん切って欲しそうな顔してる男の子から取る」
「じゃ最初は正美ね。命(めい)はもう付いてないみたいだから」
「僕、明日まで男の子でいられるんだろうか・・・」と正美。
「いや、正美は既に女の子でしょ?」と春代。
宴会が進むにつれ、何人かが二階に行って休む。男子たちは数人眠り掛けていたところを揺り起こされて、5人で一升瓶1本とコップを持って上に行った。酔いつぶれるのと寝るのとどちらが先かという態勢。
そのうち理彩まで酔い潰れて春代に連れられて二階に行く。命(めい)は星がおっぱいを欲しがったので、隣の部屋に連れて行って授乳する。やがて眠ったのでベビーベッドに寝かせて、リビングに戻ったら、いつのまにか宴席にまどかが紛れ込んでいるので、命(めい)は苦笑いした。
「お姉さん、飲みっぷり豪快ですね。私と気が合いそう」
などとまどかの隣で飲んでいる百合が言っている。
「あれ、お酒無くなっちゃった」
「命(めい)、隣の部屋から梅鷹持って来てよ」とまどか。
「まあ、まどかさんが言うのなら」
命(めい)は座敷に戻り、神殿の前で二拝二拍一拝してから、右側の御神酒を下げ、リビングに持って行く。
「おー、サンキュー。まだもう1本あるし、それも切れたら命(めい)に買いに行かせるから、どんどん飲もう」
などとまどかは言っている。
「お姉さん、命(めい)のおばさんなんですか?」
「うん。まあ、命(めい)は私の息子みたいなもんだよ」と、まどか。
「そうだね。小さい頃からほんとによくしてもらったね」と命(めい)。
「僕が小さい頃身体が弱くて死にかけた時に何度もまどかさんに助けてもらったんだよ」
「へー。まどかさん、お医者さん?」
「そうだねー。似たようなものかな」
「ねえねえ、まどかさん? 命(めい)って本当の所、男の子なんですか?女の子なんですか?」と小枝。
「うーん。私は実質女の子だと思ってるけどね−。もうおちんちん無いし、おっぱい大きいし」
とまどかが言った途端、命(めい)のお股は女性型に変えられてしまう。
「やはり、そうなんだ!」
「小さい頃は男の子だったけど、もうほとんど女の子になっちゃってるよね」
「ああ、そうなんでしょうね〜」
結局、小枝・百合、浩香・綾、まどか・命(めい)の6人で朝6時まで完徹した。朝ご飯に命(めい)がカレーを作り、それを食べた所で小枝たちは隣の座敷に入って寝る。それと入れ替わりに二階で寝ていた理彩が起きてきた。
「あれ〜、まどかさんがいる」
「一緒に僕たちのお祝いをしてくれたんだよ」
「わあ、ありがとうございます」
と言ってカレーを自分で盛って食べ始める。
「ねえ、たこ焼き食べたいから今日作ってよ」
「了解です!」と理彩。
「材料とたこ焼き器買ってきて、命(めい)に作らせますから」
「僕が作るのか!」
「ふふふ。あんたたち、やっぱり面白い」
「御神酒も2本とも開けちゃったからなあ。買って来なきゃ。大阪のお酒で好きなのあります?」
「そうだねー。秋鹿の純米酒。あまり高いのでなくてもいいからねー」
「探してみます」
「無かったら、月桂冠でもいいよー。あそこもわりと好き」
「へー」
「ああ。そうそう。あんたたちの結婚祝いにこれあげる」
と言って、まどかはシャネルの口紅を2本取り出し、1本ずつ命(めい)と理彩に渡した。ROUGE COCO SHINE #53PREMICE と書かれている。
「まどかさんからの贈り物なら水晶とか真珠とか出てくるかと思った」
「ああ。そんなのは自分で買いなさい。ふたりともこの色が合うと思ったのよね」
「塗ってみよう」
と言って、理彩はさっそく塗ってみる。ピンクの可愛い色だ。
「あ、可愛いね」と言いながら命(めい)も塗ってみる。
「うん、命(めい)も可愛いよ」
「ふたりとも肌の色の系統が似てるから同じ色で行ける気がしたんだよね」
「お揃いの化粧品を使えるってのも、いいかもね」
「うん。男女の夫婦ではできないワザだね」
「でもまどかさん、色々私たちに物をくれたりするけど、どうやって調達してるんですか?」と理彩が訊く。
「ああ、それは誰かの身体に入って買いに行くんだよ」と命(めい)。
「僕も昔からよくそういう『お使い』してたもん」
「へー」
「渡す係の方もしたことある。病気の人の所に薬を届けに行ったり、成人式に着る服が無い娘さんに振袖を持って行ったりしたよ」
「わあ」
「私を入れてくれる人が命(めい)以外にも何人かいるのさ。お金は私が自由に使える口座が実は何個か存在している。そこに定期的にお金を入れてくれる人も何人かいるんだよ」とまどかは説明した。
「僕も少額だけど毎年お年玉の2割をそこに入れてたよ。中学生になってから」
「そうだったんだ!?」
「メインに使ってる口座は、先代宮司さんがうちの母ちゃんの生活の足しにって毎月少し送金してくれていた口座。でも母ちゃんは何かの時のために使うって言って、ほとんど手を付けてなかった。先代宮司の利雄さんが亡くなった後も、遺言で和雄さんがずっと送金してくれている」
「お賽銭がちゃんと環流されてるんですね!」
「そうだね」
「貨幣経済の社会に干渉するにはお金も無いといけないんだろうね」
「だけど、これでふたりもようやく正式に夫婦になれたね」
「僕がこんなんになっちゃったから、結婚自体諦めてたから、結婚できて凄く嬉しい」
「『こんなんに』って女の格好してること?」
「違うよ。男性機能が無くなったことだよ」
「女性機能があるんだから構わないじゃん」
「私は最初から女の子の命(めい)が好きだったから、これでいいんだけどね」
「ほんとに命(めい)はお嫁さんになっちゃったね」
「しかもママだしね。私自身きっとレズなんだろうなあ」と理彩。
「もういっそ、命(めい)のおちんちん取っちゃおうか?」
「ああ、いいですね」
「それは勘弁して〜」
「またまた。本当は取って欲しい癖に」
ってか、今取られてるんだけどね、と命(めい)は思った。